「日曜日手伝ってくれないか?」
夕食の席で家長である良二は息子に話しかける。
「あ、もうそんな時期か」
利人は提案に対して頷きながら、一応確認をする。
「なんかあるのー?」
何のことだかわかっていない楊。
「…」
何のことかわかっているけれど黙って箸を進める御依。
毎年寺の蔵にある書物や機材の確認、それに魔術師協会から借りている備品等個数と消耗状況の確認と報告。
「ねぇそれ私も行っていい?」
御依は手伝いたい旨を口にする。
家族は一様に驚いた表情をする。
この世界に生まれてから魔術的なものに極力近づかないようにして来た。
元来彼女は研究者気質の人間で、魔導具もといサポート系のアイテムの存在を知ってからずっと気になって仕方なかった。
だが流石に三歳四歳の時に魔術に興味を持ち出したら悪い方向に目立ちすぎる。
冷蔵庫に車など、平安を生きた彼女からしたら信じられない技術の発展を見て来た為、じゃあ魔術を補佐する道具はどのような進化を遂げたのかと思ってしかないのだ。
「御依がかい?」
父は意外だったのか問いかける。
年長とはいえ幼稚園である御依が魔術的なものに興味を持つとは思っていなかったのだ。
「うーんそうだねぇ…」
父親として自身の仕事に興味を持ってくれるのは嬉しい。
だが一方で何かの拍子で魔導具等が暴発する可能性もある。簡単に首を縦に振る事が出来ない。
「いいんじゃない?」
父の葛藤を知ってか知らずか利人は気楽そうにそう言った。
「だがなぁ…」
息子の援護射撃があってもまだ首を縦に振らない。
彼の目線では魔術など全く知らない六歳の女の子を連れて行くわけがない。
「別に魔導具を勝手に触らせなきゃいいんだし、蔵の中身ってほぼガラクタみたいなもんじゃん、てか使いもしないのにあんなの捨てりゃいいのにな。みーは勝手に物に触らないようにって言ったらちゃんと守れるよな?」
「うん!分かったお兄ちゃん!」
兄と妹の二人でどんどん話を進めてしまう。
ちなみに捨てればいいというのはあながち間違いでもなく、過去数十年使われていないしその予定もない埃をかぶったものばかりなのだ。
流石に歴史的に価値があるので保管せざるを得ないのだが。
「分かった分かった」
子供のゴリ押しに流石に折れた。
「ありがとうお兄ちゃん」
「おうよ」
彼は感謝の言葉に対してなんてことはないよと言った感じで返す。
こうして日曜日の予定が埋まる。
◎
「みーは魔術師なりたいの?」
「ん?」
夕食を終えて自室に戻ろうとする御依の後ろ姿に楊はそう話しかける。
「どうしたの突然?」
その問いかけに振り返りながら疑問を疑問で返す。
実際、藍原御依が魔術に興味を示すような言動を出したのは今日のやり取りが初めてではある。
力を隠してひっそり生きたいという密かな願望とは相反するを行為なのは理解できているのだが、過去に魔術を極めんとした身からしたら現代魔術や魔導具は心惹かれて仕方ない。
「私魔術師になりたい」
「へー…」
御依は相手の発言に正直驚いた。
失礼だがそういう将来の事など考えていないと思っていたし、八歳で夢に向かって行動する人は一握りではある。
やりたい事があって、それを口に出来るのは素晴らしい事ではある。
だが藍原楊に魔術的才能は殆どない。
魔術師の才能は勿論向き不向きや適性もあるが、基本的に飲み込みの速さと己の体に流れる魔力を感じ核心と法則を掴む事なのだ。
人間が持つ魔力量は年齢によってそれなりに増えはするが、同年代であれば実はそこまで差がつかない。
差がついているように見えるのは無駄なく、効率よく、そして素早く魔力を抽出し術を展開しているからだ。
才能が無くても五十年努力すれば一流になれる。
だが十年で一流になれる者とどちらが優れているのか論ずるまでもない。
前者の人間は明らかに魔術師を目指すべきではない。
かつて魔術の租が魔「法」ではなく魔「術」つまり技術と表現したのは、魔術師の戦いに魔法のような奇跡は介在しないと考えたからだ。
しかも魔術はある程度のレベルから自分のみで考えて技を磨かなければならなくなる為、他者に師事してもらう事が出来なくなる。そこで躓くともうダメなのだ。
己と向き合い信じて地道に努力する以外上に上がれない学問なのだ。
なにより魔術とは人間の短い寿命では時間的な問題で極めるのが不可能なのだ。
「そっかー」
御依とて多くの人間に師事をし育てて来た。だからこそ楊に大した才能は無いのが分かる。
だがそれを八歳の女の子に問い掛けた所で酷でしかないだろう。
お前に才能は無いから諦めろと、同じ屋根の下で過ごしている相手に口が裂けても言えない。
◎
「うわああぁ」
御依はキラキラした瞳で目の前に広がるガラクタ、もとい宝の山を見やる。
藍原家の管理しているボロい蔵から出て来た数々の年季の入った本に退魔用のアイテム。
「意外だったな」
興奮冷めやらぬと言った感じの娘を見やりながらそう呟いた。
「何が?」
その父親の呟きを拾った利人は聞き返す。
「御依がこんなに魔術に興味があった事がな」
父親として家庭人として家族を大切にして来たし、これからもそれは変わることは絶対無い。
だが魔術師としては底辺もいい所でかっこいい所なんて見せた事が無い。むしろ情けなくカッコ悪いくらいだろう。
近い将来家督を息子に譲ってさっさと隠居する計画を立ててるくらいだし、その旨をきちんと息子に伝えている。と言っても二十年先の話ではあるが。
息子なら家を盛り立てるなど赤子を捻るよりも簡単だろう。
「まぁその辺は後回しにしてさ備品チェックしよう。さっさとしないと日が暮れちまう」
「そうだな」
二人は気を取り直して本来の目的の為に動く。
「蘭、来い」
「はいマスター」
その掛け声と共に虚空から突如現れたのはメイド服を着た女性。
(コイツ…)
それを見た途端、御依の中の利人に対する警戒心が二段階上がる。
人型の式神を持っている、しかも大人の格式の高いタイプだ。
式神とは魂の代わりになる依代を用意して、それに自分とパスを通わせて魔力を流す事で擬似的生命体を作る術だ。
虫や小鳥くらいなら誰でも作れるが、知性が高かったり哺乳類に近いほどその制作は困難を極め、維持する事に才能を注ぎ込んでしまう。
強めの式神を持っているとは思っていたが、まさか最上位のそれを保有しているのは想定を超えていた。
そしてそのレベルの式神を負担を感じさせずに顕現できる魔術師、そんな人物が御依の隠している力に気が付かないはずがない。
「…っ」
ここで何を話しても墓穴を掘る事にしかならない。
何も手を打てない現状に歯噛みするしかない。
「俺の妹が魔導具を暴走させないように見張っといてくれ。あくまで見学だから程々にだけどな」
彼は口ではそう言うがその様なミスを御依がしない事を確信している。
「かしこまりました」
その指示に恭しく礼をして承服する。
指示もある程度ふんわりしたものだが蘭と呼ばれた式神は理解している。
式神は外見年齢こそ取らないが、人型であれば他人と話すうちに喜怒哀楽や距離感を学んでいく。
少なくとも蘭と呼ばれたそれは生まれて一、二年というわけではない。
「お兄ちゃんってメイドさんが趣味なのー?」
彼女は取り敢えず当たり障りのないセリフを口にする。
式神は狙って理想通りの姿にするのは難しい。何かしらの要因でメイド服のお姉さんになったのだろうと思ってはいる。
「なっ!」
だがその問いかけがクリティカルヒットした。
どうやら狙ってメイドにしたらしい。
◎
「……」
気まずい。
父親と兄が他の蔵から整理を始めた為、式神メイドと二人っきりなってしまい何をしたらいいのか分からない。
「何からご覧になりますか?」
「…へっ?」
式神、蘭から話題を振ってきた。
「うーん、じゃあ過去の当主の日誌とかかな。御記の写しでもいいからあったらありがたいけど。そんなのあったらとっくに押収されてるよね」
反射的にそう返したが冷静に考えて六歳の発言ではない。
六歳の子供が大人ですら読むのが難しい漢字まみれの書物を読みたがるだろうか。
「あ!いやこれは」
そこに思い至って慌てて修正を図ろうとする。
しかし相手は慌てる相手から視線を切って辺りの本を眺めている。
「ひや!?」
蘭は御依を胸元に抱き抱えるとぐいっとその体を本棚に近づける。
「過去の藍原家の当主様の日誌はこの辺りになります」
「あ、ありがとうございます…」
とても恥ずかしいが背丈が足りない為致し方ない。
「ところでですが」
相手は抱き抱えている相手の耳の近くに口元を近づける。
「あなたはマスターの藍原家の敵ですか?」
その一言でまるでこの場の時間が凍結したかの様な錯覚を覚える。
「な、にを…」
本に伸ばそうとした手がビクリと震えて止まる。
今の彼女は間違いなく生殺与奪権を握られている、かつての魔術の租が笑える。なぜ何の疑いもなく抱き抱えられてしまったのか。
仮に同時に魔術を発動したとしても良くて相打ちだ。しかし生身の御依に対して、式神である蘭は大破しても数日休めば復活してしまう。
「なぜ力を隠しているのですか?」
「…」
「力を隠す事で何を狙っているのですか?」
「……」
「誰から指示を受けているのですか?」
「………」
耳元で容赦なく問い掛けが飛んでくる。
そしてその全てに的確な答えを返す事が出来ない。後ろめたさ、罪悪感がこれでもかと襲ってくる。
「マスターを…ご家族を裏切ったのですか?」
だがその言葉だけは流す事はできなかった。
その一言で頭に一気に血が上る。
「そんなわけないでしょ!!!」
転生してから初めてと言っていいほどの大声を超えた怒号が飛び出す。
「そ、んなわけっ...!みんな私の事大切にしてくれて!私もみんなが大好きだよ!!でもっ!私にはこれしかできない!嫌われる!疎まれる!私の事を知ったら気味悪がられるに決まってるんだ!!私の事を分かったように言うな!!!」
この世界に生まれて初めてと思えるほど本心というものを口にした。
矢継ぎ早に言葉を発したせいか息が荒くなっている。
「良かったです」
蘭は静かにそう言って御依を解放して地面に立たせる。
そして相手に正対して膝を折って目線を合わせる。
「マスターは貴方が無理をして力を隠している事を心配なされていました。それは家族として、妹を心配する一人の兄として」
蘭の両手が御依の両手を優しく上から包む。その手は温かい。
「いつもどこか一歩引いた場所にいる所、無理して笑顔を作られる所、遠慮して本心を包み隠してしまう所もずっと心配なされています」
彼女はそう言いながら両手を確かな力で握る。
御依はここで相手の顔を見る、目の前の相手は微笑んでいた。
最初は機械のような無機質な印象を持っていたが、そんなイメージは一瞬で吹き飛んでしまった。
「良かったです。御依さまがご家族を大切にされていて。どのような事情を抱えて力を隠されているのかもう問いません」
「な…」
式神の蘭が口にする言葉、予想外の展開に頭がついていかない。
「ですがいつかはそれと折り合いをつけてご家族皆さんと向き合ってください。それはマスターもお望みになっている事です」
◎
「…」
ひとしきり暴れてしまったせいで目の前の式神メイドとどう向き合えばいいのか分からず、現状黙って資料を漁っている。
(どっどうしよう…)
彼女が悶々としている間もメイドは資料を片手に備品の数と状態をチェックしていく。
「ん、これは」
部屋の隅の段ボールから変な棒のようなものがはみ出していた。一目見てただの角材等ではない事がわかる。
「これは魔導具ですね」
蘭は素早くその棒を手に取る。その辺りはマスターである利人の指示の通り迂闊に手に取られて暴発されては困るという判断だ。
「これが魔導具…これって何をするものなの?」
「振動しますね」
「はい?」
「振動しますね」
「ごめん何を言っているのかわからない」
振動すると言われても何故?としか思えない。
相手もその疑問の意図に気がついたのか補足説明を始める。
「要するに魔導具を作る際の練習の一環で作られたものなんです」
「あーだから効果が振動するだけって事…」
「はい、なのでここに隠されているのです」
その棒をよく見ると木材のスジに沿って何やら黒いコードのような筋が通っているのが見える。
蘭はそこに指を添えて魔力を流す。すると棒が振動し始める。そかはかとなく悪意を感じるのは何故だ?
「ん?隠す?」
「これはマスターが魔導具製作でふざけ半分で作ったはいいものの恥ずかしくてここに隠されたのです」
「…」
メイドといいこの棒といいあの兄は何なのだろう。そこはかとなく頭痛が起きる。
「この黒い線みたいなのは?」
「これは魔術の術式コードを記録する媒体ですね。魔力を通せば使用者本人の魔力属性又は概念適正に合致すると…あ、すみません概念とは」
「大体わかるから大丈夫」
概念とは御依が前に怨霊を浄化した時に使った風属性の「循環」の事である。
「はいかしこまりました。では、合致すると魔力を流すだけで基本誰でも術式を展開する事が出来ます」
「え、そんな事出来るなら世の中魔術師まみれだったり…?」
全身の魔力を集めて放出さえ出来れば誰でも魔術師を名乗れるのだろうかと思い至る。
「低レベルの魔導具は剣に魔力塊を纏わせるだけ、銃の弾を魔力で具現化して放つだけの性能しかありません。あ、このバイブ…ではなくこの棒の魔導具も」
「…」
下ネタは聞かなかった事にした。
「属性魔力発現まで辿り着けない魔術師はシンプルな性能でも発動速度が速く、低消費で無駄なく術を出せる為愛用されている方が多いです。簡単な任務であればそれでも問題ありません。それこそ良二様のように」
「うん…」
今世の父親に才覚がないのは御依とて何となく察していたがハッキリと言われると困る。
優秀な息子と劣等生の自分、仲が悪くないのは彼女も見ててわかるが、どう心の落とし所をつけたのだろうか。
「そっか属性魔力と概念を魔導具として使うには、属性そのものを修練で発現してないとダメって事なんだね」
「はい、そういう事になります」
蘭は「あくまで教科書に載っている事ですが」と頭に付けて。
「現在式の魔導具の発達で魔術師の死亡事故の発生数と確率は格段に減りましたので、このコード式は革命的な発明かと」
「その教科書?って言うのにも載っている偉人なんだろうね」
魔術師の門戸を広げたと考えれば途轍もない革新だろう。
魔術というのを体系化した以上の偉業だ。
「偉人…といいますかその方は現在もご存命ですね」
「え?そうなの?」
「はい、ググれば出てきますよ。紫雲家の御当主様です」
「えぇ〜…」
偉人イコールで昔の人という印象なだけに最近の人と知り拍子抜けてしまう。
「二人とも調子はどうだ?御依も大人しくしてるか?」
駄弁りながらも作業をしている二人(御依はほぼ役に立ってない)に話しかけてくる父である良二。
そしてその後ろに立っている兄の利人は二人が仲良さそうにしているのを見て少しだけ顔から緊張感が解ける。
その表情を見た御依はそれならこんな危ない事するなよと、頬をぷくーっと膨らませながら兄を睨むのだった。
ググるって死語?