選ぶこと、選ばないこと 作:思い出
#EXTRAはその名の通り番外であり、本編とは関係したりしなかったりします。
深く考えず、一話限りのお楽しみとしてお読みください。
#EXTRA Happy Darkness 〜星降る夜に〜
「リク、クリスマスイブというのは家族で過ごすものと聞きました」
「まぁ、そうだね」
「なので、その……もしリクがよかったら今度のイブはティアと三人で過ごしませんか?」
クリスマスイブを翌週に控えたとある日。ヤミさんから告げられた言葉は、俺の予想のことごとくを上回るほどに直球のものだった。
「ティアーユ先生と、ヤミさんと、俺で?」
「はい」
「クリスマスイブを」
「はい。ダメ、ですか?」
ヤミさんは一歩踏み出し、逃がさないように俺の服の裾をちょこんと摘まんで、上目遣いで覗き込んでくる。
ダメ……なわけではもちろんない。
ないのだが。
「いきなり三人はハードル高くない?」
「リクなら大丈夫でしょう。ティアも気にしません。むしろ招待の話を出したのはティアです」
「ティアーユ先生……」
脳裏に笑顔でヤミさんへ指示を出す先生の姿が浮かぶ。あなたって人は……そんなだから御門先生にも「もっと警戒心を持ちなさい」とか説教されるんですよ……。
とはいえ。ここまで話をされて、なおも断るほど俺だって鈍感ではない。というか、最初に言った通り別にヤミさんたちと過ごすのが嫌なわけではないのだ。むしろ──。
「せっかくだし、クリスマスケーキでも一緒に作る?と言っても、市販の生地にクリーム塗ったり飾り付けたりとか、そのくらいだけど」
その言葉を聞いた瞬間、ヤミさんの頭のてっぺんから、ピョコンと毛先が嬉しそうに跳ねた気がした。
「……ケーキ。いいですね」
そう答えるヤミさんの瞳が、たい焼きの時と同じか、それ以上に輝いているように見えたのは気のせいではないだろう。
「イチゴは、たくさん乗せてもいいのでしょうか?」
「いいんじゃない?クリスマスだし」
「そうですね。クリスマスですから」
──なんて会話をしたのが一週間前。
いよいよ迎えたクリスマスイブ当日、俺とヤミさんはティアーユ先生の家に来ていた……のだけど。
「あの、ティアーユ先生。
「え?ミカドが「折角リクくん呼ぶならサービスしときなさい」って無理やり……」
玄関を開けた俺たちを出迎えたのは、いつもの私服に身を包んだティアーユ先生、ではなく。
何故かきわどいサンタのコスプレ衣装に身を包んだティアーユ先生だった。
御門先生……あなたが騙してどうするんですか。この人あなたの言うことなら大抵信じちゃうんだから。よく今まで宇宙で生きてこれたなこの人。
……なんてことを考えていると、視界が金色に覆われた。
「リク、見てはいけません。教育に悪いです」
ヤミさんが俺の目を髪で覆いながら、ティアーユ先生に冷ややかな視線を送っているのが気配で分かる。
「なんですか、それは。私への当てつけですか。というか、恥ずかしいのでやめてください」
「え、ええ?!でも地球ではクリスマスにはこういう恰好が好まれるって」
「そんなものは大嘘です。いいから、早く着替えてください」
ぴしゃり、と言い放たれたヤミさんの言葉を受け、しくしくと嘆きながらティアーユ先生が奥へ引っ込んでいくのを感じる。それに伴い、顔を覆っていた金色も解け、視界が戻ってくる。
「ティアにも困ったものです。……リクも、鼻の下が伸びていますし」
「そんなことは……ないと思うけど」
そう返すも、ヤミさんはどこかじっとりとした雰囲気を隠すこともせず、じーっとこちらを見つめている。
「まあ確かにあの格好にはびっくりしたけど……俺からしたらヤミさんの髪で覆われた方がドキドキしたかな」
「……?!な、なにを!」
俺の言葉を聞いた途端、彼女の金色の髪がまるで驚いた猫の毛のようにボワッと一瞬だけ逆立った。
顔を赤らめながら、さっきまで俺の視界を覆っていた髪の毛先を、恥ずかしそうに指で弄っている。
「あのですね、リク。そう言ったことを軽々しく言うのは」
「前はそうだったかもだけど、今は違うよ。それなりに……緊張してる」
「う……それは……その……」
事実だ。今でも顔の周りにヤミさんの匂いが残っているように感じるし、心臓はドキドキしてる。
やがて、お互い無言になってしまった俺たちはどちらからともなく距離を詰めていき──お互いの吐息がかかるほど、あと数センチで触れ合うという距離まで近づいた、その時。
「あう!」という家の奥から響いた情けない悲鳴と、何重もの物が崩れ落ちる音によって我に返った。
「あの人は……本当に……」
「はぁ……。行きましょう、リク。このままだとケーキどころではなくなりそうです」
呆れたような声を出すヤミさん。でも、その顔は少しだけ嬉しそうで。
「ほら、早く行きますよ」なんて言いながら俺の手を引くヤミさんに逆らうこともなく、家の中へと入っていくのだった。
◇
「凄いね。何をどうしたらこうなるんだろう」
「リク、やはりティアは教育に悪いです。このまま放置して二人でケーキを作りましょう」
家へ入った俺たちを迎えたのは、想像通り──むしろ想像以上──のティアーユ先生の姿だった。
着替えている途中で足を引っかけたのか、半脱ぎの状態になったコスプレ衣装に、何故か全身に絡まったクリスマスツリーの装飾たち。
コンセントが抜けていないのか、体に巻き付いた赤や緑のイルミネーションが、チカチカと無駄に幻想的な明滅を繰り返している。
その上から着ようとしていた私服も結果としてその豊満な肢体を圧迫しており、何とも言えない艶めかしさを演出している……のだけど。
「ここまでくると色っぽさよりも感心が先に来るな」
「まぁ、ツリーの装飾としてはいいんじゃないでしょうか。酷くえっちぃ装飾ですが」
「そ、そんなこと言ってないで助けてよ~!ヤミちゃ~ん!」
身動きの取れない状態のままティアーユ先生がヤミさんへ泣きつく。前々から思っていたけど、この人のドジってリト先輩のズッコケと同レベルだよな。つまりそれは物理法則を超越しているということなのだが……。
「俺はケーキの準備とかしてるから、先生の方はお願いしてもいい?」
「仕方ないですね。リクにやらせるわけにもいきませんし」
ヤミさんの言葉を受け、キッチンに引っ込む。冷蔵庫から生クリームやフルーツ、スポンジケーキを取り出し、それぞれの準備を進めた。
その間も、リビングからは「何をどうしたらそうなるんですか?」とか「無駄に優れた頭脳は何のためにあるんですか。もしかして転ぶ角度の計算でもしてるんですか」とかのヤミさんらしからぬ辛辣な言葉と、先生の情けない謝罪の声が響いている。
「なんて言うか……本当に同じ遺伝子を持ってるのか疑問だよな、あの二人」
ヤミさんがトランス兵器として造られたということを加味しても、身体能力から体つきまでの何もかもが似ても似つかない。
クリームを泡立てながらそんなことを考える。
ヤミさんも、成長したらティアーユ先生みたいになるんだろうか。
……あの体で「リク」とか言われたら──
想像した瞬間、カッ、と顔が熱くなり、一定のリズムを刻んでいたホイッパーの手がガコンと跳ねる。
「ダメだダメだ。体と心に悪すぎる」
ぶんぶん、と頭を振って思考を追い出す。いつか見た
メアが言うには、あれは暴走だったわけだし。
「クリームは、とりあえずこんなもんかな」
ホイッパーを上へ取り出し、ツンと小さなとげを立てたクリームを横目にそう呟く。
「リク、お待たせしました」
「うう、ごめんね……」
さて、ホイップの次はフルーツでも、とナイフの準備をしようとしていた時。先生の救出が終わったらしく、ヤミさんと──どこかしょんぼりとした──ティアーユ先生から声がかかる。
戻ってきた先生は、露出の少ない落ち着いたニット姿に着替えていた。……うん、やっぱりこっちの方が似合っている。
「そちらはどうですか?」
「こっちは、生クリームの泡立てが終わったところ。あとは塗ってあげたり、フルーツでデコレーションしてあげたりかな」
「わあ、本当に料理上手なのね」
「ティアに比べたら誰でもそうです」
「そうね……」
ケーキを見てテンションを上げたティアーユ先生がまたしても一瞬で撃沈してしまった。
「昔は私の失敗料理も「おいしいよ」って笑顔で食べてくれたのに……」
「い、いつの話をしてるんですか!」
「ヤミちゃんがまだイヴだった──」
「それ以上を口に出すのであれば、私にも考えがありますよ」
瞬間、ヤミさんの髪がティアーユ先生の口を塞ぐ。ティアーユ先生は何度か口をもごもごと動かした後、降参でもするかのように両手を上げた。
それを受け、ヤミさんも拘束を解く。
「リクくんも聞きたいんじゃない?」
「まぁ、聞きたくないといえば嘘になりますが……」
そんなことを聞いてくる先生を横目に、ちらりとヤミさんの様子を見る。
「全く」などとぶつくさ文句を言いながらクリームを塗りたくるその様はとても微笑ましいもので。
「そう言うのは、やっぱり本人の口から聞きたいので」
俺がそう言うと、ティアーユ先生は一瞬だけきょとんとして──すぐに、慈愛に満ちた母親のような笑顔を浮かべた。
「……ふふ」
「なんですか?」
「ううん。私は、あの子の一番大切な時に一緒にいてあげられなかったけど。あの子はあの子で、こんなに大切に思ってくれる人を見つけられてたんだなって思うと嬉しくなっちゃって」
「……それは、どうも」
今更「大切じゃない」なんて口が裂けても言うつもりはないが、いざ第三者──それも母親のような立場の人から──言われると、気恥ずかしいなんてレベルじゃない。
なにやら気まずい空気がキッチンに漂った、そんな時。
「あのですね、二人とも。聞こえていますし、サボらないでください」
その言葉を受けて、思わず先生と二人で顔を見合せてしまう。その間も、ヤミさんは黙々と──よく見ると耳が赤い──クリームを塗り続けている。
そして、示し合わせたように二人でくすりと笑うと、俺はイチゴを、先生はチョコプレートを手に取って、赤い耳の彼女の元へ戻るのだった。
◇
「これは、なかなかの大作だね」
「ええ、二人がいつまでも来ないので」
「それは……ごめん……」
そんな風に拗ねているヤミさんの前には、これでもかというほどにクリームと苺が盛られたケーキが鎮座している。
見てるだけで胃もたれしそうなそれだが、ヤミさんが黙々とこれを作っていたと考えるとなんだか途端に可愛らしく見えてくるのだから不思議だ。
「いや、それはおかしいと思うよ」
「心を読むのはやめてください先生」
「そんな……ティアって呼んで。お義母さんでもいいわよ」
「ブレーキ壊れてます?」
親愛の一歩がデカすぎるでしょ。
「いつまでコントをしているんですか、二人とも」
「コント!?」
「ティア、声が大きいです」
──ちょっと、ヤミちゃん。コントって言うのは流石に……。私に作業を任せきりにして続けていた雑談なんて、コントでいいでしょう。で、でも「ティアは危なっかしいから料理はしないで」って言ったのはヤミちゃんじゃ……。手伝わないで、とは言っていません。……はい、その通りです──
そんな会話を背に、ケーキを切り分ける。三等分にしてもまだ多いので、六等分にして。
……それにしても、本当に苺だらけだな。そんなことを思いながら。
「二人とも。ケーキが切れたよ」
「ほ、ほら、ヤミちゃん。ケーキだって」
「ティア、私のことを何だと思っているんですか?後で話があります」
「まぁまぁ、ケーキを食べたらプレゼントもあるから」
「リクも、私のことを子供扱いしていませんか?」
してない。というか、するわけがない。だって──いや、なんでもないけど。
なんとかヤミさんを宥めて、三人でケーキを口にする。山盛りのクリームと苺が付いたそれは、この日の空気に負けず劣らずに甘ったるくて、呑み込むのにも一苦労。
でも、きっと。
今までで一番、美味しかった。
◇
さて、そんなこんなでカロリーの爆弾と化したクリスマスケーキを何とか──半分以上ヤミさんが食べた──完食した俺達なわけなのだけど。
「ほら、リクくん。プレゼントがあるんでしょう?渡さないと」
「いや、それはいいんですけど……なんか今日めちゃくちゃグイグイ来ますね!?」
この人こんなキャラだったか?……いや、確かに結構ふざけた──一応、褒めてる──性格はしてたな。
ヤミさんはと言えば、考えの読めないいつもの無表情でじっとこちらを見つめている。……なんだかプレッシャーを感じるな。
しかし、いつまでも待たせているわけにもいかないので、覚悟を決めて一歩踏み込み。
手に持ったプレゼントを手渡した。
「これは、思ったより軽いですね」
「まあ、大きな物ではないから」
渡したのは、片手に収まる程度の小さな箱。しかも、自分で言うのも何だけどかなり軽い。
ヤミさんがプレゼントにとやかく言うような人ではないとわかっていても──むしろわかっているからこそ──やはり緊張はしてしまう。
「開けてもいいですか?」
「もちろん」
しゅるり、と梱包のリボンが解かれていく。一枚一枚包装が剥がされていくたびに、心臓がドキドキとしているのがわかる。
やがて、最後の一つが開かれて──。
「これは、リボン……ですか?」
出てきたのは、両面がベルベット生地で覆われた、25センチほどの真っ赤なヘアリボン。
「何故、リボンを?」
「俺にとって、ヤミさんと言えば髪だったからかな」
「髪が、ですか」
「いつも綺麗だなって思ってたし、その金色には、きっとこの赤が似合うと思ったんだ。トランスで作れるヤミさんには、必要なかったかもしれないけど」
後は、戦う以外にも──もっと言えば
そうすれば──酷く傲慢な話だけれど──ヤミさんが、ただの女の子として過ごせる。そんな気がしたから。
そんなことは、本人には言えないけど。
「リク」
少しの沈黙の後、ヤミさんが口を開く。
「髪、結ってくれませんか?」
そう言うと、ヤミさんはくるりと背を向け、その自慢の金色の髪を俺の方へさらりと流して、無防備なうなじを晒した。
「うまくできないかもしれないけど」
「それでも、いいんです」
「……ん、わかった」
短く返事をして、ヤミさんの髪を手に取る。さらりとした金髪が、手の中を流れていく。
いつもは鋭利な刃や硬質な拳に変わるそれが、今はただ柔らかく、指に絡みつく絹糸のように繊細で。
そこにある確かな温もりが、彼女が兵器ではなく、一人の人間であることを伝えてくる。
ふと、髪を結いながら出会ったばかりの時のことを思い出す。無表情で、でもどこか悲しそうな顔をしてたい焼きを見つめていた彼女。あの時の俺は、何を思って彼女に手を差し伸べたのだったか。
たまたま目についたのか、誰かに優しくしたという事実で自分を保ちたかったのか、今となってはもう覚えていない。
でも。
「ヤミさん」
「なんですか?」
「君に会えてよかった」
そう告げながらリボンを結び終えると、ヤミさんがゆっくりとこちらを振り返る。
赤いリボンで飾られた金色の髪が揺れ、その下で──今までで一番幸せそうな笑顔が、泣きそうなほど愛おしく咲いていた。
◇
「ところで、二人はいつ付き合うの?」
「そういう下世話な話、ヤミさんに嫌われますよティアさん」
「そ、そうかしら……」
「そうです」
真っ赤になった耳を、貰ったばかりのリボンと髪で必死に隠しながら、ヤミさんが短く肯定した。
#EXTRAの場所
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前(一話より前)がいい
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後(最新話の場所)がいい