「なるほど、警察も捜査してるね」
「それもそうだな」
御依と九郎の二人は遠くからコソコソと問題の公園を見ていた。
そには一部規制線やブルーシートが張られており遠目からでは見えづらくなっている。
また野次馬も多く殺人犯を特定する事も叶わない。
「遠すぎてなにしてるのか分からないな」
あまり近づくと警察と協会所属の魔術師に捕捉されてしまう。
「なんかこう…遠くから見れるみたいな魔術はないのか?」
彼は安易にそう尋ねるが、本来魔術は適正を含めてかなり制約された条件と状況でしか扱えない技術だ。
一方でそう言われてこいつ勝手なことを言ってるなという風な表情を作る。
「ある」
そして相手からの質問に対して答えはシンプルだった。
御依は右手の指先をそっと突き出すとそこに光が収束して雀が止まる。
「お…え、すげ」
彼は雀を見つめる。
何処からどう見ても生きている雀にしか見えない。
「いわゆる式神だね。魔力で擬似生命を作る技術」
細かい説明をしても理解して貰えるとは思えない為、ザックリとしたものにとどめる。
「へー可愛い…いてぇ!?」
彼はそっと触れようとする。
しかし雀のちーは相手が触れる瞬間に素早くその小さな嘴で突いてしまう。当然その痛みで咄嗟に手を引いてしまう。
「ちゅん!」
相手が痛がるのを見てふん!とそっぽを向いてしまう。
「な、なんで」
「さぁ?なんでだろうね誘拐犯」
刺々しい態度を取る。
協力するとは決めたがそれとは別として相手の悪行そのものを許しているわけではない。
その心境は式神にも伝染している。
「式神は魔術が見える人しか姿も声も認識出来ない。でもそれを逆手に取ったリスク込みの炙り出し方はある」
彼女は指に留めた雀を見せながら「どういう事か分かる?」と尋ねる。
「それは…」
問いかけられて考える。
今言ったことが本当なら仮にその雀を放っても直ぐに協会の人間に捕捉されてしまう。そうすればこの場にいるのがバレてしまう。
「このちーちゃんは」
「可愛い名前だな」
「うるさい、話の腰を折るな」
「すみません…」
あまりに辛辣な対応にそろそろ泣きたくなる。
先程から優しさのひとかけらもない。
「ちーちゃんは本来は偵察用で戦闘能力はほとんど与えていない。出来るのは飛ぶ事と遠い場所で危険な偵察だけ」
彼女は「だけど」と話を繋ぐ。
「こういう使い方もあるの!」
腕を振って式神を人混みの方へと投げる。
投げられた方は真っ直ぐに飛んでいき公園の上を旋回する。
「ピィーッ!!!」
そして遠くに届くほどの透き通る鳴き声が響き渡る。
その声は当然魔術師以外には聞こえない。裏を返せばそれは魔術師にはハッキリと聞こえているのだ。
「……」
御依は観察する。
警官や刑事の中には雀に反応する者がいた、それは協会から派遣された魔術師だ。
そして野次馬達の視線はいまだに現場のブルーシートの方へと向かうが、一人だけ真上を向く人物がいた。
周りと明らかに違う動き、ここでそれはとても目立っていた。
(一発で見つかるのは運がいい)
仮にこの場にいなかったら手当たり次第に雀をあてがっていた。
次に確認するべき事は決まっている。
「ピィピィ!」
「なっ、こいつ、このっ!」
そのまま自身を視認している相手に飛び込んでちょっかいをかけていく。
不意を撃って一撃を狙わないのはただの一般人の可能性がまだあるからだ。
「くそがっ!」
その男が手を払って雀を追い返そうとした時、御依と九郎には見えた。
その手にはタオルか包帯の様なものが巻かれていた。この暑い真夏日にわざわざ手袋以外の布を巻く意味は無い。
こうして抵抗しているが、その光景は側から見れば空気に向かって拳を振るい悪態をつくという異様な光景になっている。
そして派遣されていた魔術師からはあの男は式神、つまり魔力を見る事が出来ていると認識されてしまっている。
相手はその状況に焦る。罪をなすりつけた相手を探していたら警察に目をつけられているのだから。
慌ててその場から逃げていくが雀はその後ろを追いかける。
相手からすればそれはうざったい事この上ないがここで下手に魔術で反撃しても無用に目立ってしまう。
「…あのクソガキがっ…!」
自身をこの様な状況に追い詰めたあの車内にいた少女の顔がチラつく。
そのムカつきは貫かれた手の痛みを誘発するかの様で痺れてくる。
「よし、私達も移動するよ」
相手の逃げる姿を見てから立ち上がりすぐさま提案、もとい指示をする。
「え、何処に?」
「ちーちゃんにあの人を人気のない場所に誘導させる」
◎
「お母さん」
「利人!」
利人は父親からの呼び出しで母親を引き取るために実際の現場までやってきた。
「お母さん無事そう」
「そりゃよかった」
そして少し遠くに楊と一威が話しており、その側に利人の呼び出した式神の蘭が見張っていた。
「利人あとは任せる、お父さんはこれから仕事だから」
良二はそう言って妻を渡してその場から去ってしまう。
利人は式神を消してからその場全員で集まる。
父親が去ってから周りには藍原家の面々と一威しかいなくなり不気味な静けさだけが残る。
「利人…」
その弱々しい言葉だけで今の都の心情を他の面々は察する。
「大丈夫だよ、だって御依だよ?」
彼は長男としてここは気丈に振る舞わなければ皆が気落ちしてしまうと考える。
藍原御依、つまり亜夜鳴の強さは藍原家ならば誰もが知っている。
楊はうんうんと頷き、一威は神妙な表情。
「そうじゃないでしょ!!」
都はその言葉を受けて荒ぶってしまう。
そのいつもは落ち着いている人の豹変した態度に利人、楊、一威の三人は驚き硬直してしまう。
三人が驚き何をしていいのかわからない状態でも抑えていたものが止まらなくなる。
「力があるから大丈夫!?娘を心配するなんて当たり前でしょう!!人は簡単に死ぬのよ!!」
激昂にも近いその言葉。
その言葉を利人は想像が出来た。
その言葉を楊はイメージすら出来なかった。
その言葉を一威は身に染みて知っていた。
「違う…違うの…私はそんな事を言いたいんじゃ…」
三人の呆然とした表情を見てすぐに頭が冷えて、この場で一番の年長でありながら錯乱した自身を恥じた。
(人は簡単に死ぬ)
当たり前のことを彼は忘れていた。
家族旅行の日、もし御依が咄嗟に式神を出して援護に向かわなければ死んでいたのは利人だった。
「分かった」
彼は親の心の負担を減らすために動くと決めた。
「俺が一威を連れて御依を探す。お母さんは楊を連れて帰って」
彼はそう言いながら蘭を呼び出して護衛をさせようとする。
「二人を家まで」
「はい、かしこまりました」
蘭は一礼をして都と楊の隣に立つ。
彼としても自ら危険を冒しているのは母親の願いに反しているという自覚はあったが、ここはそれでもやらなければと思う。
「利人!」
当然ながら息子の独断専行を止めようとするのだが。
「みーからさっき連絡があった」
その報告に相手は目を丸くする。
「真犯人に追われてるらしい。濡れ衣を着せられた誘拐犯を庇って現在進行形で逃げてる」
その報告を聞いた都は俯き何かを考えていた。
「そう…」
そして静かに腹の奥底から搾り出す様に呟いた。
他三人は何やら流れが変わったのを察した。
顔を上げるとそこには鬼神がいた。
「後で帰ってきたら御依とはじっくりお話をしないといけないようね」
どうやら殺人鬼を倒しても更なる強敵が御依を待ち構えているようだった。
そして必死に事件解決を目指す御依はその事をまだ知らない。
◎
「このクソ鳥が…」
男が逃げ込んだのは大きなパイプ管や木材など資材が大量に置かれているトタン屋根のある資材置き場だった。
そして彼の足元にはバラバラにされた雀の式神があった。
今日は休みなのか、それともこの場所を確保している責任者が出払っているのか周りには誰もいなかった。
木材に座ってとりあえず今後の立ち振る舞いを考える。
協会の人間に顔を見られたという事実。裏社会の潜りの人間が下手に目立つとあれこれ行動を制限されてしまう。
『やぁ、殺人犯さん』
「!?」
すると突然背後から声がかけられる。
慌てて立ち上がり、声のする方から距離を取る。
(誘導されてたのか!?)
雀で追いかけ回したのはこの場所に追い込む為、そして同時に焦らせて冷静さを奪う事。
『自首をするのなら痛い目には合わせない』
声の主はあくまでも冷徹なトーンを崩さない。
『抵抗するなら手足の一本、二本は弾く』
それは脅しではなくやると決定した事をただ宣告しているだけの話だった。
男は声のする方へと少しずつ距離を詰めていく。
『どうする?私としてはこれ以上荒事にしたくないんだけど』
その言葉を相手は耳にしながらも息を殺し少しずつ声の大きさと反響具合から距離と位置を測り、そして右手に銃を持ち構える。
相手の声は近くのドラム缶の中から聞こえてくる。
『早く抵抗をやめて欲しいな、私殺すのは趣味じゃないから』
「そこか!!」
男はガンガン!と容赦なく魔力を込めた弾丸をドラムに向かって撃ち込んでいく。
しかしドラムから漏れ出てくるのは黒い色の液体と鼻を刺激してくる異臭だった。
「なに…?」
彼はおかしいと思う。
ドラムの中に隠れていたならば、赤い液体が漏れ出て今頃血の匂い特有の鉄の香りが充満していなければいけないのだ。
なのに中身は恐らくだがオイルなのだ。
「どういう…」
彼はそれを見て呆然としてしまう。
すぐさま駆け寄りドラムの蓋を開けると中には黒い液体オイルしかなく、慌てて蓋の方を見てみると携帯電話が貼り付けてあり録音音声を流しているのだ。
わざわざドラムの内側に貼り付けて流していたのは録音であるのを誤魔化す為。
「しまっ…!」
これが罠であると気がついてもその隙は致命的だった。
「鮮血泉!!」
その技名と共に地面を割って水が飛び出し男の左肘から下を切り飛ばしてしまう。
「うがあああっ!!」
左手が軽くなる激痛から、残された右手で押さえる。
右手はみるみる真っ赤に染まりその吹き出す血が重さに変換されていく。
「忠告したはずだよ。抵抗するなら手足を弾くって」
ドラムとは反対側の木材の影から小さな女の子が出てくる。
一見無防備に見えるがその全身から放たれる気迫は歴戦を潜り抜けた猛者のもの。
彼女の視線はバラバラにされて地面投げ捨てられている己の式神へと向けられる。その事実を改めて認識すると一層覇気が強まる。
「私の攻撃魔術は切断か貫通だから手加減出来ないんだ。体積をこれ以上減らしたくないなら降伏をお勧めするよ」
溢れそうな怒りをなんとか抑えて最終通告を改めてする。
「こんのクソガキがっ…!」
腕を切り落とされた痛みなど忘れて苦々しく呻く。
「すげぇ…」
少しだけ離れた廃材の影に隠れて、この攻防を見ていた九郎は御依のその力強い背中に対してそんな声を漏らす事しか出来なかった。
勿論六歳の子供が当たり前のように流血沙汰を起こしている事実にも引いてはいる。だがそれ以上にこれまで恐怖と脅威の対象だった相手を一方的に弄ぶその姿に偉大さすら感じる。
これまで幾度となくステゴロの喧嘩をし危険な橋を渡ってきた彼も見た事の無い圧倒的な強者の放つオーラ。
自身を大きく見せようとカマすチンピラなど御依という松明に比べたらマッチにも等しい。
どれ程の命のやり取りを繰り返せばあのような覇気を放てるのか、ちょっとしたチンピラ程度の九郎は想像すら出来ない。
「そう、それは残念。激渦槍」
相手が憎々しげに自身を睨み続けているのを見て片方の手に水の螺旋の槍に風のコーティングを纏わせる致死の槍。
「テメェ…っ!」
肌越しに感じる槍が纏う風。
殺人犯はここで相手が悪過ぎたのを理解した。自身が真正面から戦っていい敵では無いのだと。
「次はどの四肢をもごうか」
相手の視線を受けても一切顔色を変える事無く槍に力を加えていく。
「くそっ」
男はフラつきながらトタン屋根を支える柱に手をかける。
「なにを…」
あまりに緩慢な動作のためか御依はつい見入ってしまう。
そしてその判断はあまりにも悪手だった。
「錆びろォ!!」
すると男の手の触れた金属の柱がどんどん錆びて腐食していく。
「なっ」
彼女は両手を破壊して武器を持てなくすればいいと愚かにも思い込んでいた。
目の前の相手は普段は魔力銃を使っているが、それは奥の手の触れたものを腐食させる魔術を隠す為のフェイク。
柱は腐敗しへし折られ、トタンが崩れてそのまま地面に叩き落とされる。
(まずい!)
御依は慌てて後ろへと飛び出していく。
爆音が炸裂すると同時に辺り一帯が土煙で覆われてしまう。
「げほっ…」
御依は咳き込み目を擦りながら辺りを見渡す。
土煙が晴れるとそこは木材や鉄パイプが地面に倒れて散乱していた。
「逃げられた…」
己の迂闊さを悔やむ。素早く無力化を図っていれば逃す事などなかった。
(もうこれ以上追いかけるのは不毛)
もう二度と相手は尻尾を出さないだろうと思われるため、切り替えて誘拐犯である陸田九郎を自首させて取り敢えずの安全確保を図ることにする。
しかし問題があった。
「あれ…?」
御依は辺りを見渡すが誰もいなかった。
あの倒壊騒ぎのせいで殺人犯を取り逃しただけでなく九郎とも逸れてしまった。
定期的に式神を使用不能にしないと戦いがヌルゲーになる
だって便利すぎるんだもの