転生巫女は静かに暮らしたい   作:高町廻ル

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先生教えてください

「なるほどねぇ」

 

 自身が寝ている間に起きた家族会議の内容を聞いて一威は頷く。

 その内容は魔術を教える云々を除けば一般家庭(魔術師家系)からすれば起きてもおかしくないと想像出来る範疇の内容だった。

 

「そう、だからそのお腹の傷が治るまでは家にいて療養してもらって良いけど、治ったら直ぐに家から出てもらう事って話になった」

 

 御依は申し訳なさそうに言う。

 これが都から引き出せた精一杯の譲歩だった。

 

「それでも有難いよ。あの殺人鬼のせいでこの辺りの協会の警戒がかなり強まっただろうし。式神もボロボロでとても砦まで逃げられそうにないし、それに携帯も壊されちゃったから」

 

 まさに孤立無援とはこの事で、一威の生殺与奪件は完全に藍原家に握られている。

 今のボロボロの体で御依を相手取れると思うほど力に対して自惚れてはいない。

 

「携帯…そうだ電話で仲間から助けは呼べないの?」

 

 一威にはあのスリの様に面倒を見ている身内が居るはずで孤独ではないのではと思い問いかける。

 

「無理。携帯を改造して付けた暗号回線じゃないと助けが呼べない。一般的な表番じゃ繋がらない」

 

 潜りの魔術師かつ残され砦の出身だけあって簡単に表の通話サービスは使いづらいのだ。

 

「まって、じゃあ今の一威って…」

 

 御依はこの状況について一つだけ気がついた。

 連絡が取れないまま戦闘に入ってそれ以降一切音沙汰がつかない、それが意味するものとは。

 

「うん。多分砦にいる身内は携帯が壊されてから交戦に入ったのは気がついてるはず。だから折り返しの返事が無い時点で殺されたか協会に秘密裏に拘束されたと思ってるはず」

 

 一威は深刻な身の上になっているが、目の前の相手を極力心配させない為にへらへら笑いながら頭を掻いて「困ったな」と呟く。

 

「そうだね…それに協会の人も血眼になって一威を探してるよね…」

 

 殺人鬼を誰かが倒した、しかし誰も名乗り出ない。

 協会の人間であれば名乗り出て事情と状況を説明しているはず。目の前にいる一威は当然そんな事をしているはずもない。

 つまり協会は殺人鬼を打ち倒した相手を血眼になって探しているはずだ。

 

「まぁそれはいいや」

 

 一威は現状何の手も打てない為、保留もとい思考停止してしまう。

 現状を打開できない事に時間を割いても仕方ない。もう一つの問題も重要な議題なのだ。

 

「問題はお姉ちゃんなんだけど…」

「あーね、うーん…」

 

 知らないところで話が広がっているなと思う。

 

「…実際約束したの?」

 

 御依は都に聞こえない様に小さな声で尋ねる。

 

「してない」

「ですよねー」

 

 やっぱりなぁと苦笑いしか出来ない。

 楊だけが願望と展望を前面に出しすぎてしまっただけの様だった。

 

「けどまぁいいよ、宿代の代わりに魔術を教えるくらいなら」

 

 一威は楊のお願いに首を縦に振る。

 

「へ?いいの?」

「て言っても基礎の基礎しか教えれないけどねー」

 

 彼女は「別に減るもんでも無いし」と付け加えながら快諾する。

 

「言っちゃ悪いけどお姉ちゃんの実力は年齢相応だよ?」

「まぁ、だろうね」

 

 一応楊が御依には遠く及ばない力しかないのは分かってはいる。

 

「あの子に熱を与えた自覚はあるし、ある程度満足するまでは付き合うよ」

 

 続いて「それに」と付け加える。

 

「ああいう優しい子は強くなるよ」

 

 御依はその言葉の真意の全てを汲めなかったが、相手の信念ともいえるものを理解しようと噛み締める。

 

「そうだね。そうだといいね」

 

 楊が強くなりたいと願い、動くのならそれが叶って欲しいと思う。

 

 

「はい、と言うわけで特訓を開始します」

 

 家の庭先で一威と楊の特訓が始まる。

 一威は少し体がしんどいのか軒先に座った状態で、楊は気合を入れてその目の前に立っている。

 

「頑張る!」

 

 両の拳をぐっと握って気合を入れている。

 

「『頑張る!』じゃなくてそこはお願いします先生!はい!」

「は、はい!先生!」

「今ここでは先生だから!」

「はい先生!」

 

 一威先生も何やら気合が入っており楊は少しだけその気迫に押される。

 その光景を少し離れたところから都と御依は眺めている。

 

「意外と形から入る子なのね」

「結構ニヒルで斜に構えたイメージだったけど実は熱血キャラなのかな…」

 

 人は第一印象だけで全てを分かってしまえるほど単純ではないものだ。

 

「取り敢えず実力を知りたいからなんか魔術使ってみて」

 

 まずどこで躓いているのか、何が出来て出来ないのかを把握しなければ指導する事もままならない。

 

「えーっと…」

「ん?どした?」

「何をしたら…」

 

 ここに来て恥ずかしさと情けなさが出てきてしまう。

 圧倒的な技量を持つ御依と一威の前で自分の魔力を見せるのが情けなく感じる。

 二人からしたら自身の力など鼻で笑う程度のものでしかないとそう思ってしまうのだ。

 

「恥ずかしがって思い切って飛び込めないなら魔術を極めるのは諦めるんだね。自分の弱さと至らなさを認めないと強くなれないよ。目を逸らしてもあなたが強くなる事は絶対に無いよ」

 

 辛辣な言葉が容赦なくつらつらと並ぶ。

 しかし声色は決して攻め立てるものではなかった。

 

「別に恥をかいて欲しいとか馬鹿にしたいわけじゃあ無いよ。何が出来ないのか分からないとこっちとしても指導も改善も出来ないし」

 

 勇気を出して曝け出さなくては前には進めない。

 

「分かってる…」

 

 そう呟きながら塾で教わった基礎の基礎である結界作りを行う。

 魔力を抽出して練るのも、その発生速度も強度もお粗末なものだったが四角い面の半透明の六面体を作り出す。

 

「どうかな…?」

 

 チラリと相手を見る。

 

「……」

 

 相手は黙って楊をジッと見つめている。

 あまりにも無言で呆れられたかもと不安になる。

 

「一威からしたらこんなの見てて笑っちゃうよね…」

 

 相手の実力を知っているからこそ笑われているとネガティブになってしまう。

 

「はぁ?ん?いんや、取り敢えず楊の魔力の練り方の問題点は分かったよ」

「え?へ?」

 

 そんな想像に反して一威は淡々と説明を始める。

 

「その結界は誰に教わった?まさか御依じゃあないよね?」

 

 チラリと御依に対して胡乱げな視線を送る。

 

「え?ううん、みーちゃんじゃなくて塾の先生だけど…」

「うん、私は魔術を見せた事はあるけどお姉ちゃん直接教えた事は一度も無いよ」

 

 藍原姉妹はそれぞれ質問に対して答える。

 

「ん、じゃあその先生ってのは相当に指導が下手だねぇ」

 

 一威は顔も名前も知らない先生に対してやれやれと鼻で笑っている。

 

「それは…楊の素質や飲み込みの問題じゃなくて?」

 

 都からしても一度結界を作っただけで何故そこまで断言できるのか分からなかった。

 

「それもあるよーん、でもねぇ…それ以前に結界なんて応用技を基礎の身体強化を固めてないのに練習させてるのがもうバカだ」

 

 その言葉の真意を都には理解ができなかった。

 彼女とて魔術師として訓練してきたが、その練習の多くは全身に巡る魔力を抽出して放出する事だからだ。

 何より結界を作るのは基礎だと教えられてきた。

 

「あっ!」

 

 御依は現代の魔術理論に詳しくは無い。

 現代に適応するにも千年の空白は大きい、それでもやっと理解した。

 それ以前に亜夜鳴は生まれながらに何の問題もなく感覚で魔術的現象を起こせた口だ。そこまで基礎を深く理解出来ていなかった。

 亜夜鳴が魔術についての概要を広めたのに対して、後世の魔術師たちがそれを噛み砕きより洗練化したと言う話だ。

 

「はいみーちゃんさん!身体強化と結界術最大の違いは何でしょうか?」

 

 姉と兄には何とも思わないが、一威にみーちゃんと呼ばれるとちょっとイラッとするが答えを述べる。

 

「…身体強化は全身に巡る魔力を体内で消費、結界は巡る魔力を体外に放出する事。つまり体の外か内のどちらで発動するかどうか」

「ピンポーン!」

 

 話の理解が早い御依に対して機嫌が良さげになる。

 しかし楊と都はまだ理解出来てない。

 いまだに疑問符を浮かべる二人に追加で説明を行う。

 

「いい?魔力は全身に血液や生体電気の様な巡っている力なのさ。んで身体強化はその流れを自覚してコントロールする類の技ってのは理解できる?」

 

 それは基礎も基礎、教科書にも載っている内容だ。

 

「身体強化の練習は自然と全身の魔力の流れを掴む事に繋がる、あとはお分かりかしら?」

「そう言う事なのね…」

 

 都も何となくだが言わんとしている事を理解出来てきた。

 

「結界術は本来基礎ではなくて…」

「魔力を抽出して体外に出す行為は総じて応用だよ。なんせ魔力で作った物質は空気に触れると消えちゃうんだからさ」

 

 魔力で出来た物質は程度の差はあれども、空気に触れると溶ける様にして消えるのも基礎的な知識だ。

 魔力を体外に出して消えそうになるのに対して抗いながらもイメージの通りに形を成して維持する、それは本来なら途方もない高等技術なのだ。

 しかし体内で魔力の練るのはその阻害要素を受けない為に基礎なのだ。

 

「応用ばかり練習して基礎を蔑ろにしてたらそりゃ上手くもならないわなぁ」

 

ごく当たり前のこと、だからこそつい見逃してしまうのかもしれない。

 

「そうね。コード式の安易さでいつの間にか基礎が疎かになっていたかもしれないわ…」

 

 都は魔術の基本を根底から覆されて唸る。

 そしてその事に学生時代に気がついていたらとも思う。

 コードに魔力を流すだけで安易に魔術を使える。そのせいなのか魔術の特訓はいかに魔力を外に流せるかばかりに注視されるようになったのだ。

 実際多くの魔術師は属性も概念魔力も両方発現できないか、まともに使いこなせないまま一生を終える事が多い。

 ならばコードを使える方が戦力になるのは間違いないのだ。

 

「そんなわけで取り敢えず練習の時間は身体強化に多く割こうか。目に見えづらくて地味だけどそれが確実だと思う」

 

 取り敢えず今やるべき事を伝える。

 基礎を固めると言う当たり前のことだが。

 

「うん分かった」

「返事ははいで」

「は、はい先生」

 

 先生プレイはあいも変わらず健在だった。

 楊は改めて気合を入れる。

 

「……」

 

 しかしここで楊は詰まってしまう。

 

「どした?」

 

 一威は何故動きが止まったのか分からず問いかける。

 

「身体強化ってどうやればいいんだろ?」

「え?そこから?」

「うっ…」

「スマン…」

 

 バカにしないと決めていたのについ傷つけるリアクションをしてしまい謝罪する。

 

「そうだなぁ…」

 

 一威は重い腰を上げて庭に立つ。

 

「私の体全体の魔力の流れを見てね」

 

 そう言っていつもの魔力を放出する制限を取っ払って分かりやすく漏らす。

 

「見える…」

 

 楊の目にも相手の体を巡る魔力の流れが見える。

 

「そんでこれが…!」

 

 バン!と彼女は思いっきり足で地面蹴って五メートル程飛び上がる。

 

「わっ!」

 

 突然の光景に驚きの声が漏れる。

 

「目を逸らさず見て!」

 

 一威はそのまま真下にシュタッと膝を曲げて衝撃を吸収しながら軽やかに着地をする。

 

「ふぅ…どう?見えた?」

 

 そう言いながら疲れたのか少しだけ息を吐いてから軒先に再び座る。

 

「膝と足首がすっごく光ってた様な気がする」

 

 彼女の目には全身を巡る魔力は見えたが、際立って膝と足首に魔力が集中していた。

 それは当然都と御依にも見えていた。

 

「今のが部分的に魔力で強化するやつね。本来は全身にくまなく張り巡らせるものだけど、今の楊じゃいきなりそれは無理だし、まずは手先とか足先みたいな末端に力を集中させるところからやろうな」

 

 一威はそう言ってから室内に置いてあったお茶の入ったコップに一口つける。

 

「ぷはー…魔術の修行ってのは本来地味なものだよ。だからコード式なんてものに安易に頼る」

 

 人は簡単に結果が出るなら当たり前だが安易な方に流される。

 楽で平坦な道と困難で険しい道、しかし結果が同じなら後者を選べる人はいくらいるだろうか?

 

「昔は滝行や坐禅を組んだりお経を唱える事で聴覚と触覚から体内の巡る魔力を調節したり、断食で内臓そのもののリズムを整えて魔力を動かしやすくしたりもできる。まぁ体に悪いけど」

 

 一威はスッと立ち上がりリビングの方へと向かっていく。

 そして去り際に語りかける。

 

「と言うわけで後はひたすら自主練ね、体内の魔力を感じて体の一点に集中させる事。可能なら魔力撮影用のカメラとかで動画でも撮ってみるといいよ、自分の中の魔力の流れを客観的に見てみると意識も変わるし改善点も明確になるから。取り敢えずちょっと疲れたから三時間くらい寝かせて」

 

 一威はそう言ってリビングに戻り端っこに敷いてある布団にダイブして毛布を被ってしまった。

 投げやりに見えるがやるべき課題も改善点もキチンと明確で、それでいて練習法も提示している。

 疲れたと言っていたのもおそらく嘘では無い、今の一威は式神の回復と傷口の保護に魔力の多く回している状態なのだ。

 その上で魔力の流れを無理してでも実演した。

 

「お姉ちゃんは取り敢えず体内の魔力を感じるところからやってみたらどうかな?一威に一度は習うと決めたなら取り敢えず素直にやってみなよ。お母さんは?」

「私は楊に付き合うわ。危なくはないけど一人には出来ないもの」

 

 都は取り敢えず長女に付き合う事に。

 

「私は一威の容体を見てるよ」

 

 御依はそう言ってから玄関を経由して家の中に入っていく。

 

 リビングの中に敷かれた布団と毛布に包まれている相手がいた。

 相手は何やらぷるぷると震えている様でそれを見てつい弄りたくなってしまう。

 

「何?先生ぶっちゃって恥ずかしい?」

「うっせ」

 

 その考察は大当たりの様で憎々しげに唸る。

 

「傷口…痛む?」

「ん?」

「無理して魔力使ってくれたんでしょ?」

 

 一威は現状かなり手負いの状態で、回復に体内の魔力を割り振っており、そこまで身体強化に割ける余裕は無い。

 

「そんな事を考察なんてすんなって、そう言うのは気がついてもふっと微笑むだけで黙って見守るのが粋ってものでしょう?」

 

 毛布から顔を出してまるでカタツムリの様な姿勢でそんなトンデモ理論を口にする。

 

「そんなものかなぁ…」

 

 御依はもう呆れるほかない。

 そして同時にこの気兼ねない距離感の会話に心が落ち着くのを感じる。

 

「終わったあぁぁ…」

 

 食卓テーブルで宿題をしていた利人は伸びをしながら束になったテキストを眺める。

 少女二人の興味と視線は彼に向けられる。

 

「やっと終わったかお兄ちゃんよ」

「なんかやってんなと思ったらそりゃあ夏休みの宿題ってやつか」

「宿題の無い幼児と学校に通ってないであろう奴に語られると腹立つな…」

 

 女の子二人の意見を拾いついイラッとしてしまう。

 

「ん?あ、みー」

 

 ふと妹を見ているとある一点が気になった。

 

「何お兄ちゃん?」

 

 台所でコップにジュースを注いでいた御依は視線は手元に向けながら耳を傾ける。

 

「髪の毛が跳ねてる」

「へ?ホント?やだなぁ…」

 

 一リットルタイプのペットボトルを流し台に置いてから、慌ててリビングに隣接する和室に置いてある姿見の方へと向かう。

 

「みーってなんか見た目気にするようになったよな」

 

 少し前までは髪の毛が汚れようが、髪を固結びにしてまとめる事に対して抵抗がなかった。

 しかし今の彼女は小さな髪のハネや寝癖を気にしている。

 家族に亜夜鳴である事がバレる前は自身の容姿を気にするほど余裕を持てなかった。

 しかし今は家の中と家族の前は明確な安全地帯になっている事から余裕が生まれていた。

 

(せっかく現代に生まれ変わったんなら今を楽しんでくれて、恨みや怒りに囚われずにいてくれたら助かるけどな)

 

 妹は大きな全身姿見に体を写して髪の毛を弄っている、その光景を遠目から見る。

 彼にとっての懸念は御依としての生を選ぶのではなく、全てを奪われて殺された亜夜鳴が前面に出ないかと言う事だ。

 もし相手が世界に害をなす存在になったとしたら、庇う決断をした自分が止めなくてはいけない。そして今の自分にはそれが出来るだけの力は無い。

 だからこそ焦る。

 御依はこれから成長してどんどん力を増していく。

 直接やりあえば今はまだ利人の方が上回っているかもしれない、だがその優位性がいつまでも続くとは限らない。

 しかし問題の御依はそんな懸念などお構いなしに鏡と睨めっこする。

 

「あーなんか頑固に跳ねてるんだけどぉ…」

 

 御依は手で押さえても雑草のように頑固に伸びてしまう一部の髪に辟易する。

 水で濡らすかタオルか何かで抑えようか考える。

 

「ん…?」

 

 ふと髪の毛を弄る自分の姿に違和感を覚える。

 どこか鏡面に映る自分と実際の手の動きが微妙にズレている様な気がしたのだ。

 

「あれー…?」

 

 気が付かないうちに目が疲れているから動きが変に見えるのかなと思い無意識に鏡に触れる。

 しかしその瞬間ガシッと鏡から腕が伸びてきて御依の腕を掴む。

 

「なっ…」

 

 間違いなく腕を握られる感触がある。

 疲れているのでもなく、そして幻覚でもない間違いなく現実に起きている。

 

「力が入らない…?」

 

 彼女は細かく体を震わせながらも引き剥がそうとするが力どころか魔力すら練ることが出来ない。

 鏡の中に映る自分を見るとそこには瓜二つの自分が軽薄に笑っていた。

 

「その魂…貰おうか」

 

 相手はそう呟くと力ずくで鏡の中に引き摺り込もうとする。

 

「まずい『影喰い』だ!」

 

 一威はボンヤリと見ていたが、それを見て素早く布団から飛び出して御依の体を抱きしめてなんとか引っ張り返そうとする。

 しかし相手の力は万力の様で全く緩むことなく二人分の体重でもしっかりとした力で引っ張り返してくる。

 御依はそこで耳にした。ミヂミヂと何かを引っ張り、そして引きちぎる様な音を。

 

「うわっ!?」

 

 二人分の力で引っ張った影響なのか御依と一威は後ろにつんのめる形で倒れ込んでしまう。

 

「いでぇ!?」

 

 下敷きになったのは一威の方で腹の上にのしかかれられた為かなりの激痛が走る。

 

「あ、ごめんなさい」

 

 御依は慌てて上から退いて心配する。

 

「二人とも!」

 

 利人も一歩遅れて二人の元へ寄ってくる。

 パッと見では二人に大きな外傷は見られない。

 

「みーは大丈夫か?一威も傷が開いたりしていないか?」

 

 そう言葉で確認するが二人に何か変化がある様には見えなかった。

 

「……」

 

 御依は返事が出来ず、掴まれた腕の感覚を思い出していた。

 

(おかしい、何かがちぎられた様な引き剥がされる様な感覚があったのに)

 

 掴まれた腕はくっついているし、しっかりと動かせる。分かりやすい負傷は見られない。

 

「へぇー…あなた変わった魂を持っているのね」

 

 少し離れたリビングの方から和室の方へと声をかけてくる声が一つ。

 

「は?」

 

 利人は間抜けな声を漏らす。

 声の主は御依だった。しかし目元や頬の緩み具合に差異がある。同じ顔でも別人であるのはわかる。

 チラリと和室の姿見の前に座り込む御依を見る。藍原御依が二人いる。

 

「チッ!」

 

 一威は身体強化をかけて相手を捕まえようと飛び掛かる。

 しかし相手はそれを軽やかにかわしてしまう。一軒家の中では思いっきり魔術をぶっ放すわけにもいかない。

 

「予定とは違うけどこれも悪くないねぇ」

 

 バッと大きく後ろに下がり軒先の窓を開け放つ。

 

「しかしまぁこんなケースもあるもんだ」

「こんな…ケース?」

 

 相手の言葉の真意を掴めず同じ顔の他人に問いかける。

 

「ああ、まさか『二重人格』相手に入れ替わりをするとこうして二人に分裂するなんてよっ!」

 

 そう言い放って窓から外へと飛び出していく。

 

「にじゅう…じんかく…?」

 

 御依に対して大きなものを残しながら。

 

「くそっ!」

 

 一威は慌てて窓から飛び出して追いかける。

 

「まって!」

 

 御依も同じく立て直して後を追いかける。

 

「み、みより?」「みーちゃん?」

 

 母と妹のその反応から自分のそっくりな存在がなりふり構わず飛び出して行き、その数秒後にまた娘が出てきたのが分かる。

 その弁明の余裕などなく彼女も追いかける為に裸足のまま家の外に飛び出していく。

 

「おい二人とも!」

 

 利人は二人を呼び止めるか自分も追いかけるのか判断を迷う。

 

「蘭!」

「はいマスター」

 

 彼は自身の式神メイドを呼ぶ。

 

「みーを追いかけて力になってやってくれ」

「かしこまりました」

 

 蘭は軽く頭を下げてから同じく窓から飛び出していく。

 彼もまずは母親と妹に現場の説明をしてから立ち回りを考えようと思った。

 しかしそこでドンドン!と何かを叩く様な音が室内から響いてくる。

 

「はい?」

 

 慌てて音のする方へと振り向くが室内には誰もいない。しかし叩く音は依然として継続している。

 音のする方へと視線を運ぶと姿見にたどり着く。それは御依を掴んだ怪異が潜んでいたそれ。

 

「んー?」

 

 彼は警戒しながらも姿見の中を覗く。

 何も異常がないと思っていた。だが音だけは響いている。

 

「はっ?」

 

 ふと下を見ると鏡の中から鏡面を叩いている御依がいた。

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