「ははっ…ザマーミロ」
大通りから離れた神社の周りの林の中でスリの子供は身を隠していた。
辺りは生い茂っている為子供の背丈なら十分身を隠せる。
(つか、魔術師が紛れてたな)
不運だったのは財布をすった相手が魔術師だったという事。
見た目からして学生という事はこの辺りを生活圏にしていると考えられる。
つまりここを小遣い稼ぎの狩場として活動するのは厳しいという事だ。
「しかたねぇとりま」
「精削重圧」
「帰る…っ!?」
帰路に着こうとした瞬間に体を圧迫感が襲い地面にうつ伏せの状態で倒れる。
「おもっ!?」
力を入れて立ちあがろうとするのだが、そうしようとする側から力が抜けていく。
「ちゅん!」
「財布は返してもらうよ、それはあなたのでは無い」
倒れ伏す相手の懐を一匹の雀が弄り財布を抜き取る。
「誰だっ!」
「威勢が良くても無駄、貴方の力ではそれは乗り越えられないよ」
声の正体は御依。
林の奥で姿を晒さないように気をつけながら相手を観察している。
簡単なカラクリ、魔力の塊を生み出して相手の体に上から押し付けて地面に無理矢理縫い付けている。
シンプルな技だが相手よりも御依の方が技量で圧倒的に上回っている為に万力の拘束になっている。
「貴方の体を上から押さえつけています。協会の人間が来るまでそこで大人しくしてもらいます」
冷徹な声でそう言い放つ。
「誰か!!」
「無駄ですよ」
「ッ!?」
冷ややかな相手の声に体が硬直する。
「ここには誰も助けに来ない。先程は小癪な手を使って逃げたようですがここは滅多に人が来ません。下手を打ちましたね、事前に目撃された際にこの場所なら人通りが少ない為に避難場所にでもしていたのでしょう」
「誰もついて来てないはずなのに…」
ここで追っては完全に吹っ切っていたのに何故かこうして敵はやって来た。その理由が分からなかったのだ。
「貴方は魔力が見える様になってからあまり時間が経っていませんね。なら後学の為に知っておくといい」
既に雰囲気は御依ではなく亜夜鳴になっている。
「貴方を追跡していたのは私の雀の式神です。貴方は魔力は見える様ですが、現実の存在と魔力塊の判別はまだ出来ない様ですね。だから鳥が後を追いかけていても気にも留めなかった」
相手は何とか言い返そうとするがここで自分の異変に気がついた。
「お…?」
声が出ないのだ。掠れた息遣いしか出ない。
口に、そして顎に力を入れようとするが開くことすら出来なくなっている。
「力…入らないでしょう?」
淡々とした声で言い放つ。
それはまるで処刑人の様だった。
「そこまで親切に教える気はありませんよ」
ここで話を打ち切って次の自分の取るべき立ち回りを考える。
(どうやってここにいる事を伝えようか)
ここで何時間も拘束するのも骨が折れる。
彼女は携帯電話等を持っていない。たまに使うタブレットは家でないと電波が拾えないし、そもそも持って来ていない。
「ちゅん!」
御依の思考を読んだのか雀のちーが申し出る。要は自分が利人を呼んでくるという事だ。
「ん、お願いちーちゃん」
「ぴぃ!」
その命令を聞いて飛び立っていく。
やり取りの間と相手はもがいているが全く抜け出せる気配はない。
(あとはこのまま待機していれば…)
だがその見通しは甘過ぎた。
「え?」
バギィ!と御依の拘束技が横槍によって破壊されてしまったのだ。
「海属性の『減少』がかかった魔力体ねー。その対象は触れた者、それを上から落として無理やり拘束具、いや拷問器具かな、そういう使い方をするやつがまだいたんだな」
ザッと土を踏んで近づいてくる人の気配。
御依はスリの子供から意識を外して相手に向かい合う。
「よっ」
目の前に現れたのは小学生、十歳くらいの女の子だった。
「私達は初対面だと思うけど」
驚きながらもなんとか御依は言い返す。
もし仮に自分の技を破ったのが目の前の相手なら油断は出来ない。
「そだな初対面さ、なんでこんな気軽に挨拶してんだろね。だからこれはまぁ仲間をやってくれた挨拶だよ」
「ふざけるな、財布を盗んだのはそっちでしょう。そんな事を言われる筋合いはない」
言い合いながら二人はジリジリと間合いを図る。
魔術師にとってお互いに視界に入っている状態において間合いは殆ど意味はない。重要なのは技の発動速度。
「せんっ…!?」
御依は先んじて術式を発動しようと動く、だがそれと同時に彼女の背後から剣を持つ手が振り下ろされる。
「ちぃっ!」
咄嗟に風を纏い何とか剣を逸らす。
「ほぼ反射的に魔術を使えるのか、やるじゃん」
声の主は目の前にいる。剣を振るったのは彼女では無い。
「コイツ…」
彼女を背後から切りつけようとしたのは侍だった。
白と青の羽織を纏っている男性、そしてその手には刀が握られている。
「人型の式神…」
魔術師にとっての高みの一つ、人型の式神が御依に襲いかかっている。
今の状況は二対一の状況である。利人が来るまで時間稼ぎを出来るかが明暗を分ける。
「出来れば降参してくれるとありがてーんだね」
「降参…?」
予想のしていない提案に体の動きが止まる。それは致命的な一瞬だが相手は見逃した。
相手の意図を汲み取れない。
「今更何を言っているの」
「正直あのアホを助けられたらもう帰りたいっつーか、ここで戦ってお互いに手傷を負っても面白くねーでしょ」
御依には目の前の相手が嘘をついている様には見えなかった。
そもそも式神の攻撃も峰撃ちだった。
何よりスリの犯人の子供は既にどこかに逃げてしまっていた。
「何でだろ…」
出会ったばかりで正体不明もいい所の危険人物である事は間違いないはず。
なのに相手の言っている事をすんなりと受け入れている、そんな自分がいることに彼女自身が驚いていた。
既に彼女自身もかなり戦意は失せている。
「分かりました、信じましょう」
彼女はだらりと構えを解き、体を守る風も解除して無防備になる。
それを見た相手も式神を解除してからほっと一息を吐く。
「ありがとねー引いてくれて」
それは素直な感謝だった。
自分の式神から先に解除するだけの胆力は正直なかった。
そして恐らく相手はそれを見破っている。
「約束して下さい、もうあんな事はしないと」
御依としては自身は警察でも無く、また財布は戻っては来ている為そう告げる。
「ごめんね、それは出来ないんだよー」
「何故?」
「自分で稼いでさ、生活出来ない子もいるから」
どういう事と御依は問いただそうとしたが、相手が先に「あっちに座ろー」と提案した為神社の境内内の座れるスペースに移動する。
二人は隣同士で座る。
先程まで一触即発だったとは思えないほどに穏やかな雰囲気があった。
「稼ぐ?何であんな小さな子がお金を稼ぐ必要があるのですか?」
彼女は改めて中断された質問をする。
この現代日本において齢一桁の子供が無理に労働をする環境に置かれる事はまずない。
「貴方は…」
ここで相手の名前を知らないことに気がつく。
「ん?あー…私は仲間内で『一威』って呼ばれてる」
「そうですか、私は『御依』と言います」
お互いに一応自己紹介をする。
「ワオ、ガッツリ本名」
不審者相手にしっかり名乗る世間知らずさに一威は驚く。
素直というよりも心配になる。
「偽名だったんですか?」
「偽名ってか親がいないから本名を知らないのね」
「孤児という事?」
「遠からずって感じ」
相手は「うーん…」と唸る。御依に対してどこまで話すべきかと考える。
不思議と目の前の相手は、己の身の上を話しても哀れんだりしない様に感じた。
「しゃーないか、迷惑かけたのと、ここを引いてくれたお礼ね」
少し息を整えてから話し始める。
「さっきの子も私もさ『残され砦』の生まれなんだね」
現代日本という法治国家において唯一それに従わない区域がある。そこを「残され砦」と呼んでいる。
小さな建物を違法改築と増築を繰り返してまるで一つの要塞の様になっているスラム街。
御依の住む場所から川を下った海の付近にそれは存在する。
国が何故そんなものを放置しているのか、その理由は単純で強力な魔術師を大量に保有しているからだ。
もし立退なんてさせようとしたら協会と砦の全面戦争になる。それは望むところでは無い。
「『残され砦』…聞いた事があります」
「残され砦はね、地区によるけど盗み暴力なんでもこざれの弱肉強食でさ。産まれてすぐの子供が捨てられるなんてのも無い話じゃあなくてね」
「……」
「警察もいないし自分の事は自分で守るしかなくてねー。そんな環境に身を置いてると自然と腕っぷしが鍛えられちゃうわけさ」
その言葉に御依は信じられないといった表情になる。
今世も前世も彼女は両親に大切に守られ育てられ生きて来た。
実際知識として親に幼い頃捨てられる子供を知ってはいる。前世なら何人か見た。だが現代でその様なことが起きているのが信じられないのだ。
「擁護はするべきじゃあ無いんだけど、あの子も生きていくにはあーするしかないの」
「なら協会でも何でも相談をすれば…」
御依は間違っていると思った。けれど明確な返答を出せない為他者任せな事を口にしてしまう。
「じゃあ逆に聞くけど御依は多分その力…周りに明かして無いでしょ?」
「それは…」
相手の動揺を見て「やっぱり」と少しニヤリとする。
仮に六歳の御依があれ程の力を披露していればもっと大々的に広まっているはずだからだ。
「御依の言ったよーにさ、そうした方がいいのは分かってるんよ?でも今の生活をガラリと変えて外に飛び出す事ってーのはしがらみとかあって難しいんだなコレが。なんせ潜りの魔術師の仕事をして稼いでるからさ」
一威はカラカラと笑いながらそう言った。
「それは…少しだけ分かる」
周りの負担とプレッシャーを考えれば御依は亜夜鳴、または魔術を高い精度で扱える事を明かすべきなのだ。
ただしそれをすれば魔術師としての人生のレールから逃れられなくなる。
「苦しい事ばかり言ったけど友達も仲間もいるし悪いだけじゃあないんよ」
御依は間違っていると思ったが、それを否定する言葉を出せなかった。
代替案の出さない人間の否定などなんの意味もない。
なによりも相手の表情には苦しさ以外が含まれているからだ。
「一威はどうやってそこまで魔術を使える様になったの?」
「んー?あーね」
その質問に対して最初は意外と思ったが、考えてみれば子供が高いレベルで何故魔術を扱っているのか気になるのは不思議な話では無いと思い至る。
式神のレベルからして相当の使い手ではある。
「えーとだね…昔、本当に昔だけど孤児だった私を拾ってくれた師匠が教えてくれた」
「いや、そうなんだろうけどね」
孤児だったという過去からして育ての親がいてもおかしくないし、その人が魔術の指南をしたというのは自然な流れではある。
「すごく優しい女の人でね。一緒に寝てくれて…優しく抱きしめてくれて…今思えばお母さんみたいな人だった」
御依は相手の口調が柔らかくなっている事に気がついた。
いつもは気を張って逆撫でるようなトーンで話すが、本心はこちらなのかもしれないと思う。
「じゃあ今はその人と一緒に?」
そう問いかけた瞬間、一威の表情が凍りついた。
俯いて顔を蒼白にしている。だが直ぐに顔を上げて口を開く。
「殺された」
ボソリとそう呟く。
暑さの残る夜なのに、この場所だけはまるで極寒の様で。
「取り囲まれて嬲り殺された。私は師匠が襲われてると聞いて助けに行こうと向かった時にはもう手遅れで殺されてた」
そして言い切ってから何か感傷に浸っているのか口が重くなる。
「そうだ…ある日尋ねたんだ『何で助けてくれたのか』って、それに私は何も返せないのにとか言っちゃってさ。そしたら困ってる人を見たら助けるのは当たり前なんだってさ」
「いいお師匠様なんだね」
「あはは、すっごいお人よしだよ」
一威は口を手で抑えながら苦笑いをしていた。
御依は痛みを抱えながらもその何気ない仕草が彼女の本心の様に思えた。
「別に真似をするわけじゃないけど、そーゆー子がいたらなんかほっとけなくてさ」
「そっか」
御依の中で目の前にいる少女への悪感情は相当薄れていた。
「お師匠様曰く、助けられて嬉しくて感謝してるなら自分に返すんじゃなくて、次に困っている人の為に使えみたいな事言われたなー」
「それはいい心がけだね」
「あは、お節介の数珠繋ぎね」
それはすごく共感できる理屈だった。
御依も自分だけが良ければそれでいいと思っていたら、兄も母もあの旅行でとっくに見殺しにしている。
「でも私に教えられるのは魔術と犯罪だけだからお師匠様は悲しんでるだろうけどね、こんな大バカ弟子で」
彼女の脳裏には、母の様な優しさと子を心配する厳しさが両立させていた師匠との思い出が溢れていた。
人生において間違いなく幸福だったと思える時間。
「何だろうね。御依の前だとなんか色々と吐き出したくなっちゃうよ。不思議だな、ここまで誰かに話した事なんて無いのに」
その時見せた笑顔は何の気負いも無かった。
だからこそその笑顔を失って欲しくない。
「今直ぐじゃなくてもいつか日の下で堂々と歩ける様になってください」
「…え?」
彼女は伝えられる事は伝えようとする。
「もし私がお師匠様ならきっとそう言います。今が間違っていても未来も先も間違い続けていいわけじゃないですから」
御依は「それに…」と付け加えて。
「人助けは人の本質だから」
「……」
その言葉を聞いた一威は目を見開いた。
そこまで話した所で雀のちーが帰ってくる。
「チュン!」
「おーい!御依!」
それに連れられて兄の利人もやってくる。
いきなり二人きりのところを見られたとして上手く誤魔化せる気がしなかった。
「まず。早く逃げないと厄介な事になるよ」
「え、あ、ああそうだね。うん、じゃあね」
素早く立ち上がり林の向こうへと去ろうとする。
「はい、また会いましょう」
その別れの挨拶のおかげか、またいつかこうして会えるようなそんな気がした。
相手は背中を見せながらも片手を上げて振りながら闇に消えていった。
「え、何だコレ?」
「うーん…あ、財布は取り返したよ」
御依は財布を兄に手渡しながら、戦闘痕の残る現場を兄にどう説明するか悩んでいた。
「はぁー…財布よりみーが無事かどうかの方が大事だろ」
彼は呆れた様に言った。
ドーンと伝わる振動と共に花火が夜空を明るく照らす。
「あれは」
「綺麗だな、てかやべ理保子達のところ合流し損ねたな」
仕方ないとはいえ皆で見に来た花火を一緒に見れないのは残念で仕方ない。
「あれお好み焼きみたい、お腹すいた…」
横にいる妹は花より団子のようだが。
彼はその事実に苦笑いしながら「なんか買い食いしながら合流するか」と相手の手を引きながら人混みへと向かっていく。