アカデミーでの生活が始まって一週間。リョウマの予想通り、周囲は年上の生徒たちで占められていた。
飛び級生はリョウマを含め六歳が三人。残りは八歳の生徒たちで構成されている。近接戦闘専門のやぐら一族を出身とするリョウマの体術は、年上の生徒たちをも凌駕しており、彼に敵う年上の生徒は誰もいなかった。
(ほかの飛び級組だが、やっぱり優秀だな)
飛び級組の同期は男女一人ずつ。
一人はシオン。血継限界の爆遁を扱う華炎(かえん)一族の出身の女の子だ。彼女の存在感は、教室の空気を一変させるほど強烈だった。その小さな体から放出されるチャクラは熱を帯び、彼女の周辺だけ空間が歪んで見える錯覚すら覚える。
もう一人はナギ。海山(うみやま)一族という、全体で五十名ほどしかいない小規模な一族の出身の男の子だ。(特にこれといった特徴がない一族として土の民の間では有名である。)
アカデミー卒業後は、木の葉と同じシステムで、同期の三人+指導役一人で小隊が結成される。しかし、戦時中であるため、班員の強さのバランスは考慮されない。傾向としては強者は強者同士で、弱いものは弱者同士で組まされるのだ。
(アカデミーに入学して一週間、大体皆の強さはわかってきた。この分だと三年後には、私たち飛び級組で組まされるんだろうな)
リョウマは教壇に座る指導役の話を聞きながら、冷や汗をかいた。
シオンが後衛として配置されるのはほぼ確定だ。彼女の華炎一族は遠距離からの爆撃を得意とする。原作で言えば、戦い方はガリよりもデイダラに近いだろう。
リョウマの視線は、ただ一人、ナギへと注がれた。
ナギこそが、飛び級組で小隊を組む際の、唯一の変数だ。彼の一族は全体として大きな特徴を持たず、各自がそれぞれ得意な戦い方をする。ゆえに、彼の配置は流動的だ。
(私がナギに体術を仕込み、前衛寄りの配置になれば、私の生存確率は大きく向上する。最悪、私が後衛になれずとも、前衛が一人と二人では、戦場での死亡率が天と地ほど変わってくる)
その瞬間、リョウマの視線に気づいたのか、ナギがゆっくりと顔を上げた。その優しい瞳がリョウマを捉える。アカデミーに入学して一週間で分かったことだが、彼は非常に優しく、流されやすい性格である。彼の優しさこそが、利用の余地だった。細身な体つきをしており、近接戦闘には向いていると思えないが、その事実は無視してかまわない。
(まずは仲良くなるところからだ)
生存戦略の第一歩は、同期との関係構築からスタートした。
―――しかし、その試みは惨憺たる結果に終わる。
ナギと仲良くなると決めてから二週間が経過したが、彼との距離は全く縮まっていなかった。リョウマが積極的に話しかけすぎた結果、ナギからウザがられているのだ。リョウマのコミュニケーション能力が低かったわけではない。前世でのコミュ力は普通程度だった。ただ彼は、六歳児との交流の仕方が分からなかっただけだ。
転生後は強くなるため、同い年の子と交流をほとんどせず修行に明け暮れていた。その副作用が、生存のための戦略の第一歩で露呈したのである。
(小さい頃ってどうやって友達作ってたっけ。全然覚えてないな)
まさか、生存のための戦略の第一歩が、コミュニケーション能力の壁に阻まれるとは思わなかった。アカデミーからの帰り道、彼はナギと仲良くなる方法を必死で考える。
「あんたって、意外と子どもっぽいことするわよね」
トレードマークの赤い髪をボブカットにしたシオンが、不意にリョウマに話しかけてきた。考え事をしている最中ということもあり、リョウマは一瞬ではあるが言葉が詰まった。
「あーあ。やぐら一族の期待の神童が入学するっていうから楽しみにしてたのに、これじゃ期待外れじゃない。体術はそこそこできるけど、忍術は基礎的な術しか使えないし、思ったより子供っぽいし。私のほうが忍として優秀ね!」
「・・・」
「何か言い返しなさいよ!私がいじめているみたいじゃない!」
シオンは苛立ち、赤い髪を揺らした。
「まあいいわ。そんなことより、私と勝負しなさい!」
「えっと。シオンちゃん、だよね?話すの初めてだよね。勝負って一体何をするの?」
「忍者なんだから、一対一で戦うのに決まってるでしょ!」
リョウマにはそんなことに時間を使っている暇はない。あと三年で戦場に出ることになるのだ。自らの生存に必要のないシオンとの交流を深めるぐらいなら、ナギと交流を深め、彼を前衛に育てる方に時間を使いたい。彼は冷徹にシオンの誘いを単なる時間の浪費と判断した。
リョウマは呼吸を整え、シオンの瞳をまっすぐに見据えた。
「ごめん、シオンちゃん。勝負は断る」
シオンは目を見開いた。
「は?なんでよ!怖いの?やぐら一族のくせに臆病なの?」
「そういうことじゃないよ」リョウマは冷静に説明した。
「僕たちはまだ基礎しか学んでいない。この時期に実戦さながらの組手を行えば、どちらかが怪我をする。怪我をすれば、回復のために貴重な修行時間を失う。僕は自分の修行効率を低下させることはしない」
リョウマの言葉は、的確だった。シオンは一瞬、言い返せずに言葉を詰まらせた。
「じゃ、じゃあ、体術ならいいでしょ!体術なら怪我しないわよ!」
「君との体術の修行は必要ないよ。君の体術レベルは既に把握している。僕の体術と術の修行は、君との組手に費やす時間より、今の僕にとって優先度が高いんだ。ごめんね」
リョウマはそれだけ言うと、シオンの隣を通り過ぎ、さっさとアカデミーを後にした。ナギは戸惑いながら、彼を追うシオンから逃れるように慌ててリョウマの後ろをついてきた。
(よし。シオンとは距離を置けた。これでナギへのアプローチに集中できる)
翌日。リョウマの計画は、朝から崩壊した。
アカデミーの門をくぐると、赤い髪のシオンが待ち構えていた。彼女はリョウマを見るや否や、駆け寄ってきた。
「ちょっと!リョウマ!あんた、どうして昨日、私が体術レベルを把握してるなんて知ってたのよ?ねえ、どうして?誰かに聞いたの?」
「知らないよ。もう話しかけないでほしいんだけど」リョウマは一蹴した。
しかし、シオンは諦めなかった。授業中、休憩時間、組手の時間、彼女はリョウマの行動を観察し、隙あらば話しかけてきた。
「今日の授業でやった分身の術、あんたのは必要以上にチャクラを練りこみすぎよ。もったいないじゃない!」 「ねえ、昨日帰りにどこに行ったの?修行してたんでしょ?」
リョウマがナギに仲良くなろうと休憩時間に話しかけようとすれば、シオンがその間に割り込んできた。
「ナギ!あんたはリョウマなんかより、私についてきた方がいいわ!私の爆遁のほうがリョウマの体術よりもすごいわよ!」
「いや、シオンちゃん。僕は...」
ナギは流されやすい性格ゆえ、シオンの強引さに押され、言いよどむ。
(最悪だ。シオンは単なる邪魔者じゃない。私の計画を破壊する予想外のノイズだ)
リョウマの生存戦略は、ナギという変数をコントロールすることから始まったはずだった。しかし、今や、彼の目の前で、最も危険な「強者」が彼のターゲットであるナギを奪おうとし、そして何より、リョウマの貴重な修行時間を奪おうとしている。
リョウマは、シオンのしつこさに、苛立ちを覚えていた。
「ぼ、僕は二人の勝負を見たいかな」
ナギが意を決したように発言した。
(シオンとの勝負は時間の無駄だが、ここはナギの好感度を稼ぐという意味でも受けてもいいな。ナギが前衛にならなければ、私の命が危ない)
「分かったよ。じゃあ今日の放課後に裏の森で勝負しよう」
リョウマがシオンをまっすぐ見つめながら返答する。
「やっと勝負する気になったわね!今日の放課後ね!わかったわ」
彼女はムフンと腕を組みながらテンションを上げ、爆発の才能を秘めた瞳をキラキラと輝かせた。
森の開けた場所。リョウマとシオンが対峙し、ナギがその間に立っていた。
「ルールは一対一、この森から出ないこと。制限時間はないけど、逃げ回るのはなし。これでいいかな」
「いいわよ。審判はナギにお願いするわ。負けそうだからってリョウマに肩入れしないでね!」
シオンは挑発的な視線をリョウマに投げた。
リョウマが現在持つ手札は、基礎的なチャクラコントロール(壁走り、水上歩行、身体強化など)、やぐら一族の修行で身に着けた体術、そしてアカデミーで今日習ったばかりの分身の術の三つ。神童といえども、発展的な術を身に着けているわけではなく、地道なスキルを高めただけだ。
対してシオンはもちろん基礎的なチャクラコントロールや体術は6歳という年齢にしては高いが、リョウマにはおよばない。しかし、彼女の一族秘伝の爆遁という非常に強力な手札を有している。
(この勝負、私がシオンの懐に飛び込めるかどうかが、勝敗の全てを決める。いかに彼女の土俵ではなく、私の土俵で戦うかが肝要だ。)
審判のナギのスタートの合図を待ちながら、リョウマは最短ルートでの突撃をシミュレーションする。
「じゃあいくよ、木の棒を上に投げるから、地面に着いたらスタートだからね」
そう言いながら、ナギは棒を高く放り投げた。
(爆遁といえども、術の発動には印を結ぶ必要がある。スタートと同時に、シオンが印を結び始める一瞬の隙を突いて、最短距離でまっすぐ突っ込む)
そして、勝負がスタートした瞬間、リョウマは地面を蹴りつけ、一気に相手へと突っ込んだ。
想定通りにスタートを切った直後、リョウマの顔が驚愕に歪んだ。
シオンの手がまるで熟練の料理人のように流麗に動き、規則正しく印を組む。6歳という年齢に見合わない手の動きは一瞬ではあるがリョウマの動きを鈍らせた。
(シオンの印のスピードが速すぎる……っ!! やぐら一族の大人でも、この速度は見たことがないぞ!)
リョウマの肉体強化を上回るシオンの超高速の印。その動作は既に完了していた。
そして、印を結び終えたシオンが、手のひらをリョウマに向けながら叫んだ。
「爆遁・爆杭(ばっこう)の術!」
その声と共に、シオンの手のひらより先が爆発し、人の頭の二倍はあろうかという巨大な爆発の円柱が、リョウマ目掛けてまっすぐ飛んできた。
(これはまずい……!!!)
咄嗟に横へと体をよじり、爆炎の直撃を紙一重で躱す。爆風と熱波がリョウマの頬を掠め、全身の皮膚が粟立った。
彼の額からは冷や汗が流れていた。
シオンは鼻を鳴らし、得意げにリョウマに話しかける。
「最速で距離を詰めれば勝てると思った?甘いわよ。そんなの想定済みよ!」
リョウマは心の中でシオンに対する警戒度を一つ上げた。