転生巫女は静かに暮らしたい   作:高町廻ル

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不可思議な仕来り

「今日は一組の訓練を始めます」

 

 担任教師の男性が連れてきた協会魔術師の人と一緒にグラウンドに集めた生徒達に向けてそう言った。

 この学校のクラス分けは一年生の一学期の時点では特に意味はない。

 しかしこの三ヶ月で生徒の実力と適正を見てからクラスを分けていく。

 一組は前線への適性がある人。

 逆の三組は魔導具作成といったサポート系統に特化した人を。

 二組はその中間の人達になる。

 そして魔術師として直接怪異と戦う人間こそ花形になる。

 適正のある場所に人を振り分けるのは至極当たり前の事だ。向き不向きは人間であれば必ず存在する。

 その中で利人は満場一致で一組に選ばれているし、本人も選ばれて当然と思っている。

 

(先輩から聞いたけど…特権意識は出るよなぁ…)

 

 彼は浮かれた空気を放つ同級生を見て思う。

 魔術の世界は腕力がものを言う。

 一組に選ばれると言う事はその学年において魔術師としての実力を認められた事に等しい。

 当然前線で戦うだけが全てではないのは分かってはいる。

 それでも実力を認められたと言う特権意識は根付く。

 

(だからお父さんは)

 

 根付いてしまった意識を社会人になってから消すのは難しい。

 学生の頃に貼られたレッテルと劣等感は簡単には消えない。虐めた側は忘れても虐められた側は一生忘れないように。

 一応学校側もそれを問題に感じているのか一昔前と違いクラス合同での催しを行ってはいる。

 

「しっかし暑いな…」

 

 利人は九月も相変わらずの日差しと長袖の学校指定ジャージを鬱陶しそうに睨んだ。

 彼が着ているシャツとジャージは魔力への耐性が僅かではあるが付与されている特別製。よって少しでも守る為に長袖になっている。

 今回のような実習の際は着用が義務付けられている。

 夏休み前であればだらけて着崩したり袖をまくったりしていた。しかし今の利人はしっかりと袖を手首まで伸ばしている。

 御依の正体を知ってからというもの、様々な事件に巻き込まれ、そして甘い考えで魔術や怪異に対していた気持ちを多少は締め直したのだ。

 

『人は簡単に死ぬのよ!!』

 

 昨日、母親が漏らしたその言葉がやけに彼の耳に焼き付いていた。

 利人の心の何処かで結局最後は何とかなるだろうと甘く考える自分がいたのだ。

 

「何なんだよ」

 

 彼は考えてみれば親である藍原夫婦について知っている事が少ない事に気がついた。

 二人の馴れ初めや生まれに育ちを全くと言っていいほど知らない。

 父親は藍原家の家督を他の兄弟が拒否した為無理に継がされた事。そして押し付けた兄弟と会った事も無ければ話を聞いた事すらない。

 母親は幼い頃に怪異に襲われた際に協会の人間に魔力を見る事が出来るのを知られ、そのまま魔術の世界に入った事。

 そして二人に共通するのは戦闘魔術的な素質は殆ど持っていない事。

 利人はそれくらいしか知らない。

 

「取り敢えず適当に班を組んでくれ」

 

 協会から派遣された魔術師がそのような指示を出す。

 その指示を受けて周りのクラスメイト達が利人を一斉に標的を定める。彼と組めば楽勝で案件が終わるからだ。

 

「よう利人!」

 

 考え事をしている相手の背中に話しかけてくる声が一つ。

 

「晴人うるせぇ」

「酷くね?」

 

 彼は振り返る事なく相手に言い返す。

 ここまで利人に気さくに話しかけてくる相手はこの学年では限られている。

 

「いやさー利人、班組もうぜ!班!」

「あ?別に構わねぇけど」

「おっしゃ!こっちにゃ一年のエース!楽勝!」

「俺は便利道具じゃねぇぞ、それにペット探しだろ?」

 

 ため息を吐きながらもこのしがらみを感じないやり取りに悪い気はしない。

 

「ねぇねぇ」

 

 そんなじゃれ合う二人に割って入ってくるのは芦菜だった。

 一歩後ろに三津を控えさせている。

 

(色々としがらみがあるんだろうな)

 

 利人は相手の立場を痛いほどに分かった。

 立場の弱い家の生まれだからこそ、その窮屈さは理解出来た。

 朱印家と夕日家は家の格式や立場は朱印の方が上になる。

 若い世代では一昔前のような家の格式の厳格さは薄れてはいるが、まだ年配が幅を利かせている現在では古いしきたりは残っている。

 もっともそれをどう思っているのか本人にしか分からない事ではある。

 

(そう考えると理保子ってあんま嫌味がなくてフレンドリーだよな、親の教育がいいんだろうな)

 

 彼は女子二人の立ち位置も理保子であれば後ろに立たせる事はしないだろうし、そのような関係を作らないだろうなと考える。

 最もこの立ち位置は無自覚に染みついたものなのか、意識的なものなのか、家柄など関係なく前に出る性格と後ろに下がる性格なのかは正確なところは掴めないが。

 紫雲家という大きな家に生まれながらも金銭感覚は正常で。

 小遣いは平均的な中学生より少し貰う程度だけ、しかも必要に応じて使用用途を親に申告するシステムになっている。

 藍原利人が紫雲理保子と出会ってから三年ほど経つ。

 彼は尊敬している。あそこまで高い位と力を兼ね備えながら人格者で居続けるのは相当な精神力と胆力だと。

 最も彼女の利人への当たりの良さの一端は好意を持っているからなのだが。

 

「私たちも入れてくれないかな?」

 

 芦菜からのお誘いに対して断る理由は彼にはなかった。

 

「じゃあよろしくな、芦菜に三津も」

「うん、ありがとう」

 

 彼はそこまで考えて無難な挨拶だけをする。

 

「うん、よろー」

「おう」

 

 三津も少し控えめに嬉しそうな返事をする。

 

 

 地図とメモ帳に書き込みながら利人達は街中を歩いていた。

 

「えーっと二丁目も異常ないと」

 

 三津は自ら名乗り出て自前のシャーペンを使い地図に直接チェックを書き込んでいく。

 

「しっかし天下の利人でもペット探しはキツイか」

「俺に人探しの才能はねぇよ」

 

 愚痴る友人にギロリと睨みながら言い返す。

 利人にそんな便利な力はない。

 残念ながらそれが得意なのは母親の都であり彼に遺伝はしていない。

 

「じゃあ式神使ったら?あのメイドさん強いし可愛いじゃん」

「やだよこんなペット探しで…めんどくさい」

 

 三津からの提案にもにべなく却下する。

 いざ緊急時になった際に魔力や体力が尽きて式神が呼べませんでしたでは笑い話にもならない。

 

「そういやさ、前の発表の赤地家の研究だけどさ」

 

 問題のペット捜索から既に一時間が経過していた。

 ここまで何の進捗を起きていない為つい意識が緩んで雑談モードに入ってしまう。

 

「あーあれね」

 

 利人の振った話に反応したのは芦菜だった。

 彼は相手が話題を認識しているのを確認してから話を続ける。

 

「なんか親子が魔力的波長が似てるがどうこうってやつ」

「親子や兄弟で魔力って似るじゃない?」

「傾向だとそうみたいだな」

「それを利用して身体の不調を健康な方の波長に寄せる治療方だよ」

 

 実際に魔力の波長が似ていれば相互に影響を与える事は稀に起きる現象ではある。

 

「なんかすげぇな、けどそれ体に悪影響はないのか?」

「理論だけで治療法としてはまだまだ臨床データが足りなくて確立はしてないらしいからね、といっても出せる効果は即時じゃなくてリハビリ的なものだろうってさ」

「ずこー」

「元々魔力と遺伝の関係を調べるための研究の副次的なものらしいから…」

 

 芦菜の説明に肩透かしを食らったような気持ちになる。

 考えてみれば電話やインターネットのような技術も最初は軍用の設備が型落ちして市政に降りてきて発展した例もある。

 赤地家の研究もそのような例なのだろうと考える。

 

「ふぅん…じゃあ魔力や魔術って遺伝するのか?」

 

 彼はふと思った事を質問する。

 実際に血の繋がりがあるもの同士による魔術の共鳴現象は存在する。

 

(てかそれなら不思議なくらい御家同士での結婚って無いよな?)

 

 彼はここで魔術の名家同士での結婚のケースが殆ど無い事に気がついた。

 現代の恋愛婚の風潮の影響でお見合いや許嫁というものは殆どなくなってはいるが、家の次期当主候補は目ぼしいパートナーがいなければ結婚相手をあてがわれがちだ。

 

(たしか理保子のお母さんって魔力が殆ど見えないんだよな)

 

 仮にそうだとしてもその相手は他の家の遠縁の分家の、しかも魔力的素養の低い相手が紹介される。

 遺伝説があるのなら魔力素養の高い相手と婚姻させればいいのにだ。

 一方の芦菜は出せる回答を出す。

 

「いいえ、魔術の使用傾向や特徴はあまり似ないみたいね」

「へぇー」

「ただ血縁が近いほど魔術発動時の演算傾向は近いみたい」

「ふぅん…」

 

 彼は成程と頷く。

 考えてみれば亜夜鳴は御依の体になっても前世の技を発動していた。

 そしてもう一人の御依も魔術式そのものを使ってはいなかった。しかし亜夜鳴仕込みの魔力練度による身のこなしは体得していた。

 つまり魔術式そのものは亜夜鳴のものを使えなくても、脳に刻まれている魔力の操作練度そのものは共有しているのだ。

 かなり信憑性のある研究結果ではないのかと考える。

 

「ん?て事は…」

 

 彼はここで魔術式と魔力操作の違いとは何なのだろうという疑問にぶち当たる。

 疑問にすら考えた事も無かった。

 上下左右や東西南北の様に。一の次の数字が二である様に。

 何の疑問を抱かずに何となくで魔術を使っていた。

 

(何だ?俺は何かに気がつきそうに…)

 

 凄く大事な何かに辿り着きそうになっていた。

 そもそも何故千年、いや、もっと昔から存在する明確な安全も理屈も証明も立証も出来ていない技術を何の疑いもなく扱っているのだろうかと。

 

「あつーい」

 

 芦菜がシャツの首元をパタパタとしながらそうごちた。

 現在気温は三十度台後半で暑いというレベルは超えている。

 

「三津〜あれやって〜」

 

 男達はそれを聞いてあれとは何だろうかと疑問符を浮かべる。

 

「えー…アレ疲れちゃうんだけど…それに危ないし」

「ちょっとだけ!先っぽだけだから!」

「下ネタやめて」

 

 そこまで我儘を言われて折れたのか相手に向けて手をかざしながら集中状態に入る。

 

「それっ」

 

 ほんの一瞬だけ体が光ると何かが起きたが、あまりにも小さな現象過ぎて利人からしたら何が何やらだった。

 

「え?なに?」

 

 魔術的な現象を起こしたのはわかるのだが何も世界は変わった様には見えない。

 

「うーっ!すずしー!」

「「はっ?」」

 

 この茹だる様な暑さの中で明らかに顔色が良くなっていた。

 

「なにしたんだよ」

 

 晴人は何が何やらで質問をする。当然その疑問は利人も持っている。

 

「これはね、相手の認識を少しだけ逸らす術式だよ」

「逸らす?」

「まぁつまり闇属性の幻覚と雷属性の微弱な電撃に海属性の血流操作を使って体感覚や神経系を誤魔化して涼しくなる様に感じさせてるの」

「すっげ」

 

 つまり三つの属性を混合させる体の体感覚を狂わせる神技という事になる。

 利人からの賞賛にも三津は苦笑いしか出来ない。

 

「いや大したアレじゃないよ。効果時間は十五分がいいところだし、コレ殺傷能力はゼロだから」

 

 生体電気を操作して臓器の誤作動を起こす事も出来ず、血流を逆にして内側から殺す事も出来ない。

 彼女は「それに」と言葉を繋げる。

 

「体自体が熱くなる事は無くせなくて、あくまで涼しいかの様に誤魔化すだけで、体温上昇に気がつけなくなる可能性もあるから危なくて使えたものじゃないよ」

 

 利人からしたら母親と同じような事を言ってるなと思った。

 魔術の世界、ひいては魔術師がこの日本で特権を許されているのは怪異を倒せるから。

 つまり戦う力を評価されそれ以外はどうしても低く見られてしまう。

 

「試しに俺もかけてくれよ」

「じゃあ少しだけ」

 

 晴人の要望に仕方ないなと術をかける。

 

「……」

「そ、そんな恨めしそうな顔を…利人もどうぞ」

 

 利人に対しても苦笑いしながらも同じ処置をする。

 

「「うおお…」」

 

 二人は突如やってくる冷気に感動を覚える。

 そんな相手達を見て一応の忠告はする。

 

「あくまで麻酔みたいなものだから過信はしないでね」

 

 体にのしかかる夏の暑さは現在進行形で続いている。あくまでそれを感じない様にしているだけ。

 

「てかすげぇな、いつの間にこんな」

「前から出来はしたんだけどね。コレ学校の授業じゃ披露しても評価されないし。やろうと思えば催眠効果あるんだけど対人相手じゃ力が弱くて簡単に弾かれちゃうんだよね」

 

 彼はそう言い放つ相手に対して気持ちが分かるとは決して言わない。

 自身の母親がまさに同じ境遇でも共感はしないし、してはいけないと思ったのだ。

 

「でも人命救助とか痛み止めとかさ…色々と使えるだろ。評価されないって事は無いだろ」

 

 利人からの精一杯の擁護。

 そしてその言葉を受けた相手は何故か自虐に近い苦笑いを一つ浮かべて「そうだね」と呟く。

 

「おいあれ!」

 

 そこで晴人から声が上がり二人が視線を向けると二体の犬型の怪異がいた。

 

「下がれ!」

 

 利人はそれを認識すると素早く皆んなを庇う様に前に出る。

 そして少しだけ遅れて晴人も同じ様に前に出る。

 

『グルウウッ…!』

 

 同じ様に敵もまた睨みを効かせる。

 

「こいつらか…」

 

 利人は落ち着いて現状を解析する。

 目の前の怪異は事前情報の通り殺傷能力こそ高く無いが一般人なら脅威に感じる程度の相手だった。

 

(二体…)

 

 想定していなかったのは怪異が複数体いるという事実だった。

 思い込みといえばそれまでだが、その思い込みが命に関わるのを利人は知っている。

 

「あ、逃げた」

 

 芦菜はそんな気の抜けた

 戦う事もなくそのまま逃げ去ろうとしてしまう。それも二手に分かれて。

 

(いやここは深追いせずに報告か?)

 

 やろうと思えば二人ずつに分かれて追いかける事は可能だった。

 相手が低位の怪異とはいえ絶対に問題が起きないとは限らない。そもそも任務はペット探しであり無理に戦う必要もないのではと考えてしまう。

 

「よし!二手に別れよう!」

「え?」

 

 利人は三津が放ったそんな積極的とも取れる意見に一瞬呆けてしまう。

 

「いや、ここは一旦引いた方がいいと思うけど」

 

 利人はあまり賛成出来ない意見のため口を挟む。

 確かに敵の強さは大したものではないが、学生だけの判断で想定外の二体の怪異を相手取ってもいいのか悩む。

 

「じゃあ片方は利人の式神さんがついてくるのはどうかな?」

「あ、それいいな」

 

 芦菜の擁護の意見に対して乗っかって来る晴人。

 ここで彼は自分一人だけが反対意見で、その場の多数決で押し切られそうになっている事に気がつく。

 

「じゃあ私は利人と」

「うんわかった。私は晴人と式神さんと」

 

 考えている間にも芦菜と三津の女性陣二人によって割り振りが決められてしまう。

 

「わーったよ」

 

 ため息を吐きながらも要望の通りに式神の蘭を顕現させる。

 

「蘭」

「はい、マスター」

 

 三人は蘭という人型の式神の放つ濃密な魔力の波動に少しだけ怯む。

 何度か蘭が顕現するところを見てきたとはいえ慣れるものではない。

 

「晴人と三津の二人の護衛を頼む。少しでも危ないと思ったら即逃してやってくれ。後これ俺の携帯、ヤバかったら連絡を」

「かしこまりました」

 

 他三人はそのやり取りを見て改めて式神である蘭がいかに高い知性を持っているのを知り感嘆する。

 式神もまた人と同じで成長する。

 それは単純に力が高まるだけでなく、長い時間を生きれば生きるほど常識や情緒を無限に学んでいく。それが人型であれば学習能力は段違いに高い。

 利人はこうして式神におおよその指示を出して携帯を渡してから芦菜を連れて、そして式神の蘭を連れた晴人と三津の二手に別れて怪異を追う事に。

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