転生巫女は静かに暮らしたい   作:高町廻ル

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海に残る死の伝言

「海だーっ!!!」

 

 浮き輪を装備した楊は母なる大地へと特攻していく。

 七月と既に暑さもピークそして限界を超えつつある日、まだこれに八月と酷暑という一段階上を隠しているのだから恐ろしい。

 藍原家は海辺近くで一泊二日の小旅行を敢行していた。

 

「……」

 

 そんなハイテンションな姉を尻目に妹である御依は死にそうな表情でパラソルの下で蹲っていた。

 暑さは彼女にとって天敵で、日差しだけでなく砂浜の熱さも彼女を容赦なく襲う。

 

「……はぁ」

 

 このままこの場所にいても焼け死にそうだと考えた彼女は白色のラッシュガードを着て立ち上がる。かなりブカブカで膝まで裾が掛かっているためワンピースのようだ。

 

「あら御依どこいくの?」

 

 楊には夫が付いている、なので都は御依のそばにいようと立ち上がる。

 

「俺がついていくよ」

 

 しかしそれに待ったをかけたのが長男である利人。パーカーのようなものを着て立ち上がる。

 高校生とはいえ息子に小さい子の面倒を見させるのはと一瞬思う。

 

「母さんも遊んできなよ。父さんもう既にバテそうだし」

 

 チラリと海の方を見るとはしゃぎまくる娘の相手で既に息も絶え絶えだ。

 体力的に見れば大した事の無さそうに見えるのだが、子供の安全を考えながらという部分に神経を集中しているせいか精神的な疲労が大きい。

 

 砂浜を歩く事数分、ずっと後ろを付いてくる兄に対して話しかける。

 

「何の用?」

「そうツレない事言わないでよ〜前のは俺が悪かったって」

 

 蔵での一件から一週間ほどが経過している。

 力と正体を隠している御依が家族を不安にさせているのは分かっている。

 そしてその真意を知りたい兄がコンタクトを取ろうとするのも仕方ないだろう。

 とはいえあんな騙し討ちをされて気分が良いはずもなく、現在お兄ちゃんへの塩モードになっている。

 

「バイブ男」

「やめろ!そのあだ名は!そんな下品な子に育てた覚えは無い!」

 

 彼は必死に反論をするが事実は取り消せようはずもない。

 

「んふふっ」

 

 そんな兄を見ているとムキになる自分もバカらしくなっていく。

 

「ん…」

 

 右手を相手に差し出す。

 彼女はまだ全てを打ち明ける覚悟はない、けれど最初の一歩だけは自分から歩み寄りたい。

 相手も差し出された右手に対して左手で握り返した。

 

「そういえばみーは式神持ってるよな、見せてくれない?」

 

 二人で手を繋ぎながら散歩していると突然そんな問いかけをする。

 砂浜の端っこまで来ており、また辺りには誰もおらず、そしてもう既にこの相手には力はバレているのでしらばっくれる意味は特にない。

 

「ん、ちーちゃんお願い」

 

 手を握っていない方の指先を空に向かってかざすと、人差し指に止まる形で雀が現れる。

 

「ちゅん?」

 

 これが彼女の雀の式神が初めて人前に出た記念になる。

 

「ちーって言うのか、よろしくな」

「あら可愛らしいですね、私は蘭と申します」

 

 利人とその式神の蘭も現れて挨拶をする。

 

(五歳の時から式神持ちって規格外だよなぁ…)

 

 蘭が雀を手のひらに載せて愛おしそうになでなでしているのを見ながら彼はそんな事を考える。

 ちーと呼んでいる式神は可能な限り力を抑えているのだが、それでも並の魔術師の式神より強い。

 彼も式神である蘭を生み出したのは九歳の時で、当時とても大騒ぎになったものだ。

 ただそれは六歳の頃から指導を受けての賜物で、今日までまともな魔術的指導を受けた事のない御依が発現できる道理がない。

 例外として魔力的能領域、つまり魔力を使う際の脳波が近いもの同士が同系統の術式、または術を合わせる事で二人分以上の実力超えた演算を発揮、ごく稀にそこでコツを掴み魔力操作の熟練度が爆発的に上がるケースが存在する。

 この場合は両親か姉の楊だが、残念ながらその三人には他者の力を伸ばせるほどの技量は無い。

 つまるところ御依は補助輪付きの自転車で練習するのをすっ飛ばして200ccのバイクを乗り回すような状態だ。

 

「みーは海入らないのか?」

 

 今それを悩んでも仕方ない、打ち明けられる日を待とうと気持ちを切り替えた彼は相手に質問をする。

 

「海は…怖い…」

 

 彼女は空いている左手をぎゅっと握りしめながら言った。

 海には死者の怨念が残りやすい。だが怖い理由はそれだけではない。

今でこそ無くなったが当時は生贄の文化が根付いており、天災が起こるたびに生贄によって鎮めようとする事が頻発していた。

 ただそれだけならいいのだ。だが海辺の生贄文化を利用した怪異がそれを喰らう事が多発した。海なら人を投げ捨てても死体は残らないため怪異が喰らっても事故死になるからだ。

 人を頻繁に喰らう怪異はその魔力を蓄えて力をつける。

 そして何より臭いのだ。人をたらふく喰う怪異は鼻が拒否する程の異臭を放つ。

 前に公園で会った怪異は御依からすれば無臭のようなものだ。あんなものは赤ちゃんも同然。

 御依の前世の時に戦った怪異はどいつもこいつも異臭を放っていた。それこそ今でも鼻が覚えてしまうくらいに。

 海は基本的にいい思い出がないのだ。

 

「そっか、まぁ無理して泳ぐもんでもないし、水分補給と日焼け止めはちゃんとやろうな」

「ん」

 

 そんな事情は知らないはずだが彼は深く尋ねない。

 そのことに感謝しながら彼女も返事をする。

 

「あれは?」

 

 二人はふと遠くを見ると石で出来ている桟橋の上に一人のワンピースを着た女性が立っているのが見えた。

 普通であれば一人で何しているんだろうくらいの印象しか受けない、だが二人には異常事態であるとわかる。

 

「なんだありゃ怨霊か?」

「少なくとも生者ではないね」

 

 遠目から見ても判別に困る。罠なのかそれとも偶発的に起きている現象なのか。

 

「ちーお願い」

「ちゅっ!」

 

 指示を受けた雀は例の相手に向けて飛び立っていく。

 

「大丈夫か?」

 

 あの式神に内包されている力が大きいのは分かっているが、いかんせん見ためはちっさい鳥だ。

 

「ちーは偵察用だから」

 

 戦闘ができないわけではないが、戦闘専門の式神には流石に劣る性能。

だがその分スピードはあり逃げ足は速い。

 

「ん?戦闘用はいないのか?」

「無い、ちーだけ」

「ほんとにぃ?」

「…今はね」

 

 一応正体を隠していると言う設定のためそう言ってお茶を濁すしかない。

 実際、藍原御依は一体しか式神を持っていない。

 前世は十二もの式神を携えていたが嘘は一応ついていない。

 そんなやり取りをしている間に式神が対象をぐるぐると回るように飛んで情報収集をする。

 

「びびびぃ〜」

 

 遠くから微かだが響く鳴き声。何かを伝えようとしているが。

 

「ちーは何を言ってんだ?」

「えっとね…あれは悪霊じゃなくて伝言の術式みたい」

 

 術者本人であれば式神の言っている事は大体わかる。

 

「とにかく害意はないみたいだから行ってみようよ。罠ならちーはとっくに攻撃されてる。早くしないとあの伝言が空気に溶けて消えちゃうよ」

「まぁそうだな」

 

 ここで二人は手を繋ぐのをやめて走り始める。

 だがいかんせん十六歳と六歳では歩幅に差がある為、式神メイドの蘭が御依を抱えて走ることになる。

 

 

 二人と式神二体は石の桟橋の先に到着して、例の魔力体と対面をする。

 長い黒髪に麦わらの帽子、そして白いワンピースとまさに清純といった感じの女性が立っていた。

 

「呪いの属性じゃないな。とにかく何かを言い残したかっただけか」

「うん、禍々しいオーラは放ってない」

 

 二人はそう話すが既にこの魔力を残した人間がこの世にいないのだろうと考えていた。

 ここまでハッキリとした人型の物体を作れると言う事はそれなり技量を持った魔術師である事。

 呪いでないと言う事はそれなりの指導者のもとで魔術の訓練を受けている事。

 

『もう終わりだっ…』

 

 突然、目の前の女性の幻影が口を開く。

 その声色は怯えて縮こまっている。

 

『もし誰かこのメッセージに気がついたなら早くヤマザキ様に報告をっ…!』

 

 それだけでなく息も切れている。恐らく走っているのか、負傷でもしているのか。

 

『そうだ…メモ帳…!』

 

 その言葉と共に女性の幻影は消えた。

 

「「………」」

 

 二人は数秒間口を開けなかった。

 ミステリーで言うところのダイイングメッセージに絶句してしまう。

 

「一応…イタズラって事はないよね?」

 

 御依は何とか口を開く。

 彼女は魔術界の事情を知らないため尋ねる。このようなケースは過去にあるのかと。

 

「恐らくそれは無い」

 

 彼は一瞬でその意見を否定した。

 

「どうして?」

 

 確信に満ちた言い方に疑問を投げる。

 

「仮にイタズラならもっと人通りの多いところでやるはずだ、んな事して何のメリットがあるかは別にして。こんな人通りの殆どない場所でここまで手の込んだ事をやるはずがない。なんせ術が残る時間は限られてるんだからな」

 

 この桟橋は開けてこそいるが人の多い砂浜からは外れている。

 少し遠い所には道路もあるが運転している人間が遠くの米粒ほどの人間を視認し、それが気になって訪れる確率は限りなく低い。

 

「ならここに追い詰められて咄嗟にメッセージを残したって方が普通だ」

「あと考えられるのはこの場所に誰かを誘き出したかだけど…」

「それもないな。さっきもみーが言ってたが、それならちーはとっくに攻撃を受けてる。その可能性があるからちーを先に向かわせたんだろ?」

「ん…」

 

 二人はやり取りを重ねるが、遺言つまりダイイングメッセージ説が濃厚になっていくばかりだった。

 

「まって、ここまでのものを作れるなら魔術師協会の人なんじゃ?」

 

 彼女はふと思い立つ。

 魔術師協会は魔術の指導と管理、そして情報の共有によって怪異を狩るリスクを減らし術師の安全の確保に尽力する組織だ。

 物理的に不可能な犯罪の捜査も行なっている。科学で解決出来ないものは怪異が絡む事が多い。

 世の中の不可能犯罪とよくテレビで特集されたりするものの大半は魔術師協会が既に解決しているほどだ。

 その見返りとして特権等を認められてもいる。

 

「うーん…」

 

 彼もそう言われて携帯をいじり始める。

 

「何してるの?」

 

 ぴょんぴょん跳ねて画面を見ようとするが高いので見えない。

 

「この辺一帯の依頼一覧と術師の捜索依頼」

 

 蘭は御依を抱き抱えて画面が見えるようにする。

 依頼一覧と誰が受注しているのか、もしくは誰も手をつけれていないのか。

 そして捜索一覧はどの任務中に姿を消したのか、顔写真から最後の目撃情報など事細かに情報が載っている。

 

(随分と便利なものが出来たんだなぁ…)

 

 平安の時代でも術師同士で情報共有をしないわけではなかったが、今以上に密に素早く連絡を取れるわけではなかった。

 その為、送られてくる討伐依頼はイコールで誰かの死が発生していると言う事だった。

 

「いや、無い。少なくともこの辺で依頼も失踪案件も無いし。あの女性の顔写真もデータに無いな。まぁあれが術者本人の顔かは怪しいけどな」

 

 あくまでも幻影にメッセージを喋らせるだけなので式神では無い、厳密には式神もどきとも言えるのだが。

 

「私知らないんだけど魔術師協会以外にも…こう魔術使う人とか…」

 

 彼女は思った事を口にした。

 データに例の女性がいないならその他の勢力の人間なのではと。

 

「いるかいないかならいるよ。いわゆる無免許の潜りみたいなね」

「むめんきょ?もぐり?」

「魔術は基本的に協会から認められた人しか使っちゃダメなの」

「へ、へぇ…」

 

 そう言われて彼女は冷や汗を流す。

 彼は妹が焦っている雰囲気を出したのを察して口を開く。

 

「だから御依も魔術使うなら気をつけてくれよな。俺は見逃すけど、協会にはそういう人たちを追撃する部隊もあるからな」

「わ、わかった」

 

 魔術に関する規定や罰則は日本国の法律には存在しない。

 それは自分達の特権を守る為に秘匿されている。だからこそ無許可で使用する存在を許さない。

 

「考えられるのはあの女性って仮定するとして…あの人は潜りの魔術師で、ヤマザキ?って人から依頼を受けて捜査をしてたけど返り討ちにあったってとこか」

「うん…」

 

 やるせ無い気持ちになる。協会と連携していれば間違いなく防げた事故だった。

 

「多分ここで殺された…死体が見つからないのは全身丸ごと喰われたか水中に引き摺り込まれたんだろうな」

 

 この桟橋に死体の跡は見当たらない。

 

「仮にそうなら…あれだけ精巧な幻影を残せる魔術師を喰らったんだ、その力は相当だと思うし…」

 

 御依はごくりと唾を呑みながら喋る。

 

「あぁ、魔力を吸収して強くなってるだろうな。何より相当賢いだろうしな」

「賢い?」

「あぁそうだ。この怪異は頭が回る」

「どう言う事なの?」

「ヤマザキ...って奴は怪異の可能性もあるって事だ」

「!!」

 

 その予想に御依は背筋が凍る気がした。

 利人は少し先生じみた口調で説明を始める。

 

「潜りの魔術師は何もしなくても物証を残さないように立ち回るし、仲間がいても規模は少数精鋭が多い。仲間が多ければ多いほど情報が流れたり裏切りのリスクが増えるからな。そして下手に再捜査や敵討をしようとしたら協会の追撃部隊に目をつけられかねないから泣き寝入りするしかない。もし殺すことに成功したらほぼ完全犯罪だ」

 

 少し長い説明だが御依は何とか理解した。

 それを狙ってこの一件を起こしたのなら確かに頭がいいとしか言いようがない。

 

「まぁただ怪異も見逃した証拠は残っているみたいだな」

 

 彼は屈むと一冊の小さなメモ帳を拾う。

 

「それはもしかしてあの人の」

「あぁその可能性大だな」

 

 血がべったりついているがメッセージに最後に単語で出てきたメモ帳の可能性が高い。

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