住宅街の中を怪異は走り抜けていく。
利人と芦菜の二人は逃げていく怪異を追いかけていた。
「こいつは」
利人は逃げている敵を追いかけながらも解析する。
勝てない相手ではなかった。蘭という式神抜きでも一人で十分に倒せるレベルでしかない。
(辺りに人の気配は無い、やるなら次のT字路曲がった瞬間だ)
相手の逃げる方向を見ながら次の行動を組み立てていく。脅威度が低いのであれば様子見はやめて早めに倒して合流を急ぐべきと考える。
長い時間をかけても無駄に周りの人を巻き込むリスクを増やすだけと判断する。
「……」
右手に魔力を出現と収束をして相手にぶつける備えをする。
「せやっ!」
そして相手が角を曲がったのを見てから素早く追いかけて曲がり状に魔力を放つ。
『グギャアッ!!』
相手の腹部に直撃と共にその断末魔を放ち狼はその場に倒れ伏した。
「…?」
相手が倒れているのを見て油断なく彼は距離を詰めていくのだがここで突然暑くなって驚く。
そして軽くではあるが突然の熱気を受けた事と、知らないうちに体が思っていた以上に暑さで疲弊していた事実に。
「そうか、三津の魔術が…」
彼女の言っていた効果時間の話を思い出す。
ごく短時間しか効果が継続しない事と暑さをあくまでも誤魔化すだけで体が感じていないわけではない事。
「なぁ芦菜…」
彼は術式に詳しいであろうもう一人の相手に話しかける。
ここで彼にとって考えてみればあまりにも間抜けすぎる失態だった。
「え?芦菜?」
いなかったのだ。
この場には彼一人しかいなかった。
「え?いや…は?」
今何が起きているのか彼も理解が追いついていなかった。
いつ、どこで、何の要因があって逸れたのか。
それ以前に逸れたのか?それとも芦菜自身が訳あってこの場から意図して離れたのか、もしくは何か予期せぬトラブルが起きてしまったのか。
兎に角この場には彼と半殺しにした怪異しかいない。
「一体何が…」
『グギャア!?』
彼が視線を外してしまった瞬間に怪異が突然叫び始めた。
そして頭部が突然破裂して息絶えてしまったのだ。
「な、なんだと…」
飛び散る血肉と首より下の死体を眺めて呆然と呟く。
頭が吹き飛んだのは彼が行った事ではない、何かしらの外的要因によるもの。
「こいつまさか…」
彼は目の前で絶命した狼が人によって飼い慣らされたもの、つまり式神である事に気がついた。
現代の式神の殆どは人工式神、つまり依代に人の魔力を与えて操る形のもの。
しかし昔は怪異や付喪神の様な魔力体を従える形も存在した。しかし今はほとんど廃れてしまったやり方。
しかし他の意思を持つ存在を調伏するのは容易な話ではない。ましてや怪異は基本的に人間には敵対的であるのだ。
強い怪異であればあるほど困難で、従えるのではなく契約という形で協力関係を結ぶケースが稀にある。
しかし今回の怪異は力が弱く、他の魔術師からすれば鼻で笑うほどの力しかない為簡単に従える事が出来る。
―ぷるるっ…
ここで協会から支給された端末が鳴る。
携帯を開くと彼自身の携帯から通話がかけられている。つまりかけてきているのは蘭という事になる。
「蘭?どうした?」
通話ボタンを押して耳に当てながら問いかける。
蘭からかけてくるという事はよほど切羽詰まっているのではと緊張が走る。
『マスター…無事ですか?その様子ですと…』
いつも通りの蘭の声とは違いどこか手探りな話し方。
「おいどうした、何があった」
いつもであれば使う事の無い荒れた口調が出てくる。彼も内心では嫌な予感がしていたのかもしれない。
芦菜が消えた一件と今の連絡に何かしらの関連性があるのではないのかと。
一方の相手はその口調に対して驚くよりも安堵したのかホッと息を吐く。
『芦菜様が道端で斬られ倒れていまして…今救急車と協会の人を呼んだところです…その様子ですと…』
いつもは落ち着いて報告をする蘭もさすがに言葉につまりながらになる。彼女の中で今何が起きているのか理解が及んでいないのだ。
主人である利人が無事である事には安堵しているが、なら何故芦菜だけが傷ついているのか理解が及んでいないのだ。
考えたくない事ではあるが利人が無事ではないなら芦菜が倒れていた理由が分からない。
「分かったすぐ行く、場所を教えてくれ」
そう伝えて慌てて走ってきた道を逆走する。
彼は胸がはち切れんばかりに走る。
(どういう事だ、何なんだ!)
いつ何処で何があって芦菜と逸れて傷つけられたのか?
彼には体の魔力を乱された感覚はなかった。怪異が視界に現れてからは最大警戒のアンテナを張っていた。
仮に外的要因で利人の目を盗めたとしたら相当の技量を持った敵という事になる。
前に潜り魔術師を喰らって来た怪異を相手取った時に油断と隙を晒して御依にケツを拭いてもらって以降、より注意深く慎重に事を運ぶようになった。
「っ…騒がしいな」
人が焦っているような声が曲がり角の先から聞こえてくる。
角を曲がり声のする方向を見やる。
「何だこれ…」
彼の視界に広がっていたのは胸から血を流して倒れている芦菜。
そしてその隣で応急処置を電話越しから救急隊員の指示を受けながら行っている晴人。
携帯端末を使い協会か警察に連絡を取っている三津。
そして利人の携帯を握りしめて辺りを警戒している蘭、式神は普通の人間とコンタクトが取れない為に警察や救急を呼べない。
「蘭!」
彼が到着しても誰もが混乱の中にいて気が付かない為自身から話しかける。
「マスター!」
彼女にとって一番頼れる人物が現れてホッとしたのかいつもよりもテンションが高くなる。
「お怪我は無いですね。良かったです」
何とかいつも通りの恭しい態度を取り戻す。
表情はいつもとキリッとしたそれではなく安堵から目元が緩んでいる。
「ああ、俺は大丈夫なんだけど…」
問題は何処で誰が何の為に芦菜を狙ったのかという事。
「これは…」
彼は倒れている相手のそばまで駆け寄るとその容体を確認する。
意識が朦朧として顔色が悪く、体から痙攣が止まらずに息が浅くなっている。
外傷はジャージの上から鋭い何かで三本線に切り裂かれていた。
「手伝う」
「助かる!」
何かしなければと思い晴人に話しかける。
彼は相手の息が浅いのを見ると可能な限りおでこと顎に手を当ててクイっと上げさせ気道を確保する。
「三津、何があったんだ。教えて欲しい」
「……」
手当ての手伝いをしながらも現状把握の為に協会への報告を終え、ぼんやりとこちらを見ている三津に対して問いかけるのだが相手の反応は悪かった。
「三津!!」
反応の悪い相手に対してつい苛立ちが漏れて荒い口調になってしまう。
怒鳴り声にも近いその威圧に相手は少し怯んだが口を開き始める。
「わ、分かんないよ。倒して合流しようとしたら倒れてたんだもん…」
何とか気を取り直してそう伝えるが問題の三津は内容がまとめきれておらず飛び飛びになっている。
(つまり二人と蘭が見つけた時にはもう負傷して倒れてたって事だな)
そうだとしたらどのタイミングで利人と逸れたのか。
そもそも怪異の犯行なのか魔術師によるものなのか。
そして考えたくないが学校の関係者なのかわからなくなる。
(って余計な事を考えんな、今は芦菜の事だけ考えろ)
そうやっていると教員たちや救急車も駆けつけてくる。
「ん…?」
救急隊員達が担架に芦菜を乗せている時にチラリと首の後ろ側が見える。
(首筋に血の跡、飛沫血痕か?)
正面から怪異に襲われたと推測される状況で何故か首の後ろに怪我を負っていた。
何処かに打ちつけたのか、擦りでもしたのか。
◎
生徒の一人が病院に送られた事で訓練は全て中止になり一組生は教室で待機をさせられている。
クラスメイト達は負傷した生徒の事や各地に現れた狼の怪異について話していた。
「芦菜大丈夫かな…」
「運に任せるしかないな、やれる事はやったんだ」
晴人の心配そうな声を聞いた利人はなるべく暗くならないトーンで話す。
「いや…」
ふと彼は考える。
目の前で心配している晴人であれば救助するふりをして芦菜を手に掛けられるのではないかと考えてしまう。
(だとしたら説明が出来ない事が多すぎる)
仮にそうであれば芦菜をどんな手を使って三津に晴人、そして蘭に利人の目を盗んで別の場所に移動させたのか。
そもそもどんな手を使って芦菜の胸に傷をつけたのか。彼は傷口の具合から狼の怪異の一撃とは予想立てているが。
「なぁちょっといいか?」
「はい、何でしょうかマスター?」
彼は式神を突然呼び出して問いかける。
クラスメイト達はそれを見て驚きざわめく。
「蘭は二人をずっと見てたんだよな?」
これまでは周りにあれこれ言われるのが嫌で式神を出したがらなかった。
しかし今の彼にその視線を気にかける余裕は無い。
「はい」
「一度でも視界から消えたとか無かったか?」
「ありません、お二人から意識は外しておりません」
「なるほどな、そうだよな」
わざわざナイフなりを使い切りつけるような怪しい動きをすればさすがに蘭も気がつき咎める。
「てか芦菜に駆け寄った時には斬られてたのか?」
「はい」
「そうか…」
得られる情報から可能な限りのあり得る可能性を推測している。
「たしか皆んなも狼の怪異には接触してたよな?ならその時の様子とか誰と一緒にいたか教えてくれ」
彼はぐるりと視界を変えてクラスメイト達に向けて話しかける。
「おい利人」
ここで黙ってやり取りを見ていた晴人が辛抱ならないと割り込んでくる。
「何だよ?」
薄々何を言われるのか察しながらも気が付かない風を装って問い返す。
「その聞き方じゃまるでこの中に芦菜を傷つけた奴がいるみたいじゃないか」
「そ、そうだよ。怪異に襲われただけかも」
三津もまた援護に回る。
しかし二人の言い分も知ったことかと利人は口を開く。
「俺はその可能性は十分あると思ってるし、ここに犯人はいないって可能性が絶対に無いと言い切れる要素は何処にも無いだろ」
そのハッキリとした物言いに誰もが驚き息を呑む。
ここまでしっかりと言い放つとは思わなかったのだ。
「まぁこの中で一番疑わしいのは俺だからさ、疑い晴らすために自分で調査するだけって話なんだけど」
彼は客観的に直前まで被害者と一緒にいて、アリバイの証人がいない自身が一番疑われる立場にいる事を分かっている。
アリバイの為に式神を使う手もある。要は蘭に遠くまで運ばせればいいのだ。
しかし、犯行があったと予測される時間帯には問題の式神は間違いなく手元を離れていた。
「ん?来たか」
彼なりの意見を述べた直後、彼個人の携帯が鳴りだす。
通話をかけてきているのは藍原良二、つまり彼の父親。
『利人か?知りたがってた事が分かったぞ』
短い前置きでそのまま良二は本題に入ろうとする。
「さっすがお父さん、魔術以外の事務作業はほんと仕事が出来る」
『余計な一言だぞ』
「ごめんて」
父親と息子の近い距離感での会話がこの緊張感ある状況とはいえ繰り出される。
『協会の端末のGPS反応を調べたが一組の生徒の中で誰一人として単独で行動した人はいない、利人を除いてな』
「やっぱそうだよな」
そもそも単独行動をさせないための班決めのため当たり前の報告が返ってくる。
『それとお前が怪異を倒した場所だが…近くに住んでいる方がお前を見ていたそうだ』
「それは…」
『ああ、一人道端で騒いでいる素っ頓狂な男子高校生を見たそうだ、顔写真を見せて確認したから間違いない』
「うひゃあ…」
一般の人には魔力も怪異も見えないため素っ頓狂な言動を繰り広げているようにしか見えないのだ。
『その辺りのフォローは協会でしておくから気にするな』
「そのフォローは俺の尊厳じゃないよな…」
悪い事をしたわけでも乱心したわけでもないのに何故か非があるかのように感じてしまう。
『あともう一つ、芦菜さんだがどうやら言ってたT字路で利人とは真反対に移動してるようだぞ』
「やっぱり…」
利人の予想していた通りに例の曲がり角で逸れてしまっていたのだ。
(だとしたら…)
何故芦菜は真逆に向かうという行動をとったのか。ひたすらに疑問だけが積み重なる。
良二は『取り敢えず仕事にもどるから』とだけ告げて通話を切ってしまう。
「ならどうすれば…誘導?いやそんな事出来るはずが」
自身に気が付かれる事なく芦菜を攫ったとしたらどのような方法があるのかまるで見当がつかない。
ここで担任教師が着席するように促しながら教室に入ってくる。
「みんな取り敢えず今日の授業は中止、それと協会の方が来てるから一人ずつ面談してからその場で解散だ」
こうして協会への報告を終えてそれぞれが帰宅につく事になる。
◎
利人、晴人、そして三津の三人は校門から出て話し合あっていた。
「うん、じゃあ私は芦菜のいる病院に行ってみるね」
彼女はそう言う。
同じ家の親戚同士なのか心配しているようだったが、二人としてははい分かったと簡単に言ってやることは出来ない。
「ああ、いや。周りに怪異や犯人がいるかもしれないしついていこうか?」
「大丈夫だよ。そこまで迷惑かけられないし」
晴人からの提案だが三津は苦笑いしながら断り病院の方へと向かっていく。
二人きりになった男衆は何となく家路の方へと向かう。
「あーいやさ…」
静まり返る空気に耐えかねた晴人は何とか会話を切り出そうとする。
「ごめん、教室でさ、あんな威圧するような態度とってさ。そうだよな、犯人がいるかもしれないならお気楽じゃダメだよな」
彼は数時間前の利人に対する態度で謝罪をした。
あの時はクラスメイトが倒れたのにあまりに冷静な態度を貫いていたのを見て頭に血が昇ってしまったのだ。
「気にしてねぇよ。俺もあそこで切り出すのはデリカシーが無いなと思ってた。ごめん」
二人はお互いに謝り、そして顔を合わせるとちょっとだけ吹き出してしまう。
何と言うか不器用だった。
二人は僅かにだが緩んだ空気の中で帰ることに。
「しっかし誰なんだろうな犯人、いや学校の人じゃなきゃいいんだけど…いやいや、そもそも芦菜が傷ついていいわけじゃなくてだな…」
まるで犯人がいる事が傷ついた芦菜を肯定しているかに思えたのか慌てて弁明をしようとするが、頭の中がこんがらがってたどたどしくなる。
「分かってるって、落ち着きな」
慌てる相手を少しだけ可愛らしいななんて思ってしまう。
「お?」
ここで携帯に着信が入る。
相手に出ていいか目配せをしてから通話ボタンを押す。
『利人くん?どうしたの?授業中にかかってきてて驚いたよ』
電話に出てきたのは理保子だった。
彼は先程彼女に迷惑なのは分かっていたが聞きたい事があった為ダメ元かけたのだ。
「いやごめんな、授業中なのは分かってたけど聞きたい事があってさ」
先んじて迷惑をかけた事と要件を伝える。
『聞きたい事?いや、いくら何でも高校の授業範囲は教えられないよ?』
「理保子は俺を何だと思ってるんだ?」
バカのイメージがいつの間にか付いていて泣きそうになるが気持ちで折れている場合ではない。
「ちょっと闇属性魔力について聞きたくてさ」
『え?闇?まぁ分かる範囲でなら』
予想外の質問に少しだけ驚いた風だった。
「人を幻覚催眠で行動を誘導させる、それは魔術で可能なのか?」
『なんか突然だね…いいよ、後で諸々事情を説明してよね』
「助かるわ。俺の知ってる中で理保子が一番闇属性を使いこなしてるし、みーはその辺サッパリだろうし」
相手が今起きている事件のことは知らない為あまりにも突飛な質問。
事情を察してなのか、それともこの手の無茶振りは何度も受けたのかあまり深入りはせずに答え始める。
『結論だけ伝えると出来るケースと出来ないケースがある』
淡々と教える事の出来る範囲で答えていく。
『そもそも闇属性は体の中にある魔力の波長を乱して相手の五感に影響を与えるのよ。だから相手が対抗力を持っている、つまり魔術師相手だと効き目が悪いの』
魔術師は体内に流れる魔力を制御する事に長けている。
制御を乱されそうになってもそれを取り戻そうとしてしまう。
「それは知ってるけどさ…なんかこう裏技とか無いのか?」
『うーん…』
困ったなぁと言った感じの唸り声をあげる。
「なぁ…」
「どうした?」
話について来れていない晴人は小さな声で話しかけてくる。
「電話の相手ってさ、利人の彼女?」
「はぁ?」
予想斜め上の発言にポカンとしてしまう。
「いや、だってさ、明らか仲良いじゃん。多分同い年くらいだろ?親友としちゃあ、利人にも春が来たのかと」
「え?親友だっけ?」
「ひでぇ…」
「あと恋人違うぞ。相手は紫雲理保子さん、紫雲家現当主の孫だよ」
「え?マジで?」
思った以上のビッグネームに驚きの声をあげる。
紫雲家と言えば魔術界を牛耳る一族の一つであるのは誰もが知っている。
その家の当主の孫はまさに魔術界のお姫様とも言える。
「ああ、来年は後輩になると思うぞ」
紫雲家の子息であり、既に高いレベルで魔術を扱える為進学しない選択はあり得ないのだ。
『幻覚はかけた後に操るよりも初動のかける方が難易度が高い技術だからね。例えば相手が寝てる時とか無防備な瞬間に術をかけさえすれば悟らせずに操る事は出来なくはないんだけど…』
相手の軽口に気がついていないのか理保子は説明を続ける。
つまり一度幻覚催眠さえ決めればあとはいくらでも操れるという事。
「なるほどな、つまりある程度意識が低迷していたとしたらかけれるわけか」
『そうだね。知ってると思うけど基本的に実践での闇属性って完全催眠や暗示を狙うんじゃなくて、五感の一部を誤認させて隙を作る程度しか使えないんだよ』
利人は自身の予想の通りの回答が返ってきた事に安堵のようなものを感じる。
仮に何でも出来るとしたら手の打ちようが無い。
闇属性を高いレベルで修めている彼女ですら無理だと断定してしまえばその線で考えても仕方ないのだ。
「助かった、ありがとうな。あとでこの件は説明するわ、今は色々とあるからさ」
『いいよ、気長に待ってる。じゃあね』
そう言って通話を切る。
だが晴人は恐る恐ると言った感じで問いかける。
「なぁ利人、今の感じからしてお前が怪しんでるのは…」
「察しがいいな、俺は三津が犯人じゃないかと睨んでる」
隠す事なくハッキリと言い放つ。
「いや、それはねぇよ」
「え?」
しかし晴人はあっさりとその考えを否定してしまったのだ。
何故利人はそう言い切れるのか分からなかった。先程と違い頭に血が昇っているのではなく確信しているように感じたのだ。
「なんか根拠はあるのか?」
自身の推測を否定されてもムキになるのではなく、その材料を知りたくて問いかける。
「だってあの時芦菜が遠くに倒れていたのを見つけた時、真っ先に我先にって駆け寄ったのが三津だぜ?相手に殺意持ってる人間がそんな事するかよ」
「は?」
与えられた新事実に驚く。
彼は勝手に晴人が真っ先に駆け寄った第一発見者だと思っていたのだ。
「いや、え?だって手当してたのは晴人だろ?」
彼自身が現場に着いた時には既に晴人が手当てをしていて、三津は携帯で外に連絡していたのだ。
「そうなんだけど、さすがに女の子に手当てはやらせられないだろ。だから警察や協会に連絡してくれって頼んだんだ」
「……」
「それに三津はその時、地図と携帯とシャーペンしか持ってなかった。それに魔術を使ったならさすがに俺も式神も見逃さないし、魔導具を取り出すなんてそんな大きな仕草を見せたらさすがに分かるよ。あの時『しっかり!』って上半身を抱き抱えて必死に声かけてたよ」
彼は確信に満ちた表情でそう言った。
あの時彼の目の前にいたのは倒れ伏している友人を心配する一人の女の子しかいなかったと。
「悪い晴人!先に帰っててくれ!」
利人は相手の事など気にする余裕なくその場から走り去っていった。