転生巫女は静かに暮らしたい   作:高町廻ル

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隣界へようこそ

 とある小さな喫茶店のドアチャイムが鳴ると店員の一人は作った営業用の笑顔で対応をする。

 

「いらっしゃ」

 

 しかしその表情は続かなかった。相手を見ると途端にめんどくさそうになる。

 

「まぁたお主か」

 

 ジロリと相手と後ろに待機している男の護衛を見やって接客モードが終わる。

 

「俺は客だが?」

「客ならはよぅ注文せい」

 

 男は特に店主の態度に怒っている様子でもなくカウンター席に座る。

 店主と客のある意味では慣れたやり取りが繰り広げられる。

 周りにいる常連達は慣れたもので殊更騒ぎ立てたりしない。

 

「な、なぁ。あの人って…」

 

 しかしこの店が初めてであると思われる二人組のうちの一人は顔を青ざめさせてやり取りを見ていた。

 

「おっ、あんた初見の客か?なぁに気にするな。あの人はここの常連だ」

 

 隣のボックス席に座っていた三つ目の男はヘラヘラ笑いながらそんなことを言う。

 

「い、いや。だってあの方は」

 

 カウンター席で注文をしている男はこの世界なら誰もが知っている存在。

 

「おう、神級の『黒壇公』さまだ」

「ええええ!!!」

 

 黒壇公、この隣界を支配する十二柱の怪異の一人。

 それが目の前にいる事実に悲鳴にも近い大声をあげてしまう。

 

「気にすんな、それよりおもしれえの見れるぞ」

 

 ニヤニヤしながら顎でカウンター席の方を指す。

 

「お二人もボックス席で休んで下さい」

 

 女は護衛に対しては思うところがあるのか丁寧な対応をする。

 二人は顔を見合わせてぺこりと会釈だけして近くの席に座る。

 しかし女は問題の黒壇公に対しての扱いは雑だった。

 

「水か?水だな?分かった汲んでくる」

「いつものを…頼む」

 

 ここまでぞんざいに扱われても苛立つ様子はなく、なんならこの会話を楽しんでいる節すらある。

 注文を受けて店の奥に入っていく。

 

「い、いいんすか?あんな態度…」

 

 やり取りを見ていた男はハラハラしていた。

 仮に怒りが頂点に達したらどんな目に遭うか、少なくともこの街は煤塵に帰す事は間違いない。

 しかし次のセリフは予想外だった。

 

「おう、いいんだよ。あの店員さん『九焔姫』様だぞ?」

「ええええ!!!」

 

 先程が今日一どころか人生一と思っていた驚きがまさか数分で塗り替えられてしまう。

 それはかつての神級の一人であり、現世、つまり人間界では九尾や化け狐、そして「玉藻前」とも呼ばれていた伝説の怪異。

 

「な、なんでこんな下層の田舎町に…」

 

 下々では目にすることすら許されれない怪異一の美女。

 それがこんな喫茶店で働いているなんて誰が予想できようか。

 

「それは直接は聞いた事ねーけどさ、なんか人間界侵攻の失敗の責任を取らされたとか、一時は人間側に寝返ったとかで位を失って下層に流されたって噂だな。って言っても千年くらい前の話らしいが」

 

 そのやり取りをしている間も神級の会話は続いている。

 

「コーヒーなんてお主贅沢な、水で充分だ」

「金は払うが」

 

そんなやり取りをしながらもしっかりとコーヒーを護衛分も含めて三杯出す。

そしてふと思い出したのか視線を他の従業員に向ける。

 

「店長、他に仕事はないか?」

「いや、黒壇公さまの相手を…」

 

 店の端っこでコソコソとやっている店長は恐れ多いと本来であれば従業員にやらせるべき全ての雑用を一身に背負い処理していた。

 それは玉藻前の手を開けさせるために。

 そう言われては相手をしないわけにもいかずため息を露骨に吐く。

 

「別にいいじゃろう、こんなやつ。ほらさっさとコーヒー飲んで帰れ」

 

 しっしっと手で振り払おうとする。

 隣界といえどそこまでぞんざいに扱うやつはそうはいない。

 

「話がある」

 

 その発言によって店内の空気がピリッと張り詰める。

 一度だけカップに口をつけてから本題に入る。

 

「俺と結婚する気はないのか?」

「無い」

 

 そのやり取りの後店内が完全に静まり返る。

 隣界の支配者の一人である黒壇公の渾身の求婚があっさり袖にされた事実に誰もが黙り込む。

 下手に声を出したら殺されるという重圧が店内を占める。

 

「凹むタマではなかろ?」

 

 フッたばかりだと言うのに気にしている様子はなかった。

 

「ふむ、やはり断るか仕方ない、また来る」

「来るな」

 

 もはや可哀想とすら思える対応だが気にする様子はない。

 

「皆も騒がせてすまなかったな。迷惑料だ、ここにいる客の代金は俺が持とう」

 

 黒壇公は立ち上がりそう宣言する。

 ここで護衛の一人が端末を持って話しかける。

 

「黒壇公さま、警備隊から報告が」

「それは俺に回すべき内容なのか?」

「一応お耳にと、人間界から子供が一人落ちてきたようです」

「そうか捕まえたのか?」

「いえ、どうやら崖から落ちて生死不明だそうでして」

「ならその件はお前達で勝手に処理しろとだけ伝えろ」

 

 黒壇公はつまらなさそうに話を切り捨ててしまう。

 

「九焔姫、また…」

 

 彼は振り返るのだがそこに玉藻前はいなかった。

 

 

(息苦しい…)

 

 あてどなく森の中を歩くが疲労が溜まるばかりで何も進展が無い。

 

「なんだ…何でこんなに息苦しく…」

 

 何かしらの異臭があるわけでも、何か空気に異物が混じっているわけでも無い。

 ふと手のひらを空に向けるが弱々しい風しか出せない。

 体の中に巡る魔力はいつも通りに練れる、しかし放出しても魔術としての形を成さずに消えてしまう。

 本来であれば水か食料なりを確保して救出を待つのも選択肢に入る。

 しかしこの場所は高い確率で隣界の可能性が高い。

 御依は亜夜鳴の時から隣界という怪異が住んでいる世界がある、その事はかつて式神契約をしていた怪異から聞いて知っていたが来た事は一度もない。

 

「くそっ…もっと隣界の事を玉に聞いておけば…」

 

 何を口につけたら安全なのか危険なのか判別がつかない状況ではリスクは取れなかった。

 

「お腹すいた…帰りたい…」

 

 今頃は家でシチューを食べていたはずなのに、気が付けばこんな訳のわからない場所で飢えてしまっている。その事実についいつもはほとんど見せない弱気が出てしまう。

 仮に母親が神隠しにあった自分の事を協会に報告してくれたとして、それを聞いて救助が来る可能性を期待するのはあまりにも薄すぎる希望だった。

 何故なら神隠し、つまり隣界に堕ちた人間の帰還確率は限りなくゼロに近いからだ。

 今頃現世では藍原御依は捜索部隊を組まれるどころか死んだ者として処理されている可能性が高い。

 

「せめてちーがいたら…」

 

 先日殺人犯にバラバラにされてしまい現在式神の雀は修復中、空から森全体を確認する術が無くなってしまっていた。

 ふと地面を見るとキノコらしきのもが生えている。

 御依は初めてキノコを口にした人もこんな心境だったのだろうかと思いを馳せはじめていた。

 

「おいこの辺かよ?」

「間違いねぇよ、転移特有の人間界の空気の反応があるからな」

 

 御依は話し声を拾うと咄嗟に木を背にして隠れる。

 不思議と味方であるという可能性は排除していた。

 

「日本語…?」

 

 しかもかなり口調が現代に近く、イントネーションも発音も聞き取りやすかった。

 

(たしか玉はあんまり発音とかダメだったような。記憶喪失とか言って誤魔化しながら朝廷に取り入ってたっけ?)

 

 今考えてみればかなり大胆なやり方。

 だが持ち前の美貌を使い、上手い事周りの人間の意識を誘導して中枢に入り込んでいた。

 彼女は木の影から問題の相手を見るとトカゲの様な鱗を持つ人型の怪異が二人いた。

 

「まぁ規模の小さな事故みたいな転移門らしいからな。狙って人が入って来たと考えるのは不自然だろ」

「そーだな、まぁこんなんはよくある事だろうし、どーせ空振りだ」

 

 二人の会話は御依もはっきりと聞き取れていて、まるでここが特撮のセットの現場かの様な錯覚を覚えるほどだった。

 

(武装してる、しかもこれは組織立てての行動だ)

 

 彼女は分かりやすく武装をして周囲を調査する怪異の二人組を見てそう判断する。

 目の前にいるのは上から指示を受けた末端なのだと。

 

(なんで…)

 

 御依の中で怪異というのは奪い合う弱肉強食ばかりで、譲り合いや話し合いのような知性など感じない怪物たちだった。

 

「いや待てよ…」

 

 ここでやっと御依は思い出した。

 二ヶ月前に遭遇した潜り魔術師を喰い殺した怪異は指揮官として潜りを誘導し他の怪異を動かして、自身は人間の体に潜んで社会性を見せていた事に。

 考えてみれば計画的に縄張りや組織を作り活動する怪異は見ていた。

 そしてここは怪異たちの根城である隣界、組織があっても不思議ではない。

 

「っ…」

 

 ここで怪異の一匹が御依の隠れている木の元へと向かう。

 

(まずいまずいっ!)

 

 可能な限り体を小さくしてやり過ごそうとする。

 もし万全で現世で迎え撃てれば簡単に勝てる程度の相手、しかし今の体の体調で戦って勝てる確信は無かった。

 何故か体を襲う虚脱感と魔術が上手く発動出来ない。その二つを背負って勝てると考えるほど自惚れてはいなかった。

 

「ちぇー今日は残業無しだと思ったのによー」

 

 持っている棒を振り回しながら愚痴る。

 どうやら隣界にも仕事があり、定時や残業等の概念もあるようだった。

 人間がすぐそばに隠れている可能性など考えてもいないのか明らかに捜索の仕事がやっつけになっており、もしそうでなければとっくに見つかっている。

 

(頼むっ…!気が付かないでくれ!)

 

 仮に見つかってしまえばどのような目に遭うのか分からない。

 必死に体を小さくしてやり過ごそうとする。

 

「んー?何がいるのか?」

 

 何かのセンサーにでも引っかかったのか真っ直ぐに御依の隠れている木の元まで歩いてくる。

 彼女の心臓がやけにうるさい、いつもであれば気にもしない心臓の鼓動がまるで飛び出さんばかりに大きく跳ねているような錯覚すら感じる。

 じゃりじゃりと地面をゆっくりと踏み締める音がまるで処刑へのカウントダウンかのように響いてくる。

 相手が彼女の隠れている木までたどり着く。

 

(こうなったら…)

 

 ここで一人をなんとか不意打ちで倒し、そさてもう一人を正面戦闘で倒すしかないと覚悟を決める。

 

「おい!もうここはおわりだ帰るぞ」

「あ?おう、そうだな」

 

 視線を下に向ければ御依を見つけるその瞬間、もう一人から声をかけられてから振り返り後戻りをしてその場から立ち去ってしまう。

 

「…………」

 

 すぐそばに相手の気配はなくなったはずなのに口と鼻は息を吸うのを忘れたかのようだった。

 

(いなくなった?どうなった?足音は?)

 

 息する事すら出来ずにじっとその場に隠れ続ける。

 

「ぴっ!」

「…!」

 

 すると突然近くの影から一匹のウサギが飛び出してくる。それをみてつい声を出しそうになるがなんとか抑える。

 ぴょんぴょんと影から影へと移動している。

 これは「影兎」と呼ばれる生物で普段は影に隠れて、移動はジャンプで影から影へと移動する生物。

 

「…ッ!」

 

 バリバリ…と上から音が聞こえてくる。

 恐る恐る見上げると長い嘴を持つ鳥が何から宙を啄んでいるのだ。

 「光食鳥」と呼ばれている鳥で、夜の星の光を食べる性質を持っている。周りには光る葉っぱなどもある。

 

(異世界みたい…)

 

 アニメや漫画等で見てきた異世界ファンタジー作品そのままの世界につい見入ってしまう。

 そしてその事実がこの隣界が自分の住んでいた世界から遠い場所にある事実を痛感する。

 

「嘆いていても仕方ない」

 

 口にする事でなんとか気持ちを持ち直して立ち上がる。

 しかしそこでジュッ!と足元から音がする。

 

「え?」

 

 足元を見ると花を踏んでしまったが問題はそこではない。

 その花の名前は「爆裂花」。刺激を受けると内部に溜めている魔力が反応して起爆し、咲いている花弁が炸裂する花。

 

「な…!」

 

 御依の目は花の中の魔力が刺激を受けて炸裂する術式を発動しようとするのを捉える。

 パァン!!と辺り一帯に炸裂音が響き渡る。そして最悪な事にその音は捜索部隊にも間違いなく伝わる。

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