転生巫女は静かに暮らしたい   作:高町廻ル

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思い込みの怖さ

「ま、まってっ…!」

 

 御依は窓から飛び出していく兄を引き留めようとしたがその声は届かない。

 あの怪異の力は彼女が肌で感じた限りは利人一人でも倒せない程ではない。

 身体能力を強化したとしても基本的に怪異の方が強い、だからこそ魔術師協会という組織があるのだ。

 例外として魔術の租の生まれ変わりの御依や利人の様な突然変異の天才もいるわけだが。

 凡人は怪異との力の差を埋めるために長い時間をかけて技を磨き、魔導具を使いこなし、連携を取るわけだが。

 だが絶対無敵、完全無欠は存在しない。御依の前世がそうだったように。

 そこまで考え彼女は何とか追いかけようとするのだが。

 

「ッ!?」

 

 蘭の腕に抱かれているのだが体が異様に重い。

 

(手足が動かない…!?)

 

 自分の力で立ち上がれない。

 先ほど使った降霊術もどきの代償なのか手と足の先の感覚が全くなかった。

 前世であれば多少だるいくらいだった。だが今の彼女は六歳児だ、同じ感覚で力を使えばその負荷は想像を超える。

 

「ら、蘭さん…早くお兄ちゃんを…」

「いえ、まずはここから離脱しましょう」

「でも…」

「この騒ぎでもう直ぐ警察が来ます」

 

 蘭はくいっと外を見やる。

 既に外はざわついて野次馬が集まりつつある。その中には携帯で写真撮っているものもいる。

 そして廊下の方からも慌てたような声と忙しない足跡が響いている。

 

「どう見てもこの現場は怪異絡みです、そうすれば協会からも人員が派遣されるでしょう。御依様がここにいて、魔術師達にどう説明されるのですか?」

「うっ…」

 

 利人だけならばいくらでも誤魔化せる。何故なら彼は学生とはいえ協会所属だからだ。

 しかし御依は違う。

 彼は妹だからという理由だけで尊重して正体を明かす事を先送りにしてくれているだけ。仮に同じ境遇の女の子がいたら即刻協会に突き出している。

今回の被害者である潜りの女性と立場で言えば変わらない危うい所にいる。

 

「とにかくここから離脱します。マスターの妹様だとしても異論は受け付けられません」

 

 そう言い切って相手の体を強く抱きしめる。

 ここまで言われては何も異論を挟めない。そもそも御依の我儘を通してもらっているという立場なのだ。

 

「くぅ…」

 

 手伝うつもりで来たのに肝心な所で役に立ってない、それどころか足手纏いになっている事実に歯噛みする。

 利人からすればパソコンのロックを開けて怪異を誘き出す事に成功した時点で途轍もない大手柄なのだが。

 

「なら…」

 

 彼女は痺れている腕を何とか伸ばして式神を呼ぶ。指先に雀が止まる。

 

「ちー、お兄ちゃんを助けてあげて」

「ちゅん!」

 

 主人の願いを受けた雀が高速で飛び立って行った。

 

 

(こいつはええ)

 

 半魚人が街中をまるで飛ぶように走る。家の屋根やビルの壁を蹴りながらアクロバティックに飛んでいく。

 利人はその後ろをなんとか追随するが距離が全く縮まらない。

 彼はもう既に周りの目や建物の被害を気にしていなかった。そういうのは協会の後方支援の人間にやらせればいい。

 海から宿までの距離は約五キロほど。既に追跡を始めて三キロほど走っている。

 身体能力を魔力で強化して走る速度を上げてはいるが後残り二分ほどで海面に辿り付かれてしまう。残された時間はそれほど無い。

 このまま追いかけても追いつけないと悟る。

 

「なら…!」

 

 彼は右腕に魔力を集中させる、手のひらから歪な丸い鉄球を生み出す。

 

 彼の持つ魔力適性の一つは「地」。力の由来は「地震」から来ている。

 技量次第であらゆる鉱物を生み出し、現存する無機物を総質量が変動しない範囲で変形させる事も出来る。

 地震は言うまでもなく誰もが恐れる災害の一つだ。

 地面の揺れは神の怒りだと恐れられ、時に土地を割り、火山の噴火を誘発する事もある最悪の災害。

 そして概念は「分断」。そこにある命の営みや大地を繋がりを途切れさせる所から来ている。

 

「当たれっ!」

 

 塊を敵に向かって投げつける。

 敵がちょうどビルの壁面を蹴ったタイミングで放った。つまり避ける為の進路変更が効かない。

 効果的なダメージを与えられなくてもいい、敵が攻撃を防ぐ為に一瞬でも足止めが出来ればその分だけ距離を縮める事が出来る。

 

(タイミング完璧、かわせっこない)

 

 しかし、敵に当たったはずなのにまるで滑らかに肌の上を滑るように逸れていった。

 

「なんだ…?」

 

 彼は幻覚にかかったのかと一瞬思った。

 だが相手の体が日の光によってテカっている事に気がついた。

 継続して体から出す液によって打撃系の類を逸らしているのだ。

 

(普通に撃ってもダメージどころか足止めにもならないかよ)

 

 最初の手は失敗した、だが直ぐに目の前の情報を洗う。

 切断系は効果があるのか、熱や冷気にどこまで耐えれるのか。

 

「なら海に入る瞬間を…」

 

 相手が目標を達成する瞬間の無防備になる時を狙う。

 

(いや、そうだ!)

 

 しかし観察するうちにある一部だけは体液によって逸らせないことに気がつく。

 

(いち、に…)

 

 相手と動きのタイミングを合わせる。

 敵は人型で腕の振り方や足の曲げ伸ばしによって跳躍をしている。

 身体能力こそ高いが基本的に人間と変わらない挙動をしている。

 もう既に海面まで五百メートルを切っている。これが敵の足を止めるラストチャンスになる。

 

(さん!)

 

 自分の足と相手の足が同じビルの壁面に同時に着く。

 

「ここだっ!」

 

 彼は足を使って術式を展開する。

 

 基本的に全身に流れる魔力を集中させ、練り上げ、好みの形に展開する行為は手で行う事が多い。

 理由は単純で人の指は細く長く、関節が複数ある為細かな挙動を可能にしている。より多種多様かつ複雑な演算を動きで補正できる。

 例えば御依が属性魔力又は概念魔力を使う際に手を合わせるのは、その術を使う時は手のひらを合わせて祈りのポーズを取る技と定義。

 そう決める事で技として編み出し確立しているのだ。

 技を出す挙動の小ささと速さが魔術師としての実力であり生命線とも言える。

 しかしそれに比べて足は複雑な動きは出来ない、基本的に物は掴めないし、関節も少なく単純挙動しか出来ない。手に比べれば指の動きも鈍い。

 

 ドッ!っと敵の足元のコンクリートから鋭い突起が飛び出して、まるで潜り込む様に右足の裏に突き刺さり足を吹き飛ばす。

 

『グゥ!?』

 

 予想外の攻撃に体のバランスが崩れてそのまま落下、ドカッ!っと地面に叩きつけられる。

 

「よぅ、もう逃げられねぇぞ」

 

 彼もビルから地面へと着地して悶絶している相手を見下ろす。当然体を魔力で包んで衝撃を和らげている。

 

「さてと…じゃあ喋って貰おうか、お前が数時間前に殺した女性の事を」

『……』

 

 一見すれば棒立ちのように見える隙だらけの構え、だが相手は分かっている。

 先ほど足だけで素早く技を繰り出してきた事を。その棒立ちすら何かの術式の構えなのかもしれないと。

 そして目の前の男から発せられる雰囲気は、数時間前に殺した女性とは比にならない力強さを放っている。

 

(もう立ち上がるかよ。しっかり切り落としたはずだけどな)

 

 相手がフラつきながらも立ち上がる。

 既に足の傷口から出血が止まっている、そしてその断面から新しい足が再生しつつある。その分だけ息は上がっているので攻撃は通っているが。

 

『グギギ…相当な力の持ち主と見るぞぉ…あの女とは桁違いだ…』

「ふーん…」

 

 自分が殺しましたと自白したのと同然の宣言に思う所はあるが冷静さは保つ。

 無論心の中は怒りで吹き荒れているが。

 

「もうそこはいいや。んじゃ喋ってもらうぜ。なんせお前にパソコン吹き飛ばされちまったしな」

 

 彼は気を取り直して問いかける。

 目の前の相手はある程度は会話が出来る知能を持っているからだ。

 

『何をだ?』

「とぼけんな、あの人を呼び出した手口。もし俺が来なかったからどうやってあの部屋の後始末をするつもりだったのか。元々部屋を吹き飛ばすつもりは無かったはずだ、俺が来たからマズイと思ったんだろ、あれはここまで計画的だった奴からしたら場当たり的過ぎる。本来お前どうするつもりだったんだ、吐きな」

 

 長々と話しそして最後は命令口調になる。

 実際そうは言ってみたもののそれに従うとは全く思っていない。

 目の前に犯人がいる以上は手口は正直どうでもいい。祓ってしまえば取り敢えずは解決なのだ。

 

『思い込みというのはァ恐ろしいな』

「なんだよ?まさか俺に勝てると思ってんのか?」

 

 利人は強がりではなく本心で話す。

 足の修復に力を回しているのを考えるとその分力が落ちる、その為怪異側に勝機は無い。万全の状態ですら利人の方が力は上なくらいだ。

 仮に片足で戦ったとして、結果は語るまでもない。

 

『オレだけだと思った事をだ!!!』

 

 ドン!と彼の背後のマウンホールをぶち破って二体の一メートルほどの小型の半魚人が飛び出してくる。

 

「んな…」

 

 彼は勝利したと思った油断から一瞬だけ反応が遅れてしまう。

 一度組みつかれたら引き剥がせず三体の怪異にリンチにされるだろう。

 

(蘭はいない、マズ、どうすれば)

 

 むしろ思考はクリアでスローモーションに周りの時間は過ぎていくのに、途切れ途切れな思考になる。

 油断と動揺から上手く防御術式が組めない。

 

「ピィ!」

 

 まるで流星の様な軌跡を描いて、敵二匹の首を何かが通過した。

 その体はどさりと地面に倒れる。そしてポロッと首が胴体と泣き別れをする。

 あまりにも一瞬で死んだせいか生体反応が消えておらず、胴体の方はモゾモゾと動いており、首より上も苦しそうに唸っている。

 この結果に呆然とするが自分が助かった事にやっと思考が追いつく。

 

「お前…ちーか?」

「チュッ!」

 

 利人の差し出した指に止まると両翼をビシッと広げて返事をする。

 

「あ、はは…何だよ偵察用って…」

 

 並の魔術師ですら一撃で二体同時に仕留める事など出来やしない。

 偵察用と呼ぶには余りにも強過ぎる。

 

「二人ともありがとな」

 

 自身を助けてくれた式神と残った力を振り絞って守ってくれた妹に感謝を込めた。

 

(俺たちはやっぱ家族なんだ…)

 

 雀を撫でながら改めて思った。

 藍原御依は家族なのだと。

 

『くそっ、だがまだだ!』

 

 足を修復した親玉が立ち上がる。かなり息は上がっているがまだ戦意は消えていない。

 

「忘れたかよ、その足が俺の術で吹っ飛んだ事をよ」

 

 それを見ても彼の心は澄んでいた。もう動揺はない。

 

『そんなもの治ったわ!勝った気になるなぁぁ!!』

 

 巨体を揺らして相手へと飛びかかってくる。

 仮に組み付けは有利不利は吹っ飛んでしまう。

 

「お前やっぱ分かってねぇよ」

『うぉ!?』

 

 その言葉と共に体の自由が効かなくなる。

 相手の喉元近くまで迫っているというのにそれ以上体が動かない。まるで万力でも込められているかの様に進めない。

 

『なんだっ!?何が起きたぁ!』

 

 その表情は必死で意思と相反する体に戸惑っている様だ。

 

「お前を貫いたあの壁のコンクリートな、俺の魔力を込めてんだ。じゃなきゃ業務用のコンクリが怪異の体貫けるわけねぇもんな」

 

 彼が足で展開した術式はコンクリートを変形させるだけではない、同時に魔力を込めて硬度等の性質も変えていたのだ。

 

「お前貫いたコンクリがその後どうなったか分かるか?」

『…………まさか』

「そうだ。思い込みってのは怖えよな。足吹き飛ばしたらそれで術は終わりだと思っちまうんだから」

 

 彼の支配下の建築材の行方は怪異の体の中だ。そして全身に張り巡らせる様に配置して敵の体から自由を奪う。

 

「ここから尋問の時間だぜ。さっさと手口を吐きな」

『……』

「黙秘か?」

 

 彼が手をかざすと怪異の手が動き出し、力強く首を絞める。

 

『ぅぐぉ…』

「あんま怪異どもに時間かけんのは好きじゃないんだ。苦しみながら死ぬか、楽に一瞬で死ぬか決めろ」

『…ぅっ…ぐぅ』

 

 これまで多くの魔術師を喰らって来たであろう口から泡を吹き始める。

 多くの命を手にかけたそれで自身を殺そうとしている皮肉。

 そして何より若造に殺される屈辱。

 最後のプライドなのか絶対に口だけは割らない。

 

「そうかよ」

 

 目の前の相手が口を割らない事を確信する。

 ボキッとその両手が首をへし折り引きちぎる。首から止めどなく噴水のように血が吹き出していく、それを結界で浴びないように防ぎながら見やる。

 不審な点は残りこそしたが何とか終わらせた。

 しかしだ。

 

「……?」

 

 何かが腑に落ちない。

 怪異の話した事の何かが引っ掛かるのだ。

 

「ちゅん…」

「ってんな場合じゃないな」

 

 ちーは不安そうに鳴く。主人である御依が心配で仕方ない

 だが今大事なのは御依の容体である為違和感を一旦放り出す事になる。

 彼は家族の元に戻る傍らで協会へと家族への言い訳を必死に考えていた。




パソコン壊れた。
タイピング派なのでとても苦しいです。フリックがんばるます。
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