御依は結局日本でも有名な安さが売りのブランドの服を買うことにした。
そして玉藻前は下着やらシャツやらを買っていた。
「よしこれで三日は保つじゃろ」
「結構買ったね」
玉藻前は呉服屋の中に置いてあった大きめのボストンバックにずっしりと詰めて肩にかけている。
「ん?てか何でそんな買ってんの?」
元々ここに来たのは汚れていた御依の替えの服を買うためで、なぜ大きめのバックや他の着替えまで買ったのか不思議に思う。
「何でと言われても、ここから軍事基地に向かう為の汽車の中で着るものじゃからな」
「汽車!」
御依は初耳な情報に驚きの声をあげる。
しかし汽車という乗り物に驚いているとは少しだけベクトルが違う。
「別に汽車くらいあっても良いじゃろ」
相手は何を気にしてるのだろう?と疑問符を浮かべる。
汽車で移動など日本でも経験あっただろうと考えている。
「いや、そうだけどさ」
玉藻前の意図を汲み取り何とか口を開く。
分かってはいた、この隣界という世界が自分が思うよりも近代化している事くらい。
「なんかこう移動手段って言ったらなんかこうでかい翼を持った生物の背中とかさ、馬車とかさ…こう色々と」
御依の熱弁に玉藻前は苦笑いをする。
確かに人間側の伝承ではそんな怪異の記録があってもおかしくはない話。
「あはは、そういうのもあるがそれは時間もかかるし安全ではないからな、汽車とかのほうが良いだろうがの」
「いや、そうなんだけどさ…」
日本とは違うゴリゴリのファンタジー世界に来たというのにあまりにも夢が無かった。
持って異世界感溢れる冒険と困難が待ち構えていると思っていたのだ。
「取り敢えず近くの隣町へバス移動してから汽車に乗り換えて、軍事基地のある島にはフェリーで移動じゃ」
「旅行じゃん…」
スケジュールだけ聞いたら三泊四日の旅行にしか聞こえない。
「因みに軍事基地のある島は観光地でもあるからな」
「軍事基地って何?」
ちょっとした島に向かう様なスケジュールが既に立てられており頭を抱える。
御依の中では既に壮大なファンタジーが生み出されていたが中身は旅行の延長だった。
「……」
そんなやり取りをしながらも店の外に出る。
街を見渡すと笑顔で話しているものたち、興味す深そうに店先の商品を見つめる者、疲れた表情で歩く者。
そこにあるのは日本とそう大差のない光景で、違いは怪異の街であるという事。
「……」
御依はそれを見て何を言えなくなる。
目の前にいる存在は人間を支配して家畜として扱うのをどうも思っているのか考えてしまう。
人間からしたら敵でしかない存在である。
「その様なことを考えても無駄だの」
「え?」
玉藻前が思考を読んだのか御依に話しかける。
「町の住人を見て彼らの何を見たらいいのか、信じたらいいのかわからない…そんな所か?」
「それは…」
日本の文化を楽しむ一方で侵略を行う矛盾を見て考え込んでしまう。
「先ほども伝えたが怪異によって派閥はある。侵略に積極的な派閥もあれば、人間のとの融和を望む者、文化的交流を推し進めたい者、そもそも興味もない者と千差万別じゃよ」
玉藻前とて昔は人を遊びの道具や気まぐれに喰らっていた。
しかし今では御依一人のためにここまで便宜を図っている。
つまり伝えたいのは全員が人間の支配を望んでいるわけでも、良かれて思っているわけでもない事。
「納得は出来ないだろうが、神級の中には家畜に対して可哀想などと何故思う?と考えておる奴もいる。人間としても牛や豚の肉を食うがそこに感謝はあれど生きる為に食わん選択は無いだろう?」
御依とて日々の食事で肉が出た時に食材のありがたさは平安の頃から理解していたが、可哀想という発想はなかった。
「そう言うもの…か」
「そう言うものじゃ」
人は怪異と意思疎通ができる為、家畜とするには倫理観を問われる。
しかし生きる為ならば仕方ないという考えがそれを突破させている。
「別にされるがまま喰われてくれとは言わんよ。抵抗して返り討ちしてくれても構わん」
玉藻前は何のこともなさそうにそう言った。
「玉は…」
ここで御依は玉藻前はこの今の状態をどう理解しているのか知りたかった。
こうして御依のために骨を折るなら人間側かと、しかし怪異として社会を維持したいのかと。
「儂は…まぁ中立派じゃな。人を食って欲しいとも死んで欲しいとも思わんよ。しかし代替案が無い以上はな」
考えた上で相手はその意見を絞り出した。
「現状では膜に包まれた大量の魔力を持つ人間を摂取するのが一番効率がいいのは間違いないからの。それを超えるだけの栄養値の高いものを用意するか、栄養面では不足していても大量生産や栽培に向いたものを用意せんことにはな」
御依はその説明を受けて何を言ったらいいのか分からない。
怪異は人肉以外で食事を摂っても生活は出来るがその食糧の枯渇が問題視されている。
現状穏便な解決方法は誰も知らないし提示出来ない。
「そう…だね」
答えの出せない問題に対して御依は歯噛みしか出来ない。
―ぐううっっ…
しかしそんな空気を切り裂くように御依の腹から音が鳴る。
「お前…」
玉藻前は呆れたように御依を見やる。
まさかこんなに場面で腹を鳴らすのかと。
「しっ、仕方ないだろ!もう丸一日何も食べてないんだ!」
御依は隣界に落ちる直前、母親と夕食の献立が何かのかを当てるゲームをしていたが食べることは叶わなかった。
つまり隣界に来てから玉藻前が出してくれたお茶しか口にしていないのだ。
「あー…まぁ確かにそんな隙なかったのかの?」
まさかそこまでは察してはいないだろうがおおよその事情は感じてあえて深くは追求しない。
「昨日の夕食の直前に隣界に飛ばされたんだよ」
御依は少しだけ愚痴る口調になる。別に好きで食事を摂ってないわけではないと。
「さすがによくわからない生態系の森の虫とか木の実を口にはできないし」
実はこっそり食べようとしたが本来の御依に止められてしまった。
しかしここでそれを口にする気はない。
「相変わらずなんでも食おうとするなお主は、カエルを口にした時はドン引きしたぞ」
「カエルは意外と食えると舌が覚えたいけるでしょ?」
「うげぇ…思い出したくもない」
かつての亜夜鳴との旅の日々で、食べるものに困った際に田んぼをぼんやりと眺めてカエル鳴き声を追っていた姿を思い出す。
その態度に御依は不服そうな態度になる。
「なんだようげぇって。人肉をあんなに楽しそうに食べてた玉に私の方がうげぇだよ」
「それもそうだ」
玉藻前はわははと笑いながらそう言う。
いまから想像できないほどに人を殺しまくって平安の京都を恐怖のドン底に陥れていた。
「まぁカエルに関しては飢えてたからなんか美味しく感じたのかも」
空腹は最大の調味料というがカエルにそれが適応されるかは微妙だった。
「まさかまだカエルを食べる生活をしておるのか?」
美味しく感じたのかもという発言に顔を顰めながらも玉藻前は問いかける。
彼女とて今の日本の食の事情を把握しており、子供にカエルを食べさせるような家庭がかなりの希少さなのは分かっている。
「そんなわけ、現代日本人はさすがにカエルは自主的じゃないと食べないよ」
「自主的に食ってても引くわ」
さすがに転生してからはそんなゲテモノ系は口にしていない。
それどころかかなり金銭的に恵まれた家庭で生活している。
良二はなんだかんだで実戦を除けばしっかりと仕事が出来て、役割をキッチリと果たせる男なのだ。
「取り敢えず食事じゃな」
玉藻前はそう言ってお店の方へと連れていく。
◎
「ここじゃよ」
玉藻前が連れてきたのは小さな喫茶店だった。
「なにここ?」
「喫茶店」
「あ、うん、そうだと思う」
御依とて目の前にある店舗が飲食経営であるのは理解出来ている。
むしろこれは喫茶店だと理解出来る装いである事に驚いている。
「儂のバイト先」
「バイトしてるの!?」
元貴族からだいぶ都落ちしたものだった。
相手はそんな事など気にもせずに話す。
「いや、暇で暇で仕方なくてな。一生遊べるほどの金は持ち出したんじゃが百年も遊んでいると逆に働きたくなってしまってな」
「金持ちの道楽みたいだな…」
身もふたもない言葉を吐く御依に対して、百年もニートをしていた玉藻前は苦笑いする他ない。
「いやまぁ否定はせんが、引きこもったり働かんと腐るか錆びていくものなんじゃよ。週に三回ほどじゃが出勤しとる」
「そうなんだ…」
御依は意外と勤勉だなと思いながら相槌を打つ。
「まぁ生きて動けるうちは働いてナンボじゃからな。動かん奴はまぁ、心臓が動いてるだけで死んでるようなもんじゃ」
「ふぅん…」
そういうものかと思ったが御依自身も転生直後の赤子の時は体の自由が効かずに鬱々とした感覚だったのを思い出す。
「ニートしてた時は」
「ニート」
とても身も蓋もなかった。
「なんかこう…色々とめんどくさくなって同じ服を気がついたら一週間は着てたり飯も食うのを忘れて寝てるのがしょっちゅうだったの」
「へー…」
そんなやり取りをしながらもドアを開けて中に入る。
カランカランとドアベルを鳴らしながら室内に入ると緩い温度の空調が出迎える。
(普通だ)
ありきたりなファミレスのような店構えだった。
チェーン店では無いのかボックス席だけでなく厨房を眺められるカウンター席も用意されている。
客もまばらだが何組かいた。
「あれ?今日は非番では?」
そんな二人を見つけたのはウェイトレスと思わしき猫の意匠のある獣人の女性だった。
「おう、今日は訳あって別れの挨拶に来た。あと日替わりディナー二つ」
「ええっ!?」
なんて事はなさそうにそう言い放つ。
しかし当然伝えられた相手は驚きで目ん玉が飛び出しそうになり、注文した事が伝わっていない。
「どうした?別にバイト店員が食事を頼んでもよかろ?ここは一応食事処なんじゃから」
どこかズレている発言をしている玉藻前に対して御依は驚いている店員のためにフォローを入れなくてはと立ち上がる。
「た…九焔姫さま…?えと」
「玉でいいぞ。むず痒いわ」
手で口元を押さえながら接遇を意識した相手の態度に対して苦笑いをする。
「うん、いきなり玉がやめるって言って驚いてるんだよ」
「ん、それもそうか」
言われてみれば確かに驚きもするのかと思い至る。
「まぁ、とりあえず日替わりディナーを二つ頼む」
そう言って御依の手を引いてからカウンター席に向かう。
玉藻前は「邪魔じゃな」と言いながら九尾を消して座る。
(そう言えば…)
玉藻前はかつて朝廷に入り込んでいた時に闇属性魔術の特徴である催眠や幻影、その力によって自身の姿を普通の人にも見えるようにしていた。
その際に当然狐としての耳や尻尾は消して人に擬態していたが、今思えばあれは魔術ではなく膜の力が怪異にはないからこそある程度の姿を弄れたのかなと思い起こす。
「いや、確かに体はある程度は弄れるがこの容姿は本来の儂の姿じゃよ」
「なんで心読めるの?」
何故か思っている事を見抜かれてしまう。
「人間は膜があるからこんな小細工は出来んじゃろな」
「私だって闇属性か雲属性の魔術を使えば…」
「お前ほどの不器用な女がそれを覚えれるとは思えんが」
「失礼な、人間の中ではかなり魔力操作が上手いはずだ。亜夜鳴を舐めるなよ」
「領域魔術も使えん小童め」
「ぐぅ…」
決して御依の技術は甘くはないが一千年生きた今の玉藻前に敵うかと言われれば難しい話で、しかも相手は隣界に適応した魔術出力を体得している。
「はい、日替わりディナーです」
ウェイトレスの女性がお盆に乗せたそれを持ってくる。
(いや、まてよ)
御依はやっと来たと思ったのと同時にある懸念にぶち当たる。
隣界のひいては怪異の食べる食事とは何だろうという疑問が浮かんでしまう。
「……」
御依はチラリと玉藻前を見る。
かつての京都を恐怖に陥れた怪異は楽しそうに人を殺して喰らっていた。
「まさか…」
御依の脳裏に浮かぶのは内臓を煮込んだ紫色のスープ、骨の出汁を取った汁物、人肉を混ぜてこねたものが浮かんでしまう。
店員がどうぞと目の前にその定食を差し出す。
「あれ?」
目の前に出されたのはバターやソースの香りを振り撒く湯気のたつハンバーグやスープがあった、そしてそばに白いご飯にサラダが添えられている。
「あ?え?」
どこからどう見ても洋風の定食だった。こんがりと焼かれた表面はとても美味しそうで。
日本のファミレスや喫茶店で出てもおかしくはないクオリティーだった。
「おい、お主何を考えておった?」
普通の料理を警戒しているのを見ておおよそ考えている事を察していた。
「まさか目玉のスープとか、シチューの中から骨がはみ出てくるとか考えていた訳ではあるまいな?」
「いやぁ…」
ジャイアンシチューの強化版を想定していましたとは言えるはずもない。
「まぁそう考えるのも仕方ないか、まぁそういうゲテモノ食材はそれには使われてないからはよう食え」
そう言って玉藻前は出されたハンバーグに手をつける。
「てか当たり前のようにスプーンにフォークにナイフ…箸も置いてるし」
お盆に置かれている食べるために使う器具の数々が目に止まる。
「手掴みすると思ったか?」
「思わないよ!」
玉藻前はフォークを手に取りながら手際よく切り始めていた。
御依はそれに倣って箸を使って一口サイズにしようとする。
「……うぉ」
裂かれた場所から肉汁がじわりと溢れ出して、一段階上の熱気がふわりと舞い上がる。
そして一口サイズのそれを口に含む。
「…美味しい」
ふっくらした感触と口に広がる肉の旨味とソースの味が御依の舌を喜ばせてくる。
「安心しろ、それはお主の想像している普通のハンバーグじゃよ」
玉藻前も同じ様に口に運びながらそう言った。
「怪異と言っても別に栄養の補給源、つまり魔力の補給は人肉じゃなくても別に良いんじゃよ。普通の肉や野菜でも摂れはする」
「いや、でも…」
「隣界ならな」
相手の懸念に対して言葉を被せる。当然相手が何を懸念としているのかは理解している。
「儂が現界で人を喰らっておったのはその栄養の密度が他の肉や穀物より高いからじゃ。なんせ現界は膜を持たぬ我らからしたらこの隣界に比べてとてつもない速度で疲弊するからな。食べないとすぐに衰弱する」
「つまり…そういう事なんだ」
「隣界ではそこまで身体に影響がない、というよりもそもそもこの環境に適応して生まれているからな」
「そっか、だから怪異化なんだ」
つまり膜は防護機能ではあるがあくまでも現界の環境から身を守る機能でしかなく、隣界の空気には適応していない。
だからこそ人間の姿から変化しようとする。
そして侵略問題も食糧の代替案さえ出れば問題はないことになる。
「うん、おいしいよ」
御依は改めて口にハンバーグを運ぶ。口に広がる肉汁は確かな美味しさを伝えてくる。
今日一日だけでも彼女の中にある隣界の常識は崩された。
これまで人間に害を齎す存在としか思わなかった。しかし怪異にも社会生活が確かにあってそこに生きていた。
「おいあれ…」「来たぞ…」
ドアベルが鳴るとともに突然店内の空気がピリッとする。
玉藻前は少しだけうんざりした表情を作る。一方で肉を頬張りながらも御依はドアの方へと視線を送る。
「邪魔をする」
そこにいたのは存在する国家である神級の黒壇公だった。