転生巫女は静かに暮らしたい   作:高町廻ル

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由緒正しい名家

 理保子は何とか二人きりに持ち込んでデートを楽しんでいた。

 問題の相手がこれをデートとして認識しているのかなのだが。

 

「このゲーム機いいな。でも高いね」

 

 家は紫雲家という名家で相当の金持ちなのだが、一般相応かそれよりはちょっと多いくらいしか小遣いをもらえない為、中古の物をいかにして活かすかのいうお嬢様とは思えないやりくりを強いられている。

 年齢相応の贅沢しかさせないという教育方針の為致し方ない。

 

「仮に買ってもそれ中古だしすぐ壊れるんじゃないか?何ならもう壊れてるんじゃない?」

「う…」

「それに二、三年もすれば新型も出るだろうし。そこまで貯めた方がいいんじゃないか?」

「ううっ…」

 

 耳の痛い意見に唸るしか無い。

 だがこの気負わない、紫雲の名前を忘れられる気軽な会話が心地よいのだ。

 

(もうちょっと、こう…さ)

 

 気が楽とは言えもう少し男女である事を意識して欲しいのも事実だ。

 これでは友達の延長ではないかと。

 

 

 二人は場所を変えて古着のコーナーに来ていた。

 お嬢様が古着をと言った感じだが、見るだけならタダなので。

 

(アロハシャツとか売ってる。買わねー)

 

 利人はしょうもない事を考えていた。

 古着のコーナーに必ずと言っていいほど置いてあるアロハシャツ、きっとお土産に買ったのはいいが着る場面が無かったのだろう。

 

「なんか気に入ったやつとかあるか?」

「うーん」

 

 彼女の視線の先にあるのは肩出しタイプのブラウスだった。膝まで丈のある長めのサイズ。

 肌の一つでも見せたら少しは意識してくれるだろうかと思いちょっとだけ悩む。

 

「ふーん、涼しそうだな」

 

 相手の視線の先にある服を見やり素直な感想を抱く。

 

「そう、いいと思う?」

「それは自分が着てみての感想って事か?」

「似合ってるかな的な」

 

 相手の好みについてリサーチを開始する。

 

「こういう丈長なのってすらっとした印象を与える為のデザインだよな。似合うんじゃないか?理保子背高めだし」

 

 相手は肌面積どうこうには特に言及しなかったが悪印象は持たれていないようだった。

 しれっと明かされる理保子に対してスタイルが良いという印象を持っているという事実に密かに心の中でガッツポーズをかます。

 

(あ、ここ試着室無いんだ)

 

 ファッションショーでもしてみようかと思ったが、服飾の専門店ではないためかそのスペースが設置されていなかった。

 

 

 ホビーコーナーを何となくぶらりとする。

 ショーケースに陳列されるフィギュアたち。

 

「お、これ今やってるアニメのやつか」

「そうなの?」

 

 魔法少女然とした女の子のフィギュアだった。

 値段を見るととても子供が手を伸ばせる物ではない、つまりこれは大人のお友達向けのものだ。

 

「みーが毎週見てるんだよ」

「へー」

 

 そんな子供らしい一面に微笑ましくなる。年齢相応で可愛らしいではないか。

 

「おもちゃのスティックを片手に振り回しながら『やれー!』とか『ぶっ潰せ!』ってテレビの前で白熱してるよ」

「あの子の事がよく分からない…」

 

 理保子は頭を抱える。

 女児向けのアニメをそんなプロレスを観戦するオッサンのような応援をするのは御依くらいだろう。

 

「あ、色々あるんだね」

 

 彼女の目にとまったのは大きめのワゴンに敷き詰められたオモチャたち。

 基本的にお金にもならない価値が殆ど無い物を投げ売りしているのだ。

 

「そういや紫雲家の御当主様が地位を譲るって本当なの?」

 

 利人はふと思った事を問いかける。

 

「へ?」

「いや、噂で聞いたんだよ。それに最近怪異の発生も多いだろ?六年前と十年前の御家の当主交代の時もそうだった」

 

 十年前の赤地家、六年前の白海家、この二つの家の当主交代の際に怪異や魔力現象のアルゴリズムが大きく乱れた時期があった事を利人は思いだしていた。

 

「えーっと…」

「あ、いや。別に無理ならいいんだよ。ごめんな」

 

 もうこのやり取りの時点で答えを言ってしまっているようなものではある。

 理保子は「利人くんならいいよね」と何やら考えている様子。

 

「これは正式発表が九月だからそれまでオフレコね。と言っても御家の方はみんな知ってるけど」

 

 彼女はそう言って話し始める。

 

「お祖父様が怪異の発生を防ぐ結界を維持される力が衰えたから私のお父さんに家督を譲るみたいなの」

 

 御家と呼ばれる平安の時代から存在し、今日に至るまで怪異を祓うために世界の裏で尽力してきた一族たち。

 ただしその結界の仕組みと場所はその家達の歴代当主しか知らない国家機密を超える代物なのだ。

 紫雲家も当然の事ながら由緒正しい名家なのだ。

 ここ近年は敷居の高さもだいぶ緩まりこうして子供だけで自由に遊びに出てはいるが。

 

「へーそうなんだ。じゃあ当分はそのお爺さんが息子をサポートする体制か」

「そうそう」

「ありがとな、その時が来るまで黙っとくよ」

「助かります」

 

 彼は理解力が高くうんうんと頷く。

 

「でも惜しいな」

 

 ふと彼は思ったことを口にする。

 

「何で?」

 

 その呟きの意図を彼女は上手く汲み取れない。

 

「だってあと十年くらい当主交代が遅かったら理保子が当主候補だったかもだろ?」

「え?」

「え?って理保子の力なら十分後継ぎになれそうだろ?別に女性当主が居ないわけじゃないし。まぁ色々と制約はあるだろうけど」

 

 当主になるなら伴侶や後継ぎについてあれこれ周りから口を出されるし、せっつかれる。

 

「私は…いいよ当主なんて。こうして休みの日にのんびりしてる方が性に合ってるもの」

 

 彼女は「それに…」と付け加えて。

 

「そうじゃなきゃ利人くんとこうして遊びに出れないもの」

 

 そこまで言ってかなり顔を赤くする。

 耐えられなくなり頬を抑えながら顔を逸らす。

 

(はっずー…何これ私の口のチャック緩すぎー…)

 

 一人悶えてしまう。

 

「なにこれ?」

 

 ふと視線を逸らした先にある硬めのスライムのようなブヨブヨした人形を手に取る。何故かそれから視線を外す事が出来ない。

 

「それなんか後ろに変なの付いてない?」

「え、どれ?」

 

 理保子は人形を裏返す。

 するとそこには黒い線、つまりコードがあった。

 

「んな…」

「あっ…!」

 

 気がついた時には彼女の指先はそのコードに触れてしまっていた。

 

 

「い、一体これは…」

 

 香織は突然様変わりした世界に混乱を極めていた。

 コンクリートのフロアと本棚に囲まれていたはずなのに突然RPGのダンジョンのような場所に放り込まれてしまっては仕方ない。

 

「これは結界?にしては明らかに広くなってる」

 

 コツンと足元を踏みながら辺りを見渡す。

 本棚と本棚の間は一メートル半しかなかった。

 しかしこの場の通路は四メートル以上はあり、天井も五メートルはある。

 魔術にとって結界の作製は基礎の基礎。魔力を体から放出して霧散させず形を留める。

 結界が足し算と引き算、魔力に属性を付与させるのは掛け算や割り算のような物。

 ただの結界なら空間の質量が増える事は無い。

 

「取り敢えず行こうか」

「ええっ!」

 

 御依の特にビビることも無く行動を始める姿に相手は驚く。

 

「どうしたの?」

 

 何故相手が驚いているのか理解が出来ない。

 

「そ、遭難したらその場に留まった方がいいって」

 

 テレビの特番でよく見る遭難での悲惨な事件。その数々は冷静さを失い無謀な行動を取ることが原因になっていた。

 

「それは十分な食料と水分と安全の確保が出来ている時だけだね。それにこれは特殊な効果のある結界だから助けがいつ来る分からない。救助の目処があればいいんだけどね」

 

 御依は相手のその意見を一瞬で切り捨てた。

 この時点であまり正体を隠す気もなくなっていた。利人が助けに来る可能性もなくは無いがそれ前提で待っているのは性に合わない。

 

「せめてこの結果の効果と目的がわかれば出られるかも」

 

 そう言って香織と手を繋ごうとする。

 この場で相手の命を守ってやれるのは自分しかいない。何がなんでも守らなくてはいけない。

 

「あれ...?」

「手が…?」

 

 途轍もない違和感、お互いに手を取っている感触が無いのだ。

 

(握ってるのは間違いない、なのに触っている感触がない…?何で?この結界の効果?)

 

「そっちも?」

「手…握ってます…よね?」

 

 どんなに力を入れても手の感触は無い。

 

「まさか…」

 

 握っていない方の手を壁に向けてかざす。そして一息吐くと。

 

「激渦槍」

 

 それは御依の技の一つ。

 水の槍に風を纏わせ渦のように回転させてながら放つ海属性と風属性の合わせ技。

 それを使えばこのような壁など一瞬でぶち抜ける。そのはずだったのに。

 

「壊れない…?」

 

 間違いなく力を込めて魔力を放ったはずなのに、壁に当たっているはずなのに不発に終わった。

 壁には何かが当たった痕跡すらない。

 

「御依さん…一体何を…」

 

 香織は今のが属性魔力のしかも二属性を同時に出し、それを掛け合わせる御技であるのを目撃してしまった。

 属性魔力は凡人が修行しても五年以上は体得に時間のかかる技だ。それを実践で素早く出せるレベルとなると更なる時間を要する。

 それを二つも、しかも同時に発動して掛け合わせるなど六歳の出来ることではない。

 

「しーっ…」

 

 だが御依はイタズラっぽい笑みを携えて自分の唇に人差し指を添えた。

 この事は秘密だよというメッセージだ。

 

「っ…!」

 

 その少しコケティッシュな仕草に香織はどきりとする。

 

「この壁…」

 

 御依は相手が混乱しているのを無視して検証を始める。

 穿ったはずの壁に手を添えるがやはり触れた感覚が無いのだ。

 

「触ってるはずです…よね?」

「うん」

 

 それは香織も同じようで壁に触れるが同じく何も感触が無いようだった。

 

「結界は原則的に複雑で拘束力が強いほど、弱点も大きなものになる」

 

 香織の手を引きながらも喋ることで頭の中を整理していく。

 

「御依さん?」

「人の五感を狂わせる程の結界が何の予備動作も無く発動できるはずがない」

 

 だが事実として御依は結界が発動する瞬間を認識出来なかった。

 

「魔導具って結界も張れる?」

 

 魔導具のスペシャリストを擁する家系であれば御依以上の知識を持っているかもしれないと思い問いかける。

 

「出来ます」

 

 御依はその返事になるほどと呟く。

 そうしながらも迷宮を二人で歩くが右に左とどの分岐を選んでも一向に出口から出られない。

 

「強い力には必ず代償があるはず。必ずこの結界には致命的な弱点がある。でなければ強力すぎる」

 

 これほどの拘束力があるなら複数人で展開と維持をしているか、大きな儀式場でもなければ成立しない。

 しかしそれならば御依か利人が早い段階で気がついている。

 仮にそれがないのであれば結界に何かしらの致命的な弱点がある。

 既に体感でかなりの距離を歩いているはずで、いまだにこの迷宮の端まで辿り着けない。つまり何かしらの作用が働いてそれを阻害しているのだ。

 利人からの救出がいまだに無いと言う事は彼自身も知らないタイプの結界である可能性が高い。仮にこの結界が誰もが知る有名なものなら多くの人にその情報が流布され、その対応策も広まって然るべきだからだ。

 

 カツン、カツンと二人の足音以外何も響かない。ずっと変わらない足裏に響く感覚が二人の心を削いでいく。

 もう体感では既に長い時間歩いている。時計がこの場にない事が二人を精神的に追い詰めていた。

 先ほどから音も二人の足音が響くだけで、それ以外は何もしない。

 

「はぁ…はぁっ…」

 

相手の息が少しずつだが乱れ始める。

 

「香織さん?」

「ううっ…」

 

 御依は歩くのをやめて、相手に向き合い両手を握って落ち着かせようとする。

 

(…多分終わりが見えなくて精神的に追い詰められてるんだ…)

 

 人間は光の様な刺激が少ない場所に留まると早期に精神に異常をきたす事がわかっている。しかもこの場所は触覚が無い異常な空間なのだ。

 既に冷静さを失いつつあり、パニック寸前にまで香織は追い詰められているのだ。

 だがそれも無理はない。六歳は名家の子といえどもまだ魔術の技量も殆ど無い素人同然。それに加えてこの極限状況で冷静に振る舞えるはずもない。

 

「取り敢えず少し座りましょう」

 

 相手は無言で頷いてその場にへたり込む。その間ずっと御依の手を握っていた。

 

(これ以上歩くのは悪手か?)

 

 先ほどから動く事で状況が良化していない。むしろどんどん悪化している。

 結界を破壊する方法は複数ある。

 核となる術者か儀式場を倒す又は破壊する。

 結界そのものを直接叩いて破壊する。

 この状況では結界そのものに触れる事が出来ない為に中から破壊出来ないのだ。

 

「み、御依さん…」

 

 香織は声を震わせながら俯いて呟く。

 

「香織さん?」

「わ、私どうすれば…」

 

 この異常な状況によって相当に精神を削れているのか最早会ったばかりの頃のような気丈さは無くなっている。

 

「大丈夫だよ」

 

 相手の顔をギュッと掻き抱きながら確かな声で言う。

 その時相手は一瞬ビクリと震えたが、体を襲っていた震えは消えている。

 相手の体によって視界は覆われ真っ暗だった。

 抱き抱えられている感触はない。だが先程までの迷宮による不安を煽る暗さとは違う、優しく包み込む暗さが安心させてくれる。

 

「だって私がいるから」

 

 前世の頃、後に弟子と呼ぶことになる孤児の娘の面倒を見ていた頃、その子が雷を怖がって震えていた時にこうして抱きしめたり一緒に寝ていたのを思い出した。

 

「ちょっと横になってみる?周りは見張っておくからさ」

 

 抱きしめる力を少しだけ緩めて相手の顔を見ながら少し寝て休むように進言する。

 ちなみに香織はかなり顔を赤くしていた。半泣きだったのと恥ずかしいのだろう。

 真っ暗で時間の進みが不明な状況で睡眠を取るのは、起きた時に完全に時間感覚を失う為かなり危険な行為だ。

 だがこのまま漠然と起きていてもそれ以上に疲労するだけと考える。

 

「どうせ感覚ないしこの床に横になっても…体を…痛めな…い…」

 

 ここだけで御依はなぜこんな簡単なカラクリと結界破壊方法を思いつかなかったのかと思った。

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