転生巫女は静かに暮らしたい   作:高町廻ル

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利己的な間引き

「大人しくしといてくれよ…」

 

 男は震える手を必死に抑えながら車を走らせている。

 

「……」

 

 御依は黙って相手を見ている。しかしそれは決して恐怖に屈したのではない。

 ここで相手を魔術を使い意識を奪ったとして、車のハンドルを握っているのは相手だ。

 つまり大事故に繋がりかねないからだ。

 

(車を停めてエンジンを切ったその瞬間に一気にカタをつける)

 

 風の魔力で中毒症状か酸欠を起こしても良い。水を使い窒息させ意識を奪ってもいい。

 

「無い、無い…」

 

 男は危ない事に携帯をいじりながら運転をしていた。

 同時に車に内蔵されているラジオも流している。番組は地元ローカル局のニュース番組のようだった。

 

(このタイミングで何を探している?)

 

 彼女は疑問に思う。

 この一秒でも遠くに逃げたいであろう男が運転よりも優先している事が分からないのだ。

 最初は高速道路情報でも探っているのかと思った。

 しかし高速道路はインターチェンジで出入りの記録が残り、監視カメラなど完全に足がつく。

 そして一度入れば決まった場所からしか出れないため逃走の選択肢に入れるとは思えない。

 

「ん…?」

 

 御依は何となくニュースを聞いているとその内容に不自然な点がある事に気がついた。

 警察に追われていた男が幼稚園児の女の子を人質に取り、その場に停められていた営業車それも企業のロゴ入りの物を奪い逃走している。

 ここまでの大ごとをやらかしたというのに一向に報道されない事実に。

 それ以前に警察がこの車を追っている気配もないのだ。

 母親の都がかつて教えてくれた、魔術や怪異が絡む事件は協会が情報をシャットアウトする事を。

 

(この人もしかして魔術師なのか?)

 

 だとすれば思っている以上に自分は危険な状況にあると。

 彼女はふと男が腕捲りをしている事に気がついた。

 暑いから袖を捲っていると考えるのが普通だ。

 

(そんな極悪人には見えないけど…)

 

 もしそれが袖についた血なりを隠す為に捲っているのだとしたら。

 そんな嫌な想像が止まらなくなる。

 

「お兄さんどうしてニュースなんか気にしてるの?」

 

 賭けになるが敢えてここは突っ込んでみる事にした。

 

「い、いいだろ何でも」

 

 男は少し取り乱しながらもぶっきらぼうに言った。

 

「そう言えばその上着の袖…血がついてるよ」

「えっ!?」

 

 その指摘を受けた男は慌てて袖に視線を向けてしまう。

 相手のその態度から御依の予想は当たっていたようだった。

 

「その服の袖…血がついてるんだ」

「なっ…」

 

 こんな小さな子供にカマをかけられたという事実に顔を蒼白にする。

 

「お兄さんは人殺しなの?」

 

 もはや隠す必要はない為ストレートに問いかける。

 心の奥ではそうであって欲しくないと願いながら。

 

「違う!!!」

 

 その問いかけに対して血を吐くように叫んだ。

 それは真実を語る悲痛な叫びだった。

 

「俺はただっ!人が殺されてるところを見ただけなんだ!!」

 

 

 陸田九郎は二十代半ばになってもアルバイトか職を転々していた。

 その理由は彼の素行は昔から悪く警察に世話になっているからで、しかも一度や二度の話ではない。

 社会的な信頼など無く、結果として日陰者としての人生を歩んでいる。

 今日は朝から日雇いで体を動かす事になっていた。

 

「はぁ…」

 

 眠気を噛み締めながら朝の道を歩いていた。

 正直言ってバックれたかったがいかんせん金が無くては生活が出来ない為我慢する他なかった。

 まだ人が活動するには早い時間の為道に人通りは無かった。

 なぜこんな時間に集合する仕事を選んだかと言えばそれは実入が良いというだけだ。人手が緊急で必要なのに集まらない条件なら給与を上げる他ない。

 

「ん?」

 

 彼の目は強い光を捉えた。

 夏場の朝方はかなり明るいがそれを差し引いても何かが強く光った。

 気になって光のする方へと向かう。

 そしてその場に駆けつけると道端に一人の人間が倒れていた。

 

(酔っ払い?)

 

 最初の印象はそれだった。

 後先考えない奴が飲み過ぎて倒れたのだろうと。

 

「おーい、道端で寝んなよー」

 

 相手の隣に膝をついて体を揺すってみる。しかし相手に反応は無い。

 

「んー?」

 

 ふと彼は足下で何かぬるりとした液体を踏んでいる事に気がついた。

 それは朝方の薄暗さの為かハッキリと色が分からなかったが赤色のように見えた。

 

「え?」

 

 そして相手の体を揺すっていた自分の手が濡れている事に気がつく。

 自身の手を恐る恐る見るとぬめりとした赤色がべたりと付いていた。

 

「え、えっ?へ?」

 

 慌てて相手の首元に指を添えて脈を測る。

 ほんのりと体温は感じたが脈拍は無い。

 

「う、嘘だろっ…死んでんのかよっ…!」

 

 警察に何度か世話になったとは言えこの血塗れで倒れ込む死体に遭遇した経験はない。

 

「おいおい、聞いてねぇぞ。この時間帯は誰も通おらねぇんじゃねぇのかよ、めんどくせぇ」

 

 彼の背後に季節違いなフード付きの上着を羽織った男がいた。

 そしてその手には銃のようなものが握られている。九郎はそれで撃ったのだと察した。

 相手は「どーすっかなー」と呑気にも呟いていた。まるで家の中で虫を見つけて外に逃すか殺しておくのか迷うような口調。

 

「いいや殺しとこ」

 

 そう言ってあっさりと引き金を引いてしまい、ドン!という銃声が響く。

 しかし死体が二つにはならなかった。

 

「何が…」

 

 魔力の籠ったその一撃は九郎の体を貫かなかった。

 不可視の膜がその攻撃を防いでいた。

 

「てめぇ…魔術師か」

 

 相手の警戒心が一気に上がる。

 一方の九郎はもう何が起きているのか理解が追いつかなかった。

 

「ちぃ」

 

 しかしそこで遠くから人の喧騒が聞こえてくる。

 何度か男が魔術を発動したせいで野次馬や警察がやって来たのだ。

 男は銃を相手に投げつけ捨ててその場から素早く逃走した。

 

「たすかっ…た?」

 

 自身を殺そうとした男は去り、ここに駆けつけてくる人達が遠目にだが見える。

 ふと彼の視線の先に銃が置かれており、ついそれを握ってしまう。

 

「これで人を…」

 

 殺そうとしたのかと。いや、殺したのかと。

 そう認識すると銃の持つ冷たさが恐怖を込み上げさせて来て手から離れる。

 しかしもう危険は去り安全は保証された。その事に安堵をする。

 

「お、おーい!」

 

 警官がやって来る。法治国家である日本の安全の象徴である青色の服を着た人。

 彼からしたら何度も補導なり職質を受けた相手が今は頼もしい。

 

「そこを動くな!!」

 

 しかし現実は最悪だった。警察に怒号にも近い声で叫ばれる。

 

「え…あ」

 

 ここで九郎は自分の置かれている状況を理解した。

 血塗れの死体のそばにいる男。近くには凶器と思われる銃が置かれている。

 状況証拠から見て陸田九郎がこの現場の犯人に見えるのではないか?と。

落ち着けばわかる。

 銃をこの日本で用意する程の計画性のある人間が一発目を撃ってから長々と現場に留まるはずが無い。

 だがそんな事は駆けつけてきた警官からすれば関係のない話だ。

 

「ち、違うっ!」

 

 彼は反射的にその場から走り逃走してしまう。

 

 

「……」

 

 御依は陸田九郎のその話を聞いておおよそを察した。

 

(魔術覚醒現象)

 

 人間は誰もが等しく体内に魔力を持っている。

 しかしそれを術として引き出せず一生を終える者が多数を占める。

 怪異や魔術師相手に死の淵に追い詰められた時や極端なストレスによって、土壇場での火事場の馬鹿力的な現象で魔力を抽出するコツを掴む事が稀にある。

 

「俺は殺してなんかないのに何で…」

「……」

 

 それは悲痛で絶望な嘆きだった。御依はその声色から感じ取ってしまった。

 それは濡れ衣を着せられたからだけではない、薄っすらとした社会や周りへの不平感が混ざっているように感じた。

 

「自業自得」

 

 彼女はポツリと呟く。

 

「え?」

 

 相手は一瞬目を白黒させる。その声色はとても幼稚園児には思えなかったからだ。

 

「貴方は警察や周りの人に散々迷惑をかけていたんでしょう?勿論濡れ衣を着せられた事は不憫に思うけど。でもそんな人誰が助けるもんか、信じるもんか」

 

 彼女は相手の反論を許さず吐き捨てる。

 

「そ、そんな言い方…」

 

 彼は自分が対面しているのが六歳の少女に対する態度ではなくなっている。

 

「事実私のお母さんを悲しませてる。そして普通の人は警察から逃げないし人質は取らない」

「……」

 

 相手のその切り返しに黙らされてしまう。

 亜夜鳴の強さは都とて理解出来ている。

 だが御依はあの旅行の日を覚えている。都はたとえ娘が強かろうが死地に向かうと心を痛める人間だと。

 彼は自分には甘いくせに、現実から逃げ回るくせに困難にぶつかって逃げられないとなると嘆く。

 

(まぁそれは私も同じだけどね)

 

 御依とて自分の正体を隠す事とそれを協力させるというプレッシャーは理解出来ている。

 いつかは隠しきれなくなる、だとしてもまだ諦めきれないのだ。

 そして何より一威を協会に突き出すべきなのにそれを二度も見逃してしまっている。

 

(私は正しさや公平さなんて持ち合わせてないんだ、自分に都合の良い人とその他を間引いてるだけか)

 

 正義の味方ではなく、自分にとって都合のいい人を助けるそんな身勝手な暴君なんだと自身を自虐する。

 

「さっさと自首しなよ。貴方が殺人犯じゃないのは分かったけど公務執行妨害に警察の目の前で窃盗に誘拐だよ。これ以上罪を重ねてどうするの?」

 

 仮に今回の殺人容疑が晴れたとしても他に罪を重ね過ぎている。

 今回は少し悪い事をしたから注意しますでは済まされない、警察に捕まるのは避けられない。

 

「君は…」

 

 九郎はハンドルを強く握りながらボソリと呟く。

 

「なぜ俺が殺してないと信じられるんだ?俺を善人とは思ってないんだろう?」

 

 男の反応はそれだった。

 目の前の人質は自身への評価が当たり前だが高くない。

 なのに何故か殺していない、濡れ衣を着せられたという一点だけは確信していた。

 

「それはね」

 

 御依はその問いかけに対してこたえようとふる。

 

「ん?」

 

 しかしそこで気になる事があった。

 一台のバイクが並走して運転席側越しに車の中を覗き込んでいた。

 ヘルメットをつけている為顔は分からないし少しブカブカなライダースーツを来ている為性別もわからない。

 

「何この男の人…あれ?」

 

 何故御依は一瞬で相手が男だと断定したのだろうか。見覚えなどないはずなのに。

 これではまるでこの車、ひいては殺人容疑にかけられた陸田九郎を狙う理由のある人物に心当たりがあるようではないか。

 それ以前に何故覗き込んでいる相手の見ているのが九郎だと思ったのか。

 

「……」

 

 男は無言でバイクに取り付けられたサイドバックに手をやる。

 取り出したのは銃だった。それを左手で持って運転している相手に対して向ける。

 

「どうした?」

 

 意識を御依に向ける九郎は向けられたそれに気が付かない。

 そうしている間にも銃口に光が収束されていく。それは拳銃ではなく魔力を収束発射しようとする兆候。

 

「くそっ!」

「何してんだ!」

 

 御依は咄嗟にシートベルトを外してハンドルを軽く右に捻る。

 すると車体も僅かだが右に曲がり相手に接触しそうになる。

 

「ちぃっ」

 

 バイクに乗る男は咄嗟に右に切ってかわそうとする。それと同時に引き金を引いた。

 ダァン!と魔力の弾丸が放たれて窓ガラスごと車のフロントガラスの右上を貫いた。

 

「うおっ!?」

 

 ガラスが割れる衝撃と飛び散る破片に驚き一瞬蛇行をするが、すぐさまハンドルを握り直しコントロールを取り戻す。

 

「攻撃されてる!」

「お、おいっ!」

 

 御依は素早く男の服にしがみついて運転席側の割れた窓から顔を出した。

 破片が手に刺さり、肌が切れ血が流れるが構っている余裕はない。

 相手は車の右後ろで再び銃を構えていた。そして容赦なく弾を打ち込んでくる。バックドアガラスは撃ち抜かれバックドアが蜂の巣にされていく。

 

「な、何が起きた!?」

「車をあんまり揺らさないで、でないとここで死ぬよ」

「ッ!」

 

 御依は平坦かつ脅すトーンで言い放つ。

 この街中でガソリンタンクやタイヤを撃ち抜かれたらさすがに致命傷になる。運転の片手間だからこそ狙いが甘いだけ。

 

「遠距離はお前の専売特許じゃない。ちーちゃん、武装変化」

 

 彼女の手に光が収束していき扇子が一本握られる。

 腕を伸ばし扇子の先端を相手の銃口に向ける。

 

(水を生み出して風の魔力で包んで収束圧縮)

 

 扇子の先に薄い風の膜で包まれた水球が生まれる。風をどんどん小さく圧縮していく。

 相手も御依が狙っている事に気がついて銃口を迎え撃たんと向けて容赦なく撃ち込んでくる。

 

「子供だろうが容赦無しか」

 

 呆れたように呟く。

 決して殺人容疑をかけられた九郎なら手にかけていいわけではないが、六歳の女の子も邪魔ならば手にかけるのを躊躇わないそのスタンスに反吐が出る思いがする。

 魔力弾が御依の体をかすめ、車体に穴を開けていくが一切怯まずに構えを解かない。

 そして一瞬だけ車体が安定して揺れないタイミングが生まれた。

 

「ここだっ!」

 

 御依はその隙を見逃さず空気の膜に穴を開けて圧縮された水をそこから一気に放出する。

 それはまるでレーザーのように一直線に相手に向けて放たれる。

 相手はその攻撃を迎え撃とうとするが一瞬だけ御依の方が早かった。

 ドシュウ!と水のレーザーが銃ごと相手の手を貫いて破壊する。

 

「ぐぅっ…!」

 

 激痛に怯んだ相手は速度をどんどん落としていき、車とみるみる距離が離れていく。

 

「急いでここから逃げて裏道に」

 

 そう言って窓から体を乗り出すのをやめて助手席に戻る。

 

「お、おう!分かった!」

 

 何が何やら分かっていないが兎に角危険な状況なのは理解出来たのか慌てて指示に従い車を走らせた。

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