転生巫女は静かに暮らしたい   作:高町廻ル

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私の在り方

 息子と娘を除く藍原家の三人は待ち合わせ場所の旅館の前で待っていた。

 

「おー利人来たか…って御依はどうした?」

 

 良二は娘を背負っている息子の姿を見て少し驚いた声を出す。

 その手の疑問を持たれるのはある程度想定していた為、予め二人で決めておいた回答をする事に。

 

「ちょっとはしゃぎ過ぎちゃってさ」

「た、楽しかった〜」

 

 楽しさとは無縁過ぎるギリギリの戦いを繰り広げた直後だが二人は何とか気丈な笑みを見せる。

 御依は少し休んだおかげか何とか体の感覚が戻りつつあるがしんどい事に変わりはない。

 

「そうなの?随分とはしゃいじゃったのね」

 

 都は息子におぶられている娘を預かり抱っこする。

 彼女は正直ここまでヘロヘロになる程遊び回ったとは考えずらかったのだが、少なくとも二人は怪我をしている様子はない為あえて見逃す事にした。

 子供には子供なりの事情があるし、あまり大人が過干渉するのも本人の為にならないと判断する。利人がいたのなら最悪な事になってはいないだろうと考えた。

 その信頼とは逆にガッツリ怪異退治をしてしまっているが。

 

(なんか今日は抱きしめられてばかりだ)

 

 御依は今日一日を振り返る。

 蘭、兄、そして母と一日だけでこんなにも抱き抱えられるとは。

 産まれた直後は抱きしめられる感覚に戸惑った。無防備に接してもらえた事が今思えばなかったかもしれない。

 前世の頃はどちらかと言えば畏怖や敬意の対象としてみられることの方が多かった。

 幼い頃から神社の巫女として教育を受けすぐさま頭角を表した。

 魔術を開発してからはその利益と恩恵を得ようと沢山の人間が擦り寄って来た。

 そしてその中には両親や兄弟もいた。

 最初こそ彼女の功績や武勲を喜んでいた。だが彼女が気に入られ、殿上人からのおこぼれを貰ってから欲深く、そして醜悪になっていく姿は筆舌しがたかった。

 もし自分の正体を明かしたら、そう考えると身震いがする。

 

「御依?」

「ん…」

 

 娘がぎゅっと抱きしめ返して自分の胸に顔をうずめる。

 これまで抱きしめてもバランスを取る為に服や腕を掴む程度の反応しかしていなかった。

 考えてみればここまで強く確実な力で抱きしめ返されたのは初めてかもしれない。

 都は娘の中で何かが確実に変わっているのを感じていた。

 

 

「お風呂楽しみだね!」

「んっ」

 

 姉妹は宿のチェックを終えて名物である露天風呂を目指して廊下を歩いていた。

 御依も姉の楊につられてか少しだけテンションが高い。

 そしてその後ろには保護者の都がついている。

 

(あら…?)

 

 彼女は御依の方から楊に手を伸ばして手を繋いだ光景が映る。

 姉からスキンシップを図るのは数限りなくあるが、妹からと言われたら正直記憶にない。

 どちらかと言えば引っ込み思案で、姉の方がグイグイ来過ぎて暑苦しく苦手意識を持っていたのもあるが。

 一体何があってここまで変わろうと思ったのか、そのきっかけが見当もつかない。

 考えられるのは兄と何かがあって、それで変わろうとしている。

 そう決意させる何かがあった。

 

 暖簾をくぐり更衣室で風呂に入る準備をする。

 

「はやくっ!」

「こら大声出さない。他の方もいるんだから」

 

 今すぐにでも風呂場に突入したくてうずうずしている元気娘を嗜める母親。

 二人はぽんぽんすーだが末っ子だけ服を脱ぐのに苦戦している。

 

「ご、ごめん」

 

 それを見て御依は申し訳なくなる。

 多少は元気を取り戻したが、無理な魔力使用の影響で体の節々にダルさが残るせいか上手く服を脱ぐことが出来ない。

 

「いいのよ、無理しないで。疲れてるでしょう?」

 

 娘の我慢やこらえ癖が出て来たため、母親としてすぐにフォローに入る。

 今の彼女は何かが変わりつつある。

 前からもっと子供らしく我が道を行くくらいであって欲しいと思っていたのだ。少なくとも家族に対して遠慮をして欲しくない。

 その辺りを矯正するなら今だと思い、いつもよりグイグイ行ってみる。

 どうしても精神年齢がうん十年で、母親より実は長生きしている弊害なのでどうしようもない部分ではあるのだが。

 

「……」

 

 彼女はそう言われて迷う。

 正直肩が痛くて上手く上を脱げないのだ。

 

「ん…んーっ」

 

 彼女は意を決して両腕を肩より上にしてねだってみる。

 服を引っ張って脱がせてのポーズである。

 

(は、恥ずかっ…!)

 

 これをするに至って顔を真っ赤にしている、ゆでだこである。

 初めておっぱいを吸った時より恥ずかしい、あれは生理現象だがコレは違う。

 

「!!!」

 

 娘の御依がここまで分かりやすく甘える態度を取った事に感動を覚える。

 それはもう懇切丁寧に脱がせました。

 

 準備が完了して三人で風呂場に入る。

 泡の出るものから露天にサウナまでわりとバリエーション豊かだった。

 

「ちゃんと体洗うのよ」

「はーい!」

 

 言わなければそのままマナー違反で湯船に浸かりそうな長女に一言注意をする。

 一目散に頭を洗う為の洗い場へと向かっていく。

 元気印が飛び出して二人きりになる。隅に置いてあるバスチェアを取って洗い場の一つに置く。

 

「はい御依座って」

「うん」

 

 娘をバスチェアに座らせようとする。親の言う事を聞いて素直に座る。

 今更だが少し前の御依なら恥ずかしがって体を触らせない。ましてやされるがままに体を洗わせるなんて絶対無かった。

 手を繋ぐのすら恥ずかしがるくらいなのに。

 今回は体が上手く動かせないから頼むしかないからなのだが。

 

「うーっ…」

 

 頭を髪を洗ってもらう時の指先が頭皮に触れる感覚が気持ちがいい。

 髪の毛に沿って手を動かし無理に引っ掛けない手捌き、それが親として子供の髪を洗って来た経験値を感じさせる。

 

「うふふ」

 

 都はリラックスした感じの娘の雰囲気につい機嫌の良い声が漏れる。

 

「どしたの?」

 

 泡が目に入ると痛いので目を瞑りながら母親に話しかける。

 

「ん、御依が体を洗わせてくれるって思わなくて」

「え、なんで?」

「だって御依恥ずかしがり屋さんなんだもの」

「うー…」

 

 実際裸を見られるのは好きではない、海が苦手なのは怪異絡みだけではなく肌を見せる事にも抵抗があったからだ。

 

(そうか…)

 

 彼女は母親の嬉しそうな、そして安心したような雰囲気に思う。

 自分は子供らしくなく、親を心配させる存在なのだと思ってしまった。

 前に蘭が折り合いをつけて家族と向き合うようにと言っていたが、まだその覚悟が出来そうにはなかった。

 

 

「ふいー…」

 

 御依は少しおっさん臭い声を出しながら露天風呂に入る。

 実際中身はオバハンだが。

 彼女は湯船に浸かりながら手をぐーぱーと開閉して感覚を確かめる。多少の痺れはあるが問題なく動く。

 

「熱かったらすぐ出るのよ」

「うん」

 

 母親からの忠告。

 御依はとにかく暑さに弱い。ここ一ヶ月で何度も熱中症かその手前の症状を出している。

 無論風呂は違うとは言え心配にはなる。

 外で四十度の中頭を含めて全身を晒すのと、風呂で首より下を四十度で浸かるのは似て非なるものだ。熱中症は頭が規定の温度になると起きるので。

 そんな母親の心配とは別の所で彼女は考え込んでいた。

 

(この体弱すぎる)

 

 彼女がこの世界で魔力や魔術を使うたびに簡単に疲弊してしまうのだ。

 無論六歳なので弱いのはある。大人の時と比べれば無理の効かない体ではある。

 当然彼女とてバカではないのでそれも込みで調整しているのに、いつも倒れたり体の疲弊に気がつくのが遅れる。

 

 公園に来た怪異に気がつくのが遅れる。

 怨念を浄化するのに夢中で暑さに気がつかない。

 蘭に簡単に背後を取られる。

 死者の魂の断片を呼んで倒れる。

 

 ここ一ヶ月だけで何度も不覚を取っている。前世ではありえないミスばかりだ。

 

(前世に比べて魔力操作感が鈍い…?)

 

 魔力は年齢を重ねれば自然と増える。逆に言えば時間経過でなければ増えない。

 魔力を操作する感覚は練習を重ねなければ上がらない。生まれつき天性の感覚持っていたり、異様に飲み込みの早い人もいるが。

 自転車の練習のように一度コツを覚えればすんなり走れるようになる。

 逆に言えば一度でも走った経験を体と頭に刻めば時間が経過しても基本的に走れなくなる人はいない。

 

(なんで…?)

 

 全盛期の時のような体の使い方が出来ない。すっぽりと何かが欠落している。

 

(何か…?何かを私は忘れて…)

 

 何とか思い出そうとする。まるで重い扉をこじ開けるかのように無理に力を込める感覚。

 

「う…」

 

 酷い頭痛が襲う。

 反射的に顔をしかめて手で頭を抑える。

 

「御依?」

「め、目に、お湯入っちゃった」

 

 不安にさせたくない一心で咄嗟に嘘をつく。

 あまりにもお粗末な内容でバレバレだった。

 

「そう…」

 

 都は心配そうに娘を見る。

 いつもの何かを隠す姿に心を痛める。

 子供だって見栄を張ったり本心を知られたくない時はある。深く追求はできない。

 話す時に一瞬内容を吟味する癖、それがとても寂しい。

 

「おかーさん!あれ入っていい?」

 

 少し沈んだ空気を切り裂いてくれたのはやや放置気味になっていた楊の楽しそうな声だった。

 都はその助け舟に捕まる。

 

「もう、大きい声出さないの。ってあれはダメよ」

 

 姉の視線の先にあるのは木の扉、つまりサウナだった。

 流石に小学生は禁止だろう。

 

「御依もダメよ…って御依―!?」

「……はぅ」

 

 一難去ってまた一難、御依はのぼせていた。

 

 

「父さん背中流そうか?」

「いや、大丈夫だが?」

「息子に背中流させるのが一般的な父親の憧れって聞いたけど?」

「え?あー…」

 

 父親と息子の微笑ましい会話。

 女風呂が騒がしいのに比べてこちらは落ち着いたものだった。

 男二人も露天の方に入る。

 

「楊はどうだった?」

 

 利人は何となく話を振る。

 

「どう?」

「えっと、あの後も多分はしゃぎまくりだったでしょ?父さん疲れてない?」

「まだまだ大丈夫さ」

 

 そう言って腕を曲げて力こぶを見せる。

 別にそこまで鍛えているわけではないので大きいわけではない。

 

「お前こそどうなんだ?」

「ど、どうとは?」

「御依を巻き込んでないか?」

「えーっと」

 

 もしかしたら気がついているのかと思ってしまう。

 今回の件は御依の事だけは上手いこと隠して、彼一人だけでやりましたと言う事にしたのだ。

 

「協会から連絡が来た」

 

 良二は周りに誰もいないのを確認してから話し始める。

 

「未成年、又は学生が怪異と遭遇戦になった場合には自衛による魔術使用が認められてる。が、保護者には後で連絡が行く事になってるからな」

 

 協会とて人手不足で賃金や単価を上げたり、可能な限りのサポート体制を敷いてはいるが流石に高校生を一人で任務につかせる事はしない。

 緊急時なら致し方ないがやはり保護者か学校に連絡は入る。

 

「え、そ、そうなの?」

「協会加入の資料にもちゃーんと書いてあるぞ」

「マジか…」

 

 冊子のような資料を読む前にサインをしてしまう人いると思います。

 

「えっと、みーは蘭に安全なとこまで運ばせたよ」

 

 その説明は間違いではない、だが全くの正確でもない。

 式神に運ばせたのは事実だが、現場には連れ込んでいる。

 

「で、それは本当なんだろうな?」

「流石に六歳の女の子を巻き込まないって」

 

 彼としても巻き込む気はなかったが、相手の強い意志に押し切られてしまった為言い訳にもならない。

 そのおかげで助かったので余計な言い訳はカッコ悪いだけだ。

 

「それならいい」

 

 父は取り敢えずこれ以上の詮索はしないようだ。

 

「お前から見て御依はどう見える?」

 

 質問が変わる。

 

「どうって?物静かで大人しい子…かな。楊と比べちゃうから余計にそう思うだけだけど」

 

 利人はそう答えたが、実際の御依はかなりおしゃべりだし、テンションが高めなのを知っている。

 今日一日だけでもかなり闊達に話していた。

 魔力や正体を隠しているせいで手探りで言葉を選んでいる、そのせいであまり話さない印象になっている。特にそれは親に対して顕著だ。

 

「まぁそうだな。それもだが御依は魔術の才能がかなりあると思うんだ」

「………」

 

 かなりあるというか天才どころの騒ぎじゃないですよーと言いそうになるのを必死に抑える。

 残念というか父親の実力では御依の持つ力の一端も掴めない。

 それでも力に何となくだが気がつくのは昔から息子の莫大な才能を間近で見てきた影響だろう。御依から似たものを感じているのかもしれない。

 六歳にして高レベルの式神を生み出し、属性魔力と概念魔力を扱える規格外の存在。

 彼とておかしいと思い何度も藍原御依がすり替わったり偽物である可能性を模索したくらいだ。

 実際、千年に一人レベルの天才だ。御依がただの子供だったらの話だが。

 

「まぁそうだね。今から訓練すればそれなりの術師になるかもね」

 

 彼としては御依の意志を汲む方向でいるので濁した回答にとどめる。

 

「父さんとしてはみーを魔術師にしたい感じ?」

「そうだな。うーん…ただ魔術師になりたいなら早いうちから訓練した方が有利だからな。中学生高校生になってからなりたいじゃ遅いから」

 

 実際、名を馳せる魔術師の大半は齢一桁から訓練を積んでいるパターンだ。

 仮に十五になって魔術の門を叩いても同世代達は既に式神や属性魔力を発現して実践を積んでいる。あまりにも水を開けられている。

 

「そういや前に楊からちらっと魔術師について質問されたな。なり方とかについて」

 

 利人は最近あった出来事を話す。

 少し前に楊から魔術やその仕事について質問を受けたのだ。

 

「そうか、うーん。難しいな…」

 

 少しだけ苦味のある表情を作る。

 

「その心は?」

「親としては子供の目標を応援したい」

 

 それは父親として間違いのない本心だろう。

 子供の目標ややりたい事を応援したい、叶えて欲しいと偽りなく思っている。

 応援したいのも愛情で、止めたいと思うのも愛情なのだ。

 

「魔術師の端くれとしては半端な才能で行って欲しくない」

 

 彼自身才能がないのに押し付けられるように魔術師になり、家督を継がされた。

 藍原家は青風家というでかい家の分家の一つであり、ここ百年はまともな力のある魔術師を輩出していないのだ。

 正直没落しきっている家であり、御家のような格式も何もない、一般人に毛が生えた程度の古いだけの家だ。

 今でこそ藍原利人という圧倒的な才覚のある後継ぎがいるがそれまでの周りの扱いは悲惨なものだった。

 何故そんな家が残っているのか、それはただのしきたりというだけだ。

 とはいえ魔術が使えれば食って行くことにも困らないし、協会が存続しているうちはあぶれることは無いので感謝はしている。

 

「魔術師は力が無いと淘汰される、低く見られる。利人も当然分かってるな?」

「うん…」

 

 父親の言葉に心当たりは山ほどある。

 自分がチヤホヤされる傍らで「残りカス」とか「子の七光り」など馬鹿にされる父親を散々見てきた。

 自分に取り入るために手のひらを返して父親におべっかする人も見た。

 それを見て心の底から軽蔑したし、反吐が出た。

 

「父さんは凄いよ…」

 

 だが彼の父親は人前で常に気丈に振る舞った。弱い所を見せず堂々としていた。

 何より息子の意思を常に尊重し続けた。

 

 そう、藍原利人は生まれてから一度も父親に魔術の特訓を強制された事が無い。

 進路を強要またはレールを敷かれた経験もない。

 ただお前がやりたいようにやれば良いと言われた。

魔術師になりたくないのならば、ならなくても良いと息子の意思を守ってくれた。

 あの莫大な才能を秘めた子供を見てもそれを利欲の為に使った事が無い。

 

 力の差など関係ない、彼にとって父親は世界一尊敬できる男なのだ。

 信じている。

 御依がいつか自分を打ち明けてくれる時を。

 そしてそれを受け入れる家族の姿を。

 

「ところで彼女の一人でも出来たか?もうエッチでもしたか?避妊はさすがにしろよ」

「やべ、軽蔑しそうだわ」

 

 いくら男同士とはいえ親子でこういう会話はやめて欲しい所存だった。

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