転生巫女は静かに暮らしたい   作:高町廻ル

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親の責務

「すいー」

 

 御依は都の運転する自転車の後ろに乗っけられ呑気な声を上げていた。

 日差しは相変わらず暑いが帽子を被り、また自転車が風を切るおかげかだいぶマシだった。

 

「舌噛まないでね」

 

 そんな愛娘に対して苦笑いしながらも一応注意はする。

 二人はある場所へと向かっていた。

 

 

到着した御依の前にあるのは白い建物病院だった。

 

「ここは?」

 

 恥ずかしく照れくさかった朝食を終えた日、御依は母親に連れられて病院の前にいた。

 食事は散々弄られたが、それでも家族の輪の中に確かに入れた様な気がしたのだ。

 

 本日は平日だが幼稚園都合の休みで、彼女としては暑くて仕方ないので留守番しようかと思ったが流石に断られてしまう。

 御依の中身がどうであれ娘を一人にするのは母親としての責務に関わるのだそうで付き合わされている。

 何より魔術師として実力と人間として長く生きた経験を兼ね備えている為、一緒にいてくれたらとても心強い。

 

「何て読むの?」

 

 彼女は中身こそそれなりの年齢に達してしまっているが、流石にまだ現代のひらがな、カタカナ、そして漢字の全てに対応出来ていない。

 

「産婦人科よ」

「さんふじんか?また予防接種ってやつやるの?」

「ん…?いいえ、入ったら分かるわ」

「ふーん」

 

 その会話からふと都は気がついた。

 過去に兄と姉が病院に連れて行こうとしたらどんな反応をしていたのか。

 そして御依がとても手のかからない子供であることを。

 

「そう言えば御依は注射全然嫌がらなかったわね。今思えば…」

「うん、まぁ怪異に腹とか貫かれた事あるし、あんな小さな針くらいなんとも」

「やっぱり…」

 

 本当に物騒な娘だった。

 これはもう現世でしっかり幸せを掴んで欲しい所だ。

 

「…ん」

 

 御依は自分から手を出して母親の手を握る。

 

「へっ」

 

 相手は自分の手に触れる温もりに驚く。

 今まで自分から手を握る事はあるが娘からとなると殆ど記憶にない。

 亜夜鳴としての側面を知ってから明らかに距離が縮まった。何より一人の女性としての苦悩と悔恨を垣間見た。

 その事が相手の壁を少しだけ破るきっかけに間違いなくなっている。実際彼女は饒舌な面を見せている。

 

「どうしたの?行かないの?」

 

 御依はぐいぐいと相手を引っ張って病院に入ろうとする。

 今だに自分が齢五十を超える魔術師なのか、それとも六歳の末っ子なのか答えを出す事は出来ない。

 それでも現実の自分に向き合って生活しなければいけない。

 

 

 母親が受付をしている間特にやる事もない為新聞を読む。

 紙面は広げるとかなり大きく周りに人がいなかった為、それをソファーに広げでそれに覆い被さる様に覗き込む様にして読む。

 

(お母さまといっしょは四時半からか)

 

 チェックするのはテレビの番組表欄だった。

 漢字はなんとなく分かるが、現代になるにつれて簡略化、又は新しく生まれたものも多く一から学ばないといけない。

 

「ごめんなさいね待たせちゃって」

「んーん」

 

 受付を終えて戻ってくる。

 新聞を畳んで隣に座る相手を見て御依はふと思った事を口にする。

 

「体悪いの?」

「はい?」

「え?」

 

 彼女としては病院に来たので何か体に異変でもあったのかと思ったのだ。

 だが相手のリアクションはなんでそんな質問をと言った感じだ。

 

「私の予防接種とかじゃないんだよね?ここは病院だしどこか悪いのかなーって」

「悪いと言ったら悪いけど…それ以上にこう…」

 

 相手と会話が上手く噛み合わない。

 

「…あっ」

 

 だが都はここで気が付いた。

 産婦人科に人妻が来る理由はかなり限られているのに相手は気がついていない。

 恐る恐る質問をする。

 

「御依あなた…生理って知ってる?」

「せいり…?」

 

 迂闊だった。

 大昔のお産なんて今の様に病院で健康状態を含めた診断なんて無かっただろうし、今ほど人体について知識が広がっていたとは考えづらい。

 女性の体の周期については何となくは知っているだろう。だがそれが現代社会においてデリケートな知識であるのを把握出来ていない可能性がある。

 そもそも現代の田舎ですらデリカシーのない文化がまだ根付いているくらいなのにだ。

 何なら昭和初期の時代でも病院に行かず家で産むなんて事もかなりあった。

 現代の様な親と子供だけの核家族で一族で同じ屋根の下で過ごす時代ではない。科学の発展と共に病院という機関に頼る様になっているのだ。

 

(これは一度説明した方がいいわね)

 

 今はいいが年齢を重ねて小学生になってからノンデリ発言をしたら堪らない。

 それどころか幼稚園で爆弾発言をしたあかつきにはもう。

 

「御依ちょっといいかしら」

「ひぅ」

 

 都はガッと相手の肩を掴む。

 その威圧感は魔術の租を怯ませ金縛りにあわせるほどだ。

 

「な、何なんです…?」

「これは真面目な話よ。聞きなさい」

 

 相手が魔術の租であろうが関係ない。

 都からしたら一人の自分の血を継ぐ娘でしかない。そうであると覚悟をとっくに決めた。

 

「はい…」

 

 こうして突発的保健授業が幕を開けた。

 

 

「あーなるほどだから血がねー…」

 

 女性についてある程度現代で知っておくべき知識を伝え終わる。

 お腹をさすりながら「どうりで毎月痛かったわけだ」と呟く。全て理解できたわけではなさそうだがある程度は認識は出来たようだ。

 

「じゃあこの病院って…」

 

 ここでやっとこの場所の存在意義について気がついたようだ。

 

「藍原さんお願いします」

 

 看護師の人からの呼び出しが来る。

 都は娘の手を取って診察室へと向かう。

 

 

 様々な検査をする事一時間。ようやく検査結果が発表される。

 

「藍原さん、検査の結果…妊娠されています」

「…っ!」

 

 医者から告げられたその言葉に彼女は手を口元にやって感極まる。

 

「ん…?」

 

 あまり聞き覚えのない単語に御依は疑問符を浮かべる。

 都は話についていけてない娘を正面からギュッと抱きしめると話しかける。

 

「御依はね、お姉ちゃんになるの」

 

 この言葉が耳に入ると何とも言えない感慨のようなものが心に生まれる。

 

「おねぇ…ちゃん」

「そう、お姉ちゃん」

「私が…」

「うん、御依が」

 

 嬉しいだけではない言葉に出来ない感覚が彼女の心を支配している。

 医師は親子の触れ合いをしばらく眺める。少なくとも目の前のやり取りで望まれない子供でない事は悟る。

 

「大体一ヶ月半…もうすぐ二ヶ月ですか…少し遅めの来院ですね」

 

 モニターに録画されたエコー画像を映しながら話しかける。

 

「それは年齢的に周期が大きく乱れただけかと思ったんですけど、流石に長かったので検査キットをしたら…というわけでして」

「なるほど」

 

 そうしながらも医師と都の会話はスムーズに進んでいく。

 既に三人産んでいる彼女からすればこの手の会話は慣れたものだ。

 

 

「妊娠!」

 

 食卓で発表される都の妊娠の報告。

 いの一番に反応したのは夫の良二の嬉しそうな声だっただった。

 

「父さん、母さんおめでとう」

 

 軽く拍手をしながら利人も祝福する。

 彼は妹二人に比べるとかなり歳の離れた兄であるからか落ち着いている。

 

「またお姉ちゃんになっちゃう?」

 

 楊は御依の時はまだ物心がつく前であった為か、感覚として生まれた時から姉だった。

 命が生まれるのを今回初めて体感する事になる。

 

「おめでと」

 

 御依は食卓に置かれている夕食から意識を外さないまま改めて祝福を送る。

 

「取り敢えず食べましょうか」

 

 そんな娘を見て苦笑しながら食事の合図をする。

 皆が合掌をして食事を始める。

 

「四人目かぁ…次は男の子かな、それとも女の子かな」

「気が早いですよ」

 

 夫の滲み出る喜びの声に彼女は苦笑する。

 まだ八ヶ月ほど先の話なのにまるで目の前にプレゼントが置いてあるかのように高揚している。

 

(仲良いと思ってたけど、知らない所でしてるんだなぁ)

 

 御依はおっさん臭い事を考えていた。

 彼女とて一応経産婦の経験がある為、そういう事をすれば子供が出来るという知識は持っている。

 いつも早寝していた為か家族が夜中何をしているかなど全く把握していないが。夫婦の営みを知ろうとするなど野暮である。

 

「おいひ…」

 

 そんな事を考えながらお肉に舌鼓を打つ。

 

 

「あら?」

「ん?」

 

 夜遅く何となく目が覚めた御依は水を飲むために一階のキッチンへと降りていた。

 そして椅子に座って何やら考え事をしている母親と顔を合わせたのだ。

 

「珍しいわね」

 

 早寝早起きの代名詞が夜遅くに起きている事に驚く。

 

「なんか目が覚めちゃった」

 

 御依はそう言いながら踏み台を移動させ流しの前へと置いて、コップに水を一杯分入れる。

 

「…」

 

 彼女は口をつけながらも相手を見る。

 表面上は冷静に見えるが、瞳がどこか揺れている。何かに悩むか怯えている。

 今日産婦人科に向かう際に頑なに御依を連れて行こうとした事、そもそも朝に亜夜鳴に子供がいるのかという質問をした事。

 その全てが何となくだが彼女はらしくないと思った。

 

「…お母さんは何を悩んでるの?」

 

 敢えて切り込む事にする。

 幸いにも今家で起きているのは二人だけ、周りに聞かれる心配はない。

 

「悩む?」

「朝からわたしに色々質問したりとか何か焦ってるというか、落ち着きがない感じ」

「それは…ごめんなさい…」

「んーん」

 

 謝罪を受けるがふるふると小さく首を振って謝るのをやめさせる。

 

「いいの。過去の事はもうとっくに何度も苦しんで悩んで涙なんて流し尽くしたもの。でもそんな私でも家族として受け入れてくれるんでしょう?」

 

 流石にそれをとっくに過ぎ去った過去として他者に楽しく語れるほど割り切ってはいないが。

 

「それで何が不安なの?」

 

 そう言いながら彼女は母の対面の椅子に座ろうとする。椅子は大人用のそれだが問題なく登って座る。

 話を元に戻して改めて問答をする。

 

「それはね…」

 

この時には娘然とした雰囲気ではなくなっていたが都は気にしない。

 

「私は今四十二歳じゃない。それで不安になっちゃったというか」

「ん?なんで?」

「えっとね…」

 

 相手のわけがわからないと言ったリアクションに苦笑いをする。

 

「出産はね歳を取るほどリスクが上がるの。御依も産んだ事があるなら分かると思うけど。二十代の時ですらくたくただったのに四十代の今じゃ体がその負担に耐えれるか分からないなって」

「あー…」

 

 御依も亜夜鳴の時に出産の痛み気を失いそうなほどで、また同時に痛くて気を失う事が出来なかった地獄の思い出がある。

 今でも思い出すと痛くて涙が出そうになるくらいに。

 

「それに御依が大人だから助かってるし、利人も立派になったから安心だけど産まれる子がそうとは限らないもの」

 

 その後に取ってつけたように「あ、楊も頑張ってる」と付ける。

 楊が小さい頃は利人が年齢以上に大人で色々と支えてくれた。

 御依はそもそも手がかからなかった。

 夫の良二も理解力があり積極的に子育てから家事もしてくれた。彼曰く子育てや子供と遊ぶのは子を持つ夫の権利だそうだ。

 核家族だったがとても育児の環境は周りの理解力が高くて恵まれている。

 

「利人はそのうち家を出るし、それで私の体が耐えられるかなとか漠然と考えちゃってね」

 

 そのセリフの後ろに「生まれて欲しくないってわけじゃないわよ」と付け加える。

 子供の面倒を見る際の親に要求されるマンパワーは計り知れない。

 

「それにこれから生まれる子が高校生の頃には私も良二さんも六十なんだなって思っちゃったの」

 

 自分のお腹をさすりながらそう言う。

 他の若いお母さんの中に一回り年上の母が混ざる光景は子供にどう映るのだろうかと思ってしまう。

 夫婦として話し合って決めた事ではある。覚悟も決めているつもりだった。いざそれが現実となると不安な心が漏れ出てくる。

 

「もー…」

 

 母の考えを可能な限り読み取ろうとして、そしてそれを自分なりに噛み砕く。

 そして出てきたのがため息。

 

「み、御依?」

 

 なぜ呆れられているのか分からずついオロオロしてしまう。

 

「話長すぎ!」

 

 御依は一言で都の悩みをバッサリといった。

 

「な、長い?」

「家族の問題は家族で協力すればいいだけでしょ?私だって手伝うし、お父さんもお姉ちゃんもお兄ちゃんもだよ。全部協力出来なくても皆んなが自分が出来ることを考えて動けば大変であっても苦しいはずないんだよ」

 

 相手はその言葉を黙って噛み締めるように聞いていた。

 

「自分だけが背負ってるって思いすぎ。私にも背負わせてよ。私の事をさ…背負ってくれたみたいに」

 

 あの日、御依は車の中で家族の会話を実は聞いていた。

 自分の処遇について意見が割れた事、そして母親は正体を告発すべきだと考えていた事。

 そして最後は家族だから、娘だからと言う理由で尊重をすると決めた事。

 

「私も藍原だもん」

 

 彼女は自分の意見は言い切った。

 中身は亜夜鳴であるが、同時に藍原家の末っ子でいつか生まれる年下の弟妹の姉でもあるのだ。

 

「ありがとうね、御依」

 

 少しだけ硬さの消えた表情で笑った。目尻に少しだけ涙を滲ませて。




六歳児プレイがまだまだ続きそう
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