第一話「岩の民」
私が生まれた集落、というよりは連合体は「岩の民」と呼ばれていた。
歴史を遡れば、千手やうちはのような巨大な一族に対抗するため、約一世紀前に弱小から中堅の一族が寄り集まって形成されたものらしい。私が所属する「やぐら一族」を含め、全体で三十ほどの異なるルーツを持つ一族で構成されている。
各一族には独自の術や体質、血継限界があり、それらを全体で組み合わせて戦うのが、この集団の生存戦略だ。
やぐら一族は、近接戦闘と医療忍術に特化している。男性・女性を問わず、総じて体格が良い者が多い。
祖を辿れば、およそ三百年前に君麻呂のいるかぐや一族から派生したらしい。骨を操る術は持たないが、強靭な肉体を持つ初代族長が独立したことが始まりだ。地理的に遠い(将来の霧隠れと岩隠れの位置)こともあり、当代まで続いている仲の悪さにもかかわらず、接触はほとんどない。
「やぐら一族の神童であるな」
初老の指導役が、心底嬉しそうに笑う。
リョウマ。これが私の今の名だ。私の新しい肉体は、前世での私からは想像もつかないほど優秀だった。走れば人より早く、学べば人より深く理解できる。
生命が極めて軽い世界に生まれた私にとって、この才能は唯一にして最大の幸運だった。才能がありすぎて困ることはない。(ただ、油断すればすぐに死ぬだろう。直接的な戦闘で強くなるだけでは不十分だ。寝込みを襲う暗殺や毒、罠。この世界には死の手段が溢れている。)
私は、トレーニングをこなしながら、常にそんなことを考えていた。
「それでは本日の訓練を終了する!各自、家に帰って体を休めるように!」
指導役の声が響き、訓練が解散する。
「リョウマ。話があるから、後で儂の家に来なさい」
呼ばれた教官の家で、出された好物の桜餅を頬張りながら尋ねる。
「それで、話というのは何でしょうか?」
「実はな、おぬしにとって非常にいい話だ。長話は嫌いだから手短に話そう。明日より『アカデミー』に飛び級じゃ」
この岩の民では、幼い内から優秀な忍者を育成するためのプログラムがある。それがアカデミーだ。七歳までは一族ごとの教育を受け、八歳から三年間は一族の垣根を越えて忍術等を学ぶ。そして十一歳からは任務に就く。
(冗談じゃない。ただでさえ十代前半から命がけの仕事をするというのに、飛び級なんて、ただで戦場に送り出される時期が早まるだけではないか!)
「ありがとうございます。ちなみに、飛び級をすれば卒業も早くなるということでしょうか」
「そうじゃ!さすがはやぐらの神童。忍者として早く活躍したいということか!他の餓鬼どもに見習わせたいわい。おぬしの場合は今六歳だから、他より二年も早く卒業することになるわな」
指導役は、アッパレとばかりに上機嫌だ。
私の忍としての評価は、客観的に見て期待しない方が無理があるほど高かった。恵まれた肉体に加え、前世の記憶を持つ私は他の子供より遥かに落ち着きがあり、自己研鑽も怠らない努力家だ。
(本当は、死にたくないから頑張っているだけなのにね……)
「なるほど。過分な評価を頂き光栄です。ただ、私としてはまだまだ学び足りていないこともありますし、飛び級は少々性急かと思うので、辞退してもよろしいでしょうか」
「それはならん。一族の沽券にかかわるからな。」
教官は表情を引き締め、語気を強めた。
「やぐら一族の土の民における発言力は年々低下しておる。われらは近接戦闘を生業としているがゆえに死亡率が他と比べて高い。近年はうちはと千手の勢力争いも激化し、それに巻き込まれて死亡する者が増えておるのだ。これ以上、土の民の中での発言力を下げるわけにはいかん」
「秘伝の術に関しては、アカデミーに通いながら教えることにする。両立するのは骨が折れるかもしれんが、おぬしならできるじゃろう」
(これ以上、抵抗しても無駄か。この頑固な老人に辞退は許されないだろう)
「分かりました。飛び級の話は一旦両親に相談してみます」
「うむ、良い返事を期待しておるぞ」
指導役との会話を打ち切る。辞退は不可能だ。
「あと言い忘れていたが、アカデミーにはおぬしと同い年の飛び級の子どもが二人、同時期に入学予定じゃ。彼らに負けないように、やぐら一族の優秀さを示しなさい」
「はい、わかりました」
(飛び級は、この爺さんの中では確定事項なのかよ)
家に帰り、今日の出来事を報告すると、父に力強く頭を撫でられた。
「そうか。さすがは俺の息子だ。飛び級の話だが、明日先生のところへ行って『受けます』と言ってきなさい。明日でいいから、じいちゃんとばあちゃんのところへも報告に行け。絶対喜んでくれるぞ」
「分かりました、父様」
私の家族は、祖父母を抜いて七人。父、母、二人の兄と二人の姉、そして私だ。兄が他に三人いたが、皆、戦場で命を落としている。家族を喜ばせたい気持ちと、死への恐怖とが、胸の中で鬩ぎ合った。
自室へ戻り、日課の修行をしながら、私は頭の中で戦略を練る。
(近接戦闘要員なんて、ただでさえ最も死に役だ。アカデミーでは、体術ではなく忍術を中心に学ぶしかない。遠距離の攻撃手段を増やし、少しでも死ぬ可能性が低い後衛の役割を担えるように……)
目の前には、強制された運命の道が敷かれた。私は、その道を歩かされながらも、いかにして安全なゴールへ辿り着くか、それだけを考え続けた。