選ぶこと、選ばないこと 作:思い出
最初の印象は、友達の友達。
話した感想は、落ち着いたいいヤツ。
今は──。
◇
成瀬凌空。あたしの二人目の友達。リトやクラスの男子と違って、落ち着いてて話してて気分のいいヤツ。
「だったと、思うんだけどな」
今、あたしは屋上にいる。授業開始の鈴はとっくに鳴っていて、つまりサボりだ。
「初めてサボったな。そもそも、学校に来るの自体ここが初めてだけど」
大きく息を吐くと、全速力で走ったせいか、それとも別の理由か……心臓が痛いくらいに脈打っているのがわかる。
頬に当たる屋上の風すら、今の火照った顔には生ぬるく感じた。
──俺にとってナナは、凄い魅力的な女の子だよ。
「ッ!あー、もう!何言ってんだアイツは!」
初めは、いつもの口喧嘩だった。というか、あたしが勝手に怒っただけともいう。
リクと一緒にメアを探して、保健室に行って、アイツがミカドの胸に見惚れて、それで──。
「そもそも、アイツが見惚れたからってなんであたしがイライラしないといけないんだよ。かんけーないだろ。ただの友達なんだから」
──興味があるなら付き合うよ。
「うるさいうるさいうるさーい!」
浮かんでは消える脳内の声を、頭を振って無理やり追い出す。
男はみんなケダモノ──とまでは言わないけど、そういう側面が強いと思ってた。
でも、話してみたあいつはそんなことなくて。メアの友達ってこともあってすぐに仲良くなった。
実際、話していて楽しいヤツだ。他の男みたいにヤラしい顔しないし、なんていうか“あたし”を見て話してくれてる感じがする。
メアのヤツが気に入るのもよくわかる、って感じ。
──女の子が、そういう話を大声でするのはちょっと、ね。
「うがあああああ!!!!」
消そうと思っても、消えてくれない。むしろ増えてる気までする。
あたしをヤラしい目で見ないくせに、ちゃんと女の子として扱ってくれて……。
「なんで、あんなこと聞いちゃったんだろうな。……これも全部モモのせいだ」
あたしと違うモモやミカドの胸を見て、イライラして。
……自分の平坦な胸元を見下ろして、もっとイライラして。
リクならちゃんと答えてくれる、なんて思って。
聞かなくたってよかったのに、口が閉じてくれなくて。
──俺にとって、ナナは──
「はぁ……。アレって、やっぱり“そういう”ことだよな?でも、メアになんて言えば……」
思うのは、ここで初めて出来た赤毛の友達。
メアがリクのことを気に入ってるのは一目瞭然だ。それが恋愛的なあれそれなのかは分からないけど。
でも、そう言ってきたのはリクだし、メアもきっとわかって……。
「って、そもそもなんでOKする方で考えてるんだよ!あいつはただの友達だってば!」
そう。リクはただの友達で、リクにとってのあたしもただの友達。
ただの……。
「ただの友達にあんなこと言うワケないだろ!?」
はあはあ、と息を切らせながら上を見る。
空は雲ひとつない快晴で、憎らしいほどに晴れ渡っている。
ごろん、と寝転んだ屋上のタイルはどこか気持ちいい冷たさをしていて、熱く火照った体を冷やしてくれた。
「なんであたしなんだろう」
姉上やモモと違って、その……ペタンコだし。
料理もできないし、言葉遣いだって、自分で言うのもなんだけどちょっとガサツだ。
リクはああ言ってくれたけど……。
眩しい太陽を遮るように、手を空にかざす。
指の隙間からこぼれる光は、あいつの真っ直ぐな視線みたいで、直視できない。
……手、大きかったな。
「じゃなくて!」
言いながら、体を起こす。折角冷えた体に熱が集まっていくのがわかった。
あたしは……どうしたいんだろう。
あいつに聞いたのは、あいつなら茶化すことなく答えてくれると思ったからだ。
誠実なあいつに言われるなら、多少の諦めもついた。でも、言われたのは──。
『俺にとってナナは、凄い魅力的な女の子だよ』
「本気、だったよなあ……」
無意識に、胸元に手を当てる。
……あいつには、これが「魅力的」に見えてるのか? 物好きにもほどがあるだろ。
あいつはいいヤツだ。それは間違いない。
話していて楽しいし、好きか嫌いかで言えば間違いなく好きだろう。
でも、それは友達としてで。
そもそも、まだ会って一か月くらいしか経ってないんだぞ!?
「そうだよ!あいつとはまだ会ったばかりだし、そういうのはもっとお互いをよく知ってからじゃないと……だから!」
ダメだ!どうしてもそういう方に考えちまう!
こんなの、あたしらしくない!
「よし!もう、こうなったら直接聞いてやる!」
あたしのどういうところが、その……す、好きなのか聞いて、それで、どうするか考える。
「女の子」として見てるってのが、本気なのかどうか。その目を見て確かめてやる!
メアのことは……また別で考える!
「うじうじ考えるのは性に合わない!」
自分に言い聞かせるように大声を出し、パン!と両手で自分の頬を叩く。
ジン、と痛む頬の熱さが、頭と心をすっきりとさせてくれた。
「とはいえ、今から教室に行くのはちょっと……勇気がいるな」
顔はまだ真っ赤で、心臓はバクバク。それに、授業の途中に教室に入るのも結構勇気がいる。
だから。
「だから、これは逃げてるわけじゃないぞ。仕方なく……、そう。仕方なくだ」
そう呟いて、あたしはもう一度、冷たいコンクリートの上にごろんと寝転がった。
……授業、サボっちゃったな。
ぴゅう、と生ぬるい風が一筋吹いた気がした。
◇
そして、放課後。
こっそりと教室に戻ったあたしは、自分の鞄を回収して靴箱の前でリクを待っていた。
(モモのやつ、余計なこと言いやがって……)
何が『授業をサボるなんて感心しないわね』だ。そんなの言われなくてもわかってるってーの。
大体、こうなったのはお前のせいだろ。お前とミカドが変なこと言ってこなければあんなことには……。
「って言うのは、流石にオーボーか……」
八つ当たりだ、というのはわかってる。
悪いのはあんなことを聞いたあたしで、それにあんな答えを返したリクで。
モモたちは、まあ、きっかけを作っただけだ。……あのからかい方はムカついたけど。
そんなことを考えていると、見覚えのある姿が階段を降りてくるのが目に入り思わず隠れてしまう。
(うう。つ、つい隠れちゃったぞ……)
覗き込むように頭だけを出して様子を窺う。どうやら一人のようで、メアやモモの姿はない。
行くなら今しかない……。よ、よし!
覚悟を決めて、物陰から飛び出す。
「リ、リク!」
「あれ、ナナ。もう大丈夫なの?午後帰ってこなかったから心配してたんだけど」
「お、おう!その、それで……あの、よかったら、ちょっと一緒に帰らないか?」
い、言っちゃった!もう逃げられないぞ!
「一緒に……?うん、いいよ」
「じゃ、じゃあほら、行くぞ!」
言って、並んで歩きだす。リクは色々話しかけてくれるけど、緊張してるせいでうまく返せない。
というか、あんなこと言っておいて何で普通に話せるんだこいつは。
一応、その、こ、告白したくせに、何事もなかったみたいに話してる。
「──ナ───て──ナ─」
やっぱり、あれって嘘だったのかな。リクは優しいから、あたしを慰めるためにああ言っただけで、ホントは何とも思ってないのかも。
そうだとしたら、あたしってかなり恥ずかしいヤツじゃん。
「ナ─?───る─」
うう、なんだか急に帰りたくなってきた……。いや、今帰ってる途中ではあるんだけど、そうじゃなくて。
「ナナ?」
「うわぁ!な、なんだ!?」
急にリクに肩を叩かれ、体が跳ねあがる。裏返った声が、道路に響いた。
「おおう、そんなびっくりする?いや、なんか考え込んでるみたいだからどうしたのかなって」
「どうしたって……オマエはどうもしないのかよ」
「どうもって……何が?」
本当に何とも思っていなさそうな表情でそんなことを言うリク。
思わず頭がカッとして、大きな声が出てしまう。
「とぼけるなよ!昼休みに、み、『魅力的』って言っただろ!あれは嘘だったのかよ!」
あたしの言葉を受けたリクは、少し驚いたような顔をしている。
「ナナ、それは──」
「やっぱりただの慰めだったんだろ?!い、今なら許してやるからさ、正直に言えよ!」
「……あの言葉に嘘はないよ。俺にとって、ナナは魅力的な女の子だ」
う、嘘じゃないのか?でも。
「じゃ、じゃあなんで──」
「もちろん、これはあくまで俺から見たナナはっていう意味で、あの時も言ったけど告白とかじゃないから安心してほしい」
──あの時も言ったけど告白とかじゃないから安心してほしい。
──告白とかじゃないから安心してほしい。
──告白とかじゃないから。
「…………はぁ!!?」
「おお」
「おお、じゃない!おま、オマエ!どういうことだよ!」
「どういうもなにも、言った通りだけど……」
「告白じゃないなら、なんであんなこと……!」
何だこいつ!?どう考えても告白だろあんなの!
「昼休みにも言ったけど、やっぱり聞いてなかったんだ……。あれは、俺にとってナナは胸の大きさなんて関係なく魅力的だから、そんなものを気にしないで大丈夫だよって言いたかったんだ。あくまでそれだけで、好きだって言われてもナナも困るでしょ?」
「……」
あまりの論に、口がぱくぱくとだけ動いてしまう。
こいつ、マジか。マジで言ってるのか。
……いや、でもこいつはこういうヤツだったかもしれない……。
あれが告白じゃないって理解した途端、今までとは違った気持ちが体にみなぎるのを感じる。
気持ちに逆らわず、あたしはリクにとびかかった。
「お、ま、え、なぁ~!!!!紛らわしいこと言ってんじゃないぞ!!あたしがどんだけ!!」
頬を引っ張り、ぐりぐりと捻り回す。
「ナ、ナナ!いひゃ、いひゃい!」
「うっさい!」
なんだか、急に体の力が抜けていく。
結局、あたしの独り相撲だったわけか。……悩んでた時間返せよ。
「いつつ……。いや、ごめん。そこまで気にしてるとは思ってなくて……」
「…………はぁ。もういいよ、あたしが変なこと聞いたのが悪かったんだし」
あと、リクがバカみたいに真面目だってことを忘れてたのも。
「料理」
「え?」
「今度教えてもらう時に、なんか美味いモン作ってくれよ。それでチャラにしてやるから」
「……そんなのでいいのなら、いくらでも」
「じゃあ、ほら。さっさと帰るぞ!あんまり遅くなると姉上が心配するからな」
そう言って、後ろを見ることなく歩き出す。
背後からは、慌ててついてくるリクの足音。
頬の熱はまだ引かないけれど、心臓の音は少しだけ落ち着いていた。
成瀬凌空。あたしの二人目の友達。
最初の印象は、友達の友達。
話した感想は、落ち着いたいいヤツ。
今は──。
「まだ、わかんないな」
「……何か言った?」
「なにも!」
それは、きっとこれから知っていくんだろう。