転生巫女は静かに暮らしたい   作:高町廻ル

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饒舌な式神

「一威!あれは何!?」

 

 御依は一威と並走しながら少し前を走って逃げている鏡から出てきた存在を追いかけている。

 

「あれは影喰い。人を鏡の中に引き込んでソイツになり代わる怪異だよ!」

 

 影武者の様にその人間のフリをして溶け込みいつの間にかその人間になり代わろうとする。

 影喰いは鏡に人を飲み込んで閉じ込めて、まるで椅子取りゲームの様にこの世界の住人の様に居座ろうとする。

 

「でも私はここにいるよ!」

 

 鏡に取り込む事がトリガーなら何故御依はここにいるのか。

 

「分からない…」

 

 追いかける相手を視界に入れながらも一威は絞り出す様にそういった。

 御依の脳裏には先程相手が言った「二重人格」という単語が妙にこびりついていた。

 怪異が口にした事など笑って無視をすればいい。所詮は人類の敵でしかないのだから。

 しかし相手の言った事によって御依の心の中にある、敢えてこれまで考えない様にしていた一つの疑問が再燃していた。

 亜夜鳴は一体どのタイミングで藍原家の次女として転生したのかという話だ。

 

(もしも…)

 

 御依の中で転生してから一番古い記憶は父と母の手で抱き抱えられた瞬間だ。その時がいわゆる物心がついたというやつになる。

 もし仮に二重人格というのが正しいのなら生まれ変わったのではなく、元からいた本来いるはずの無垢な藍原御依の人格の上から塗り潰すように亜夜鳴が体を乗っ取ったとしたら。

 

「……」

 

 怪異の行った事は本来キャンパスに広がっていた亜夜鳴の色を剥ぎ取って、その下にある本物の藍原御依という存在を現出させたのだとしたら。

 嫌な想像が止まらなくなる。そんな事など考えたくもない。

 

「やべっ…」

 

 一威がボソリと呟く。

 二人が街中を走って追いかけていると影喰いがデパートの方へと走っていく。

 そこは前に紫雲家の姉妹と初めてエンカウントした場所でもある。

 

「え、何あの人だかり…」

 

 前と違って人が多く集まっていた。どうやら歌手を呼ぶイベントが起きている様で五百人程が集まっていた。

 つまりあの人だかりに紛れられたら撒かれて探すのは困難になる。

 

「あれは?」

 

 一威はふと周りを見ると何やら絵の具の様なものが辺り一帯に撒き散らされているのを認識する。

 

「あれはお母さんの…」

 

 御依はそれが何なのか知っている。

 都が唯一使える魔術で、魔力を一定以上帯びているものに視覚的に色をつける追跡技だ。

 ベシャリと二人だけでなく影喰いにも絵の具がヒットする。

 

「ウヘェ何これぇ…」

 

 一威は反射的に拭おうとするが消える気配はない。

 攻撃力が皆無な代わりに、この技の優れている点は必中であり、また十分の技の継続時間中は効果が絶対に消えないという事だ。

 

「御依さま」

「うお、人型…てか何それ?絵の具ついてますよ」

 

 並走している二人に追いついたのは利人の式神の蘭だ。

 しかし真面目な表情に反して顔や服にベッタリと黄色の絵の具が付いている。

 

「蘭さん」

「誰?」

「お兄ちゃんの式神」

「やっぱあの男侮れんな」

「それはわかる」

 

 軽口を叩きながらも人混みに紛れる相手を都の力のおかげで見失わない。

 

「ちー様を出して空中から追跡されたらどうでしょうか?」

 

 蘭は例の雀の式神を出さない事を不審に思い提案する。

 

「出せない」

 

 しかし御依は苦しそうにそう言った。

 二人の視線が彼女に集まる。

 

「さっきからどんどん力が抜けてる…上手く魔力を外に出せない…内側で魔力回すのに精一杯なんだよ」

 

 つまり何とか身体強化に力を回してはいるがそれで手いいっぱいという事だ。

 

「何だって…?」

 

 御依のその言葉を聞いて一威は何か心当たりがある様な表情になる。

 影喰いは絵の具の力で追跡が継続しているのを見るや次は路地裏を縫う様に走り始める。

 

「今思ったけどあれってどういう怪異なの?」

「影喰いのこと?」

 

 式神を含めた三名は相手がゴミ箱をぶちまけたり、壁に取り付けられている空調等が落ちてくる妨害などをかわしながら追いかける。

 

「影って名前がついてるから日光がダメとかないの?」

「そういえばそうだな…」

 

 言われてみたら先ほどからガッツリと日光の中を走り回っているではないか。

 なら何故影喰いなどという名前がつけられているのか、名前がつけられるという事はそこには意味がある。

 名付けの親は不明だが影という単語を使ったのならそれが何かしらのキーワードのはずなのだ。

 

「しっつこいなぁ」

 

 何をやっても振り切れないと判断したのか影喰いは人気の無い公園で立ち止まった。

 

「いいじゃんか別にお前は無傷なんだし」

 

 めんどくさそうに振り向きながら影喰いは話しかけてくる。

 

「うるせぇ」

 

 一威は相手の言葉など聞く価値なしと思ったのか手を薙いで風を生み出し相手を一閃する。

 しかし相手の体を風の刃はすり抜けていった。

 

「はん…?」

 

 直撃したはずなのに相手は変わらずそこに立っている。

 

「何あれ?ブラフってわけじゃないよね」

「幻覚の気配は無いけどな」

 

 御依の目にも攻撃はすり抜けた様に見えた。しかし映像を見せられているのでは無い。

 

「そう言えば私の不調の原因分かったみたいなリアクションしてたけど何で?」

「それはだな…」

 

 相手はここでそれを伝えるべきか悩む。

 

「よそ見してていいんか?」

 

 敵の足元の影から無数の手が飛び出してきて二人と一式神を捕らえようとしてくる。

 しかし三人とも軽やかにかわしてしまう。すり抜けは厄介ではあるが攻撃性能は中の下もいいところしかない。

 

「…過去に魔術を使って一人の人間を二人に増やす実験があった」

「一威?」

「その実験はありとあらゆる属性と概念を組み合わせて一人の人間を二人にする、その事自体は成功した。二人は全く同じ身体能力に記憶を持っていた」

 

 一威は少しだけ息を吸って吐いてから続きを口にする。

 

「だが数時間後に二人は死んだ」

 

 その重い結論を口にする。

 

「死んだ…?」

「この実験で世界には同一の肉体を持つ二人は同時に存在し得ないというルールが存在する事が分かった。結果、これは禁止実験に指定されてる」

 

 御依はこの説明で今自分が陥っている危機的状況と、影喰いが人間を鏡に閉じ込めてから入れ替わるわけを察した。

 そして一威が家で慌てていたわけも。

 

「じゃああの影喰いを倒さないと私は…」

 

 一威はその考察に対して申し訳なさそうに首を縦に振った。

 

「まぁそれは奴も同じだろうさ。さっきまで逃げてたやつがこの開けた場所で、しかも一対多数でも勝てるシチュエーションが整ったのか。勝てないと諦めてやけにでもなったか」

 

 三人の視線は改めて御依の容姿を正確にトレースした影喰いの方へと向かう。

 

「いやー人気者だねアタシもさ」

 

 そう言いながらも影から手を伸ばして掴んでこようとしてくる。

 

「まずは奴のあの無敵性っていうのか?とりあえず攻撃を当てないと勝てねーよな」

「そうだね」

「私が直接接触をいたしましょうか?」

 

 三人は的確に捌きながらも意見交換をする。

 相手の攻撃は単調で負けるビジョンは見えないが引き分けなら御依は弱っていくばかりだ。

 

(奴は名前の通り影だろう、ただ怪異でもあるんだ。光を遮った先にある存在だと安直に考えない方がいい)

 

 御依は魔力を放出せずに身体能力の底上げだけでかわし、いなしていた。

 

「はっ!」

 

 蘭は御依に攻撃が集中した瞬間を突いて影喰いに接近し片手を触れさせようと手を伸ばす。

 しかしその手は虚しく宙を切った。

 

「接近してもですか」

 

 蘭は彼女なりに相手の特性を分析していく。

 彼女が式神として利人の手によって生み出されてから既に七年の時が流れている。

 指示の通りに言われるがままに動くのではなく、蘭個人として物事を考える様になるまで成長している。

 式神を人として扱うか道具として扱うかはいまだに議論され続けている議題の一つだ。

 あくまで自分の魔力によって作った物だと割り切るかどうか。

 少なくとも藍原家や利人は蘭を道具として扱わなかった。あくまで人として接しようとしている。

 その様な環境に置かれて自然と相手の為に何をするのか考える様になった。

 

「何とか挟み撃ちにしたいが…」

 

 先ほどから敵の攻撃は十あるなら六は御依に集中している。

 理由は推測するなら自身のコピー元を完全に始末する事か弱っている相手から狙っているのか。

 よって一威と蘭は御依を守らざるを得ないのだ。

 

「あっ!」

 

 御依が腕に魔力を集中させて敵の攻撃を防ぐが、彼女の六歳の体が軽いせいかいなしきれずに吹き飛ばされてしまう。

 

「御依!?」

「御依さま!」

 

 二人は慌ててそばに駆け寄るが、蘭はここで重大なミスに気がついた。

 

「しまっ!」

 

 敵と対面しているというのに御依だけでなく自分と一威も反射的に敵から視線を切ってしまう。

 しかし相手はその場で追撃を加える事なくその場で立ち尽くしていた。

 

(何故?)

 

 蘭が考え込んでいる間に一威は御依の容体を確認しているが、体が弱っているだけで流石の魔力操作で殆どダメージは受けていない。

 

(全員が視線を切っていた、狙うならここしかなかったはずだ何故攻撃をしなかった)

 

 影喰いは一威と御依が体制を立て直したのをみてから再び攻撃を加える。

 まるで相手三人を同時に相手取らないといけないかの様に。

 

「まさか…」

 

 蘭は御依を庇いながらも考える。

 影喰いは本来不意打ちで体を奪い人になり変わる怪異だ。ならば直接戦闘力は高くないというのはおかしな話ではない。

 問題は相手に対する攻撃がすり抜ける点。

 それらを確かめるには死ぬ心配のない式神という魔力体である自分が最適である。

 

「一威様、御依様をお願いします」

 

 彼女はそう言って敵に向かって飛び出していく。

 

(マスターお借りします)

 

 蘭は掌にキラキラと光る鉱物を生み出す。

 これは利人の魔力を受け取る式神だからこそ出来る技。

 それは地属性の力によるもので輝いてこそいるが、特別硬度が高いわけでも毒素のようなダメージを与える性能があるわけでもない。

 

「はっ!」

 

 彼女は掌に収まる程度のその小さな輝く鉱石を宙に向かって投げる。

 御依と一威は何をしているのか理解できず呆然とその鉱石が飛んでいるのを見ている。

 

「しまっ…」

 

 影喰いだけはその行動の意図を理解して顔を青ざめさせる。

 

「ごっ…!」

 

 蘭は一気に距離を詰めてから魔力で強化された脚で影喰いの土手っ腹を貫く。

 それを見た二人は「え?」「当たった…?」などそれぞれ反応を見せていた。

 

「おかしいと思ったのは先ほど御依様が倒れた際に追撃をしなかった事」

 

 相手は決定機を逃した。

 彼女は何故逃したのか考えた。相手には決定力が無いのか仮に決定力がなくても攻撃の手を緩める理由はない。

 それならばカウンターを恐れたのか。しかし無敵のすり抜け技があるのならカウンターを恐れる必要はないはずなのだ。

 

「影喰い、お前の力は名前の通り影が関係している。そして同時に存在を確立するのに他者を使用する性質も持っている」

 

 蘭はいつもと違いかなり饒舌に話す。

 他者になり変わる性質はその対象の人間がいなくては成立しない。

 

「しかしただの影では無い、影は光の反射や投影から対象に映るものでもある。他者に頼る事で力を発揮する怪異なら光を映すのは相手の瞳だ」

 

 そう言いながらとんとんと自分目尻の辺りを軽く指で叩く。

 

「恐らくお前の力は影を起点にした攻撃と瞳や視線を利用して攻撃を受けても、攻撃を受けていない瞳に映る自分の像とすり替わる、そんなところでしょう」

 

 最初の一威の切断技を受けた時と御依か蘭の瞳に映る自分とすり替わった。

 好機で攻撃を加えなかったのは何かの弾みでカウンターを受けたらそのまま通ってしまうから。

 

「対処法は瞳に映している三人が同時に攻撃を加える。もしくは先程の私のように一人だけ瞳に映した状態にしてから直接攻撃をする」

 

 ふぅと彼女は珍しく長い台詞を吐いた為疲れて息を吐く。

 一方の相手はここからの逃走経路を確認している。タネが割れた以上はここからは追い詰められるしか無い。

 

「それで何故ここまで長々と話したのかと言うと…それは時間稼ぎです。『分断』」

「なっ!?」

 

 突如影喰いの纏うオーラが格段に弱まる。

 地属性の概念である分断の力によって相手の瞳によって無敵性を誇る技のリンクを切断したのだ。

 先ほどの蹴りをヒットさせた事で魔力のマーキングをしていた。

 彼女が喋っていた理由はこの切断を発動する為の時間を確保する為だったのだ。

 

「よくやったメイド!」

 

 一威は拳に炎を纏わせてから相手に詰め寄り勢いよく殴り飛ばした。

 

 

 御依は焼け焦げて既に瀕死の相手を見やっている。

 自分の顔がボロボロになっていると言うのは寝覚めの悪い経験ではある。

 

「あなたはもう助からないし、助ける気もない」

 

 彼女は事実だけを端的に伝える。

 この相手を始末しなければ死んでしまうのは自分だからだ。

 

「ふーぅん、そだね…」

 

 影喰いもまたその事は分かっているようで命乞いもしない。

 

「聞いておきたい、私は…二重人格なの?」

 

 追跡と戦いの中でずっと心の中に刺さっていた棘があった。

 もし仮にそうだと言う肯定がきたらどうなるのだろうか、どうしたら良いのかと考える。

 その問いかけを受けた相手は悪意の滲みている笑みを見せる。

 

「さあね、知らね」

 

 影喰いはそうポツリと呟いてから消滅してしまった。

 御依は欠落していた何かが戻ってきたような気がした。

 それを見届けた相手の背中を見た一威と蘭はそっと声をかける。

 

「御依、あんまし怪異の言った事なんて真に受けるなよ。あいつらの本分は欺きだ」

「そうだね」

「御依さま、ご家族が心配されてます。一旦戻りましょう」

「うん」

 

 三人は追いかけていた時とは違いゆっくりとした歩幅で家へと戻る。

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