転生巫女は静かに暮らしたい   作:高町廻ル

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願いを込めた選択

「御依っ!!」

 

 都はすでに消えてしまった隣界と繋ぐ門があった場所をただ呆然と眺める。

 

「なんで…どうして…」

 

 地面に膝をつき先程起きたことを思い出す。

 隣界に繋がる転移門が突如開く。もし御依がとっさの判断で庇わなければ隣界に落ちていたのは都だった。

 

「う…」

 

 脳裏をよぎるのは高校時代に授業で受けた内容。

 隣界に神隠し等の事故で落ちた人間の生還確率は一パーセントを切っている事、そしてその生還者の中でも五体満足かつ健康な精神状態で社会復帰が出来た人間はここ百年に限れば一人もいない事実。

 

「だ、大丈夫…大丈夫…だって御依は…そうよ、亜夜鳴だもの…強いんだから…平気に決まってる…」

 

 都はふらつきながらなんとか立ち上がる。しかし既に正常な精神状態ではなかった。

 藍原都は才能さえあれば子供が危険な目にあっても大丈夫、解決出来るのであれば大人がやるべきことをやっても構わないと責任の放棄を嫌う人間。

 そんな彼女が娘の御依は亜夜鳴の生まれ変わりだから大丈夫だと言い聞かせている。

 

「そうね、連絡しないと…」

 

 震えるその指で協会に目の前で起きた事の説明をする。

 頭は混乱し、口はカラカラでまともに話せずに何度も事情を話して現場に来てもらえる事に。

 

 

 良二は支部の自身の席で資料をまとめていると同僚から耳を疑う報告を受けて一目散に現場へと急行する。

 娘の御依が隣界に落ちた。その話はあまりにも現実離れした事態だった。

 

「都さん!」

 

 数分後、都の夫の良二が現場へとやってくる。

 既にそこは非常線が張られており緊急事態なのは分かる。

 そして視界の端にいたのは協会の構成員に食ってかかる都の姿だった。

 

「なんで!?」

 

 胸ぐらを掴みながら相手に激しい剣幕で詰め寄る都。

 その恐ろしいとすら感じる態度に男女での腕力差など忘れさせる程のものだった。

 

「で、ですので。隣界となりますと捜査員を出すわけにも」

 

 男としてもそれ以上の事は言えないのだろう。顔に申し訳なさというものが滲んでいる。

 いつもの都であれば一度落ち着いて頭の中で情報を咀嚼してから判断を下していた。

 

「でもこのままだと御依がっ!」

 

 しかし今の都はいつもの理知的な雰囲気などかなぐり捨てていた。

 良二はそのやり取りだけで何が起きているのか理解した。

 隣界は転移門が不確定で発生する為に狙って行くことが出来ない怪異が住んでいる世界。仮に今すぐに行けるとしても何の装備も情報もない状態で向かっていい場所ではない。

 彼は恐らくそのような事を言われて妻の頭に血が昇ってしまっているのだと考える。

 

「落ち着いて!!」

 

 継続して胸ぐらに掴みかかっている妻を相手から引き剥がして何とか宥めようとする。

 

「頼むから…頼むから落ち着いて」

 

 彼は相手を必死に抱きしめて宥める。

 そうしながらもつい一週間前も同じような事があったなと思い出していた。

 しかし今回は話が違う。

 

「う…」

 

 都は最初こそもがいていたが徐々落ち着き始める。

 取り敢えず言葉を聞ける精神状態になったと判断して宥める言葉をかけようとする。

 

「焦っても御依は帰って来ない、まずは」

「落ち着けば帰って来るの?」

 

 良二の言葉に対して冷静な反応、落ち着いているからこそ底冷えする程の威圧感があった。

 

「こうしているうちも御依は…隣界で捕まってるかもしれない、殺されてるかもしれない。落ち着ける通りが無い…」

 

 一度頭が冷めると次に考えてしまうのは御依が隣界でどのような状態なのかという想像。

 現在、協会が確認している範囲で隣界に落ちてから生還した人はいない。

 いくら亜夜鳴が強くて多くの知識を持っていても無事で済んでいるという楽観的な方向に考える事は出来ない。

 

「それは…」

 

 良二はつい言葉を飲み込んでしまう。

 現在協会が持っている隣界の情報は百年以上前に奇跡の生還を果たした人の証言から得た情報だけしかない。

 隣界は人間の住むこの現界と比べて魔力を持ち利用する事が前提の生態系が形成されている。

 空を飛ぶ鯨、火を吹く花、空飛ぶ大地、下から上に流れる川、陽炎のように薄らとした月など見た事の無い現象や生態系で溢れているとの記録が残っている。

 そして何より怪異の中には「神」とも呼ばれるほどの支配個体が複数体いる事も分かっている。

 そしてその情報を持って帰ってこれた理由がたまたま近くに帰るための転移門が現れたからなのだ。

 

「嫌だ…」

 

 都は涙ぐみながら良二の胸へと顔を擦り付けた。

 

「御依は…ここにいたのに」

 

 先程までゲームをしながらも御依と夕食の事を話していたはずだった。

 家に帰れば楊と利人がお腹を空かせて帰ってきて、仕事から疲れて帰って来る良二を迎えて、それに居候の一威も入れて夕食を迎える。

 たまには恥ずかしがる御依を無視して無理矢理一緒に風呂に入るのもいいかもしれない。

 なのにもうその日常は帰って来ない。

 

 

 御依、もとい亜夜鳴は首吊りに教えてもらった方へと向かう。

 

「イナゴっぽい」

『バッタ?』

「そんな感じ」

 

 川の方へと歩きながらもこの隣界の情報を集めていく。

 

「お腹すいたな…」

『まってやめて!』

 

 チラリとその虫を見る。

 その呟きと視線の意図に気がついた。その虫を食べる気なのかと。

 平安の時代は今と違い食料の不足から食虫の文化はあった。しかし現代っ子がそれに耐えられるかと言われれば。

 

「分かってる、大丈夫だよ」

『ほっ』

「噛まずに一瞬で飲み込むから」

『味と歯応えを気にしてるんじゃなくて、口に虫を放り込むのが嫌なんだけど!』

 

 この体の本来の主に拒否されては食べるわけにもいかず断念する。

 

「花が光ってる」

『キレイ!』

 

 ロジックは不明だが花の花弁がほのかにだが光っていた。

 しかし世の中の生き物の光る理由の大半は繁殖の為か捕食行為の為と相場が決まっている。

 

『近くでもっと見たい!』

 

 そんな知識など持っていない幼い方の御依は亜夜鳴にそんなお願いをする。

 

「んー?」

 

 プーンとふと虫らしき生物が花の光に誘われて花弁にひっつく。

 そして花弁の表面に突如小さな突起の様なものがびっしりと生えて、花びらがガシッと畳まれて虫を捕食してしまったのだ。

 普通に食虫植物だった。

 

「やめようね」

 

 そう言って花を後にする。

 

「ん?」

 

 歩いていると遠くから水の流れる音がする。

 

『川の音?』

「多分だけど川というよりは何だろう?」

 

 亜夜鳴と思念体の二人は音のする方向へと向かっていく。

 音のする方へと歩いていくと少しだけ木が払われており崖があった。

 

『行き止まり?』

「いや、違う。音は下からもする」

 

 崖側まで行くと下には川が流れていた。

 おそらく長い時間をかけて土地を削って生まれた光景なのだ。

 

「あの川を登っていけばいいらしいけど…え?」

 

 ふと川の先を見るとそこには滝がある。しかし普通の滝ではない。

 当たり前だが川の水は上から下に流れるのが当たり前の現象。

 

「いや、え?なんで?」

 

 視界に映るのは下から上へと水が昇っていく滝だった。

 まるで物理法則を嘲笑うかの様な光景。

 

「な、何の作用が…」

 

 人間の世界の尺度で測ってはいけない光景に何度目かの驚きの声をあげる。

 

「そりゃ『逆流河』って呼ぶんだ」

 

 川の流れを観察している相手に話しかけて来る声。

 振り返ると複数の隊員を従えていると思われる巨大の狼男がいた。

 

(こいつ、さっきまでのやつとは雰囲気が違う)

 

 警戒を一段階上げて相手を睨む。周りの雑兵達とは違う明確に上の存在感。

 

「この川は先にある樹木群の水を吸い上げる力が強すぎてこんなふうに上流と下流が逆になってるのさ」

 

 御依の強い視線を受けても相手が怯む様子は無い。

 

「いや、こんな小さいお子様がねぇ」

 

 そう言いながらも油断なんてものは無い。

 既に御依によって部下を複数消されている為、ただの小さな子供とは思っていない。

 

(ダメだ、魔術が出せない)

 

 先程の超威力の技を出そうと精神集中をしていたが何故か魔術は発動しない。

 

「へぇ?風属性と海属性か?しかもこれは混合型か。ますますお前に興味が湧いてきたぞ」

「な…」

 

 何故御依がその属性が得意だと分かったのか、そして彼女が魔術を発動しようとしてそれが失敗終わったのが分かったのか。

 

「なるほど、お嬢ちゃんはまだこの世界についてなーにも知らないみたいだ」

 

 怪異のリーダー格の狼男は構える。

 チラリと先程御依の起こしたかもしれない大規模魔術の跡を見る。

 勿論そんな筈はないと鼻で笑う所だが、この隣界であり得ない事があり得ないのだ。

 

「しかしその年でそれだけの魔力理解度、悪いが部下どもではなく俺自ら相手をさせてもらおうか」

「くそっ!」

 

 男は真っ直ぐに飛び出してくる。

 

『みーちゃん!!』

(身体強化は使える!ここでやるしかない!!)

 

 相手の魔力の流れは見えている。足の力の入れ方や次の日移動先までキチンと読み切れている。

 先程油断しないと言いながらも真っ直ぐに飛び込んでくる。ならば相手のスピードに自分の拳を乗せてカウンターで食らわせるしかないと判断する。

 

「しっ…!」

 

 相手に合わせて足に力を入れて軽く飛び上がり掌底を食らわせようとする。

 しかし。

 

「え…?」

 

 突如ガクン!と体が宙に縫い止められて動けなくなる。

 

「な、何が…」

 

 御依が両手足を見るといつの間にか魔術による拘束が施されていた。

 あり得ないと思う。相手の体に巡る魔力は間違いなく動きから発動の前兆は無かった。外に魔力を放出していない筈だった。

 

「なるほど、お嬢ちゃんは良い目を持ってる。さぞ名の知れた魔術師だったんだろう」

 

 馬鹿にしているのではなく、その若さでここまでの力をつけた事と判断力を賞賛している。

 

「だがそれは人間の世界での常識だ」

「ごぶ…」

 

 狼の手が人差し指だけ伸ばし、宙吊りにされて動けない御依の腹を貫いた。

 ポタリと傷口から血が流れていく、人の生きる力が流れて落ちていく。

 

『みーちゃん!!しっかりして!!』

「……」

 

 もう一人がなんとか声をかけるが既に意識が朦朧としていた。

 呆然と灼熱を痛みを発している腹を貫く相手の指を見ていた。

 

「こっちも仕事だ。それに死んだ部下にも逃したら悪いからな」

 

 指を相手の小さな体から引き抜く。

 しかし手応えに違和感を感じたのか相手を観察する。

 

「ん?いや、そうか魔力で内臓の位置をずらしたか」

 

 かつて一威のやった事を咄嗟の判断で行う。

 その技量と度胸に内心賞賛を送る。

 

「やるね、部下に欲しいくらいだ」

 

 そう言って相手の首を刎ねる為に右手を薙ぐ。

 本来であれば捕獲対象だが流石に被害の大きさから捕まえるのは危険という判断だった。

 本来であれば首と胴が泣き別れになり確実な絶命を迎える。

しかし御依は死ななかった。

 

「なに…」

 

 驚いたのは手から伝わるあまりにも硬い手応えだった。

 人間の子供の柔肌から考えられない硬度。

 

「…死ねない」

 

 朦朧とする意識の中で御依は唸るように呟く。

 その呟きは狼男の後ろにいる部下たちすら一瞬恐怖ですくませるほどだった。

 

「こんなところで死ねるか…!」

 

 俯いていた顔を上げると顔から首の左半分が青色の鱗でビッシリと覆われていた。

 

「あ、あぁ、があああぁ!!!」

 

 御依はありったけの力を振り絞って無理矢理魔術の拘束を破壊して、後ろに大きく下がり距離を取る。

 左腕の肘の部分の指先も既に鱗で覆われて、指先の爪も伸びて鋭利な刃物になっている。

 

「怪異化しやがった」

 

 相手を冷静に観察する。首元の鱗の硬度により切断を避けたのだと。

 しかし御依には相手の事など気にしている余裕は無かった。

 

(気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!)

 

 彼女の視界には魔力が充満した空間が見えていた。

 先程までは見えていなかった世界に流れる魔力たち。しかし御依は理解した、見えていないのではなくあまりにも巨大だからこそ意識すらしていなかった。

 それは海やプールに潜ると視界はわざわざ水として意識するのではなく、空気のようにあって当たり前と感じるように。

 しかし今の彼女は世界の広さを俯瞰して見ていた。そばにこんなにも魔力が溢れている事に気がついた。

 

「少しまずいか」

 

 相手は御依の状態を見てそう呟く。

 

「シッ!」

 

 しかし御依はそれを見た瞬間、咄嗟に右に飛んで拘束魔術をかわした。

 勘で取り敢えずではなく見えているからかわしたという挙動だった。

 

「お前見えてやがるな?怪異になって感覚が鋭くなったか!」

 

 薄ら笑いとお嬢ちゃん呼びを消して相手と対峙する。一秒も油断ならない敵としてやっと向き合う。

 しかし自身の勝利は揺るがないと瞳が語っていた。

 

(ここで戦っても勝てない、逃げるしかない)

 

 熱を上げる相手に対して御依は冷静に判断をした。

 仮に勝てたとしても周りには敵が残っている。それまで相手を出来るほどの体力は無い。

 敵の配置は先ほどの大規模な攻撃がいつでも出来るという前提のもとで全滅しないように距離を取っており、またリーダー格だけが警戒しているのか接近していない。

 

「ここで殺されるくらいなら」

 

 チラリと崖の方を見る。

 高さから見て落ちれば大怪我では済まない高さで、負傷具合を考えても危険な選択。

 しかしこのまま戦うよりは可能性のある選択肢。

 

(やってやる!)

 

 このままただ死ぬくらいならば少しでも人として生き残れる可能性に賭ける。

 

「なっ…!」

 

 御依の取った崖に向かう選択を見て皆が息を呑んだ。

 小さな体が重力に引っ張られて崖の下にある川へと一直線に向かう。

 

「ッ!?」

 

 水面に激突する瞬間、御依は小さな悲鳴をあげた。

 ドバン!と小さな体が水面に叩きつけられる。

 冷たいを超えて刺すような痛みと肺の空気が一瞬で絞り出されてしまう。

 上も右も左も何もかもの感覚が失われて、水面にいるのかそこにいるのかすらわからなくなる。

 そして力強い水流はまるで大きな腕かのように御依の全身を掴んで離さない。

 だがその時、ふと視界に映るのは銀白だった。

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