転生巫女は静かに暮らしたい   作:高町廻ル

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母の心労絶えず

「お兄ちゃんよ、宿題に追われる気持ちはどうだい?」

 

 夏休みの宿題という概念のない幼稚園児。

 

「どうなんだー?」

 

 既に夏休みの宿題を終わらせている小学二年生。

 

「妹達よ、ほんっと性格悪くなったな。お兄ちゃんは悲しい」

 

 そして夏休みの宿題を残している高校一年生。

 八月も終わりが近づいて藍原家長男の利人は妹二人にリビングで煽られながら宿題に追われていた。

 

「いや、本当ならさ…」

「あら、もしかして休暇免除の事を言ってるのかしら?」

 

 母親の都の一言に肩を震わせる。

 学校は夏休み休暇の制度はあるし、高校としての学習カリキュラムは組まれている。

 利人は交流戦の代表としての練習、そして魔術師としての訓練で割とまとまった休みが無かった。

 その様に時間が取れない学生の為に宿題の免除が適応される。

 そう、そのはずだった。

 

「利人、あなたと同じ立場でも宿題をこなして好成績を残している先輩はいますよね?」

「…はい、いらっしゃいます」

「ならあなたもやって出来ないはずありません。好成績を残せとは言いません。ただ学生としてやるべき事はやりましょう。私は間違った事を言ってますか?」

「…その通りでございます」

 

 彼そう言って表面上は殊勝な態度を取る。

 

(まぁいい、学校にあとで休暇免除の申請を出せばいいんだ)

 

 しかしそれとは裏腹に彼は逃げる事しか考えていなかった。

 

「ちなみに学校の方には私から休暇免除は受けませんと言っておきました」

「……」

 

 その思考は母に読まれており、逃げ道はない様だった。

 御依は利人のテキストを手に取ってぱらぱらと眺める。

 

「お兄ちゃん、調べたけどその夏休みの宿題って終わらすだけなら毎日二時間前後やれば十分出来る量のはずなんだけど」

「う…」

「それって学校に毎日行ってた時より全然楽だと思うけど。見た感じ七割は終わらせてるんでしょう?」

「うぅっ…」

 

 辛辣な意見に何も言い返せない。

 魔術師校はプリント式の宿題しか出ておらず、面倒な研究だとか時間がかかるその手の課題は一切出さない。

 学力で言えば進学校というレベルでは無い。ただ紙の空欄をとにかく埋めてこいという内容だ。

 

「それに教科書見ながらやればそんな難しくないんじゃない?」

 

 テストではない為、教科書片手にやろうが、それこそ複数人で分担して写し合おうが問題は無い。

 御依は高校数学の教科書の中身を興味深そうに眺める。

 

「あ、そこの二次関数の代入式間違えてる」

「嘘だろ!?何で高校生の範囲がわかるんだよ!!」

 

 彼は慌ててプリントに書き込んだ己の解答を確認する。

いくら何でも高校生の範囲を理解する幼稚園児は天才児すぎた。

 

「うん、嘘」

「……」

 

 最低な妹である。

 そんな兄妹のやりとりを見て都は口を開く。

 

「利人はちゃんと宿題はやりなさいね。じゃあ楊と御依行きましょうか」

「あれ?今日は午前だけ塾だよな?まさか御依も?」

 

 彼は家族のスケジュールは把握していた為、何故と疑問符を浮かべる。

 

「いいえ、そろそろ御依の新しい服でもと思ってね。それで塾の間に連れて行こうかなと」

「ふぅん…」

 

 利人は少しだけ懸念があった。

 塾の生徒や親、そして講師の中に御依の力を見抜ける人がいるかもしれないと。

 かなりの実力がないと見抜けないが全くあり得ないと言い切れるものでは無い。

 

「楊を塾に連れていく間は御依は車で待たせるから大丈夫よ」

「そうだよね」

 

 その辺りの配慮は流石にしっかりとしていた。

 

「ちゃんと宿題はやりなさい。あと何かお昼に食べたいものでもある?あったら買って帰るわよ」

「うーん、じゃあ唐揚げとか?」

「そう?惣菜コーナーにあったら買ってくるわね」

 

 そこで都は「そう言えば」と朝方夫と話した事を思い出す。

 

「ここ最近魔力的な殺人事件が起きたそうだから気をつけてちょうだい」

「あーそれ陸上溺死事件だっけ?話は聞いてるよ」

「陸上溺死?なにそれ?」

 

 気になるワードだったのか御依が利人の座るソファーの隣に座り割って入って来る。

 今日彼女が見たニュースにそんな事件は報道されていなかった。つまり協会が情報を意図してブロックしている。

 利人は事件の概要を説明し始める。

 

「最近起きた名前の通り周りに水もなければ濡れた痕跡もないのに溺れ死んだ死体が置かれてる事件だよ」

「うん?それって溺死させた人を運んで放置したとかじゃなくて?」

 

 普通に考えればその様に考える。

 

「普通はね。そんな事をしてなんのメリットがあるかはともかく」

 

 利人はこの件の問題点を話し始める。

 

「被疑者の男性は首元に縛った後、索条痕が無いのに吉川線が頬や首元にあった事から溺死した可能性が高い」

「吉川線って死の際に苦しくて首元を掻きむしるやつ?」

「そうそれ、よく勉強してるね」

「アニメで見た」

 

 どこぞの死神である。

 

「んで、死体解剖の際に分かったんだが肺や胃に水がほとんど無かったんだよ」

「それって…」

 

 御依は利人の説明でやっと異常性が分かる。

 溺死したのなら大量に水を飲み込んでいなければおかしいのだ。

 

「そ、つまり被害者は魔力で作った水によって溺死させられてる」

 

 魔力で作る物質は時間経過と共に空気に溶ける様に消滅する。

 時間経過で水が消えて溺死した事象だけが残る。

 

「それは魔術師の犯行?」

 

 魔力は人間だけでなく怪異も一応は持っている。

 人を窒息させる水を生み出せるかと言われれば可能ではある。

 

「可能性としてはそっちが高いな、怪異なら遺体をわざわざ喰らいもせず捨てるとは考えにくい」

「というかよく知ってるね。協会ってそういう情報を漏らさない様にすると思うけど」

 

 御依は指でバツを作りそれを口元にやりながらそう言う。

 

「協会は御家とその分家、後は学校にこの情報は既に出してるからな」

「つまりそれくらい危険視してると」

「そういう事」

 

 御依はおおよその起きている事を理解する。

 

「ふむ…」

 

 顎に手をやって何か考え込んでいる。

 

「まさか調べに行こうだなんて思ってないでしょうね?」

 

 都は素早く咎める。

 御依は平穏に生きたいくせに何かとお節介、又は野次馬根性を丸出しにする癖が出る。

 

「ま、まさか、そんな危ない事なんて考えていないですよお母様…」

「絶対に許しませんからね」

「…はい」

 

 今世の母に睨みつけられて縮こまる事しかできない。

 

 

 車の中で送られている姉を待つ中で、御依は楊の足取りが何処となく重かったように感じた。

 

(何があったんだろう)

 

 勿論暗いというわけでは無い、表面上は明るい。

 だが数年一緒に過ごしてきたからこそ分かるのだ、何が心に引っ掛かるモノがあるのだと。

 

「待たせちゃってごめんなさいね」

 

 車の運転席側のドアを開けて都が車内に入ってくる。

 

「取り敢えず行きましょうか」

 

 シートベルトを締めて運転を始める。

 車に乗る事数分後、何となく御依は口を開く。

 

「お姉ちゃん大丈夫かな」

「そうね…」

 

 母は娘の楊の異変に何となくだが気がついている。

 

「お姉ちゃんはね、今壁にぶつかってる」

「壁…」

 

 御依は当然物理的にぶつかっているわけでないのは分かっている。

 

「いつかはとは思ってたわ。それが今だっただけ」

「比べちゃうよね、周りの子と」

 

 同世代の子の中に入れば意識しまいとしても他者と己を比べてしまう。

 

「それだけじゃないと思うけど」

 

 目の前にいる娘、藍原御依であり亜夜鳴の存在は多大なる劣等感を与えるのは間違いない。

 

 

 授業が始まる前の空き時間。

 外見の中身も道場の様な外装の場所で小さい子供達が落ち着きなく話したり、彷徨きながら集まっていた。

 

(私は…みーちゃんやお母さんにみたいになれる…?)

 

 その場に座りながらぼんやりと楊は考え事をしていた。

 先日見た御依の舞い、そして母親の都が見せた追跡魔術。あの奇跡と神秘さはその場にいた楊の心を掴み縫い付けた。

 魔術師になりたいというふわりとしたものではなく、なるとハッキリと決意させる程に。

 そして楊の心には感動だけでなく劣等感を与えるのには十分だった。

 考え事しているうちに講師が部屋に入ってきて講義が始まる。

 

「はい、ではまず魔力を形にする所から」

 

 基礎的な魔術訓練の一つ、それは結界術の練習。

 体内に流れる魔力を感じ取り、それを的確に抽出し、そして留めて形を作る。

 

「ふぬ〜っ!」

 

 楊は力を手のひらに込める。

 技の特徴に効果、そして範囲と大きさを決める。そしてそれを実現するだけの適切な魔力を無駄なく練り込む。魔術の技の基本はこれで出来ている。

 御依の風攻撃は範囲を自身の周りに限定している反面威力と切断力が高い。

 都の魔力に色をつける技は範囲こそ広いが持続力と攻撃力を犠牲にしている。

 結界の作成は明確に魔力に目的意識を持って形を作る基礎なのだ。

 

「出来た…」

 

 彼女の両手のひらに収まる程度の小さな魔力の球体が出来上がる。

 正直八歳の子供ならここまで出来れば十分ではある。

 

(こんなんじゃ)

 

 だがそれは並の魔術師であればの話だ。楊の目指す所にはまだ程遠い。

 御依や利人なら一瞬で広域の結界を作るし、ここまで集中力を高めもせず息をする様に展開をするはずだ。

 魔術を使うと意識すらしていないだろう。

 

「…」

 

 ここでチラリと周りの塾講生の進捗具合を見る。

 最近入ったばかりの子が日覆うごとに魔力の精製の練度が上がっている。

 決して楊の努力が足りないわけでも、成果が出ていないわけでもない。

 最初から遠すぎるゴールを見据えてしまった結果、自分の小さな歩みを素直に肯定出来ないのだ。

 

 

「はぁ…」

 

 講義が終わり皆が散り散りに別れていく。

 今日の午前半日ほど訓練を積んだが御依や利人に近づけた気が全くしなかった。

 

「楊ちゃん何かあったの?」

 

 楊と同い年でほぼ同じ時期に入った男の子の同級生が、元気の無い相手に対して話しかけてくる。

 

「き、昨日はアニメ見てて寝不足で…」

 

 そう話しかけられて咄嗟に嘘をつく。

 何故そんな嘘をついたのか彼女自身分からなかった。

 

「楊」

「お母さん」

 

 話していると都がお迎えにやって来る。

 楊は間が保った事にホッと息を吐く。

 

「こんにちは、縁寿さん」

 

 都は少しだけ腰を下げて楊の友人に挨拶をする。

 

「はい、こんにちは!」

 

 楊の母からの挨拶に朗らかに返す。

 

「藍原さん」

 

 その背後から声がかけられる。

 振り返るとそこには縁寿の母親がいた。

 

「深川さん、こんにちは」

「はい、こんにちは」

 

 十歳以上年齢差があり、また親同士浅い付き合いだが気負いのない挨拶を交わす。

 短い時間だが当たり障りのない世間話をする。その間子供二人は退屈そうだったが。

 

「そうだ、これからお昼でも一緒にどうですか?」

「そうですね…」

 

 深川ママからの提案に都は一瞬迷う。

 楊と二人だけなら問題はなかった。今御依が車で待機しているのが問題なのだ。

 深川は特に有名な魔術師の一族ではない、たまたま息子の縁寿が魔力素養に目覚めたから仕方なくこの塾に通わされているだけなのだ。

 御依の力に気がつく可能性は限りなく低い。

 問題の御依は先程まで散々都の着せ替え人形として振り回され、腹を空かせてふらふらしている。

 この提案は丁度いいと言えば丁度いい。

 

「もう一人娘を待たせてるのでちょっと待ってもらっていいですか?」

「はい」

 

 そう言って一旦話を保留にする。

 御依に確認と利人にお昼に惣菜を渡せない事を伝えなけれないけない。

 

 

「いただきます」

 

 御依を含めた五人はファミレスの一角で合掌をした。

 子供がいる為どうしても溢れてテーブルが汚れてしまう。

 

「すごくしっかりとした箸捌きですね…」

 

 年長二人が米やらソースを散らしてしまう中で、御依だけは丁寧に食事を取っていた。

 それだけではない。手をお皿の様にして口元に運ぶ動作。一口サイズで口に入れて口元を汚さない配慮。背筋をピンと伸ばして黙々と食べている。

 その全ての動作が様になり過ぎている。

 

「御依あなた…」

 

 いつもならガツガツ行くところをあえて丁寧な段取りを踏んで食事を取る。

 子供の礼儀作法はその親の評価に繋がる、つまり母である都の顔をママ友の前で立てている。

 

(それ逆に浮いてるわよ…)

 

 日本文芸の名家でもないのにここまで丁寧しつけられているのは逆に目立つこと目立つこと。

 

(うがー…かったるぅ…)

 

 御依は微笑みを貼り付けながらそんな事を考える。

本来はもっとガッツリと行きたいが、流石に都の評判を落とせない為頑張っている。

 子供の品性は親のステータスに繋がると何処かで読んだ漫画に書いてあった為頑張っていい子を演じる。

 元々それなりに品性のある方だが。

 

「そう言えば息子さんが一年で交流戦代表になったって話題になってますね」

「ええ、そうみたいですね」

 

 このメンツになると話題がどうしても魔術絡みになってしまう。

 都や夫の良二にとって勿論自慢の息子ではある。

 しかしそれは利人の才能と絶え間ない努力によって起きた結果以上の何物でもない。

 親が出しゃばって言いふらす事でなければ、ステータスである訳でもない。

 

「娘さん…御依ちゃんも魔術師に?」

 

 この中で唯一魔力を自力で見る事が出来ない深川ママは質問をする。

 

「いえ、御依は魔術師には興味が無いみたいで塾に通う予定も無いです」

 

 都のその返事に楊は一瞬スプーンの動き止めてピクリと肩を振るわせた。

 

「それはもしかして素養が…?」

「いえ、魔力や怪異はハッキリと見えるんですけど、逆にそのせいで怖がっちゃってるみたいでちょっと苦手意識が」

 

 敢えて才能がないとは言わずに別の理由で御依の事を誤魔化す。

 

(それテッパンなんだ)

 

 御依はその誤魔化し方に成程を頷く。

 兄も母も御依に才能は無いという方向で誤魔化さなかった。

 あくまで魔術や怪異に対する恐怖心から学ばないという話に持っていっている。そうすれば相手はそれ以上は踏み込めないという事なのだ。

 彼女は今度からその方向で誤魔化そうと思う。

 

「違うもん!」

 

 楊は荒げた声を出してしまう。

 

「みーちゃんは凄いもん!私よりもお兄ちゃんよりも!お父さんにお母さんよりもっ…!」

「楊!」

 

 母の咎める声がファミレスの中で、不気味なほどに響く。

 彼女はここで自分が言ってはいけない家族の重大な秘密を漏らしかけている事に気がついて顔を青ざめさせ、そして俯いて食事に手をつけられなくなる。

 

「お姉ちゃん…?」

 

 御依は楊の感情を正確に理解してやる事ができなかった。

 

 

 蝉の鳴く声が鼓膜を刺激してくる。

 

「いねぇなあ…」

 

 一威はあてどなく街中を歩いていた。

 理由は単純で御依にもう一度会いたかったからだ。

 あの祭りの日に自分の心を何故あそこまで出せたのか知りたかった。

 そして叶うなら御依と友達になりたいのだ。

 

「どこだよーもぉー…暑いよー」

 

 彼女は日差し対策の帽子を脱いで汗を拭う。

 先日慌てて逃げるように去った為、名前以上の情報を得られなかった。

 とは言えある程度の目星はつけられる。

 スリに失敗した子供から御依は高校生あたりのツレがいた事を聞き出していた。

 例の祭りは特段大きなものではなく、全国から人が集まる規模のものではない。

 学生が遠い所まで小さな子供を連れ回すとは考え辛い。つまり御依は祭りから歩きもしくはバス等で通える近距離に住んでいる可能性が高いのだ。

 

「手がかり一つねぇな…」

 

 コンビニで買ったジュースを口にしながらゴチる。

 藍原御依の情報を裏社会の伝手を駆使して調べる事は可能だった。

しかし、それをする事は出来ない。

 理由は簡単。藍原御依を一威が調べていると言う情報が周りに知られてしまうからだ。

 一威も潜りの魔術師としてそれなりに周囲の恨みや嫉みを買っている。

 御依に危害を加えられるかもしれない為、そのような下手を打つわけにはいかない。

 警察に「藍原さんの家を知りませんか?」と聞く手もあるが、戸籍どころか出生記録すらない身分でそれをするのはリスクが大きい。

 

「なんでこーあっついわけぇ?」

 

 彼女はこうやって地道に足で稼ぐしかなくなる。

 あまりにも捜索範囲が広く、たった一人で特定の人物を探すなど砂場からひとつまみの砂金を探すようなものだ。

 

「せめて夏休みじゃ無かったらなぁ…」

 

 夏休みのため小学校に張り込むという手も使えなくなる。もっとも御依は幼稚園児だが。

 

 

 休憩を入れながら六時間は捜索したが目ぼしい情報すら得られなかった。

 

「うだぁ…」

 

 河原の近くの土手で歩きながらもぼんやりと川の方を眺めていた。近くには橋がかかっており時折電車が通っている。

 

(見つかんねー)

 

 今日も空振りの予感がプンプンする為だいぶ気持ちが削られている。

 そろそろ帰る時間ではある。残され砦に門限はないが身の回りの事は基本自分で行なっている為遅くまで起きるのはしんどくはある。

 

「もーなんかテキトーにコンビニで買うか…」

 

 空振りに終わり、彼女はとても疲れていた。

 

「んあ?」

 

 ふと川を眺めていると例の橋の下で誰かが倒れている。

 最初はホームレスか何かかと思った。

 仮にそうだとしても今の外気温は相当なもので、橋の下の日影とはいえ熱中症だとしたら一大事だった。

 

「なんで私が…」

 

 愚痴りながらもなんだかんだで放ってはおけない。

 土手の坂道を下りながら相手のいる場所まで移動する。

 

「おーい」

 

 うつ伏せで倒れている相手に話しかける。

 この時点で既に異常事態ではあるが、このような事など日時茶飯事な為か彼女に動揺は特にない。

 

「寝るのは勝手だけど水分補給くらいしろよー」

 

 倒れている相手の体を揺する。相手はピクリとも動かない所かまるで置物のように体が重たい。

 

「んな…!」

 

 相手の顔を見ると必死な形相で泡を吹いていた。それは苦しみで悶絶する表情と首元には掻きむしった跡。

 

(ちょっとまて!)

 

 首元に手をやると既に脈拍は無かった。

 しかし体温はまだ通常の平熱並みに温かい、つまり死んでから殆ど時間の経っていない死にたてホヤホヤという事だ。

 

「これが噂の溺死体ってやつか?」

 

 すぐそばに水である川はある。

 しかし人を一人溺死させたなら顔の周りや服がもっと濡れていなければおかしい。

 遺体は全く濡れていなければ、その周りの地面も濡れた痕跡が無い。

 

「取り敢えず警察呼んどくか」

 

 ここで自分が出しゃばった所で何が出来るわけでも無い為、そのような結論を出す。

 彼女は懐から携帯を取り出す。

 携帯の契約は何十年も前に寿命で死亡しているが、親族が死亡届を出さずに放置されている人間の戸籍と通帳を使っている。

 それは裏の取り引きで買ったものだ。

 

「いやっ!!」

 

 突然声が、悲鳴が聞こえた。

 

「はっ?」

 

 幼さのある悲鳴が聞こえ、通報しようと手にかけていた携帯電話から視線を外し、声の聞こえる方へと向ける。

 それは自分が来た場所とは反対側だった。

 

「あ、あ…」

 

 声の主は怯えて喉から上手く息が出ず掠れている。

 彼女の視線の先には小学生の女の子を黒い服を着た人が肩を掴みまさに襲おうとしているそんな光景。

一威は少なくとも遠目から見てそのような感想を覚えた。

 

 彼女は知る由もない事だが、その襲われている小学生は御依の姉の楊なのだ。

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