転生巫女は静かに暮らしたい   作:高町廻ル

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傷つけない手

「あのヤロウ…どこに隠れやがった」

 

 くり抜かれた穴からオフィスに入った楠田は神経を研ぎ澄ませながら相手を探している。

 油断は出来ない、先程御依に携帯を使った誘導を受けて不意を突かれた。

二度も同じ手は喰らわない。

 

「ッ!?」

 

 オフィスの出入り口がぎぃ…と不自然に開く。

 反射的に構えを取る。

 

「……」

 

 問題の九郎がその開いた扉からチラリと中を覗いている。

 そして目が合うと素早く扉から離れてしまう。

 

「あいつ…!」

 

 楠田としても罠なのは分かっていたがそれでも慌てて追いかける。

 扉を開けて廊下へと出ると九郎は堂々と立って待ち構えていたのだ。

 

「よう」

「ッ…」

 

 その自信満々な表情に苛立ちを募らせるが努めて冷静であろうと気持ちを抑える。

 

「鬼ごっこは終わりにしようぜ」

「魔術を覚えた程度で勝ったつもりか」

 

 強気な相手に対して冷静に応対をしつつ辺りの警戒は忘れない。

 

「勝てるさ!」

 

 九郎は壁に貼り付けた引火するテープに手を添えた。

 

「これは」

 

 ここで初めて白いテープを認識する、そしてそれに沿って火花が散って壁が抉れて傷が出来ていく。

 そしてそのテープの終着点は消化器だった。

 

「まずは一発目!」

 

 消化器に火花が接触するとボン!と中身がぶちまけられて白の粉が一帯に充満する。

 

「二発目だ!」

 

 再び指を壁に添えると火花が散ってテープに沿って流れていく。

 そしてその行き先は壁と天井だった。

 

「押し潰れやがれ!」

 

 壁と天井が崩壊してドドン!という轟音と共に廊下を瓦礫が埋め尽くす。

 土煙に包まれた先をじっと見つめる。

 

「倒した…か?」

 

 煙が濃くて遠くを見通せないため祈る様に呟く。

 普通の人間なら視界が不明瞭な状況で瓦礫が降ってきたら命を落としていると見て間違いない。

 しかし相手は魔術師でそんな作戦は通用するはずもなかった。

 

「倒せてねーよ」

「なっ…」

 

 土煙の先に立っている人影があった。

 そこから腹の底から出したと思われる怨嗟の声が静かに響く。

 

「こんな瓦礫で俺を潰せるわけねーだろが」

 

 砂埃で汚れてこそいたが追加でダメージを受けた様子はなかった。

 

(奴の攻撃は直接触れるゼロ距離の技だな)

 

 慌てて非常階段の方へと逃げる相手の背中を見ながら分析を始める。

 一度目は手で触れた箇所にテープを貼って、もう一度指で触れると発火する仕組みだろうと当たりをつける。

 勿論時間差をつけない即時発火する可能性も視野に入れて。

 

「距離を取ればさしたる問題はない」

 

 そう結論付けて再び追いかける。

 九郎は扉を開けて階段を登る形で逃げていく。

 

「階段…」

 

 非常扉を開けて階段を登って逃げていく相手を見て一つの可能性を考える。

 

(この状況で上に逃げるか?普通)

 

 逃げるのであれば反射的に上に登るのではなくそのまま裏路地に行くはずなのだ。

 錯乱して正常な判断能力を失ったのか、それとも。

 

「罠…」

 

 第二のトラップを仕掛けているという可能性が脳裏をよぎる。

 チラリと足元の階段を見やるがテープが仕掛けられた痕跡は無かった。

 ガンガン!と焦ったような階段を蹴り上げる足音が響く。

 その焦りようからとても新たに罠を仕掛けられるような余裕は感じる事は出来ない。

 

(魔術を開花したみたいだが基礎的な身体強化は出来てない)

 

 実際に九郎はおぼつかない足並みで階段を上がっている。

 御依のように体内に流れる魔力を正しく制御出来れば常人以上の体幹と平衡感覚で立ち回れる上、体にかかる衝撃を和らげて活動ができる。

 

「鬱陶しいやつめ」

 

 楠田は足に力を入れると一気に三回分の階層を飛び上がって見せた。

 ドン!と階段踊り場に降り立ってしまう。

 

「んな…」

 

 やっとのことで三階直前まで駆け上がったというのに一瞬で先回りされたという事実に愕然としてしまう。

 そして逃げ道である階段先を封鎖されてしまう。

 相手が距離を詰めてきて抜き手によって命を刈り取らんとする。

 

「やっべ…!」

 

 彼の脳裏によぎるのは警察官の呆気ない死に様だった。

 慌てて体を捻ってかわすが完全に無防備な体を晒してしまう。

 

「がっ…!?」

 

 相手の鋭い蹴りが腹に炸裂して吹き飛ばされて二階と三階の踊り場の欄干に体を打ち付けられてしまう。

 その衝撃で息を吐き出してしまう。

 

「あっけねぇ幕引きだな」

 

 倒れ込む相手をみて勝利を確信した発言をする。

 罠がここに無いのは把握している、そしてここまでの近距離に詰め寄れば経験では自身が上回っていると楠田は考えている。

 

「なーに勝った気になってんだ…勝負はここからだろ?ゲームってのは残りHPがドットになってから燃えるのさ」

 

 九郎は素敵な笑みをやめない。まだ勝てる気でいるのだ。

 その事実は向けられた相手を苛立たせる。

 

「勝ち気は結構、なら勝った気のまま死にな」

 

 ゆっくりと右手を相手に向けて触れんと近づける。

 命乞いをするわけでもなく、死を恐れるわけでもなく欄干に身を預けたまま相手をじっと見つめている。

 

「いや…俺は全然勝つ気さ!」

 

 相手の指先が触れる瞬間、彼は叫んだ。

 九郎の手が階段の側面部分に触れる。それはちょうど相手から死角になる部分。

 

「わるあが…」

 

 何をしようとしているのか、相手の行動を強がりか悪あがきだと吐き捨てようとする。

 今更何を切断しようというのか理解が及ばなかった。

 

「ばかな…」

 

 突然二人を襲う浮遊感と重力。

 階段、二人を宙に支えていた足場が突然バラバラに切断されて崩壊していく。

 

「あしば、なんで、きえて…」

 

 楠田は何が起きているのか分からずに浮遊感と共に落ちていく。

 

「うおおっ!!」

「なに!?」

 

 だがこの状況を作り出した九郎は咆哮とともに相手に組み付く。

 

「てめっ!離せ!」

 

 相手の右腕を極めながら相手の上に乗ってしまう。

 右腕さえ抑えてしまえば相手の技を封じる事ができ、そしてゼロ距離まで組み付けば風を使った技を封じる事が出来る。

 

「やだね!」

 

 相手の下にして地面に落ちた時どちらの方がダメージが大きいのかそれは明らかだった。

 ドォン!と遠目からでも分かる程の土煙と爆音が炸裂した。

 

 

「いてて…」

 

 九郎はなんとか立ち上がった。

 右腕は折れており両足もガクガクと震えていたがなんとか生きている。

 

「死んでない…よな?」

 

 運良く鉄に押し潰されずに済んだが、下敷きにされた楠田の方は惨憺たる状況だった。

 魔力の流れを制御して体の強度を上げてこそいたが落下のダメージと、九郎の自重によって地面に叩きつけらたダメージは防げるものでは無かった。

 

「これが上手くいってなかったら死んでたな」

 

 何故階段があの場で分解されたのか。

 理由は単純で予め階段の裏側に発火するテープを貼っておいただけ。

 

「おーい!」

 

 倒れ伏す相手をぼんやりと眺めていると、聞き覚えがあるはずの声色の少女が現れる。

 

「陸田さん大丈夫!?怪我してない?」

 

 息を切らしながらやって来たのは御依だった。

 現在中身が無垢な六歳の少女になっているとはいえ、それは側から見れば判別は出来ない。

 

「お、おう…」

 

 違和感こそあったが問題は御依が九郎を逃げた判定をした場合に何をされるか分からないという問題。

 相手の不安など関係なく利人と一威も現れる。

 

「まだそこに犯人達がいるんだから騒がない」

 

 そして利人はお兄ちゃんモードから切り替えて相手に向かい合う。

 

「お前が陸田九郎だな、悪いけどここで投降してもらうから」

「えと…」

「魔術師だよ、あと御依の兄だ」

「もうなんか…どうにでもなれ」

 

 九郎としてはもはや逃げる気力すらないためその場にへたり込む。

 とにかく自身の命の危機が去ったのは確信する。

 

「ふーん…コイツが真犯人ねぇ…」

 

 一方の一威の意識はボロボロの殺人犯の方に向く。

 彼女は相手のそばに屈んで興味深そうに見ていた。

 

「んー?コイツ意識あるんじゃね?狸寝入りかぁね?」

 

 興味深そうに相手の頬をつつき始める。

 相手の顔を覗きながら「やっぱ気絶してる?」などうんうん呟いている。

 

「調子に乗るなクソガキが!!」

 

 突如体を上げた相手は一威に向かって右手を突き出す。

 

「危ない!!」

 

 九郎は慌てて声を上げて立ちあがろうとするが一度気を抜いてしまったせいか上手く動けない。

 脳裏に浮かぶのは無惨にも殺された警官の姿。

 

「おっ」

 

 しかしその懸念とは裏腹に攻撃は届かない。

 体に纏わせた風の魔力によって相手の手が自身に接触する事を許さない。

 

「手で触れないと効果が出ないタイプの術式か」

 

 そう呟きながら一威は相手の手をそっと取る。

 思いっきり力を入れてバキバキと指をへし折ってしまう。

 

「があっ!?」

 

 そして激痛から来る苦悶の声を漏らす相手。

 

「悪いけどその手の技は魔力操作精度で相手を大きく上回るか、攻撃発動速度が相手の防御術式の発動速度を大幅に上回ってないと通用しないよ」

 

 手を離してから冷たい瞳で残酷にも言い放つ。

 相手が弱っているとはいえ、負傷を抱えてなお相手を圧倒して見せる。

 ここまで九郎が苦戦したのが嘘かのように。

 

(御依って子と同じだ…)

 

 九郎は肌で感じ取った。

 ふざけたような口調ではあるが、周りに与える致死量のプレッシャーは御依に似通ったものを感じさせる。

 

「その辺にしとけよ」

「はいはーい」

 

 利人からの注意に素直に相手から離れて了承をする。

 このまま相手を虐めても仕方ないと考える。

 

「取り敢えず協会に報告するのとお前は先に家に帰れ、それに母さんと妹を頼む」

「んー?了解っと」

 

 一威はこのまま留まっても警察や協会に対して有効な言い訳が思いつかない為了承する。

 

「えへへ、いっちゃんお願いね」

「えーなんかあだ名つけられてるぅー」

 

 御依からそう言われて一威は先程攻撃を受けて立っていた気が一気に抜けてしまう。

 取り敢えずの危機は乗り越えた事でこの場にいる全員が安堵と共に気を抜いてしまう。

 ダアン!!と耳をつんざく銃声が鳴り響く。

 

「え…?」

 

 御依は頭を弾丸で貫かれた楠田を見た。

 そしてもう死んだと直感で理解出来てしまう。

 

「御依さん!」

 

 亜夜鳴は慌てて御依の体の制御権を奪い指示を出す。

 

「二人とも物陰に隠れろ!」

「ああ!!」

 

 利人は素早く反応して九郎の首根っこを掴んでビルの中へと飛び込む。

 

「一威も!…一威?」

 

 慌てて相手の腕を取るが微動だにもしない。その事に不安になって顔を見やる。

 相手は御依に対して全く反応せず、銃弾が飛んできた方向へと視線を向けていた。

 

 

 ビルの上に人影があった。

 手にはスマホが握られており通話をしている。

 

「ターゲット沈黙、あの位置に打ち込めばもう助からないだろう」

 

 男はスコープ越しに対象を見ていた。

 既に頭からとめどなく血が流れており助かるとはとても思えない。

 

「恨むんなら己の弱さを恨むんだな」

 

 既に顔も手の内も広く割れてしまい、協会と警察から包囲網を張られてしまっている。

 ここから逃げる事は出来ないと上から判断が下されこうして始末するための人員が派遣されている。

 彼はそこでふと思った事を問いかける。

 

「目撃者が何人かいるんだがどうする?顔を見られてないなら好きにしろ?分かった」

 

 再びスコープ越しに現場を見る。

 遺体のそばに二人の子供がいた。一人は逃げようと手を引いていたが、問題はもう一人の方だった。

 

「アイツ…!」

 

 そこにいたのはこちらを睨み返す一威だった。

 その視線が意味するのはここは引けという事だ。

 

「一威のヤツ生きてたのか…それに横にいる子供は…」

 

 その思考を読んだのか一威は御依を抱きしめて体で顔を隠す。

 つまり余計な詮索はするなという事。

 

「これ以上この場に留まるのは悪手」

 

 銃声は遠くまで鳴り響いた為、時間を空ければ空けるほど今潜伏しているビルを特定されるリスクが高くなっていく。

 

「まぁいい」

 

 ケースにライフルを収めるとそそくさと逃げる。

 目標は達成した。余計な欲を出せば楠田のように足元を掬われる。

 

 

「はい、ここに着いた時には既に」

 

 利人は呼んだ協会の捜査員に事情を説明する。

 一応対外的には妹の状況を知っていてもたっても居られずに飛び出して見つけたという形になっている。

 電話で途中経過の話をしたのは伏せているし、問題の九郎の携帯電話は壊れてしまっている。

 

「……」

 

 御依は少しだけ離れた所でじっと待っている。

 その横には九郎がおり、腕は折れている為ぐるぐる巻きにされており、左手には捜査員に見張られながら魔力の流れを抑制する手錠を掛けられている。

 遺体にはブルーシートが敷かれて、ビル内は捜査員が魔力の痕跡や残渣を調べている。

 事件は不審な点こそ残っていたが一応は事件解決という形になる。

 

(悔しいな…)

 

 御依の正体は守られる流れになった。

 九郎は御依と利人の二人の説得によって快く正体を黙ってくれる事になった。

 殺人犯の方は既に息絶えており死人に口はない。

 利人の考えたカバーストーリーを九郎が守ってくれれば当面は正体を隠せる。

 

「御依さん…」

 

 自分しか聞こえないボリュームでボソリと呟くが反応は無い。

 もう一人の自分とは連絡が取れなくなっていた。また眠りの周期に入ってしまったのだ。

 

「御依」

 

 すると後ろから声をかけられて抱き上げられる。

 その声を間違えるはずもない。

 

「お父さん」

 

 抱き抱えられ腕の感触を感じながらも後ろを振り向く、当然間違えるはずもなく父親がいた。

 

「よく頑張ったな」

「うん…」

 

 周りには亜夜鳴の正体を知らない大人ばかり、彼女は可能な限り誘拐犯に拐われて命からがら帰ってきた子供の演技をする。

 

「……」

 

 九郎は黙ってその光景を見ていた。

 何処かで勘違いをしていた。

 藍原御依は普通ではない子なのだと、特殊な環境に生まれ落ちたイレギュラーだと。

 しかしここにちゃんと両親がいて兄や姉がいる。

 たまたま魔術を使えたから生きて帰って来れただけで、普通の子ならとっくにあの車内で殺されている。

 

「じゃあお父さんは仕事があるから…まぁその…なんだ、お母さんが迎えに来るから」

 

 良二は相手を地面に降ろしてから申し訳なさそうにそう告げて去って行く。

 

「ひっ…」

 

 つい声が漏れる。

 それはまるで死刑宣告の様で彼女は体を硬くする。

 

「怖いんだな、お母さんが」

 

 ブルブル震えている御依をみてあれだけ強いのにあの母親は怖いんだなと意外そうに問いかける。

 

「色々とルールに厳しいんだよ」

 

 藍原都にとってルールや決まり事を守るのは親が躾けるべき一番の事だと考えている。

 ルールと規範を守らない人間は社会から見放される。

人や集団という枠組みの中に留まるには例え理不尽に感じても守るべきものがある。

 しかし一方である程度は融通を利かせてくれるあたり硬いだけでない柔軟さも持っている。

 そして厄介な事に都は子供はルールを破って我儘を通そうとするものなのだという考えも持っている。

 

「難儀だよなぁ…」

 

 今世の母親が抱える問題に対してつい嘆息してしまう。

 人は必ずしも一つの芯だけを持って生きていけるわけではない。

 必ず何処かで相反する状況に置かれてしまう。

 藍原都はその相反する気持ちを自覚しながらも親として子供を育て導こうとしている。

 そこには愛情しかなくて、子供たちはそれを嫌というほどに肌で感じてしまうのだ。

 

「どうしよう…」

 

 御依はルールを破って怒られる事自体が怖いのではない。

 彼女にとって本当に怖いのは藍原家の人達に見捨てられる事なのだ。

 もし見捨てられたとしたら耐えられない。

 そのような事を考えていると焦ったような声がかけられる。

 

「御依!!」

 

 この場でそんな切羽詰まった声をかけてくる人物を御依は一人しか知らない。

 

「あ、お母さん」

 

 視線を向けた先には母親である都がいた。焦ってここに来たのか髪を服もボサボサだった。

 相手を視認した御依は慌てて立ち上がり直立不動になる。

 無言で近づいて距離を詰めてくる相手を見て慌てる。

 

「お、お母さん、えっとねその…」

 

 なんとか言い訳をしようとするのだが視界が突如真っ暗になる。

 相手は膝を折り相手との高さを合わせてからぎゅっと抱きしめる。

 

「無事でなによりよ…ほんとに貴女は危ない事ばかり…」

 

 痛いと感じるほどの強さで娘を抱きしめながらそう囁くように言った。

 

「うん…」

 

 御依はそんな母親を見て胸がくすぐったくなる感覚を覚えたのと、この人は子供を持つ親なんだなと改めて思った。

 

「後でお話がありますからね」

「ひぇ」

 

 抱きしめる力を緩める瞬間に死刑宣告を囁く。

 そしてチラリと九郎の方を見る。事情は把握している。

 殺人の濡れ衣を着せられた事も、それが理由で逃げていた事も。

 都は警察の事など無視して相手の前に立つと右の手のひらでパチンと相手の頬を打った。

 

「これはケジメです。魔術師になった貴方は普通の法律ではもう裁けない。だからこれ以上恨まない為の」

 

 九郎はそう言われても頬は全く痛くなかった。だが心は痛いと思った。

 ステゴロで喧嘩をした事があるからこそわかる。目の前にいる娘の御依とは違い、母親の方は人を傷つける事に全く慣れていない。

 平手打ちをした瞬間に見せた暴力を振るってしまったという恐怖の様な表情が彼には嫌に脳裏に焼きつく。

 

「すみません…でした」

 

 彼は生まれて初めて己の行いを深く後悔し、謝罪した。

 

 

 事後処理があらかた終わり、九郎に対して良二が話しかける。

 

「陸田九郎くん、これからの君の処遇について協会で色々と説明させてもらうよ。理由は当然分かるね?」

「魔術…」

 

 魔術は秘匿される技術になる為その説明と、それはそれとして彼の重ねた罪状に対する処罰がある。

 彼はそれを素直に受け入れ受け止める覚悟は出来ていた。

 ただ一つだけ心残りがあるとしたら。

 

「一つだけ御依ちゃんにいいですか?」

「ん?」

 

 少し離れた場所で見ていた御依は名前を呼ばれて近づいた。

 

「なに?」

 

 御依は何かあったかなと思い問いかける。

 

「あの時の質問の続き…教えて欲しいんだ」

 

 彼の知りたい事はそれだった。

 車で逃げている際に何故九郎が殺人犯では無いと確信しているのかという疑問。

 しかしそれに対して答える時に襲撃が入り中断されてしまったのだ。

 

「あーあれ。あれは貴方が私にシートベルトする様に言ったでしょ?それでそんなに悪い人でもないのかなって思っただけ」

「そ、それだけなのか?」

 

 あまりにも呆気ない答えに目が点になってしまう。

 もっと何かしらの壮絶な過去だとか、不思議な勘みたいなもので行動指針を決めていると思い込んでいた。

 

「うーん…別に誘拐犯だからって貴方を殺人犯だと決めつけるのも違うと思ったし」

 

 最もこれは御依が魔術師として高い実力を持っているからこその行動ではある。

 

「やっぱり俺は信用ならないかな?」

「うん、だって人は殺してないけど誘拐する様な人なのは間違いないもん」

 

 あくまで御依の中の九郎の人物像に揺るぎはない。

 ちょっと頑張ったくらいでガラリと印象が変わるはずもない。

 多くの人達は彼を認めようとはしないだろう。

 

「俺…真面目になるよ。それでさ、周りから信じてもらえる人になる。だから見てて欲しい」

 

 彼は何を言われても決意した。

 変わりたいと願った。

 この短い邂逅と戦いの中でこのままでは終われないと思ったのだ。

 

「それがいいよ」

 

 御依は少しだけ微笑んだ。




やっと夏休み終わった
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