四人は昼も過ぎたので少し遅めの昼食を取る為にフードコートへと移動をしていた。
「そう言えば利人くんは交流戦出るんだよね?」
理保子はなんとなくその話題を振る。
「ん、あぁ出るよ一応」
「一年生で選ばれてるんだよね。凄いなぁ…」
「何言ってんだよ。理保子も来年入学したら即代表メンだろ」
「うーん、そうかなぁ…」
二人の会話を聞いている御依は何のことか分からない。
「ねぇ」
「はい?」
隣を歩いている香織に話しかけてみる。
相変わらず気に入らなさそうだが姉に釘を刺されたからか大人しく返事はする。
「交流戦って何?」
「知らないの!?それでも魔術師家系ですか!」
先程までと違い、小バカにしているというよりも何で知らないのかと本気で驚いている様子だった。
そのやり取りは年長二人にも聞こえていたようで会話を一旦中断して歩きながらも意識を妹たちに向ける。
「うん知らない」
「はぁ〜…」
相手の態度からふざけた部分はないと分かって少し頭を抑えながら説明をする。
「交流戦は魔術師育成の高校同士の腕試しの場です」
「腕試し」
「高校は日本に二校、東京と京都に二つあります。その二校で代表を出しあって様々な競技で対戦をするんです」
「へぇー…」
そんなイベントがあるのかと御依は感心する。
切磋琢磨する事や姉妹校同士の交流そのものが目的地のイベント。
「利人くんは一年生で代表に選ばれた凄い人なの」
理保子は本人よりも誇らしそうにそう言った。
「え、何で?」
凄いと言われても具体的に何が優れているのか分かりかねる。
利人は少し噛み砕いて説明をする。
「みーも知ってると思うけど魔術師の力の根源は経験と蓄積だ」
「うん、そうだね」
魔術師としての腕は適性等はあるが基本的には毎日の積み重ねになる。
魔術の租の彼女はその事をしっかりと理解している。
「一年よりも三年の方が実践経験もあるし、命の危険も感じた人もいる。まぁハートが強いんだよ。だから半年足らずでその差を埋めて乗り越えるのは基本難しいらしいぞ」
練習で百度行い百度成功した技も、怪異という敵を前にして心拍を乱す事なく実戦で使えるかと言われたらそれは困難だ。
実際利人も怪異に不意を突かれた際に上手く立ち回れなかった。
実践と練習はやる事が同じでも全くの別物なのだ。
「ふーん、お兄ちゃんって意外と凄いんだね。ちょっと見直した」
「今まで俺の評価は何だったんだよ…」
兄妹の他愛もない、気負わない会話。
「…御依ちゃんってすごく頭がいいというか、今の説明でちゃんと分かるんだね」
「利人さんに向かってなんて生意気な!」
妹の香織も交流戦を含めた魔術絡みの事は分かっているが、それは紫雲家の英才教育があるからこそだ。
目の前の兄妹は魔術や怪異について基本的には理解出来ているという前提で会話をしていた。
香織はその家族の親密な距離感に嫉妬している。しかしすぐさま姉に「めっ」と注意されると大人しくなる。
「今協会で名前を挙げる一級の魔術師はこの交流戦で活躍した人ばかりです」
気を取り直した香織は付け加えてそう説明をする。
周りはその中に利人も入るだろうと確信して見ている。
「理保子んところのお兄さんも出るよな」
「うん出るよ。というか会ってないの?」
彼はふと思い出したように問いかける。
紫雲華流、高校三年生で二人の兄にあたる人物。そして去年の交流戦東京校勝利の立役者。
「会ったけど忙しそうだったしあんま話してないな。あの人苦手なんだよ」
「あはは…ちょっと威圧感はあるかもね。悪い人じゃないんだよ」
その人物評に彼女は苦笑いしかできない。
「そりゃ知ってるけどさ。代表の主将も快く引き受けてたし。率先して指示出してるし」
「うん、お休み返上で学校行ってるね」
二人の間にある緩めな空気は時間をかけて築かれてきたものだ。
一般的にはいい雰囲気と言ったやつか。
(そうか、お兄ちゃんが最近帰るのが遅いのはその交流戦の準備か)
御依は何となく頑張っているなと思っていたが、理由は学校の行事に真面目に取り組んでいたのだ。
色とりどりの飲食店がずらりと並ぶ。
「みーは何食べたいんだ?」
フードコートに着いた一行はそれぞれ何を頼むのか悩ませていた。
「お子様ランチ以外なら…」
「切実だな…」
御依の悲しい願望に彼の胸が苦しくなる。
もっと背伸びしたり美味しいものを食べたい年頃だろう。
「好きなもん食いな、食べきれないやつはまぁ俺が何とかするからさ」
「いいの!?」
「いいよ、今なら母さんの目も光らないしな」
「お兄ちゃん愛してる!」
「おまっ…現代に毒され過ぎだろ…」
魔術の租の威圧などどこえやらな態度に苦笑いしかできない。
「あれは愛の告白じゃないからね?」
「…っ、分かってるもん」
姉は先手を打って妹を牽制する。
「いただきます!」
ホットプレートにどさりと乗せられる焼き飯を前に辛抱たまらず食べ始める御依。
「はしたない…」
淑女としてあるまじき言動とがっつき具合に香織はもはや引いている。
好きな異性の前(香織のみ)で大きな口を開けて食べるなどあってはいけないと考えている。
(手で溢れないようにしてるし、一口が大きくてリアクションが大きいだけで汚い食べ方じゃない)
理保子は母親である都の躾の徹底さを感じていた。実際は見当違いだが。
そんな姉妹の値踏みなど知った事かと御依はバクバク食べていく。
「取らないからゆっくり食べろよな」
利人は苦笑いしながら自分の選んだうどんをすする。
「御依ちゃん、ホットプレートに髪が当たってる。縛らないと」
理保子はふと気がついた事を指摘する。
プレートは既に熱々の状態ではないとは言え、その綺麗な髪に汚れがつくのは勿体無いと思ってしまう。
「え?ほんとだ」
御依は食べようとしていたご飯をすくっていたスプーンを止めて指摘されている部分を見る。
「利人くんヘアゴムないの?」
「持ってないわ…」
兄もこの状況を想定してなかったのか不甲斐ない返事をする。
「いいよ縛るから」
そう言って御依は髪を縛ろうとする。
しかし髪がさらつくのと死角で髪を纏めなければいけないため難易度が高く、上手く髪の毛を纏められないようで苦戦してしまう。
最終的に宣言の通り縛ろうとする。そう髪を二房に分けて固結びで。
「ちょっとぉ!?何してるの!!?」
理保子はあまりにも雑過ぎるそれについストップをかけてしまう。
「……」
香織に関しては目の前の光景が意味不明すぎて絶句している。
「何って…髪を縛ろうかと」
「本当に縛るやつがあるかっ!」
理保子はいつものお淑やかさや落ち着きを振り払って、つい強めな言葉を発してしまう。
「というか長いと邪魔だな…もうバッサリ切ろうかな…」
「……」
初対面の時に感じた人形のような美麗さや落ち着いた水面のイメージは彼女の中で粉々に打ち砕かれ消え去った。
「分かりました。私がまとめます」
そう言ってカバンから予備のシュシュを取り出してから立ち上がり相手の背後に立つ。
「うわっ」
髪を触って改めて気がつく。
一本一本が滑らかな手触りで、自分の手からすり抜けるようだった。
「御依ちゃんはいつもどんな手入れをしてるの?」
ぜひ女性としてこの髪触りの秘訣を知りたいと思った。
しかし現実は残酷だった。
「手入れってなに…?」
「嘘でしょ…」
髪の手入れやケアの類を一切してないとも取れるその発言に絶句してしまう。
「みーっていつも髪をドライヤーで乾かすくらいしかしてないよな。シャンプーも市販のやつだし。なんなら母さんにイヤイヤ乾かさされてるし」
「うん、そうだね。だって髪が長いとドライヤー時間がかかってめんどくさいんだもん」
兄妹の会話を聞いて、この世の理不尽を感じながらも理保子は相手の髪をまとめる。
「はい出来ました」
「ありがとうございます」
簡単なポニーテールだが相手は纏められた髪先をいじり嬉しそうにしている。
「おいし」
だが色気より食い気なのか直ぐさま昼食を再開する。
相変わらずバクバクと食べている相手を見てから、理保子は自分席に戻りその兄へと話しかける。
「すっごくげんきんな子だね…」
「食う事が一番の楽しみだからな」
決して御依が嫌なわけではないが、彼女はこの短い付き合いの中でだいぶ疲れてしまった。
◎
大手のリサイクルショップが入っているフロアに入る。
ちなみに気に入ってるのかポニーテールは継続している。
「本ってこんなにいっぱいあるんだ」
御依は古本のスペースをみて感嘆の息を吐く。
一応この光景は予想はしていたが実際に目にすると圧倒される。
この世界に生まれてから不思議に思っていた。勉強したいと言ったら簡単に親から参考書を与えられた。
上の兄と姉が当たり前のように大量の教科書を専用の鞄を使い学校と呼ばれる教育機関に通っている。
何よりこの世界の識字率は新聞と呼ばれる物を知ってから相当に圧倒的に高いと予想できた。
平安の時代は活版印刷の技術など無く、手書きや手作業で写すのが当たり前で誰もが文献に触れられるなど考えられなかった。
「…そりゃ魔術も広まるわけか」
ボソリと呟く。それは誰の耳にも届かない。
直接的な指導と口頭での説明が基本の平安よりは、文章とイラストを活用すれば少ない指導員で大人数の教育を達成できる。
「これ見たことあるタイトルだ」
小さな文庫本サイズの小説を一つ手に取る。
世界的に有名なミステリー小説だった。
「私ここでちょっと本探す」
そう言って一人の世界に入る。
本の世界に没頭するのを見て理保子は疑問が浮かぶ。
「利人くん、御依ちゃんって漢字読めるの?」
「多分読めるよ。愛読書が国語の教科書と新聞だもん」
「そんな幼稚園児いるの?」
「信じられないかもしれないけどいるんだよ…最近英語に挑戦してるらしいよ…」
「何それ天才なの?」
「天災だよ…」
見た目は六歳児!中身が五十オーバーの魔術の租!その名前は亜夜鳴!とは言えない。
「どうしたもんかな」
「何がです?」
薄いため息を吐く利人にめざとく気がついた香織はここぞとばかりに話しかける。
「みーが家に篭りっきりだから外に出すように母さんに頼まれたんだけどさ。結局家にいる時とやってる事あんま変わらないなってさ」
彼は「どーしたもんかなー」と困ったように呟く。
「……」
香織は色々と考える。
好きな人が困っており、その力添えをするシチュエーションは好感度ポイント稼ぎにはうってつけだ。
「私が御依さんの相手をします!」
胸をドンと叩いてバッチコイ!とアピールをする。
「そうなの?なら香織に任せようかしら」
「え?」
それに乗っかる理保子。
「いいのか?同い年の子なら御依も色々と変わるかも」
「ええ?」
それに乗っかる利人。
「そう言えばここ電子機器系も扱ってたよね。ち、ちょっと気になるから利人くん教えてくれない?」
「おういいよ、まぁ俺もそんな詳しいわけじゃないけど」
「えええ?」
いつの間にか自分一人が御依係になって、姉へのアシストを決めてしまっている事実に気がついた。
しかしもう後の祭りで全てが決まり終わってしまう。
年長の二人が奥へと消えていく。取り残される園児組二人。
二人きりははっきり言って気まずい。
しかし相手は香織に興味がないのか、それとも読書が楽しいのか没頭している。
「それ面白いんですか?」
「はい…?」
本に夢中になっている相手に特にやる事の無い香織は話しかけてみる。
御依が手に取っているのはタイトルだけが書かれている、美麗なイラストも無い無骨な表紙だった。
「楽しいですよ」
御依はにっこりと微笑んでそう返した。
ちなみに内容そのものも面白いのだが、昔の文章には無かった文字の遊びや工夫を発見するのが面白い。
そんな視点で本を読む幼稚園児などいるはずもないのだが。
「お、おすすめは?」
香織は何というか負けた気分になる。相手は背伸びをして本を嗜んでいるわけではない。
彼女に取って本を読むは習い事のテキストを除けば漫画が主だからだ。
小説が漫画より上とは思わないが、自己紹介で趣味が読書と聞いて実際に読んでいる内容が漫画か小説かでだいぶ客観的な評価は変わる。
「おすすめ…うーんならこの辺かな…」
小学生の教科書にも採用されている作家の名前を見つけて、その中の一冊を薦める。
流石にそこまでの本の知識は蓄えていない。
「どれどれ…うっ」
手渡された本を開くと活字がこれでもかと襲ってくる。
漫画のキャラの絵から吹き出しで出されるセリフやオノマトペとは違う、ページいっぱいに敷き詰められる活字の暴力は幼稚園児には厳しいだろう。
「えっと…『今にも泣きだしそうな曇りの日』」
「え…?」
御依は困っている相手のために読む。
ざっと前後の文章を読んで何となく内容を理解する。
「えっと泣き出しそうって言うのはもう直ぐ雨が降りそうっていう直喩だと思う」
「ちょくゆ…?」
しまった難しすぎたかと思い御依は追加で説明を始める。
「いわゆる例えだね」
「えと、つまり涙を雨で例えていると」
相手の地頭が良くて助けられる。
同じ六歳児の幼稚園児とはいえ、長いこと生きた前世を持つ彼女と正真正銘の六歳児の香織では物事の理解度は違う。
本当に頭がいいと言えるのは香織の方だ。
「そうだね。それで曇りって事だから雲がもう直ぐ雨雲になるかもって事だろうから」
相手は難しいながらも何とか理解しようとする。
「なるほど、雲属性の由来みたいですね」
「え、あー確かに」
自分が魔力の系統に名前をつける際に色々と考えた。
天候において雲は突如顔色を変えてくる。消えて快晴になれば、厚くなり光を通さず夜に闇を作り出す。
黒雲になり雨や雷を生み出せば、強い暴風として牙を向く。
魔術の租はその気まぐれに顔色を変える存在を魔力特性、「雲」属性とした。
属性の特徴は変化変身、肉体をある程度自由に変化させる能力。
概念は「変換」。あらゆる質量やエネルギーを等価値で変換する能力。
(悪い子じゃないんだよね。意地悪だけど)
御依は相手の為に説明をつけつつ読み聞かせながらそんな事を考える。
利人の妹という前提条件さえなければ普通に話せる。そもそもそれに関しては御依に落ち度は一切無いが。
今も読み聞かせと解説に対して素直に耳を傾けている。利人が視界にいないおかげか素直な部分が前面に出ているのだ。
ふと、御依はフロアに備え付けられた時計を見る。
「もう一時間くらいだね」
「え、あ、本当ですね」
読書を始めて既に一時間が経過していた。
香織は内容が面白かったのか時間の感覚があっという間に感じたようだ。
「そろそろお兄ちゃんと合流した方がいいか…」
暫定保護者から六歳が一時間も離れるのは色々と問題がありそうだった。
「この小説…買います」
御依が本棚に返そうとする小説を見て香織はそんなことを言う。
「ん?これ?」
本を棚に返すの止めて表紙を相手に見えるように見せる。
「はい、続きは自分で頑張って読み進めます」
「そう」
彼女は本を直接手渡す。
それを受け取った相手は少しだけ表情を綻ばせる。
「はい、今まで漫画ばかり読んでましたけど、小説も面白いなと思いました。ありがとうございます」
「うん、それはよかった」
最初は最悪な関係性からスタートしたが少しだけ仲良くなれそうだと思えた。
けれどその楽しいは続かなかったのだ。
「え…?」
御依と香織は呆然とする。
二人の周りは本に囲まれた本棚であったはずなのに、気がついたら何故か四方八方が土と岩に囲まれた薄暗いダンジョンのような意匠の迷宮になっていたからだ。