勝負は一瞬で決まる、酸素マスクを付けて発進したぼくたちの機は、国産ロケットモーター【KR11 特呂三号エンジン】で一気に上昇。
たった3分半ほどで敵を上回る上空1万2千メートルもの高高度【成層圏】に達する。
そこの空気は無いに等しい。
酸素だけじゃない、気圧が著しく低いのだ。
本来、潜水夫が患うような『減圧症』の恐れが出るほどにだ。
その為ぼくたちは、高高度飛行実験用のタンクに入れられ、急減圧に耐えられるかどうかの検査を受けている。
高空の太陽は地上で見るものとはまったく違う。ギラギラと照り輝き、恐ろしくまっすぐな日差しを、一時の絶え間もなく冷酷にぶつけてくるのだ。
風防に使われている肉厚のプレキシガラス。
そこにある普段は見えない細かいキズが、ダイヤモンドダストのように白く乱反射を起こして視界を遮り、無理やりに虹色を帯びてハレーションする。
眩しさに目を細めながら、繊細な特呂三号エンジンへの燃料補給が途切れないよう慎重に機体を反転させ。
その息もできない0.2気圧・気温マイナス50℃の天上界から、一気にダイブして目標へ襲いかかる。
攻撃目標との会敵時間は一瞬だ、迷えるいとまはない。
雲の切れ間から鈍色に輝く羽の付いた鉛筆の群れ。敵戦爆連合が櫛の歯のような幾筋もの飛行機雲を、まるで白いチョークで空のキャンバスに描いているが様を垣間見た瞬間に狙いを定める。あとは躊躇なく襲いかかるだけだ。
あの雲を引く4発の発動機は、敵の新鋭爆撃機【超空の堅城 PB-29】だ!
敵の護衛戦闘機など目もくれず、一本の槍と化して爆撃機を貫くイメージをアタマの中で完成させる。現在位置から時速570キロで逃げ切ろうとする爆撃機の未来位置を予測し、それを自機の最大速度968km/h,(マッハ0.78)でさえぎる理想的なラインをだ。
数瞬の計算と修正でそのラインを実行する。レンガ壁のごとく空気抵抗とエンジン振動でブルブルと荒ぶる操縦桿は強烈に硬く、パイロットに逆らう気しか示さない。それを力ずくで抱え込み、抑え着けて服従させる。
人間のアタマの重さは5~6キログラム、ボーリングの玉ほどだという。それが慣性による高Gで何倍にも重くなり、首からもげ取れそうになるのを堪えながらの操縦だ。
引き起こし動作による強烈なGが発生。
心臓よりも高い位置にある脳への血液供給が滞り、視覚を司る脳の機能が一時的に低下、視野がスッと暗くなり気を失いかけながらも。
だが猛獣は止まらない。
慣性の苦痛に耐えきった時。
目の前にはまばゆく光る爆撃機の肢体。
その銀翼の付け根に狙いをつけ、発射把柄を握る。
射弾がスババババッと敵の機体を撫で上げた。
撫でる手は機首に集中配置されたホ155-Ⅲ 30ミリ固定機関砲4門。
そこからばらまかれるのは凶暴な質量。100発近い徹甲弾や焼夷弾だ。
一瞬だ、一瞬の邂逅。その刹那にまみえる交合。
背後には、翼がへし折れ火を吹きながら砕け散る敵機の残骸が、400キロの速度差で置き去りにされて落ちてゆくのが見えるだけ。
敵爆撃機搭乗員は何が起こったかも分からないまま落ちるだろう。
後続の仲間たちが星降るように次々と襲いかかり一気に5~6機の爆撃機が落ちた。
それら複数の敵機が、鮮やかで濃い赤みをした橙色の炎とドス黒い煙を、長く長く引きながら、弧を描いて落ちていくその様は、熟し過ぎた照柿(てりがき)がズルリズルリと流れ落ちていくようにも見えた────。
だが今度は撃つためではなく、撃たれない努力が求められる。
北九州基地に居た頃は、まだ敵爆撃機に護衛戦闘機は付いていなかったが、今は事情が違う。
硫黄島が陥落し、そこから手強い護衛戦闘機の随伴が可能となってしまったのだ。
ハリネズミと化した防御機銃の弾幕をかいくぐり爆撃機への攻撃任務が終わっても、死線はまだ繋がったままなのだ。
主君を討たれた忠臣のように、怒り狂った敵の護衛戦闘機が襲いかかってくる。
護衛を担うのは合衆国の新鋭機【FP-51 マヴェリック】だ。
こいつは元々、低空での偵察や地上攻撃に申し訳程度に使用され、早々に引退するほどのB級のサメだった。
それがエンジンを換装して劇的に変身するんだから、いかに航空機は馬力が物を言う世界か分かるだろう。
世界中が欲した傑作エンジン。
高性能な二段式・二速式過給機を備えた、連合王国ブルトニア製、液冷V型12気筒ガソリンエンジン『N&R マグナム』を新たに搭載し、高高度域での出力が劇的に向上して生まれ変わった。
今では連合軍の主力戦闘機となり。
史上最強のレシプロ戦闘機だかを自称している始末だ。
よく逃げ惑う皇国の民間人に機銃掃射を浴びせて回ってる鬼畜なクソ戦闘機の話を聞くだろう。
その犯人がだいたいコイツだ。
航続距離が長いので爆撃機護衛任務でやってきては、ついでにそういうケチなマネをする。
対するこちらは自慢の爆速ロケットエンジンにはもうロケット燃料が無い。
麁正の特呂三号エンジンの燃料はもともと数分の連続燃焼分しかない。そしてその大半は上昇と攻撃機動に充てられ、帰りは翼の力で帰るしかないのだ。
はじめからそういう想定で設計され作られている。
そう、あとは高度エネルギーだけが頼りだ。その挙動はどう言い繕うとも戦闘機なんてものではなく、ただのグライダーと変わらない。出来ることと言えば地上の民間人のように空を逃げ回るだけだ。歯がゆくとも為す術はない。
麁正のパイロットは、非常に特殊な戦闘を強いられているのだ。
敵は〝戦時緊急出力〟使用時には2000馬力級(※注)の剛力を発するエンジンを搭載する戦闘機。対する僕らは今や動力を失ったグライダー同然のスズメ。
面白い駆けが見られるぞ。
賭け札は命だ────。
(※注: 主人公らの乗機だった【隼風】は一型で950~990馬力程度。高性能化が図られ、水メタノール噴射装置付きとなった最終三型でも1200馬力程度である)