転生巫女は静かに暮らしたい   作:高町廻ル

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幕間 魔術師が生まれた日

 寺の中に怪異や怪奇現象についての記録は残っていた。

 亜夜鳴としてもいるのなら目の前に現れてこんな退屈な日常を破壊してくれと願うところだった。

 そして寺院にはその手のコミュニティがあり、武具や祝詞、そして舞を使いそれらと戦う武僧侶や武装巫女なる存在がいる。

 自身の家族はそのような適性が無いのは薄々察していた。

 なんてつまらないのだろうと彼女は思った。

 

 

「チイ…?」

 

 誰もその問いかけに返事はしてくれない。

 肘から先しかいなくなった相手の名前を呼ぶが当然返ってくる事は無い。

 

「るうううぅぅ…」

 

 唸り声と共に狼のような黒い獣がいた。だが狼と呼ぶにはその体は大きい。

 明らかに大人よりも大きく、亜夜鳴からしたらあまりにも巨大だった。

 ゴリ…ゴリ…と口の中で何かをすり潰す音が継続的に鳴っていた。

 

「え、チイ…?何で…?」

 

 じわじわと目の前で何が起きたのか理解し始めていた。

 つまりもう彼女の友人のチイは。

 

「ひ、ひっ…」

 

 ぼとりと手を離してしまい地面に落としてしまうがもうそんな事を気にする余裕は無い。

 一刻もここから逃げなければ自分も殺されてしまうという事、それだけが目の前にある現実。

 

「あ、ぁあ、ああぁ!!!」

 

 足が動いた事は奇跡だった。一目散に家である寺に向かって走っていた。

 仮に家に辿り着いたとしてその後どうするのか、そんな事など細末事として頭から吹き飛んでしまうほどの恐怖が襲いかかっている。

 

「……」

 

 必死に走って逃げていく相手を獣は見やりながら落とした腕を拾って食べる。

 

「ぐるぅ…」

 

 しかし足りない。三人程度ではまだ足りないのだ。

 そして視線の先には一人分の肉塊が。

 

「はぁっ!はあっ!」

 

 人生の残り全ての走る力を捨て去ってもいいほどの力を振り絞っている。

 

(やだやだ!死にたくない!!)

 

 何をすればいいのか分からなかったが兎に角走る。

 理不尽なこの状況にもはや頭が追いつかなくなる。

 

「何でこんな…!…がぁ!?」

 

 突然脇腹から伝わる熱さに怯み足をもつれさせて転けてしまう。

 ずしゃあ!と地面に倒れ込んでしまう。

 怪異の爪が血で濡れていた。その爪で脇腹を抉ったのだ。

 

「あ、がぅ…」

 

 脇腹を抑えてみると血がとめどなく流れている。

 そして遅れて痛みという感覚がやってくる。

 

(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!)

 

 これまで亜夜鳴はその七年の人生の中で命の危機を感じた経験は無い。

 ここでやっと自分が死の際にいる事に気がついた。

 

「し、死ぬ?」

 

 体から力が抜けていく。

 既に意識が朦朧として立ち上がる事が出来ない。

 そして自身を喰らうためにゆったりとした足取りで怪異が詰め寄って来ている。

 

「ダメだ…」

 

 諦める他なかった。

 仮に万全の体調だとしても逃げられるとは思えない。

 全てを諦めてただ流れに任せて瞼を閉じる。

 怪異はそんな事などお構いなしに彼女の横に立つとその牙で首元を食い千切ろうとする。

 

「グギャアッ!!」

 

 その時怪異は何故か苦しみだし、叫んで仰け反った。

 

「熱い…」

 

 彼女はその時懐から強い光と熱さを感じた。

 瞼を開いて懐を探ると手に取った小太刀が輝いていた。まるでそれはお前は生きろと亜夜鳴に告げているかのように。

 

「これ…」

 

 触れた手先から小太刀に流れていく彼女がキラキラと形容した力が流れていく。

 

「あ…」

 

 その瞬間世界が変わった。

 灰色の世界が鮮やかに色付いていく。

 これまで朧げにしか見えていなかった魔力の流れが今の亜夜鳴にはハッキリと見える。

 空間を流れる力、相手の怪異の纏う力、そして自身の中に流れる力と小太刀に流れていく力。

 自然と体を上げる事が出来る。

 今の彼女を現代の魔術師が見たらこう思う、魔力覚醒現象が起きたのだと。

 

「漏れてる…」

 

 脇腹から漏れ出ている彼女が輝きと表現する力。

 それを腹筋を絞めるような感覚で力を入れるとそれ以上の出血を止める事が出来る。

 

「グルゥッ!」

 

 怪異は何かに目覚めた相手に対して警戒をして距離を取った。

 しかしその行動は今の覚醒した亜夜鳴に対しては下策だった。

 完全に立ち上がり相手を見据える。

 

(見える…)

 

 先程までは見えなかった怪異の中の魔力の流れがハッキリと見えた。

 そして一挙手一投足に魔力を纏わせている事も。

 

(そうか、体の中に流れてるんじゃない、キラキラを表面に纏わせてるんだ)

 

 見える情報から無限に学んでいく。一を見て十を知るように魔力の本質と使い方を掴み取っていく。

 そしてその感覚は先ほど掴んでいた。

 小太刀へと無意識だったとはいえ魔力を流した事、脇腹の出血を抑えるために魔力の膜を張った事。

 

「ガアッ!」

 

 相手は喰い殺さんと細かくフェイントをかけながら距離を詰めていき、完全に死角に入ったタイミングでその爪で切り裂こうとする。

 しかしその致死量の一撃を亜夜鳴は一歩横に動くだけでかわしてしまった。

 

「見える」

 

 相手の動きに合わせて両手で持った小太刀を添えて一気に切り裂いた。

 

「ゴオッ!?」

 

 腹を切り裂かれて倒れ込みもがき苦しむ。

 本来であれば人の動体視力では追いかけるのは困難な動きだった。

 しかし怪異の足元に集中する魔力の流れ、そして空間に漂っている魔力の流れの揺らぎを観測して次の移動先を先読みする。

 

(見える、分かる、感じる、奴の動きの周期が)

 

 小太刀に力を流すと刃が光輝き、エッジの部分が伸びる。そして力を抜くと再び元の長さに戻る。

 しかし長くなっても重さは小さなナイフ程度しかない。

 

(さっきは勢いで切れたけど…)

 

 既に手首が腫れて感覚が無くなっていた。

 カウンター気味に相手の動きに合わせて刃を突き立てたが、相手の巨大の惰力は凄まじく手首への負担が大きい。

 次に同じ事をすれば確実に折れる。もう一度切れるチャンスは一度しかない。

 子供の腕力では深く刃を突き立てて切り裂けるとは思えない。

 この一度の機会は逃せばジリ貧で殺されてしまう。

 

「……」

「……」

 

 互いに戦いが次で終わる事を確信して睨み合う。

 

(こっちから近づいても速さで勝てっこない)

 

 小太刀を水平に構えて相手の出方に全神経を集中する。

 魔力の使い方は相手の方が上で、しかもカウンターでなければダメージは与えられない。

 そしてお互いに同時に相手に向かって飛び出していく。

 

「あああっ!!!」

 

 交錯する瞬間、相手の振り下ろされる左前足の一撃をギリギリでかわし懐へと潜り込む。

 

(とった!)

 

 相手が前進する勢いを利用して小太刀を右手に逆手に持ち、そのまま滑らせる様に喉元へとぶつけようとする。

 しかしザシュッ!と切断されたのは右前足だった。

 

「な…」

 

 ボトリと前足は地面に切り落とされ残った力で首元に刃を突き立てる。

しかし勢いが殺されて深くまで食い込まなかった。

 

(まず、コイツ、右手を捨てて)

 

 気がついた時には遅かった。

 相手の左の腕が振り回され、ドン!と亜夜鳴の小さな体を吹き飛ばしてしまう。

 木に体が叩きつけられてそのままのしかかる形になる。

 

「ゲホゴホォッ!?」

 

 腹の底から込み上げるものが抑えられずに血反吐を吐いてしまう。

 何とか腕に力を入れて立ちあがろうとはするが震えるばかりで起き上がれない。

 

「グゥ…」

 

 そして獲物を鎮圧したのを確信した怪異は唸りながらゆっくりと再び距離を詰めてくる。

 薄れそうになる意識の片隅でその事を認識こそするが体が痛みと疲労で動かない。

 

「っ…」

 

 何とか上体だけを起こして気の幹にもたれる形で起こすが立ち上がる事は依然として叶わないまま。

 

(右手はダメ…左手は何とか動く)

 

 右手は関節が見るも無惨な状態に、左手はまだ人間としての機能を果たせる状態ではある。

 小太刀を左手で持ってその切り先を敵へと向ける。

 しかし相手はそれを最後の強がりとして無造作に近づいて行く。

 そしてあと一歩近づけば喉元に喰らいつける距離まで近づく。そして喰い千切らんと口を開けて相手に迫る。

 

「ばーか」

 

 しかし亜夜鳴はそんな相手の態度に対して吐き捨てた。

 左手で魔力を小太刀に流すと刃が一気に伸びて、口の中から脳髄まで一瞬で貫通した。

 

「この刃の事…忘れてるよ」

「ごお…?」

 

 自分の身に何が起きたのか理解する事すらできずに倒れ伏し息絶える。

 彼女は相手が動かない死体になった事を確信すると少しだけ安堵の息を吐いた。

 

「はぁはあっ…」

 

 目下の敵を倒したとはいえボロボロの体が改善する事はなく依然として息は荒れている。

 この戦いによって得たものはある、彼女の求めて来た全てをひっくり返す非日常はあった。

 

「チイ…」

 

 しかし失い二度と戻らないものも確かにあった。

 喪失を抱えそして気力が尽きた亜夜鳴は意識を手放した。

 

 

「あれ…?」

 

 亜夜鳴が目を覚ますといつもの寝床に横になっていた。

 一体どう言う事だと頭の中の処理が間に合わない。

 

「いたっ…」

 

 ふと痛みがする右手を見ると木の板と布で固定されていた。

 脇腹も布で強く縛られている。

 つまり夢ではないという事。

 

「あ、あ…」

 

 だんだんと記憶が鮮明になっていく。

 友達の手を引いていたはずなのに、突然力がなくなりそして腕しか存在しなくなる光景。

 記憶が完全に蘇り動揺からよろめいてそばに置いてあった水の入っていたおけをつい倒してしまう。

 

「あ、あっ…」

 

 木の板と布で縛られボロボロで痛みの残っている右手に残るチイの手の感触。

 

「亜夜鳴っ」

 

 騒がしい物音が聞こえて部屋に入って来たのは母親のマコだった。

 

「よかっ…」

 

 しかし安堵をする隙は無かった。

 部屋に入った彼女の目に飛び込んできたのは目を覚ましてはいるが錯乱状態に入った娘の姿だった。

 

「大丈夫!落ち着いて!大丈夫だから…」

 

 錯乱してもがき苦しんでいる娘を抱きしめて必死にあやす。

 亜夜鳴の目が覚めた日はそれだけで一日が終わってしまった。

 

 

 もう一晩寝てかなり頭の中の整理を終えた亜夜鳴は親へと質問をした。

 

「ふつか…?」

 

 錯乱した日を入れて三日という時間が過ぎていた。

 亜夜鳴が落ち着きを取り戻してから周りから話を聞き、自身が気を失った後に何があったのかをまとめる。

 

 日が落ちても一向に帰ってこない亜夜鳴を心配した両親は慌てて街へと続く道へと捜索に行き。道の側面にある木に血塗れでもたれかかっている娘を見つけて連れて帰り介抱をする。

 そして次の日の朝、事故現場に行き商人達が殺されている現場が発見され大騒ぎになった。

 

「亜夜鳴はなにも知らない?」

「うん…なんか大きな狼が出て来て襲われた」

 

 彼女は正直信じてもらえるとは思えなかった。

 子供の戯言として切り捨てられると思っていた。

 

「そう、なるほど」

 

 しかし母親は疑っている様子は無い。

 

「えと…」

 

 想定外の反応にどう反応したらいいのか分からなかった。

 

「あの小太刀」

 

 そう問いかけられた亜夜鳴の脳裏に浮かぶのは肉の解体の為に何度かくすねていたそれだった。

 仮にあれがなければ間違いなく殺されていた。

 

「あれのおかげであなたは生きて帰れた」

 

 そう言われて真っ先に頭に浮かんだのはそれがくすねたものである事とそれが親にバレている事実。

 

「あ、あれはその…」

「あなたが家から色々盗んで悪い事をしていたのは知ってます」

「ひぃ…」

 

 ギロリと母に睨まれているが負傷から逃げる事も叶わず布団の上で体を縮こまらせる。

 

「今度からはちゃんと稽古もこなしてから遊びなさい、分かったわね?亜夜鳴は私よりも大きな才能があるのだから」

「はい…」

「分かったならよいです」

 

 殊勝な態度で了承する娘を見て厳しい姿勢を解いたマコはここで笑みを見せる。

 

「兎に角横になって養生しなさい」

 

 そう言葉をかけて相手の体を支えて横たわらせる。

 

「いたた…」

 

 怪我人に対する優しい手つきとはいえさすがに傷んだ体には堪える。

 そして布団に再び横になってから気がついた。

 不自然な程に母親が彼女の友人であるチイの話題を出さない事に。

 少しだけ首を曲げて親の方へと視線を向けた。

 

「お、お母さん…チイは…」

「……」

 

 部屋から出ようとする背中に向けて声をかけた。

 そしてその声に反応してピタリと動きを止めた。

 薄々勘付いてはいた、それでも問いかけずにはいられなかった。

 

「あの子は行方不明として失踪扱いになっています」

 

 怪異によって喰い殺されたら死体は残らない。

 魔力や怪異を知らない人間からしたら突然いなくなったようにしか見えない。

 平安時代、まだ科学は存在せず神秘な世界が薄ぼんやりと信じられていたそんな時代。

 

「その反応からしてそういう事ですか」

 

 顔は見せずにそう言って立ち去って行こうとする。

 恐らく捜索を断ち切るように進言する気なのだ。そもそも三日間も行方不明の時点で生存は絶望的と言わざるを得ない。

 

「お母さん…私がもっと真面目に鍛錬してたらチイを守れた…?」

 

 相手の背中に向けて一つだけ問いかけた。

 そんな問いかけには意味なんてなくて、物事はとっくに終わってしまっていた。

 

「…そう思うならそうかもしれません」

 

 曖昧な答えだけ残して立ち去っていった。

 彼女一人だけ部屋に取り残される。

 

「チイごめん…ごめんねぇ…」

 

 その日はただただ嗚咽を漏らす事しか出来なかった。

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