転生巫女は静かに暮らしたい   作:高町廻ル

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転生しちゃった

―何を間違えてしまったのだろう?

 

 辺り一帯に広がる火の海をぼんやりと眺めながら、彼女は朦朧とする意識の中でそんな問いかけを発していた。

 すでに周りには五十以上の人間が取り逃がすまいと隙間なく取り囲んでおり孤立無援。

 そして彼女自身も全身が血だらけで、右腕も肘から千切れており、両膝も立ち上がる事を拒んでいる。

 ここから奇跡の逆転など到底望めるはずもない。盤面は既に出来上がっており、将棋で言うところの詰みといったところか。

 

―ここまでなのか…

 

 仮にここから逃げられたとしても、助かる見込みの無い負傷だった。

 

 彼女は小さな寺に生まれた巫女でしかなかった。

 本来であれば平々凡々な一生を終えるだけの、目立つ事のない小さな命でしかないはずだった。

 だがある日、妖怪を祓う力の法則に気がつき、それを持ち前の素質と好奇心から徹底的に調べ上げた。

 そして後に魔術と呼ばれる神秘と災厄の力を極め、そしてそれを体系化し多くの後進である魔術師を育ててきた。

 そしてその力で妖怪や怪異といった人の命を脅かす怪物から皆を守ってきた。

 助けた人達から貰える「ありがとう」という感謝のその一言に胸がくすぐったくなって。

 

 ただそれだけだった、それだけで良かったのに。

 

 だが目の前にあるのはその技術の結晶である魔術を使い己を追い詰める者達。

 彼女の救いの手を、慈悲を、その全てを拒んだのは他ならぬ彼ら達だ。

ならば…

 

「私はお前達を…この世界を穢す、呪う」

 

 到底言葉など発する事など出来ない体であったが、不思議とその言葉がつるりと出てきた。

 その怨嗟の滴る言葉を聞いた者達は、自分たちの優位性など忘れ縫い付けられたかのようにその場に立ちすくんだ。

 

「たとえこの体が滅び、魂が擦り切れ果てようとも…」

 

 彼女は最後にこう言った。

 

「この憎しみは残して逝く」

 

 そう言い残した彼女の体は全ての力を失い、そして地面に倒れ込んだ。

 

 

 突然広がる灼熱、そして右頬を濡らす赤の色。

 そして幾分か軽くなってしまった右側、それを最後に途切れた意識。

 

「う、うわっ…」

 

 彼女は飛び起きるように起きた。

 額には気持ちの悪い汗をじっとりと滲ませ、少し荒い動悸を起こして。

 

「うぅ…」

 

 咄嗟に左手で右腕を確かめる。そこには確実に右腕があり、左手で触れられた感触がある。

 憎々しげに右腕を眺める。いつまでこのような惨めな思いをしなければいけないのだと、いつまで引き摺らなくてはいけないのかと。

 

「…くそっ」

 

 なんとか絞り出すようにそう呟いた。

 

 彼女の名前は藍原御依。

 年齢は六歳。

 父母は健在で、十歳上の兄と、二つ上の姉がいる。

 何一つ欠くことないごく普通の女の子。

 

 だがその中身は千年前に国賊として追われ、多くの魔術師によって討伐された魔術の租の生まれ変わり。

 

「チュン…」

 

 そんな明らかに冷静さを欠いた彼女の肩に一匹の雀が立っていた。

 

「ちーちゃん…うん、大丈夫だよ」

 

 自分を気にかけてくれているそれを彼女は指先でそっと愛おしそうに撫でる。

 彼女が「ちー」と名付けた雀、それはただの鳥ではなく、魔術の力を込めて作った人造生命体である式神と呼ばれるそれだ。

 六歳の子供は力すら発現していないことが多く、本来は式神を作成する事は出来ないが、彼女の卓越した魔術の技術はそれを可能にしている。

 

「起きてるのー?」

 

 物音と話し声を拾ったのか、今世の母親が扉越しに話しかけてくる。

 

(隠れて)

 

 そう念じると雀の姿が空気に溶けるように消えた。

 この状態になると余程の探知力と魔術技能に長けていなければ存在を気取る事は出来ない。

 

「は、はーい!」

 

 彼女は彼女なりに頑張って子供らしさを演出した返事をしようとするが、今だにぎこちなさの残るレスポンスを返してしまう。

 

「起きてるの?なら降りて顔洗いなさいね」

「はい」

 

 そう言うと扉から人の気配が離れていく。

 完全に人の気配が消えたのを確認すると肩肘の力を抜く。

 

「しんど…」

 

 そう言いながらも掛け布団をどけて立ち上がる。

 千年後という途方もない未来に飛ばされたこの今の日々も、彼女にとっては既に日常であると思えるくらいには馴染んできつつある。

 

 

「「「「お誕生日おめでと〜!」」」」

「あ、ありがとうございます…」

 

 布団から出て、着替えて一階のリビングに入った御依を出迎えたのは自分を除く家族四人総出での六歳になった末っ子へのお祝いだった。

 可能な限りの貼り付けた笑顔でその祝福を受けるのだが。

 

(な、慣れない…)

 

 千年前の世を生きてきた彼女からしたらこの親密すぎる親子と家族関係は別世界の出来事だった。

 女性は外に出ず家を守るか、夜這い文化が主流の時代。現代日本では完全アウトな倫理観だった。

 そして家族や親戚間ですら妊娠した事すら知らせずいつの間にか甥っ子や孫が産まれたなんて事もあり得た家族関係が希薄な時代。

 今よりも戸籍の制度がいい加減で誕生日なんてものを知らない子供すら当たり前だった。ましては産まれた日を祝われるなんて事は無かった。

 

「今日はどこか食べに行くか」

 

 彼女の父親である藍原良二。

 この辺り一帯の寺院や魔術絡みの案件を請け負っている。

 正直御依から見て全くの才能無しなのだが、他の跡継ぎ候補たちが落ちぶれた家を継ぐのを嫌がってお鉢が回ってきたのだとか。

 力が無くても魔導具と呼ばれるものを使えばある程度の妖怪怪異を倒せる。彼女の時代はそこまでの技術は発達していなかったため、その手のサポートアイテムに少し興味はある。

 

「みーちゃんこれ!」

 

 彼女の二歳上の姉にあたる藍原楊はプレゼントを手渡す。

 

「これは?」

「プ◯キュア!」

 

 手渡されたのは朝の女児向けアニメのグッズで、いわゆるペンダントというやつだ。作中でプリティに変身する際に使っている。

 御依は正直アニメが好きだ。娯楽が蹴鞠やら琴、そして和歌を読むことが主流の時代の人間が、突然テレビやスマホにネットのある生活に放り出されたらそりゃどっぷり浸かってしまうに決まっている。

 琴も和歌もどちらかと言えば女性の嗜みや教養の側面が強いし、そもそも彼女は貴族階級では無かった。何より魔術研究ばかりしていたワーカーホリックだった。

 

「ありがと」

 

 いつもの無表情気味な顔も少しだけ緩むもので、そう言いながら受け取ろとするのだが。

 

「…?」

 

 ぐっぐっと引っ張っても相手の手からそのオモチャのコンパクトが入っている小さな箱が離れない。

 彼女はその現状に対し訝しげに相手を見ると、なにやら物欲しそうな表情をしている姉の顔が目に飛び込む。

 

「えっと…あのー…」

 

 相手のその態度にもう苦笑いしかできない。

 隣の芝生は青いとは言うが、目の前のお宝を前にして自制心を出すには八歳の子供には厳しかろう。

 

「いる?」

「だめよ、それは御依のよ」

 

 プレゼントであるそれを手放そうとするのを彼女の母親は嗜めた。

 藍原都、御依の今世の母親になる人物。基本は大らかだが我儘の類は許さないごく普通のお母さん。

 

「気持ちだけでお腹いっぱいだから」

 

 とても六歳児とは思えない言い回しをうっかりしてしまう。

 

「ごめんなさい…」

 

 そのやり取りを見ていた楊はバツの悪そうな表情で手を離した。

 何故か凄まじい罪悪感が襲ってくる。

 

「あ!そうだならもう一つ欲しいなおねーちゃんと一緒に変身ごっこするの」

 

 御依は可能な限り甘えた声でそんなことをねだってみる。

 母は薄っすらと溜息を吐きながら「分かったわよ」と呟く。本当に渋々と言った感じだ。誕生日マジック流石である。

 

「みーありがと!」

 

 そう言って熱烈なハグと頬擦りを妹に敢行する。

 

「うぅ…」

 

 姉の事が嫌いなわけではないが流石にこの暑苦しさには来るものがある。

 彼女は御依から見て普通の人物、一般人と呼ぶには魔術的素養はあるが、魔術師としては凡庸かそれ以下。

 

「みーをあんまり困らせんなよ?」

 

 微笑みながらも我儘を通した長女を嗜めるのは、御依から見て十歳年上の長男である利人。

 御依はこの家で唯一この男だけは侮れないと警戒している。

 鳶が鷹を産むではないが彼の実力は平均的な高校生魔術師という枠組みを超えて、まるで二十年以上も命懸けの戦場を乗り越えたかのような雰囲気を纏っているのだ。

 だがそれは周囲を威圧するプレッシャーでは無く、大木が長い時間をかけて根付いている様な安心を与えるそれだ。

 安直な表現で天才と表現出来る存在。現代魔術の祖である御依もここまでの才能は数える程しか会ったことがない。

 

「取り敢えず朝ごはん食べましょ」

 

 一通りお祝いを終えた所で母親が笑顔でそう締めた。

 皆が一様に食卓へとついていった。

 

 

 娘の誕生日から数日後。

 

「暑くなってきたわね…」

 

 六歳になる娘の手を引きながら都はそうごちた。

 幼稚園からの迎えだが途方もない重労働になってしまっている。

 

「あ、あぅ…」

 

 そして手を引かれている側の御依も、痛烈な日差しと足元の熱々アスファルトから襲ってくる熱気のダブルパンチに参っていた。

 この時代に転生して最大の障害、それは酷暑。

 

(なんで…こんなに暑いの…)

 

 心の中で彼女はそうごちた。

 まだ六月だというのに気温は三十度を優に超え、湿度も高い。現状幼児の体の御依には負担が大きすぎる。

 平安の時代は今のようにアスファルトで熱がこもることもなく、高い建物が今の時代のように無かったため通気性も良かった。

 その為体感気温はマシで真夏でも苦しむことは無かった。

 

「…」 

 

 既にフラフラになっている愛娘を見て、近くの公園に寄ることにする。

 そしてちょうど誰も居ない日陰になっているベンチに座らせる。そもそもこの暑さと真っ昼間の影響か公園に誰も居なかった。

 

「ちょと飲み物と氷買って来るからいい子にして待っててね」

「ん〜」

 

 娘の唸る様なしんどさげな返事を確認してから彼女はすぐ近くのコンビニへと向かう。

 

(いい子というか)

 

 昔から夜泣きすらせず、物をねだったり我儘も殆ど口にしない、とても手のかからない子供だった。待てと言われたら言われた通りに待つ子だった。

 幼稚園に入園しても一切トラブルを起こす事も無い。

 一方の上の兄と姉の手の焼きぶりと言ったら筆舌しがたいものがあったのだが。そんな経験など一切なく幼稚園卒業まで行きそうだった。

 助かったと思う反面、何故か寂しいという気持ちも抱えながらコンビニへと足を進める。

 

 

「そりゃ誰もいないよねぇ」

 

 母親を待ちながら御依は呟いた。

 こんなクソ暑い公園にわざわざ来る物好きなどいるはずもなく、誰も居ないせいで無駄に広く感じる運動場スペースと、熱気で触るのすら躊躇われる鉄製の遊具を眺める。

 子供が近年外で遊ばないとか言われているが、親目線なら冷房の効いた室内にいてくれた方が安心というものだ。

 だがそんな公園の存在意義について考えていられる時間はそう長く続かなかった。

 

『美味そうな匂いがするぞぉ…』

 

 まるで地の底から這いずり出てきた様な唸るような声。

 一般人であれば恐怖で足の裏が縫い付けられる様な恐怖を生み出す声音。

 

「ん?」

 

 遊具から視線を切って、後ろを振り返るとそこには上半身こそ人間だが下半身は蛇の様な見た目の、全長五メートルほどの怪物がいた。

 

『子供は大人と違って苦味が無く甘くていい…その皮を剥いで身をいただこうか』

 

 辛抱たまらんと言った感じで口から涎の様なものを垂らしながら、興奮冷めやらぬといった熱のこもる声色でそう言った。

 その涎が地面に垂れるとジュッと地面を溶かす。胃液でも逆流しているのか強い酸性を発している。

 これが怪異、魔術師たちが存在する理由の一つとなる人類の敵、害獣だ。

 

「タラタラと喋ってないでかかって来なよ」

 

 長々と話す相手に辟易しているのと、怪異の存在を母親に見せたくない理由がある彼女はめんどくさそうにそう言った。

 彼女の母親である都も最低限の魔術的知識と心得はあるが一般人に毛が生えた程度でしかない。だがこの様な怪物を見たら卒倒してしまうだろう。

 

「まぁその腕じゃ私に襲い掛かれないけどね」

 

 その言葉と同時にドサリと大きな何かが落ちる音がした。

 

『何が…?』

 

 右腕がまるで鋭利な刃物で切り落とされたかの様に滑らかな断面を肩口に残し、右腕が地面に落ちていた。

 

「……」

 

 御依は動揺からどう動いていいかわからない相手を見やりながら黙ってベンチから立ち上がると、それまで下げていた右腕をスッと上げて掌を倒すべき相手に向ける。

 そんな獲物であったはずの相手、だが怪物は本能で気がついていた。

 狩る側と狩られる側が逆であった事を。

 

『な、なんだ…?なん、なんだ!おま』

 

 それが最後の言葉だった。

 公園の運動場にまるで雑巾を絞るように滅茶苦茶に捻じられた怪異の死体と、潰れたザクロのようにぶち撒けられ広がる血と臓物たち。

 

「ただでさえ暑くて仕方ないのに余計な仕事させないで」

 

 これほど悲惨で惨たらしい殺し方をしたというのに彼女の声色に動揺はない。

 彼女の懸念は別の所にあった。

 

(この大きさなら十分は余裕でこの場に肉が残るよね、めんどくさいな…)

 

 魔力的才能が皆無か、又は幼く覚醒前の人間には怪異は見えない。

 だが残念ながら母親の都は怪異を視認することが出来る。そうなればこの悲惨な現場は誤魔化しきれないだろう。

 

「はぁ…」

 

 いまだに暑さで眩暈のする体を引きずりながら、母親の向かっているであろうコンビニへ迎えに行くことにする。

 

 

「な、んだ…これ…」

 

 男は目の前に広がっている異常な怪異の死体に血の気を引かせていた。

 彼は魔術師協会の魔術師。街中に突然強力な怪異の反応を察知した為こうして現場に派遣されたのだ。

 大きめの戦闘も覚悟していたのだが現場に着けば既に片付いていた。

 誰かが退治したのは分かるだが、ここまで一方的かつ惨たらしく殺せて、しかも戦闘痕が辺りに殆ど残っていないということは相当の実力者のはずだ。

 

(そんな都合よく実力者がいるものなのか?)

 

 考えられるのは藍原家の長男だが彼は高校生であり、今は学校の時間であり、そもそも退治したならこの場に残っているはずだ。

 そんな彼の父親も魔術師だが、魔道具をすらろくに使えない無能と影で馬鹿にされている男だ。時間稼ぎをしたならまだ分かるのだが、ここまで一方的に祓えないはずだ。

 

「すみませーん!」

 

 考え事をしているとこの場に現れたのは件の人物の良二だ。

 こうして後から現場に現れたという事は彼が倒した線すら消えてしまった。

 

(じゃあ…一体誰が…)

 

 ただただ謎だけを残す不審な怪異死体だけが残る。

 

 

 まだまだ日が落ちない夕方。

 

「という事があったんだ」

「それは…」

 

 夫から報告に都の血の気が引く。

 公園で怪異が惨たらしい祓われ方をされた事件。

 本来なら強力な怪異が祓われるのは好ましいが、それを成し遂げた本人が不明なのだ。

 

「その公園って…」

 

 彼女はそれ以上の言葉を紡げなかった。

 娘の御依を一人置いていってしまった公園であったからだ。

 飲み物と氷を手にコンビニで会計をしていると自動扉の前に娘がいたのだ。

 その場では待てを守らなかった為ちょとだけ小言を口にしたのだ。

 御依本人は寂しかったからと消え入りそうな声で謝っていたが、もし仮にその場に残っていたらと思うとゾッとする。

 なんとか気を待ちなおしてテレビ画面の前にいる娘たちに視線を向ける。

 

「あっずるい!そのト◯ソー!」

「ふふーんこのゲームは最後に一位取ればそれでいいんだよ」

 

 二人でレースゲームを楽しんでいる。

 ごく普通の光景で、一歩何かが間違っていたら血に染まっていたかも知れない光景。

 

(やっぱやりすぎたか)

 

 地獄耳でゲームで片手間に姉を弄びながらもその報告をしっかりと耳にしていた。

 彼女はもう魔術師としての人生を歩む気はない。

 そんなのは前世で嫌というほど味わって、そして裏切られた。

 今世は魔術も怪異もない普通の生活で十分なのだ、それで満ち足りるのだ。

 平安の時代と違い、今の時代は質素でいいのであれば誰でも最低限度の生活は出来る。

 

(私は静かにひっそりと生きていればそれでいいんだ)

 

 転生した魔術師である巫女は穏やかに健やかに、そして静かに暮らしたいのだ。

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