転生巫女は静かに暮らしたい   作:高町廻ル

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夏休みのススメ

 八月に入り、夏休みも本番でかなり中だるみする日々が続いている。

 

「おはようお兄ちゃん」

「おう、おはよう」

 

 リビングのソファーでに座っている妹からの朗らかな挨拶。

 これはいい、なんの問題もない。

 

「おはよう利人」

「お、おはよう…お母さん…」

 

 母親の都から放たれるかなりのプレッシャーにたじろぐ。

 既に午前の九時半でおはようかこんにちはかかなり微妙な時間になっている。

 

「あーいやさ、昨日はほんっとにギリギリで…」

 

 彼はなんとか母親の爆弾を起爆させない様に言い訳を敢行しようとする。

 親として遅く帰ればそれなりに夕食なり洗濯の準備がある。当然迷惑をかけている自覚はある。

 

「ん、まぁ?」

 

 相変わらずの冷凍光線の様な視線に本当に体が凍らされているのではと錯覚してしまう。

 

「高校に進学してから?怪異絡みの訓練も本格化してますし?忙しいのは理解できますし?休みの日も頑張ってるのは理解してますし?親として息子の将来を応援しますし?」

「は、はい…」

 

 彼は直立して説教を受ける。

 この家で都に逆らえる者は存在しない。都は母親モードの時は御依も逆らう事を許さない。

 母親としての責務はきちんと果たすがそれはそうとして休みだからといって遅くに起きるのはどうなの?という事だ。

 

「本当に休みとはいえ遅くに起きて…メリハリのない生活をしてしまい…面目次第も御座いません…」

「分かればよろしい」

 

 都は息子からその言葉を聞いて遅めの朝食の用意をする。

 別に本気で怒っているわけではないのだ。仕方のない事情くらいは分かっている。

 しかし怪異の訓練だから、魔術師としての力があるから、それで特例や特別扱いを許したら、魔術しか出来ない人間になってしまうと思っているのだ。

 先日の旅館での怪異事件も本来は協会は厳しい罰則を与えるべきだが、結果は温情による軽い謹慎で済ませた。

 それは利人という圧倒的な才能を持つ人間にヘソを曲げられたくないからだ。

 周りはそうやって彼をチヤホヤするが、親くらいは味方であってもそんな特別扱いを許してはいけないと考えている。

 

「それはそうとして最近頑張ってるわね」

 

 褒める事は忘れない、頑張っているのは事実だからだ。

 これまで真面目に訓練はしてきたがここまで追い込むのはらしくないなと思っていたのだ。

 いつも飄々としている感じを受けていたのだ。

 

「最近実力不足を感じたというか、もっと上を目指したくなったんだよ」

 

 利人はなんて事はなさそうに言った。

 気負っていたりしている様には都からは見えなかった。

 

「ふうん…そうなの」

 

 母からしたら利人は才気溢れる若者で、親である自分と比べてあらゆるものを持っている側の人間だ。

 そんな彼が何故そこまで駆り立てられているのか正直理解し難い。

 

「あれっ?」

 

 彼はリビングでくつろいでいると思っていた妹に話しかけるのだが。目を疑う光景があった。

 

「どうしたの?」

 

 御依は何を驚いているのか分からないといった感じになる。

 

「どうしたというか何してんの?」

「何って…勉強だけど」

 

 リビングのテーブルに置かれていたのは小学校低学年向けの教科書とタブレット端末だった。

 

「べ、勉強?」

「もう正体バレたし隠さなくていいなら読み書きとか算術くらいはやりたくて。だって時間が勿体無いじゃない」

「ね、熱心すぎる…」

 

 魔術の祖と呼ばれ、その功績は現代に至るまで語り継がれるほどの存在だけあって学問に対しての向上心が半端ではない。

 しれっと現代の機械をも使いこなそうとしているし、英語の教科書も混ざっている。

 こんな生活サイクル完璧な妹がいたらそれは息子への当たりも厳しくなるというものだ。

 

「俺が小学生の時なんて魔術の塾以外は自転車で町内爆走してたぞ…」

「それはそれで正しい生活だと思うけど…」

 

 何やら劣等感を受けている様なのでフォローはする。

 側から見ればかなり背伸びした意識高い系だが、彼女からしたら学ぶ事そのものが楽しいと思える人間なので苦ではない。

 

「あ、そっか。リビングで勉強するの今日が初めてか」

 

 なんでこんな説明をしているのだろうと彼女は思ったが、理由に思い至った。

 今回は日本語や英語の発音を学ぶ為にタブレットを使用している。

 まだ機械の扱いは分からないのですぐ質問が出来るように母親のいる場所でやっているのだ。

 

「ごめんここどう使ったらいいの?」

 

 分からないところが出たのでそばにいた兄に質問をする。

 

「ん、ここのをタップしてスライドだな」

「ありがと」

 

 そういって兄から視線を切って再び端末とテキストを睨めっこする。

 

「もうみーが姉でいいだろ…」

 

 兄として恥ずかしくなってしまう。

 

 

「楊が塾に行く?」

 

 遅い朝食をいただきながらそんな話を受ける。

 

「そうよ、今日行くことになったのよ」

「ふーん…」

 

 長女の素質について正直思う所はある。だが頭ごなしに否定しても何も変わらない為特に意見は挟まない。

 

「今日は予定ないのよね?」

「今日は暇だね」

「良かった、なら御依を外に連れて行ってあげて」

「え?みーを?」

 

 二人はいまだに勉強に集中する妹に視線を送る。

 

「夏休みに入ってからずっと勉強漬けなのよ。自主的にやっているから否定もできないし…」

「そうだね…あの熱心さと目の輝かせ具合は…」

 

 無理にやらされている勉強でないし、そもそも楽しそうなだけに止めるのも難しい。しかも生活リズムが完璧だと小言ひとつすら挟めない。

 非常に自慢の娘になっていた。

 しかし彼女は家で勉強しっぱなしは不健全であると考える。

 人には実年齢相応の楽しみ方や成長がある。

 

「流石に外に出ないといけないんだけど今日はかかりっきりになっちゃうから」

「あーなるほど」

 

 塾初日だと預けて終わりというわけには行くまい。

 そして白羽の矢が立ったのが息子というわけだ。

 

「というわけで」

 

 彼女は息子の所まで行ってスッと軍資金を渡す。

 

「これで食べてきなさい」

 

 朝食の最中に昼食の話を始めてしまう。

 お腹いっぱいで返事は出来ないがとにかく一日時間を潰してこいというお達しである事は理解した。

 

 

 まさにそこは別世界だった。

 後に御依はそう語る。

 

「おお!」

 

 煌びやかなテナント達にピッカピカのフロア。

 

「おおっ!」

 

 店先に置かれているキラキラとした小物や装飾品。

 

「落ち着こうな」

 

 利人は苦笑いしながら御依の頭に手を置いて撫でる。

 二人は近場の様々な店がひしめき合う総合商業施設、つまりデパートに来ていた。

 映画館にゲームセンターからスーパーマーケットのエリアまであらゆる楽しいが揃っている。

 

「今日はっ何しに来たのっ?」

 

 彼女は浮つく気持ちを抑えようとしているが溢れ出てしまっている。

 

「あはは」

 

 彼はそんな態度につい笑ってしまう。

 何というかかなり人生をエンジョイしている。

 そんな姿を見て彼は思うのだ。

 

(なんつーかポジティブだよな)

 

 御依は相変わらずテナント先のスペースに陳列された商品を興味深そうに見ている。

 本当に前向きというか暗いと思わせないなと感じた。

過去に騙し討ちにあって全てを失って殺されたとは本当に思えないのだ。

 彼は御依が嘘をついているとは思えなかった。彼女が語った過去は端折ってこそいたが本当の事を言っていると思う。

 亜夜鳴は死の直前にありったけの怨嗟の言葉を吐いて死んだと伝えられたが、その痕跡は彼女から感じないのだ。

 

「えーピッカピカだ。すごー」

 

 彼女は目新しい装飾に目を奪われている。

 本人が言っていた死ぬ本当に直前の記憶が曖昧である事、これが憎しみや憎悪で堕ちていない要因なのだ。

 

(もしも…)

 

 もし今世でも前世の憎しみを持ち込んでいたらと思うと背筋が凍る。

 まだ六歳の未成熟な体でも式神だけで軽々と怪異を殺す技量、その矛先が人に向かったとしたら。そして力を十全に振るえるまで淡々と時を待っていたら。

 伝説に名を残す魔術の租が憎しみを持って牙を剥いたとしたら世界はどうなるのだろうか。

 だからこそ、その力を迷いなく利人と母親の都を守る為にリスクを承知で使った事実に安心したのだ。

 強大な魔術師ではなく藍原家の一員でいてくれる事実に。

 

「てか夏休みだってのにガラガラだな」

 

 思考を切り替えて周りの状況をそう分析する。

 元々寂れ気味な場所とはいえ本当に人が少ない。お盆の時期で帰省ブームだからだろうか。

 

「これなーに?」

 

 彼女が興味を示したのはガシャポンが大量に陳列されたスペースだった。

 

「ガチャガチャだな」

「がちゃ?」

「うん、これにお金を入れてだな」

 

 彼はそう説明しながら財布から百円硬貨を取り出して入れる。

 

「んでこのレバーを回してだな…」

 

 財布を収めて右手でレバーを捻る。

 するとガシャんと丸いカプセルが出てくる。

 

「ほら開けてみ?」

「開ける…」

 

 上下で色の異なる丸いボールを見てどうすればいいのか分からない。何かが入っているのは分かっているがどうすればそれを手に取れるのか。

 

「少し潰してみてみ?」

「大丈夫なの?」

「その丸い入れ物は壊れてもいいからさ」

「んっ」

 

 ガチャポンのボールの繋ぎ目に少しだけ力を入れてひしゃげさせる。

 

「おおっ!」

 

 ケースが二つに割れて中から携帯のストラップに使えそうな人形が出てくる。

 

「うさぎさん!」

 

 子ども向け教育番組に出てくるマスコットキャラクターの人形だった、しかも丁寧に紐もセットでついている。

 

「なんか欲しいやつあったらいいよ」

 

 彼はあくまで自分で勝手に決めて取ったものなので欲しいやつがあればと提案をする。

 

「ううん、これがいいの」

 

 首を振ってウサギの小さなぬいぐるみを大切そうに持っている。

 そこまで嬉しそうなら新しいものを提案するなんて野暮だろう。

 

「そうか、じゃあかけるよ」

 

 相手からストラップを預かり紐を通して首にかけてあげる。

 

「んふふ…」

 

 彼女は首にかけられたストラップを嬉しそうに弄っている。

 

「あれ?利人くん?」

「ん?」

 

 そんな楽しそうな二人に話しかけてくる女の子が一人いた。

 その二人は中学生と小学生くらいのおそらく姉妹だ。

 

「誰…?」

 

 御依は反射的に体を利人の影にかくす。

 決して人見知りではなく正体を隠している身のための反射的な行動だった。

 

「ん、そうか御依は初対面か」

 

 それを察した利人は相手の頭を撫でながら二人の紹介をする。

 

「こっちは同じ塾で一緒に習ってた紫雲理保子さん」

 

 彼は手のひらをお姉さんの方へと向けて紹介をする。

 

(紫雲家…)

 

 前に教えてもらった御家の一つだった。

 そして現当主はコード式魔導具を発明した偉人だと。目の前の女性はその家に深い関係のある人物なのだと。

 

「あなたが御依さんね。利人くんから聞いてるわ。紫雲理保子です、中学三年生です。よろしくね」

 

 理保子は笑顔で相手と目線を合わせる為に膝を下につけて自己紹介をする。

 

「うん…」

 

 しかし御依の警戒する態度は軟化しない、利人と同じ塾という事は魔術師の見習いという事だからだ。

 その態度を受けた相手は「恥ずかしがり屋さんなのかな?」と気分を害したわけでもない微笑みで呟いている。

 彼は警戒心が出ている状態の相手に気がつく。

 

「大丈夫。理保子は実力者だけど魔力の探知がそんなに得意じゃないから」

 

 利人は体で妹を隠しながら小声で伝える。

 御依はチラリと相手を見るが特段何かに気がついた風ではない。

 

「ほら自己紹介」

 

 彼はそう言って立ち上がり御依を前に出す。

 

「藍原御依です。よろしくお願いします」

 

 彼女はぺこりと頭を下げる。

 

「わぁ礼儀正しいのね。よろしくね」

 

 手足を揃えた様になり、首だけ曲げるのではない頭の下げ方と腰の曲げ方がスムーズな挨拶に彼女は感心する。

 六歳の子供が手足の先までピシッと、そして滑らかな動作をするのは中々に仕込まれている。

 紫雲家のお嬢様だからこそ、その所作から滲み出る育ちの良さを見抜く。

 

「お、お母さんがさ、厳しくてね」

 

 彼は流石に変な方向で印象に残っているのではないかと弁論を図る。

 日本舞踊や芸能に関わらない家の子供はここまで丁寧な挨拶はしないのではと思ったのだ。平安っ子恐るべし。

 

「あー都さんね。すっごい厳しいもんね」

 

 あの母親ならこの挨拶は納得といった雰囲気になる。

 御依は少なくとも目の前にいる理保子は藍原家と密な関係があるのだなと解釈する。

 

「私は紫雲香織です」

 

 二人の間に朗らかな雰囲気が流れる中、そこに割って入ってきたのはその妹の香織だった。

 見た目的に御依と同じくらいだろうか。彼女は視線を御依へと向ける。

 

「貴方が藍原御依…利人さんの妹ですね」

「はい、藍原御依です。よろしくお願いします」

 

 何の確認だろうと疑問に思うがとりあえず肯定する。

 

「ならば…貴方は私のライバルです!」

「何を言ってるんだ君は」

 

 その意味不明な宣言に御依はつい素が出てしまう。

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