転生巫女は静かに暮らしたい   作:高町廻ル

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真っ直ぐ伸びる柳

『師匠っ!』

 

 彼女は人生で一番と言っていいほどに心臓を張り裂けんと体を酷使し疾駆する。

 彼女の師が命の危機だと聞いて慌ててその現場へと向かう。

 

「くそっ!」

 

 走りながらも辺りを見渡すと派手な戦闘痕が残っており大きな戦いの跡が刻まれている。

 間違いなく己の師匠の危険が迫っている。

 それと同時に辺りには戦闘音がしないのだ。それが何を物語っているのか考えるのも恐ろしい。

 そんな不安を振り払う様に身体強化をかけてスピードを上げる。

 

 彼女が辿り着いたのは海辺にある宿街だった。交通の主要街道の為その様な設備が豊富な小さな町だ。

 昨日彼女の師匠にここで休むと聞いていた。

 

「あれは?」

 

 目に入ったのは騒がしく野次馬が集まっている光景。

 

「おい何があった」

 

 彼女はそんな野次馬の一人の男に話しかける。

 切羽詰まっている為かなり刺々しい口調にはなっている。

 

「なんだぁお前?」

 

 問いかけられた男は訝しげに睨んでくる。

 偉そうにしてくる相手、しかもそれが女で気に食わないのだろう。

 

「余計な事喋ってないでさっさと話せよ。アンタの意見は聞いてない」

「ひっ」

 

 相手のペースに乗るほどの余裕がない為、魔力で相手を無理矢理縛り付けて宙吊りにする。

 どうやって男を引き上げているのか、魔力が見えずその原理が理解できない相手からしたら未知数の恐怖でしかない。

 

「その口は飾りか?」

 

 その鬼気迫る雰囲気に周りの野次馬たちは恐れ逃げようとするのだが。

 

「おい、コイツが口を開かないなら次はお前達の番だ。誰もここから逃げるんじゃあないぞ」

 

 その腹の底から捻り出したような声に誰もが足を縫い付けられる。

 

「そ、そこで爆発が起きたんだ…」

 

 ここで宙吊りにされた男がやっと話し始める。

 

「それで?他に女が一人いなかったか?」

「な、なんで知ってんだ…?」

 

 当たって欲しくない懸念が的中したがなんとかギリ冷静さを留める。

 

「どっちに向かったか分かるか?」

「あ、あっちの林の方…」

 

 それを聞き、男をその場に投げ捨てる様に解放すると指を刺した方へと走って行く。

 

「頼むっ…!間に合ってくれ…!」

 

 脇目も振らず走る。

 周りを見ると木や竹藪に明らかに人の手でつけられたとは思えない切り傷や焦げた跡があった。

 地面にも上から強力な衝撃でも受けた様な不自然な窪みもある。

 

「……」

 

 なのに戦闘の音は一切響かず、焼けていない木の葉が風に揺れる涼しげな音だけしか響かない。

 

「あれは…?」

 

 地面にキラリと光るものが落ちていた。

 

「これ、は?」

 

 彼女の師匠がつけていた親から貰ったと言っていた首飾りだった。

 とても貴重な金属で出来たもので、高名な細工師によって作られた大切なもの。

 そんなものが地面に落とされていた。

 取り敢えず拾うのだが。

 

「これ魔力が…」

 

 それには魔力が込められていた。それは伝言の様だった。

 

『これが「流」、貴方の手に渡っていたら、そう願ってこれを残します』

「師匠?」

 

 その声に体が金縛りにあったかの様にその場に縫い止められる。

 師匠の声と自分の名前の二つが出た事に動揺を隠せない。

 

『もし仮に貴方が駆け付けても私はもう殺されているでしょう』

 

 その伝言を聞いて再び足を動かす。ここで立ち止まっている場合ではないと。

 

『貴方には復讐や憎しみを持たないで欲しい。それは私だけで十分だから』

 

 その伝言を聞きながらもひたすらに林の中を駆け抜ける。

 

『もし貴方の中に私に対して感謝や恩返しの気持ちがあるなら、次は貴方が助ける側になりなさい』

 

 林を抜けて晴れた先には夥しい血の海が広がっており、そこには誰もいなかった。

 

「そんな…」

 

その光景に膝をついてへたり込み、ただ呆然とするほかなかった。

ここで最後の伝言が流れる。

 

『必ず助けなさい』

 

 

 パチリと目が覚めると知らない天井が視界に広がる。

 いつもの寝床ではない。

 

「…夢、か」

 

 むくりと上体を起こす。

 お腹をさすると痛かった為負傷そのものはあったし、完治はしていない。

 そもそも自分の服ではなくブカブカのシャツだった。

 ふと外を見ると薄らと明るかった。それが夕方なのか、朝方なのか判断出来ない。

 

「起きた?」

「はっ?」

 

 隣から声をかけられて慌てて振り向くとそこにはソファーに座っている御依がいた。

 

「お母さん、一威が起きた」

「はい分かりました」

 

 都はそう言われてリビングに敷かれた布団の方を確認してからコップにお茶を入れて持って来る。

 

「はい、落ち着いて飲んでね」

「あ、りがとうございます…」

 

 両手でコップを受け取りぺこりと軽く会釈する。

 その態度を見て都はにこりと笑んでからキッチンへと戻る。

 一威は混乱しているが何とか情報を整理しようとしていた。

 自分が拘束されていない事から協会の人間にはまだ報告が入っていない事、そして今の場所は恐らく御依の家である事。

 そもそもあの日から何日が経ったのか。

 

「ちなみに今は一威が路地裏で倒れた次の日の朝六時半だよ」

「なんで心読めるの…」

 

 御依が的確に説明を入れてきたため、少しだけゾッとしてしまう。

 時間感覚が曖昧である事まで見抜いているのだ。

 気分を落ち着かせるためにお茶に口をつける。

 そんな姿を見ながら御依はソファーから降りて相手に対して正座をして目線を合わせて正対する。

 

「ありがとうお姉ちゃんを助けてくれて」

 

 頭を深く下げて感謝の言葉を述べる。

 一威は相手の態度に一瞬ぽかんとしてしまうが慌てて言葉を発する。

 

「いや、いいって、たまたまだしー」

 

 そう言いながら楊は無事だったかと胸を撫で下ろす。

 そして楊が御依を呼んで助けに来てくれたのだと察した。

 

「一応今は私の魔力で傷口を抑えてるけど後は自分で出来る?」

「ありがとねー、寝たら魔力もだいぶ戻ったし後は自分でやるよん」

 

 都はそんな会話を朝食を用意しながらこっそりと聞いていた。

 幼いが故に声色だけなら子供と分かるのだが、話している内容は外見年齢に釣り合っていない。

 

「ちなみに夜に何度か起きてたけど覚えてる?」

「え、そなの?」

 

 全くと言っていいほど身に覚えがない。

 彼女の体感では今起きたのが長い眠りから覚めた感覚だったからだ。

 

「うすぼんやり起きてるその隙にコップに注いだ水を飲ませたから」

「……」

「うん、その感じだと覚えてないね」

「そ、そうか。考えてみれば水飲まないと死ぬよな…」

 

 寝ぼけている間に何をされようが基本的には人命救助目的の為、文句など言えようはずもない。

 

「あと体も勝手に洗ってごめんね」

「もうなんかやられたい放題だな…」

「うん、なんかその時もぼんやり起きてたみたいで、すっごく気持ちよさそうにしてたよ」

 

 御依は口に手をやってくすくすと笑う。

 

「うわああぁぁ…!」

 

 一威は両手で顔を隠して悶絶した。

 知らぬ間に最悪の黒歴史が次々と作られていた。

 

(御依があんなに楽しそうに…)

 

 そんな二人のやりとりを見て都はそう感じた。

 彼女の正体がバレて以降、家族に対して前よりは気兼ねない態度を取るようになった。

 それでも外行きの仮面はかなり分厚い部分がある、時折りアホな面が出るとはいえ。

 幼稚園の送迎の際に周りを明らかに警戒しているし、精神年齢の高さ故か楽しそうにする態度もぎこちない時がある。

 目の前の二人の間にはまるで何年も一緒にいたかのような距離感と気心の知れた関係を感じた。

 

 

『いいわよ』

 

 都は一旦一威の報告を先延ばしにすることを決めた。

 

『ホント!?』

 

 御依はそれを耳にしてパッと嬉しそうな顔をする。

 

『ただし』

 

 手のひらをずいっと相手に向けて静止のポーズを取る。  

 当然何も条件なしの無償とはいかない。

 それでも先ほどまでのとりつく島も無い状況よりはマシになってある。

 

『その子を利人か御依のどちらかが必ず監視してちょうだい。そして傷が治って体力も回復して歩けるようになったら即時家から出て行ってもらいます』

 

 都が出した条件がそれだった。

 つまり一威が何かしらの問題を起こさない様、有事の際には藍原家のトップツーのうちどちらかが腕力で押さえつけろという事になる。

 あと当たり前のように良二を戦力としてカウントしていない畜生ぶりである。

 

『俺は構わないけど…』

 

 利人としては基本御依の要望に沿うつもりであった為異論は挟まない。

 彼の懸念の先は当然末っ子に向けられる。

 

『一威はそんな事しないもん…』

 

 御依は相手の言わんとしている事は理解出来ているが気分の良いものではない。

 

『そうね、御依がそう言うならそうなんでしょうね』

 

 都は少しだけ申し訳なさそうにする。

 目の前にいる楊にとって命の恩人である少女をまるで犯罪者のように扱ってしまっている。

 

『利人、一威さんに防音の結界を』

『ん?防音?』

『ここから先は間違っても聞かれたくないの』

 

 利人は疑問符を浮かべながらも言われた通りに結界を一威の周りに張る。

 

『御依、いえ亜夜鳴さん』

 

 その名前が出てきた事でこの場の空気が一変する。

 今から話す事は相手にとって特大の地雷、その事を自覚しながら言葉を紡ぐ。

 

『分かっているはずね。誰かの為に行った善意は必ずしも善意の形で返ってくるわけじゃない事を』

『それは…』

 

 亜夜鳴はその事実を痛いほど味わっている。

 かつて魔術を生み出し、怪異の脅威からの自衛のために教え広めていった。

 しかし亜夜鳴の命を奪ったのはその魔術だった。

 

『ごめんなさい、私には残され砦の潜り魔術師の子を信じて庇ってあげる勇気がないの。もしも一威さんが他の人に害を与えたらと思うと怖くて仕方ない…』

 

 もしも一威が快復したのちに何かしらの犯罪をしたとしたら。

 それは決して都のせいでは無いとしても、彼女は強い罪悪感に苛まれるだろう。

 

『お母さん、自分が悪いだとか思い詰めないで。俺が上手くやるから』

 

 利人は母のそばに寄り添い、精一杯のフォローをしようとする。

 都と利人は違う。

 彼は御依の件で本人の意思が固まるまで魔術師である事を黙っている選択と今回一威を一旦連れて帰った。

 そんな事が出来るのは本人が有事であれば御依も一威も相手取ってやろうと思っているからこそ。

 そこまでしてでも妹の願望に寄り添ってやりたいと覚悟を決めている。

 

(分かっていても悔しいな…)

 

 良二はそんな利人の心の内を何となく感じた。

 夏休みに入ってから利人が駆り立てられるように怪異討伐や交流戦の準備に精を出している理由を理解した。

 御依が何かしら乱心した時に自分が強くないといけないと言う責任感を抱えているのだ。

 今はまだ亜夜鳴ではなく御依として振る舞っているが、何がきっかけで記憶が戻り憎しみに塗れた存在になるか分からないのだ。

 だからこそ、その時のために備えている。

 そしてその役割は力の無い父と母には出来ない事だ。

 

『分かった…』

 

 理屈は理解出来ても納得は出来ない、それでも御依は信念を曲げて娘の為に折衷案を出した母に感謝をした。

 

『お母さんありがとう!』

 

 楊はとりあえずその場が収まりそうなのを察して母親に抱きついて感謝を述べる。

 

『んふふ…』

 

 楊は何やら嬉しそうだった。

 

『どうしたの?』

 

 都は耳元で抱きついている楊の嬉しそうな声が漏れるの聞いた。

 一威を一時的とはいえ匿うのがそんなに嬉しいのかな?と娘に質問をする。

 

『一威に魔術を教えてもらうの!』

『はい?』

 

 娘から放たれるそんな初耳情報に声を漏らす。

 多少は用心を緩めるとはいえまだまだ一威への警戒心は高い。

 

『駄目に決まってるでしょう』

『やだぁ!』

『駄目と言ったら駄目』

『やだもん!』

 

 母から離れて駄々をこね始める。

 今度は母と姉の口論が始まる。

 

『お姉ちゃんいつの間にそんな約束を?』

 

 御依は尋ねる。

 いつの間にそんなに親密な関係性を築いたのかと。

 

『逃げてる時!』

 

 実際の所は約束そのものは交わしておらず、厳密には楊が尋ねた際に嫌そうなリアクションをしていなかったと言うだけだが。

 

『塾に行ってるだろう、そんなに一威さんが良いのか?』

 

 良二はチラリといまだに寝ている相手を見ながらも問いかける。

 殺人鬼を単独で倒して、しかも楊を指一本傷つける事なく守り抜いたことからも相当の実力者なのは推しはかれる。

 

『だって私は優しいから強くなれるって言ってくれたもん…』

 

 それは二人のやり取りを聞いていなければ理解をするのは難しい。

 ただ皆は楊は何かの希望を感じているのを察した。

 数時間前に感じた焦燥や焦りのようなものは幾分か薄れているように感じる。

 

『ちょっとお母さん』

『なに?』

 

 御依は取り敢えず楊の援護射撃をする為に母の服の袖をくいくいと掴んでキッチンの方まで連れて行く。

 母に封殺されてしまったとはいえ、楊は御依と一威の為に何か擁護をしようとはしていた。なら自分もと言うわけだ。

 

『ここはお姉ちゃんの好きにさせた方がいいと思う』

『駄目に決まってるでしょう』

 

 御依からの説得に先程とは違い取り付く島すら無い。

 さすがに魔術を教わる、つまり相手が潜りである事を認識しているのだと明確になるという話だ。

 当然、御依とてそんな事は分かっている。

 

『その通りだけどこのままダメって言ってもどちらにしろお母さんの見てないところで教わると思うよ』

『それは…』

 

 そう言われてしまうと言葉に詰まってしまう。

 チラリと楊の方を見る。

 子供はダメだと、それはいけない事なのだと教えたとしても抜け道を見つけてやろうとする性を持っている。

 小さい子の教育はだからこそ難しいものなのだ。

 

『なら目の届く範囲でやってもらった方がまだ良いと思うけど』

『うーん…』

 

 都としては楊には魔術師の道を諦めて欲しいと思っている。

 魔術師の世界は持っている力が全てだ。

 利人には高い素養と努力を継続出来る才能があった、適性があった。

 御依にも自分を律して魔力を制御出来る圧倒的な経験値がある。

 楊は二人には遠く及ばない残酷な事実は都でも分かる。

 力が無いことで裏で馬鹿にされている夫を知っているからこそ、同じ困難な道を歩んでほしく無い、諦めて欲しいのだ。

 

(そんな事言えるわけない)

 

 まだ八歳の子供にそんな事情を懇切丁寧に言えるはずもなく、塾に通えば自身よりも何周りも上をいく子供に揉まれてそのうち諦めるだろうと思っていた。

 

『ほんとに皮肉な話…』

 

 ボソリと呟く。

 

『皮肉?』

 

 御依はその呟きを拾い疑問符を浮かべた。

 

『御依は「楊」の名前の由来は教えてないわよね?』

『お姉ちゃんの名前?そう言えば知らない』

 

 姉の名前の由来など気にも留めていなかった。

 

『「楊」はね、柳って植物の別称の一つなのよ』

 

 柳は水辺に生えることが多いヤナギ科の植物で、一般的にしなだれる様に枝と葉を生やす。

 

『楊はね。枝がしなだれる事が多い柳の中でも真っ直ぐに枝葉を伸ばす種類を指しているのよ。どんなに辛くて苦しくても真っ直ぐに上を見て伸びて欲しいから「楊」って名前をつけたの』

 

 その願いの通りに楊は魔術師を諦めていない。

 

『あとは柳は家庭不和とか金欠の暗示する意味もあるけれど、そういう厄は名前に全部引き受けてもらって、楊本人にはそんな事とは無縁でいて欲しいって願いも込めているわね』

 

 その事を都は懐かしむ様に語る。

 まさにその名前の通りに諦めずに前を向きながらも必死に足掻いている。

 

(母親失格ね…)

 

 娘の挫折を恐れて前を向く姿から目を背けていた。

 この選択がもしかしたら後悔を引き起こすかもしれない、それでも親は背負わなくてはいけない。

 

『その辺りは取り敢えず良二さんと利人も交えて相談しましょうか』

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