鬱蒼とした森の奥深く。その場に見合わない、轟音と爆砕音が響き渡っていた。
轟音の原因となっているのは、その激しさに全く見合わない赤髪の小さな少女である。そして、その少女が追うのもまた、年齢に見合わない俊敏かつ複雑な動きで木々を縫う少年だ。
(私の見立てが甘かった。この六年間の人生で神童と呼ばれ、調子に乗っていた。この世界を、強者が理不尽に存在する世界をなめていたのだ。少なくとも岩の民の同世代に、私に匹敵する、あるいは上回る才能を持つ者がいるとは想像つかなかった)
リョウマは、自分の認識の甘さを痛切に反省する。自分を追いかけるシオンの戦闘力を、彼は致命的に甘く見積もっていた。
ナルトの原作を読んでいた時に重要視しなかった要素――印を結ぶ速さ――が、これほど戦闘に影響を与えるとは思いもしなかったのだ。
こちらがいくら肉体強化で速く動き接近したとしても、近づく前に術を発動されてしまう。これほど厄介なことはない。もしこれが遮蔽物のない平地であれば、既に勝負は決しているだろう。
シオンは、彼女の一族が伝統的に使う爆遁の基礎の術の二つを巧みに組み合わせ、リョウマを追い詰めていた。
一つは『爆遁・地雷粉(じらいふん)』。
ごく少量のチャクラを圧縮した弾丸で、目標近くで爆発させ、煙と閃光で相手の視界と動きを奪う、牽制・誘導用の術。
もう一つが『爆遁・爆杭(ばっこう)の術』。
手のひらから直径0.5~1メートル程度の円柱状の爆撃を、前方に指向性を持たせて放つ、威力の高い、戦闘の決定打となる術。
「爆遁・地雷粉(じらいふん)!」
リョウマの進行方向の地面、半径三メートルほどの範囲が、砂利が弾けるような微細な爆発で覆われた。リョウマは足を止めず、爆発の上を駆け抜けるが、その視界は砂煙と閃光で一瞬奪われる。
(致命傷ではないが、この煙は誘導のため!)
リョウマは勘で方向転換し、右側の大木に飛びついた。直後、シオンの次の術が来る。
「爆遁・爆杭(ばっこう)の術!」
彼の直前まで彼がいた場所が炸裂し、直径一メートル程度の爆発の柱が、木々の根元を抉りながら上空に噴き上がった。その爆風と熱波で、周囲の太い木の幹が繊維を剥がされ、焦げていく。
(戦う場所が森でよかった。この複雑な地形と遮蔽物がある限り、三次元的に動けるから、シオンの爆撃を躱し続けられる)
木々を駆け抜けながら、リョウマは思考を巡らせる。
(このまま逃げ続けて相手のチャクラ切れを狙うのも手の一つだが、それじゃあナギの印象は悪くなる。彼の好感度を稼ぐのが目的なのだから、どこかで反撃に出なければならない)
しかし、そうはいっても反撃に転じるのは簡単なことではない。
相手の少女――シオンより勝っている要素は、体術と、チャクラで強化された身体能力のみだ。だが、シオンもリョウマを追い続けることができる程度の身体能力は最低限持っている。そのうえで、的確に爆撃を躱しながら接近しなければならない。
「いつまで逃げ回る気なの?それでもやぐら一族の神童なのかしら?」
少女の声が森に響き渡る。シオンは自身が有利なのを自覚し、楽しむように挑発的な発言を繰り返した。
(一族の修行で防御用の術を習わなかったのが痛い。相手の術を一発でも防げる術があれば、接近戦に持ち込めるのだが……いや、今考えてもしょうがない)
リョウマは無駄な思考をそぎ落とし、逃走を継続する。
先ほどからフェイントをかけつつ、爆撃の瞬間にはリョウマとシオンの間に木の幹が確実に入るように工夫しているが、その動きもシオンに徐々に見切られてきている。爆発の着弾点が、彼の逃走ルートを予測的に塞ぎ始めたのだ。リョウマは、もう次の行動を起こす必要があると悟った。
(勝負は一瞬。逃走すると見せかけて、一気に反撃に移る。)
リョウマは決断した。このまま逃げても状況は悪化するだけだ。
「爆遁・地雷粉(じらいふん)!」
シオンの術により、リョウマの前方一メートルが煙と閃光で覆われる。先ほどから繰り返されている光景だ。
しかし、今回は決定的に異なる部分があった。リョウマは煙を避けるように逃走する代わりに、煙の中へと突っ込んでいったのだ。
(リョウマはおそらくここで仕掛けてくるわね。あなたの魂胆は分かっている。煙に紛れて分身の術を発動し、囮を使って近づこうっていう狙いでしょう)
シオンの読みは的中していた。彼女はリョウマがアカデミーで今日習得したばかりの分身の術を使うと予測していた。
分身の術。
原作のナルトでもアカデミーで習う初歩的な術で、実体を持たない。影分身とは異なり、術自体がホログラムのようなものであるため、優秀な忍であれば一瞬で術者と分身を見抜かれてしまう。
(....来た!)
シオンは心の中で叫ぶ。
煙から一人のリョウマが飛び出し、シオンから見て左側から回り込もうとする。
(おそらくこいつは分身ね。本命なら一気に距離を詰めるはずなのに、さっきからなるべく木の幹を使って体を隠すように近づいてくる。囮だと気づかれたくないのね。本命は...)
シオンが分身に気を取られている間に、反対側の死角、つまり右側の林から本命のリョウマが木々の陰を通り、出来る限り体を露出させることなく駆け抜ける。
左の囮で気を引き、死角となった右側から接近する。言葉にすると非常に単純ではあるが、森という環境とリョウマの位置取りの上手さが相まって、非常に効果的な戦略として機能していた。
しかし、シオンはその意図を見抜き、既に爆遁・爆杭の術の印を結び終えている。あとは術を発動するだけ。
そして、本命の右に位置するリョウマが木を蹴り、空中で体勢変更ができない一瞬の硬直に入ったのを見計らい、シオンは一気に本命へと目標を変更する。
「それぐらい読み切っているわ!この一週間であなたがどれだけ優秀か見てきたもの!覚えたての分身の術も実践で使ってくるわよね!」
シオンは嘲るように叫びながら、リョウマに手の掌を向けた。
「爆遁・爆杭(ばっこう)の術!」
その瞬間、彼女から放出された指向性の爆発が、空中で身動きの取れないリョウマの体を正確に貫いた。
(私の勝ちよ)
そう考えた直後、彼女の視界は急に変わった。
(苦戦させられたが、私の勝ちだ)
リョウマは勝利を確信しながら、目の前の少女の急所を正確に突いた。
シオンの予想は大まかには合っていた。リョウマは分身を囮にして奇襲を仕掛けたのだ。実際に、彼女の左側から回り込んだ分身も、空中で爆杭を貫かれた分身も、リョウマが作り出したものだった。
しかし、彼女が気づかなかったのは、本体が地雷粉の煙の中で待機していたという事実だ。
シオンが爆杭を放ち、勝利を確信したその瞬間――防御が完全に手薄になった一瞬の隙を突き、リョウマは煙を突き破って最短距離で彼女に向かって突撃したのだ。
距離を詰めてからは、もはやリョウマの土俵である。やぐら一族の体術とチャクラによる身体強化でシオンに一切の反撃の機会を与えず、彼は白星を挙げた。
シオンの視界は急に変わり、仰向けになって空を見上げていた。リョウマは彼女の喉元に人差し指と中指を添え、静かに告げた。
「僕の勝ちだ、シオンちゃん」