転生巫女は静かに暮らしたい   作:高町廻ル

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新学期に進もう

 全国的に夏休みが明けた九月一日。

 

「うぅ〜…」

 

 御依は熱を出してリビングに敷かれた布団の上で唸っていた。

 昨日、つまり八月三十一日に起きた誘拐事件の後に事情聴取を受けた。

 しかし一日中走り回ったのと炎天下だった事もあって疲労がピークに達して倒れてしまったのだ。

 

「大丈夫?」

 

 隣で寝ている一威も心配そうに体を横にして声をかける。

 実はこの少女潜りの魔術師で絶賛魔術師協会に追われている身なのだ。

 藍原家の厚意のおかげで養生に専念出来ているが、身を寄せて一週間で影喰いに誘拐事件とかなり巻き込まれている。

 

「御依、辛いようなら病院行くか?」

 

 彼女の父親にあたる藍原良二はそのような提案をする。

 幾ら魔術の基礎を編み出した大魔術師とはいえ今は六歳の女の子のため体力には限りがある。

 

「ちょっと疲れただけだから…」

 

 しんどさはあるが病院に行かなければいけないほどに参っているわけではない。

 良二は「そうか?辛いならちゃんと病院行くように」とだけ伝えて仕事へと向かっていった。

 同じくランドセルを背負った子も立ち上がる。

 

「じゃあみーちゃん行って来ます。一威も行って来ます」

「いってらっしゃい」

「うい、いってら〜」

 

 御依にとって姉にあたる楊は二人に挨拶をしてから学校へと向かう。

 

「じゃあ俺もそろそろ出るわ」

 

 利人は母親にそう言って朝食時に使ったトレーを台所に戻して鞄を手に取る。

 

「ええ、いってらっしゃい。夏休みも学校に行ってたけど今日からはお休み気分でいないように」

「分かってるって、切り替えでしょ?行って来ます」

 

 母親の都からの小言に苦笑いをしつつ了承する。

 

「じゃあ行ってくるから二人とも静かに寝てなよ」

 

 リビングに敷かれた布団で横になっている幼女二人にも挨拶をする。

 

「うん、いってらっしゃい」

「ういっす」

「お前この家に馴染んでんな…行って来ます」

 

 利人はその返事を聞いてから学校に向かう。

 

 

 利人は夏休み明け最初の登校日だった。

 しかし学校に来るのは久しぶりでは無かった。

 交流戦の準備など案外やる事は多かったため学校自体は週に三、四回ほどは来ていたのだ。

 よって夏休みが明けたという感覚は薄い。

 

「くぁ…」

 

 家では我慢していたが学校に着くと何故か眠気が襲って来る。

 そして校門のすぐそばにはクラスの振り分け表がデカデカと貼られているが、彼はそれを一瞥すらせずに教室へと向かっていく。

 周りを見ると久し振りに学校に来るメンツはどこか浮き足立っているように見えた。

 

「おー藍原か、おはよ」

「おはようございます」

 

 後ろから挨拶を受けて振り向き軽い目のお辞儀を返す。

 相手は一年上の先輩だった。

 基本的に部活動の無い学校の為、上級生と顔を合わせる機会が少ない。

 しかしこの夏休みの中で顔を合わせる機会が増えて仲良くなったのだ。

 

「なんか大変だったみたいだな」

「へ?何がですか?」

 

 教室までなんとなく一緒に移動をしているとそんな話題を振られる。

 相手のその反応に話を振った側は思ったリアクションが返ってこない為首を傾げる。

 

「何がってか妹さん攫われたんだろ?」

「あー…」

 

 御依が強すぎるあまり忘れていたが、六歳の妹が誘拐される事件は身内や当事者としてはかなりショッキングな出来事のはずなのだ。

 実際母親の都はかなり取り乱していたし、一威は神妙な表情をしていた。

 そしてその事実は緊急手配として魔術師協会のサイトで顔写真付きでアップされている。

 

「ま、まぁなんとか無事帰って来ましたから」

 

 まさか妹が魔術の租、亜夜鳴の生まれ変わりなど言えるはずもなく曖昧な態度で濁した。

 いくつかの雑談をしてから上級生とは教室が別である為別れてから自分のあてがわれている教室へと向かう。

 

「あったま痛え…」

 

 この感じであればクラスでも話題になっているのは間違いない為、彼の頭を痛める悩みになっていた。

 一人で一年生の階まで上がると少し浮き足立った同級生達がチラホラと見える。

 そして何故かヒソヒソと利人の方を見ながら話している。

 

「気分重ぇ…」

 

 間違いなく利人の妹の御依の事を知っている。

 考えてみれば当たり前の話で、この学校に所属する条件は魔術師としての素養を一定以上備えている事。

 そして学生全員が魔術師協会に所属する義務がある。よって協会のサイトをほぼ全員が閲覧している。

 

「はぁ〜…」

 

 ため息を吐きながら教室のドアを開くと、先程まで確かにしていた話し声が消えて一気に静まり返り視線が彼へと集中する。

 

「…どうも」

 

 小さな声でそう言ってから自身にあてがわれた席へと向かい座る。

 元々実戦での圧倒的成績と高校入学までの武勇伝、そして入学後も大目立ちしてしまっている事から学年一の有名人になっている。

 

「いよう利人、やっぱ一組か」

「晴人か」

 

 色々と頭を悩ませている利人の前の席に座って声をかけたのは彼の友人の一人の大前晴人だった。

 

「つれない返事だな、悲劇のヒーロー様は」

「いや別に御依は死んでねぇよ」

 

 気軽で不謹慎な冗談を言っても許される距離感が今は有り難かった。

 

「実際大丈夫なん?」

 

 晴人は友人としてその家族の安否を心配する。

 

「今日は疲れて寝込んでるけど大丈夫だろ」

 

 実際御依は体調を崩しがちの為そのような返事をする。

 前に利人がそれとなく質問をした所、本人曰く亜夜鳴だった頃のような魔力操作が出来ないが為の体調不良なのだと。

 優れた魔術師ほど無意識下で魔力を使って生活をしている。

 歩く時も腰から太腿、そして足首に爪先に流れる僅かな力を制御する。

 魔力制御の感覚が狂うのは歩いている時に突然親指が消えて踏み込む力が無くなったようなものなのだ。

 

(不備の多い体か…)

 

 亜夜鳴は利人に対して自身の今の状況をそう表現した。

 魔力制御能力の欠如、そして前世の記憶が飛び飛びになっている状態。

 

「けどなぁ…」

 

 彼は複雑な心境になる。

 魔力制御が欠如しているからこそいざという時に腕力で抑え込める。前世の記憶が飛び飛びだからこそ憎しみに溺れていない。

 藍原家が亜夜鳴を庇ってやれるのはこの二つの理由が大きいのだ。

 

「なんかあったか?」

「いや、こっちの話」

 

 つい出てしまった呟きを拾われて咄嗟に誤魔化す。

 

「そろそろ時間だろ」

 

 夏休み明けという事で全校生徒を集めて校長からの有難いお話がある為立ち上がりグラウンドへと向かう。

 

 

 校長先生の有難いお話は既に十五分を超えており、九月とはいえ相当に暑い為生徒達もダレてくる。

 

「ねぇねぇ」

「うん?」

 

 そんな中後ろから話しかけて来る声が。

 大なり小なり校長の話に飽きたのか生徒達は校長に顔を向けながらも口を動かす会話法を編み出して喋っていた。

 

「なんだよ芦菜」

 

 後ろから声をかけて来るのは朱印芦菜、彼の同級生で赤地家の分家の子供だ。

 

「妹さんどうなったの?」

「あーそれな、取り敢えず無事に帰って来たよ」

 

 細かい話は抜きにして御依が攫われた事はお互い知っているていで話す。

 その言葉を聞いた相手は「よかった」を胸を撫で下ろす。

 

「というか携帯見てないの?」

「え?あー…」

 

 魔術師として協会から支給された端末と藍原利人個人としては親に買ってもらったものの二つ持っている。

 昨日は御依関連で忙しすぎて個人端末の方は見ていなかったのだ。

 

「というか利人くんの妹ってあんな可愛かったの?」

「えー…可愛いって言われてもな」

 

 彼はそう言われても困る。

 確かに彼としては妹、ひいては家族は可愛いというよりも可愛らしいと感じる対象だ。

 あくまで御依は彼にとって血縁家族であり、中身がどうであれそれ以上は何も感じない。

 藍原御依はハッキリ言って可愛い。しかしそれは六歳の小さな女の子だから可愛いのではない。

 目はぱっちりと開いており、愛嬌を携えた微笑みを見せる。そして肩甲骨まで延びたさらりとした髪。

 まさに美麗な人形にそのまま命を吹き込んだような相貌は皆の目を喜ばせる。

 

「あーまぁ可愛いと思うぞ」

 

 そんな会話をしているうちに校長の与太話は終わってしまう。

 

 

 午前中は普通の高校と同じ学習カリキュラムと時間割が割り振られている。

 勉強に対する怠さを乗り越えて昼食タイムに入る。

 彼の昼食はパンを二つだけという中々に高校生からしたら少ないと言わざるを得ない量だった。

 しかしそれには理由がある。午後からは魔術関連の訓練で体を動かす為戻す可能性を考慮してあまり食べられないのだ。

 結果として空腹を感じない程度の量しか胃に入れない。

 

「はぁー…」

 

 利人はどっと疲れたため息を吐く。

 午前中はクラスメイトから質問の嵐だった。

 それは妹に関する事だけではなく、何故か利人は夏休み中も魔術関連の事件に巻き込まれてなんとか解決して来た。

 闇属性の結界、縁日でのスリ、水属性魔術師の連続殺人、影喰い怪異、そして夏休み最終日の一件と夏休みだけでかなりの事件に巻き込まれている。

 夏休み直前だと潜り魔術師を殺しまくっていた怪異も相手をしている。そこに特訓やら夏休みの宿題も重なっている。

 正直三ヶ月でやる通常の学生魔術師の仕事量を大幅に超えている。

 勿論御依と一威が解決したものもあるがその二人は表に出られない為、利人がそれとなくカバーストーリーを作る羽目になっている。

 

「てかさー利人マジ巻き込まれすぎん?」

 

 教室であてがわれていた席でパンを頬張っていると後ろから話しかけられる。

 

「うわそれ気にしてんだからさ」

 

 彼が席に座りながら振り返ると友達Bの。

 

「なんか失礼な事言われてない?」

「気のせいだろ」

 

 クラスメイトの一人、夕日三津が話しかけていた。

 赤地家の分家に連なる家系の子供で、夕日家は立場的にそこまで強くなく藍原家としては親近感がある。

 もっとも利人は家族は好きだがそこまで家を盛り立てたり、発言権や財に興味は無い。

 

「別に好きでやってんじゃないっての」

 

 彼としても巻き込まれたいわけでは当然ない。

 父親のように平々凡々な魔術師ライフを送れたらなんて叶わぬ願望を持っていなくもない。

 

「事件や怪異が俺を追いかけてくんの」

 

 実際彼の人生は怪異にやたら遭遇をする。

 幼い頃から怪異を祓うことが多かった。

 

「わーおモテモテ、羨ましくなーい」

「やかましいわーい」

 

 そんな軽口の応酬繰り返す。

 相手はふと思い出したのか話題を切り出す。

 

「そういや今日の午後なんだけどさ」

「あーなんか実地実践なんだっけ?」

 

 魔術訓練は幾つかある。

 基礎的な特訓は基本的に学校からするようには言われない。何故なら基礎が出来ていないものは入学時点で弾かれるからだ。

 よってある程度は魔術を使える前提で訓練は進み、ついていけない者は後方支援に回されるか退学をする事になる。

 

「そーそーペット捜索らしいんだけどさ」

「ふぅん」

 

 本気で興味がなさそうな態度になる。めんどくさいお使いかと。

 

「つまんなそうって感じ?」

「あはー」

 

 彼はその質問に対して肯定も否定もせず曖昧に笑う。

 

「まぁ利人からしたら何を今更って感じだろーけど、ただちょっときなくせー噂がね」

「きな臭い?」

 

 ここで彼は興味を持ったのか少しだけ前のめりになる。

 考えてみればただのペット捜索が魔術師の訓練校に舞い込んでくるはずもない。

 そんな相手の態度を察したのか相手いた隣の席に座り腰を据えて話し始める。

 

「そのペット探しを担当した人がさ、あ、魔術師じゃなくて探偵ね」

「うん」

「怪我を負ったらしい」

「怪我か」

 

 どのような怪我をしたのかはこの時点では不明、だが協会に話が回って来たという事は一般人には説明出来ない事情があるという事になる。

 

「まぁ学生の訓練に使われるって事はさしたる怪異でもないんだろうな」

 

 彼はそう結論する。

 恐らく緊急性は低く傷を負った人もそこまで重症ではない。

 

「おっ、潜り喰らいを倒しただけはありますな」

 

 相手は少しだけからかい気味な言葉を発する。

 夏休み前の小旅行で利人が妹の御依と解決した一件。

 いくら素質があろうが本来であれば学生一人で解決出来る事件では無かった。

 経験を積んだ魔術師が複数人で組んで当たるレベルのものだったのだ。

 御依が仮に正体や力を隠す気満々なら利人と都の二人はとっくに怪異に殺されている、本来はそれほどの相手だった。

 だからこそ危機感を覚えた彼は強くなる為に夏休みの時間をかなり割いていた。

 

「あれは…まぐれだよ」

 

 その言葉を発しても周りはまぐれではなく謙遜としか受け取らない。

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