光の粒となって消えたソープたちの姿は、そのまま戦艦ウィルのブリッジ中央へと収束した。
「おかえりなさいませ、陛下」
「おや、思ったよりもお早いご帰還で」
コンソールの前で待っていたマウザー教授が、くるりと椅子を回す。
ログナーは無言で定位置に戻り、ツバンツヒは「ふあー」とあくび交じりに伸びをした。
「うん、ちょっとだけ寄り道しただけだからね。
“竜”の子たちも、ちゃんと自分で立ってたよ」
ソープは胸元のドラゴンドロップを指先で軽く弾いた。
宝珠は、さっきまでの騒ぎをなぞるように、小さく一度だけ瞬く。
「ラキシス姫様の反応ですが──」
マウザー教授が表示を切り替える。ホログラムに波形が浮かんだ。
「先ほどの“寄り道”の間も、微弱ですが、ずっと同じ方向から反応が出続けております。
あれは、待っている人間の出す波形ですな」
「ふふ。やっぱり、そう?」
ソープは、ほんの少しだけ見た目相応の青年のように目を細めた。
「じゃあ、急がないと。
いつまでも“寄り道ばっかりのダメ男”だと、ラキシスに怒られちゃう」
「それは大変だ」
マウザー教授はさらりと同意しつつ、手元の操作を続ける。
「進路再設定。ジョーカー太陽星団外縁から、対象反応方向へ。
──ログナー、艦の確認を」
「了解した」
ログナーが短く返事をし、各所への指示を飛ばそうとした、その時──
「マスター」
そっと袖を引く感触があった。
ログナーの隣に、いつの間にかファティマのイエッタが立っていた。
「……なんだ、イエッタ」
「さっきの、あの世界の“勇者”の少年に言ったお言葉ですけど」
イエッタは少しだけ目を細めて、主を見上げた。
――『いいか、勇者よ! お前はこれからもっと強くなれ!必ずだ!』
「ちょっとだけ、言い方がキツかったんじゃないですか? ふふ」
「…………」
ログナーはわずかに眉をひそめた。
「甘やかしてどうする。
あれくらい言っておかなければ、すぐに“紋章頼み”に戻る」
「でも、“ただの人間として強くなれ”って、ちゃんと応援してたように聞こえましたよ。
私は、とっても優しいお言葉だと思いました」
イエッタは、にこりと微笑む。
「マスターのそういうところ、好きですよ」
「……そうか」
ログナーは短く答え、少しだけ視線をそらした。
その頬が、ほんのわずかに赤くなったことに気づいたのは、イエッタだけだった。
◆ ◆ ◆
「はーぁ〜〜〜、気持ちよかったぁ!」
ブリッジの隅で、ツバンツヒがストレッチをしながら叫ぶ。
「久しぶりに、全力で蹴り飛ばせる相手だったわ。
あのちっこい死神の手、まだ感触残ってるもんね〜」
「おいおい、楽しそうね、ツバンツヒ」
別方向から、ミラージュの一人がひょいと顔を出した。
肩で短く髪を切りそろえた騎士が、あからさまに不満そうな顔をしている。
「最近、艦内でろくに身体を動かす機会もないってのにさ。
なんでアンタばっかり現地出撃なのよ」
「そうだそうだ」
もう一人の騎士が加わる。
腕を組み、わざとらしく大きなため息をついた。
「こっちは MHレッドミラージュの整備まで済ませてたのによう」
「俺なんか、MHヤクトミラージュで
44連装バスターランチャーの試し撃ちプランまで考えてたんだぞ。
“あの死神ごと地形まとめて更地にしてやろう”ってな!」
「ちょ、ちょっと待て」
マウザー教授が、ぴしりと指を鳴らした。
「そんなものをあの惑星で撃ったら、
せっかく黒の核晶だけ丁寧に処理した意味がないでしょう。
地上どころか地軸まで傾きかねませんぞ?
歴史ごと焼き払うつもりですか」
「えー、でもどうせ異世界でしょ? ちょっとくらい……」
「“ちょっと”の基準を、後で書類にして提出していただきたいですな」
さらりと返され、ミラージュ二人は「うぐ」と言葉に詰まる。
「いいなぁ、アンタだけナマ足でボコれる相手もらってさ」
「そうそう。こっちだって、たまには本気で暴れたいんだってば」
「えー? あんた達、文句言うなら陛下に直接言えば?
“自分も異世界で暴れたいです!”ってさ」
ツバンツヒはにやにやしながら肩を竦める。
「……あの陛下を前にして、それを素で言えるの、アンタくらいだよ」
「う」
図星を刺され、ツバンツヒは口をつぐんだ。
「まぁまぁ」
ソープが苦笑しながら、会話に割って入る。
「今回のは、たまたま近くにいたメンバーで間に合っちゃったからね。
次は、もう少し人数連れて遊びに行こうか」
「“遊び”と仰いましたね、陛下」
マウザー教授がすかさずツッコミを入れる。
「公務ですよ、公務。ラキシス姫様を捜索する、まじめな旅路の途中なのですから」
「えー? “まじめな旅路”に、ちょっとくらい楽しみが混じっててもいいじゃない」
ソープは肩をすくめて笑った。
「でも、バランシェなら、なんて言うかな」
ふと、呟くように言う。
「“また余計なところで顔を突っ込んできおって”とか?」
「“おまえの力はジョーカーで使ってはならない”と、
怒鳴りつけられるかもしれませんな」
マウザー教授は淡々と返した。
「でも、陛下。今回はちゃんと“世界の外側”で、
最低限の介入に留めておられましたよ」
その声音には、控えめな賞賛が混じっていた。
「友人との約束は、まだ生きている。
そういうことにしておきましょう」
「うん。そうしておいて」
ソープは、どこか照れくさそうに笑った。
ラキシス。
クローム・バランシェ。
かつて守れなかった、そして今も探している、大切な存在たち。
その思いを胸に、彼は指先でドラゴンドロップを軽く弾いた。
「じゃあ、行こうか。
“泣いてる竜”の次は──“待ってる女の子”のところへ」
「了解」
ログナーが短く答える。
戦艦ウィルは、静かに進路を変えた。
どこか遠くで、もうひとつのドラゴンドロップが、
それに応えるようにかすかに震える。
ジョーカー太陽星団を離れた旅は、まだ終わらない。
それでも確かに、少しずつ──
ラキシスのいる場所へと、近づいていた。