その直後。
我が機の翼のすぐ下を無数の曳光弾を交えた射弾の白い縞模様が通り抜けた。
敵機の猛烈な一斉射撃だ。
正確な射撃だなと思った。
後方確認すると敵護衛戦闘機の【FP-51 マヴェリック】が、12~13機も食らいついてきていた。
まるで巣を落とされ怒り狂うスズメバチみたいだ。
「ははは、豪勢だな」思わず声に出して笑ってしまった。
隼風で無茶をやっていた頃でさえ、こんなに後ろに付かれたことはなかった。
そんなに、ぼくを落としたいか。
FP-51マヴェリックは主翼前縁部にPB-29の防御銃座に据えられていたのと同じ、【50口径 ブルータルスM2 12.7mm機関銃】が、6門も付いている。
しかも装弾数はそれぞれ350発もあって大盤振る舞いで撃ちまくってくる。
この6門が一斉に発射されると、船出を見送る紙テープみたいに幾筋ものキレイな煙の筋が走った。
そいつを矢鱈めたらと撃ってくるもんだから、我が機はすっかり人気者のパレードみたいだ。
どうやらぼくを、噂のエースか何かと勘違いしたらしい。
どうしても落としてやるといった風情だ。
功を焦るばかり、最初の正確な射撃は鳴りを潜め、不格好な攻撃を入れ代わり立ち代わりにし始めた。
どいつもこいつもセオリーを無視した攻撃をしては失敗し
それでも凝りずに繰り返す。
やつらフォーメーションも小隊の役目も頭の中から抜け落ちた、まるでデタラメな追いかけっこだ。
本来、高出力な合衆国機は、皇国機相手にこのような形で攻撃するのは避ける。
向こうじゃ『皇国機とのドッグファイトを禁止する』って言われていたほどにだ。
中高度での運動性が高い皇国機、例えば【隼風】や【零号戦】にこういう形で戦いを挑むと、ぼくら得意の技巧を駆使した後ろを取り合う『巴戦』に持ち込まれて、うっかり殺られてしまうからだ。
だが今回は後ろを取られる心配のない圧倒的『数の有利』。
しかも麁正がもう再加速が出来ない、つまり絶対に空戦に応じられないことを知り尽くしているから出来る暴挙だ。
死出の旅を行く者の、その後ろをずらずらとついて行くハゲタカだ。
弱っていくのを待ちわびながら、先を争ってつっ突きに来る。そんな有様だ。
すると突然、ガンガン! と音ともに機体に嫌な振動が響いた。
撃たれた! 上からだ。
見上げると更に4機が垂直攻撃で降ってくるところだった。
麁正の未来予測位置を狙ってブルータルスM2機関銃の射弾を雨あられに降らしていた。このまま飛ぶとそれに突っ込んでお陀仏だ。
咄嗟に降下気味にひねって躱した。
躱すと同時に発射把柄を握って、何もない空中へと機関砲を発射し、30ミリの射弾をバラまく。
すると4機のうちの二機がぼくの機の目の前をかすめてすり抜けようとして、まともにその射弾に飛び込んだ。
「バカめ!」
高速ダイブしてきたやつが、その勢いのまま「速すぎて撃てまい」と舐めて目の前を一瞬通り過ぎるであろうことは予想がついていたので、教訓として通過予測点に弾を置いておいてやったのだ。
牽制程度のつもりだったが、二機が見事に引っかかった。
当たったのはたったの一発ずつだが、それで十分。
麁正の武装は対戦闘機用の、か細い機銃弾ではない。
対爆撃機用の強力な30ミリ榴弾(炸裂弾)だ。
射弾が当たった瞬間に、さしもの頑強を誇る敵の傑作戦闘機【FP-51】でも、木っ端微塵に吹き飛ばされ、空中からその姿を消した。
パッと、一瞬にして2機が砕け散った、その光景を目の当たりにして怖気づいたか、残りの二機は強引なヘッドオン(正面攻撃)を慌てて中断し、見えなくなるほど遠回りして、我が機のあとにゾロゾロとつづく敵戦闘機の単縦陣へと加わったようだ。
やれやれ。
さきほどもらったいくつかの命中弾。その破片がぼくの体のどこかに突き刺さったのか、風防内に血が飛んだが、未だ我が機は健在、撃墜には至らずだ。
いずれ落とされるにしても、簡単にはスコアをくれてやらないぞ。
そら、次はどいつだ? ぼくを見事撃墜してみせろ。
ぼくは、思いの外しぶとかった。敵の射撃のタイミングが読めるので、その度に機体をスライドさせて、直撃を躱すのだ。
やつら、あまりに集まりすぎて同士討ちの危険が増して一度に攻撃してこれない。配給の列にでも並んでいるように結局のところ一機ずつ代わり番こで襲いかかってくる。
ははは。
ぼくはそのタイミングを読んでヒラリと躱してやる。
幾度となく躱す。おかしい、なぜ撃っても当たらないんだ!? なんて思っているのだろうな。
皇国機はもともと運動性が良い。
とくに麁正はその重量の殆どが燃料だ、それを使い切って軽快になったならば。
不意打ちならいざ知らず、完全に一部の隙もなく躱すに構えたコイツに弾を当てるのは、例えベテランであっても容易ではないぞ。
敵パイロットのイライラが手に取るように分かって面白い。
自分は、もうすぐ死ぬのに面白い。
ははは。
どうだ。どうだ。
ほら、どうした。
当ててみろ。
おっと、いまのは惜しかったな。
よし、もっとこい。もっとこい。
なんだ、こいつは下手くそだな。
はははは……。
でも、もうそろそろ終わりかな──。
だんだん操縦桿を引き続ける腕が痺れてきた。
おかしいな、いつもなら空戦の我慢比べに負けたことなんか無かったのに。ちょっと血が出過ぎたかな。
頭もどこかやられたようで、さっきから血が流れて目に入ってくる。クソッ。
さすがにこれだけの数をまとめて相手にしていると、とうとう腕が言うことを聞かなくなってきた。もう速度を稼ぐ高度も失った。
……この次で終わりだな…………。