折角だからという事で突発的に紫雲家の二人と一緒に巡る事になる。
デートと呼ぶにはいささか面子の年齢差が広がり過ぎているが。
「……」
先ほどからずっと香織に睨まれるような視線を送られて居心地の悪い御依。
(何なのこの子…)
初対面のはずなのに何故か目の敵にされる。
別段態度の悪いことはしていないはずなのになぜ敵対されているのか。
「利人さんっ、これどうですか?」
香織はふと視界に入った女性向けの小物を扱う店が視界に入る。
彼女が手に取ったのは緑色のヘアピン。
「ヘアピンか?いいんじゃない?」
「では買います」
「そんな簡単に財布の紐緩めんの?」
相手からのその返事を聞いてすぐさまレジの方へと持っていく。
「あ、あはは…」
姉の理保子は苦笑いしかできない。
再びテナントを色々とぶらつく。
「あれなに?」
御依はそんな中、視線先にある少しトーンが黒目なテナントに視線を向ける。
その先にはキーボードタイプの電子ピアノが。
質問に答えたのは利人だった。
「あれは…楽器か」
「楽器?」
「そそ、ピアノって言って叩くと音が鳴る的な」
「あんな大きいのを叩くの?」
彼女の脳内には筋骨隆々な男性が無茶苦茶に目の前のピアノを振り回す姿が。
太鼓のような神楽等で使うものが彼女の中の楽器で、大体は叩くか振り回す。
「それはー…力が必要なんだねぇ…」
「ぷっ」
勘違いしている相手を香織は分かりやすく笑う。なにも分かってない相手をバカにしている。
先ほどから敵意剥き出しである。
そして例の楽器の前にある椅子に座る。
「これはピアノと言ってこうやって弾くんです」
そう言って両手が動き出し曲を奏でる。
御依の知らない曲だったが、少し練習をしただけでは出来ないのは素人ながら分かった。
「すごーい」
拍手をしながら賞賛の言葉を贈る。
しかし相手はなぜかその賞賛が気に入らなさそうで。
「このくらいは女性なら出来て当然です」
演奏を途中でやめてしまい、別の楽器を見に行ってしまう。
(何でこんなに絡まれるんだろ)
彼女は理由が分からなかった。
「ごめんなさい御依さん、ちゃんと注意するから…」
理保子は妹の態度にフォローを入れる。いくら何でも身内の態度が悪い。
「あはは、あんな子供の癇癪なんていちいち気にしてられませんよ」
実際いちいち気にしていても仕方ない話だと思った。
世の中にはどうしても合わない人もいて、無理に合わせようとしても疲れるだけだ。
「え…?」
「へえ?あ!」
つい心の声が漏れてしまいバッチリ相手に聞かれてしまう。
「御依はそんなの気にしないよな!」
「そ、そう!私にも改めるところあるかも!だし!」
藍原家の二人は必死に失態をフォローする。
「そ、そう?ちょっと待ってね香織と話してくるから」
そう言って妹の元へと歩いていく。
少し遠いところに相手が移動してから反省会が始まる。
「あほー」
「面目ない…」
フォローはしたが相手に違和感を覚えさせるには十分な事を口にしてしまったのは間違いなかった。
「というか何で私はあんなに目の敵にされてるの?なんかしたっけ?」
結局の所そこに話が行き着くわけで。彼女には心当たりがなさすぎるのだ。
「あぁそれはだな…」
その疑問に対して利人は言いづらそうにしている。
言語化するのが難しいのか、それとも恥ずかしいのか。
「なに?教えてよ」
彼は問いかけに対して息を少しだけ吐いて重くなった口を開く。
「…あの子はな、俺の事が好きなんだよ」
「は?」
一瞬相手がなにを言ったのか分からなかった。
「二度も言わすなよ」
「え、え?」
相手がやつ当たる理由、それは嫉妬。
「いやいや、お兄ちゃんが好きだからって何で妹に?」
妹は恋愛のライバルたりえないだろう。
彼は「ここからは想像でしかないけど」と頭につけて。
「俺のそばにいる異性が気に入らないんだろうな。好きって言っても恋愛的なアレよりは憧れとか尊敬とかそっちの方が近いんだろうし。あの年齢で恋愛的なのは理解出来ないだろ」
そう言われても御依は何もわからない。
妹に優位を取ったからといって何が変わるわけでもないだろう。
「…ごめん、ほんっとうに意味がわからない。それが平成の恋愛観なの?」
「そうだな、俺も自分で言ってて意味がわからん…」
彼自身も言っててよく意味が分かっていない。少なくとも香織からの好意は受け流してしまっている。
続けて「ただ」と付け加えて。
「楊にも同じ態度取ってたな。あれはそもそも嫌われてるとすら感じてなかったけど」
「ありえる」
相手のことなど無視してべたつく長女の姿が二人の脳裏にくっきりと浮かび上がる。
二人はチラリと紫雲家の二人を見るがまだ何かを話している。
まだ少しだけ時間がかかりそうだった。
「そういえば楊のこと聞いたか?」
「ん、なにを?」
「塾に行くことをだよ」
「聞いた聞いた」
つい先日、本人の口から塾に行く事を話された事。そして今日念願の塾に行っている事。
「どう思う?」
「どうって私になにを言って欲しいの?」
御依は突然子供の表情から亜夜鳴の顔になる。
彼女は分かっているのだ、利人が楊に対して何を思っているのか。
「魔術師は命のかかった場面に直面する事が多い。半端な力で入るべきじゃない」
「……」
御依はその言葉を聞いて少しだけ黙る。自分の過去の経験と照らし合わせていた。
魔術を学問として築いた時から怪異に対してあらゆる人が自衛の手段を手に入れて死者の数は減った。
しかしそれと同時に怪異に対して無縁だった人がそれに挑み死ぬというケースも増加してしまった。
目の前の死者を減らす為に無関係であったはずの人が殉職するジレンマを抱える事になる。
「そうだね」
だからこそ彼女は否定しない。
綺麗事を言っても何も変わらなければ、そもそも彼女は綺麗な人間でもない。
「でも私やお兄ちゃんがそれを口にするのは傲慢だけどね。だからお姉ちゃんにはそれ、直接言ってないんでしょう?」
「まぁそうだな」
彼もまた否定はしない。
彼女は「それに」と付け加えて。
「もう何を言ってもお姉ちゃんは止められないと思う。完全に火がついちゃってるから」
先日の土地神の件で楊の中で明確に目指したい自分が出来てしまったのだ。
あの心に灯ってしまった火を他人がどうこう言って消すのは不可能だ。
「今は様子を見るしかないと思うんだ」
楊の目指したいものが果てしなく困難であっても、それが不可能であると断言できる材料は誰も持っていない。
「そうだな、陽が辛くてもそれでもやるなら見守るしかないか」
結局二人の話し合いで何かが進展するわけではなかった。
だが利人は少しだけ胸が軽くなった気がしたのだ。
「ほら香織」
「……ごめんなさい」
その後、二人が戻ってきたが香織は一言述べてから頬を膨らませて黙り込んでいた。
御依はそんな態度にちょっと可愛いなと思ってしまう。
◎
「はぁ〜…」
理保子から漏れる幸せが逃げそうなため息。
グループ四人はちょっと花摘みタイムに入る。
(こんな所で利人くんに会うなんて…)
理保子は流しの前の鏡に映る自分に注意を払う。
髪型は変ではないか、毛が跳ねていて目立ったら嫌だなとか。とにかく見た目に気を使う。
化粧も一応してはいるがそれは外に出て問題ない程度の力の入れようというだけで、好きな人に見せる力の入れようではない。
今からメイクに手直しは出来るが、それをしたら意識しまくりなのがバレる。
そもそも利人に会えると分かっていればもっと服装も含めてキッチリと決めていた。
妹と遊びに出るだけだからこそ少し隙のある格好になってしまった。
「御依さんかー…」
前にも長女の楊と顔を合わせた事はあるが、まさに元気印と言った活発な子だった。
あの姉と比べたらなのかもしれないがかなり大人しい、というよりも波紋を起こさない穏やかな水面と言った印象を受けた。
少なくとも自分の妹よりは大人だ。
「私がどうかしましたか?」
「えっ!?」
すぐ隣で一段低くなっている流しで手を洗っている御依が話しかける。
「い、いつの間に」
「鏡相手にため息を吐いたあたりから」
なんて事のなさそうな態度でハンカチで手を拭う。
彼女は改めて相手の容姿を見る。
肩甲骨まで伸びた髪、髪は一本一本が絹のようでサラリとしている。
目はぱっちりと開き、くりっとした愛嬌がある。
口角は常に少しだけ上がっており、穏やかな微笑みを携えている。
美麗な人形にそのまま命を吹き込んだような美少女だった。六歳でこの完成度なら十年後にはどうなってしまうのか楽しみだった。
そしてそこに綺麗な所作が加わった子供がいたらそれは家族総出で溺愛するに決まっている。
そこまで考えてから理保子は言わなければいけない事がある事を思い出す。
「今日はごめんなさい」
礼儀正しいお辞儀で謝罪をする。
「ん?何がですか?」
「香織があんな…」
「あぁ…」
身内の無礼はその家全体の教養や躾を疑われる。
紫雲家という大きな家に生まれて、今日まで生きていたからこそその重さを分かっている。
日本の表と裏で絶大な権威を振う紫雲家の当主の祖父を持つからこそ、自分の立ち振る舞い一つが家と当主の品格に直結してしまう。
その重圧を感じ続けてきた十五年だった。
そんな相手に対して揺るがない瞳で御依は眺めている。
「み、御依さん?」
まるで吸い込まれそうになるような瞳に彼女は少したじろいでしまう。
利人と同じような中身を見透かしているようなその目。
「…自分に厳しくて責任感のある優しい人なんですね」
御依はそんな相手を見てそんな一言を口にした。
「…私が?」
そんな評価など初めて受けた彼女はポカンとする。
今まで魔術師としての腕を高く評価するものが多かった。十五にして闇属性と雲属性を、特に闇に関しては概念まで修めた紫雲家きっての才女として高い評価は受けてきたし、そう言われるだけの努力も驕らずそして怠らずしている。
だが責任感とか優しいとか言われた経験はそこまでないように感じる。
思い返せば初めて会った時の利人が「そんなんで肩凝らない?」と自分が肩肘を張っていたのを見抜いたくらいか。
あの時から家族以外に自分の素の部分を少しだけ出せるようになった気がする。
「なんかお母さんぽいなって!」
「お、お母さん…?」
それがどのような評価になるのか測りかねた。
藍原家の母親は藍原都だ。ルールに厳格でルーズな生活を許さない。
それがただ厳しいだけではないのを理保子も知っている。優しさと子供たちの将来を案じているからこそくる厳しさなのを知っている。
もし仮にあの母親でなければ、利人は甘やかされ力と結果さえあればそれでいいという傲慢な人間だったに違いない。
敬意を持てる相手であり、もしその女性と同じ評価なら光栄である。
手を拭いた相手は手洗いの外に出ようとする。彼女はその背中を何故か引き止めてしまう。
「み、御依ちゃんって…呼んでいいかな?」
「はい?」
相手からの予想外な提案に足を止めて振り返る。
「い、いやならいいの。馴れ馴れしいかもだから」
「大丈夫ですよ。お兄ちゃんとお姉ちゃんは『みー』って呼びますから」
彼女はとびきりの笑顔でそう返した。
書いてて気がついたんですけど御依の容姿について触れたの初めてでは