「まずは先立つものの準備じゃな」
玉藻前は立ち上がり外に出る準備を始める。
立ち去ろうとする相手を見て御依は何とも言えない気持ちになる。
「ここまで頼りまくりで申し訳ないんだけど…ここまでやらせちゃていいの?」
あまりにもトントン拍子に話が進む為ついそんな疑問をぶつけてしまう。
「ふむ?」
玉藻前はその疑問に対して何が?と言った反応。
亜夜鳴であるなら特段頼みを断る気も無かっただけに何を懸念しているのかと不思議に思う。
「いや、だってさ。怪異的にこうさ、人間に味方するって結構ヤバいとかないの?」
「あー…なるほどの」
相手の抱く懸念を理解して頷く。
御依の中で人間と怪異は対立関係で基本顔を合わせれば殺し合う関係になる。
「まぁそこは気にするな。昔は我も貴族だったがお前に絆されて行動を共にして、そしたら貴族の権利を全て剥奪されて今は最下層の民じゃよ」
「ええっ!?」
初めて知る話にかなりの驚きを見せる。
玉藻前に対して気品を感じていなかったと言えば嘘になるが突然降って湧いてきた情報に驚かざるを得ない。
「儂が貴族なのがそんなに驚くところか?」
さすがに失礼と感じたのかじろりと睨む。
「あ、いや、貴族ってさ。千年前ならともかく現代日本人としてはあんまり馴染みがないというか。怪異って結構身分社会なの?」
「そこか、そうじゃよ。下級、中級、上級、そして十二体の支配者達の神級の四つに分かれておる。儂は元じゃが神級」
「神級…」
怪異にも社会性があるんだなという割と失礼な考えが浮かぶ。
「まぁその辺りもおいおい話していこう。先んずは出立の準備じゃな」
再度立ち上がり出かける準備を始める。
御依はここで「あれ?最初の質問がはぐらかされたような?」と呟く。
◎
「ここ…なに?」
御依の目の前に広がるのは彩り鮮やかな繁華街だった。
「え?街じゃが?」
玉藻前は御依のその反応にまさかこの光景見覚えがないのかと疑問符を浮かべる。
「違うよ!!見覚えがありすぎて困ってるんだよ!」
雑居なビルを埋め尽くすネオンの光、地面のアスファルトが人々の足音を大きく響かせる。
居酒屋から響く笑い声や客を呼び込む店員の声が薄暗くなっている街に彩りを与える。
「街!」
その景色に対して御依は指を指してアピールをする。
どっからどう見ても街。
「おう、そうじゃな」
ここが繁華街である事くらい分かってるけど?と言った反応が返ってくる。
「違うよ、どっからどう見ても日本で見られる風景なんだけど!」
しかし日本と違うのは三つ目の鬼やヒラヒラとした紙の怪異など人間とは似ても似つかないもの達が闊歩しているという事。
ビルや建物の間には薄暗い空間に溶け込むように潜み、明るい街を覗く怪しい者たちもいた。
また街を照らしている照明やネオンには空飛ぶ提灯や光って飛んでいる折り鶴など人間の世界ではお目にかかれない現象も混ざってはいた。
しかし怪異達がいなければここが日本ですと言われても信じてしまうほどだった。
「ふふっ」
玉藻前はそのリアクションが見たかったんだとばかりに笑む。
「隣界でも中央から離れるほどこうした人間の文化や技術を取り入れた場所は多いんじゃよ」
「へ?」
御依は隣界の常識を耳にして信じられないとばかりポカンとする。
「ほう、まさか怪異の街と聞いてもっとオドオドしいのを想像しておったな?」
「むぐ」
ガッツリ図星を突かれて口を紡ぐほかない。
「その辺りは歩きながら話そうか、まずは御依が人間だとバレない様にしないとな」
玉藻前は亜夜鳴と呼ぶと怪しまれたり騒がれる事から今の名前で呼ぶ事にしている。
「魔力漏れの事?」
魔力は基本的に制御して外に出さない様に出来るが、どうしても僅かに外に漏れてしまう。
利人はかつてその魔力の漏れ方があまりにも綺麗すぎた為、妹の御依は高度な制御をしながら生活をしていると見破った経緯がある。
なので今は見破られないように少しだけ魔力を雑に流している。
「まぁの、その魔力の漏れを防いで人だと悟られにくくする」
「出来るの?そんな事」
そんな事が出来ていたら苦労はしないわけで疑問に感じる。
「怪異には『拡範症』と呼ばれる病があってな」
「かくはん?」
「要するに膜を持つ人とは違い怪異はある程度自力で体を保たねばならんが、それが生まれつき不得手な者もおる。体を構成する魔力が流れ出し衰弱してしまうんじゃよ」
「ほー…」
人間には考えられない症状であるがそれが怪異ならではの特徴なのだろうと一旦の納得をする。
「昔は不治の病だったが今は外部器具によって直せる様になった」
そう言いながら御依の手を引いて歩き始める。
屋台の様なものが並んでいるエリアもあれば、ビルのテナントの中にはアクセサリーの様なものまで売られている。
「やあお嬢さん、そのしっぽにどうだい?」
玉藻前に声がかけられて二人はその方へと視線を向けるとそこは美容院だった。
店の看板を見ると「艶出し今なら半額!」「二本目は無料!」などと書かれている。
「え、なに?」
色々とツッコミたいところはあったが何から手をつけた方がいいのか分からない。
「二本目は無料というのは猫又や尾獣系に向けたサービスじゃよ。儂は九又じゃが料金は八本分に少し色が付く程度じゃろうな」
「あっそ…」
尻尾の本数事情を聞いて何も言えなくなる。
思うのは女性の方が男性よりもケアのお金がかかるのと同じ理論だろうかと。
「うおっ」
一方で店先で声をかけた男は振り返った玉藻前を見てつい声を上げる。
その美貌を前に仕事である事を忘れて口が止まる。美しいという情報が頭を占めてしまい思考が停止してしまう。
「うむ、そうか」
「あ、えと」
何かを返そうとするが美しいや綺麗という言葉がまるで安っぽく感じてしまうのか口から何も出ない。
「すまんな。こっちには先約があるのでな」
そう言って御依の手を引いて去っていく。
男は何も声をかけられなかった。
「何というか…」
御依は先程の店員とのやり取りをみて言い出そうか迷った。
店員の態度と玉藻前のあしらう姿。特に玉藻前は慣れた様子だった。
「どうした?」
「いや、まぁ…うん」
「何じゃ悪口か?」
「いや、違うんだけどさ」
「気になるの、早う言え」
ここまで催促されては言わないわけには行かない。
「玉って結構モテるんだね」
「……」
そんな事を言われて最初はポカンとしていた。しかし少ししてから「ぶはっ」と吹いた。
「な、何だよ」
何やら笑われた雰囲気を感じて睨む。
その視線を感じて違うと手を振りながら答える。
「いやの、そんなモテるだの、軽い言葉を使うようになったのだとな」
「はぁー?平成生まれの六歳児だし」
御依としては二千九年生まれの六歳児ではある。
「しかしこういう気兼ねないやり取りは本当に久しぶりでつい緩むものよ」
玉藻前は何気なくそう言った。
亜夜鳴は殺されたあの日、体感としては腕を切り落とされた瞬間に気がつけば藍原御依として生を受けている。
しかし目の前の相手は亜夜鳴の死後も千年もの時間を生き続けている。
そんな単純な事に今やって気がついた。
軽口を叩きながらも二人が足を止めるとそこは薬局またはディスカウントショップの様な佇まいの店だった。
二人は店に入ると薬売られているなどやはり地球のそれと差はない。
子供連れの親子、一人で薬のコーナーを眺めているもの、顔色が悪そうなものなど客層は様々だった。
「ツノ磨きクリーム?」
ふと目に入ったのはそんな商品だった。
他にも魔力供給用のサプリメント、翼用のワックス、尻尾用のブラシ、牙研磨剤のような商品まで並んでいる。
人間の世界に売っているのとコンセプトでは相違なかった。
「変異安定剤?」
「どうした?」
御依はふと目に入った瓶に目が行き何となく手に取る。
「これは安定剤か」
「安定って、これで何を安定させるの?」
瓶のラベルを見せて問いかける。見た目は瓶の中に何かしらの錠剤が入っているだけで普通の飲み薬にしか見えない。
「成長期に入ると魔力と体の大きさのバランスに誤差が出てしまっての。体の一部が肥大化したり、毛がゴワゴワしたりして大変なんじゃよ」
「そんな症状あるんだ…」
今まで知りようもなかった情報を知って驚く。
「まぁの、成長痛とか声変わりみたいなものじゃな」
「いやそうなんだろうけどさ…」
例えとしては分かりやすいのだが何か釈然とはしない。
「あった」
コーナーの一角で足を止める。
そこにはアニメキャラのお面が置かれていた。縁日で販売されていてもおかしくないクオリティのものだった。
「え?なにそれお面?」
「これをつけると外部に魔力が漏れにくくなるんじゃよ」
お面の効果によって体の衰弱を一時的に抑える。今回の御依が被る意図は魔力の漏れを抑える為。
「これを被れば…」
「まぁ鋭い者は気がつくだろうが無いよりはマシだろうよ。それと顔の正面で被らなくても身につけてるだけでいい、頭に乗せてるだけで問題ない」
玉藻前は御依が手に取った面を買取り、それを店の外で手渡す。
「ほれ、これを被れば少しは誤魔化せるはずだ」
「ありがとう」
お礼を言ってお面を貰いそれを髪飾りの様に頭につける。
「んー…?」
特段体が変わった様な感覚は無かった。
周りからすれば魔力漏れが消えて違和感があるはずだが、仮面を見て拡範症により魔力が抑えられていると周りは勝手に判断する。
そこに大人の玉藻前がいれば治療をしながらも生活している小さな子に見える。
「よくこんな便利なものを作れるね」
御依とて魔力の制御には自信があるが全く魔力のロスをゼロにする事は出来ない。
「……」
お面を摩りながらも呑気な呟きを発するが、一方の玉藻前は黙り込んでいる。
「え?」
何か地雷でも踏んだのかと思った。
しかし不快に感じているのでは無く言っていいのか悩んでいるという雰囲気だった。
「その面は人間の膜の仕組みを調べて擬似的に再現したものじゃ」
「へー…」
人間には膜と呼ばれる体を構成する物質を留めて形にする性能がある。
それの仕組みを解析すれば病の進行を抑えたり出来てもおかしくはない話。
「ん?調べた?」
ここで一つの疑問に御依はぶち当たった。
まさか怪異の為に人がわざわざ協力するだろうかと。
「そうじゃ、人を拉致監禁して体を調べ上げたのじゃよ。解剖や人体実験を繰り返してな」
怪異の技術の結晶がこの面であるなら。その発展の犠牲は人の命だった。
「…それはどれだけの人が?」
「分からん。ただ一人二人の話ではない」
御依は何を言い返したらいいのかわからなかった。
怒ればいいのか悲しめばいいのか、そして一歩間違えれば自分がその対象になっていたという事実。
その犠牲者と自身の違いは玉藻前が助けてくれたというだけ。
「拡範症は小さな生まれたての怪異に頻繁に起きた病魔でな。死亡率も高かった」
日本でも近年まで不治と呼ばれた病気は存在した。今は治せるものが多いのは多くの犠牲の上で医療が発達したからこそ。
御依の手に持っているお面を身に付けるだけで症状を緩和できる程になったのは多くの人間の犠牲のもと。
「それを憂いた名もなき医師が人と怪異の体の違いに着目し膜の存在を見つけ出し調べ上げたのじゃよ。もっともこれが擁護になるとは思っておらんが」
人間も新薬や治療法を試す為に実験動物や人体実験を行う。怪異から見ても同じ価値観という事になる。
「これは誰かを助けたかったから出来たものなんだよね?」
お面を外して見せながら問いかける。
手の中にあるそれは多くの人間の血を吸った末に生まれた物。
それは人間の歴史でも同様に起こった出来事。
「そうじゃ」
玉藻前は感情を揺るがす事なく肯定の一言を言い切った。
「戯れとか遊びとかじゃなくて」
「生きる為じゃ」
その確認だけで御依はこの件を深くは掘り下げなかった。
御依は相手のその言葉を噛み締めてから「そう」と一言だけ口にした。
善悪を語ってもそれは人間目線だからこそで、怪異の目線とは決して相入れないのだと理解できたから。