還らざるロケット推進戦闘機隊   作:cyanP

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04話 調子は上々だ

 

 曲芸飛行でおなじみの宙返りであるが、それは地上で見るのと実際に機に乗るのとでは雲泥の差がある。

 

 主計官もそれまでさんざん見ていた宙返りくらい、何ほどのものとも思っていなかったが、それは地上で見る優雅さとはかけ離れた地獄だったのだ。

 

 機体が天空へ向かって垂直に立ち上がったその瞬間、重力は裏切りの刃となる。

 

 ────────────!!!!

 

 まず身体の全細胞が、見えない巨人の掌に押し潰されるかのように下へ、下へと引きずり降ろされる感覚が主計官を襲った。

 

 シートと背中の間にあったはずの空間は瞬く間に消滅し、皮膚一枚の厚みも許されないほど押し付けられる。

 

 視界の周辺から、静かに、しかし冷酷に、闇のカーテンが引かれ始め。

 色彩は薄れ、光は縮小し、世界は細いトンネルの先に遠ざかる一点の輝きへと変わった。

 

 すると不意に世界が完全に無音の暗転に包まれ。

 意識はまるで古びた糸が一本ぷつりと切れる寸前の状態で宙吊りにされたようだ。

 

 機体が宙返りの円弧を完遂し、水平へと戻り始めると今度は一転。

 突如として重力の縛めが解き放たれ、 頭の中を流れ落ちていった血液が、春の雪解け水のように勢いよく逆流し、失われた光と色が稲妻のように視界に飛び戻る。

 

 呼吸は荒々しく、生命の再起動を告げる鐘のように胸郭を打ち鳴らし、五感は再び、世界の鮮烈な真実を捉え始めると、全身に残るのは生と死の境界線を跨いだ者だけが知る、強烈な生の肯定感。

 目まぐるしく変わる世界に耐え抜いた筋肉の微かな震えだけである…………。

 

 

 ────といった感動的なラジカル演劇が、きっかり3回連続繰り返されたのだ。

 こりゃたまらない。

 

 

 この時点で、主計官の顔はすっかり土気色となりグルグルと目を回していた。

 ちなみにこれは揶揄ではなく、人間は目を回すと、本当に黒目がグルグルと細動する。

 

 かと思うと、すぐさま1000メートルの垂直落下を敢行し、そこからの強引な機首引き起こしをお見舞いした。

 

 こいつは急激に4~5Gくらいの負荷がかかる。

 普段から訓練している搭乗員ならいざしらず、常人には到底耐えられるものではない。

 屈強なお体の主計大尉どのだったが、最大限に引きつって踏ん張っていた顔面の筋肉がブツリと切れて無表情となったかと思うと、白目を剥いた。

 半開きとなっただらしがない口からツツーっと垂れた水飴状のヨダレが、右に左に揺れている。

 

 

 だが、カイトの空中スタントショーはまだ終わらない。

 

 ゆっくりと錐揉み状態の緩横転(スローロール)を行うと、今度は

 同乗者の度肝を抜くでおなじみの急横転をカンカンカーンと、音がする勢いで3回入れた。ビクッと意識を取り戻す主計大尉。

 

 さあ、調子が出てきたぞ。

 

 そこから機首上げ(ピッチアップ)を同時に行う、まるで銃身の内壁をなぞるような螺旋横転(バレルロール)!

 

 カイトの得意技、斜め宙返りの頂点直前で失速横滑りして旋回半径を大幅に縮める『捻り込み』!

 

 カクンと垂直上昇後にラダー操縦桿を当ててスピン発生から逆手に立て直し、わざと起こした失速で敵の背後を取り返す技『木の葉落とし』! 

 

 と、カイトの多芸多才ぶりを盛大に披露するサービス全開の贅沢な数分間、高Gのかかる特別な遊覧飛行をたっぷりと馳走して差し上げた。

 

 主計官は胃の内容物を逆噴射しながら何度も「うぎゃぁぁぁぁ」という叫び声を上げ、最後にふたたび失神。

 ガックリと突っ伏してそのまま動かなくなった。

 

 カイトはその後、ダメ押しに垂直旋回を繰り返しながらゆっくりと降下、着陸し、駆け寄ってきた整備員に「調子は上々だ」とねぎらいの言葉をかけた。

 

 ポーンと機から飛び降りてすたすた歩いていくカイトの後ろには、後部座席で気を失って動けずにいるのを、若輩の教官たちに引きずり降ろされ、両脇を抱えられて歩いている真っ青な顔の主計官が居た。

 

 指揮所に報告を済ますとカイトは未だ顔色の戻らない主計官のところを訪れ

「われわれ搭乗員はいざ空戦となったならば、こんな程度じゃ済まないんですよ」

 とハッキリ告げた。

 

 その後、主計大尉は二度とふざけた口を聞かなくなり、黙って糧食支給のハンコを押すようになった。──という顛末だ。

 

 余談だが、機が飛び立つ時は診療所の看護婦たちがこっそりその様子を見ていて、カイトの副座席に乗る主計官を羨んでキャーキャー不平を言っていたが、帰ってきた主計官が肩で息をしながら何度も地面に黄色い胃液を撒いている様子に、たちまち冷静さを取り戻し、何事もなかったような顔をしていたのが、しばらく基地での笑い話となっていた。

 

 ……あの日一緒に笑ったみんなは、もう誰も残っていない。

 今日も仲間が逝った────。

 

 

 

 

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