選ぶこと、選ばないこと 作:思い出
早速ですが長くなってしまったので分割です
「うおおおおおお!!モモさんを成瀬凌空からお救いするのだ!!」
「どこに行った!探せえ!」
叫ぶように──というかそのもの──張り上げられた声と、ドタドタと複数人が廊下を走る音がドアの外を遠ざかっていく。
俺とモモさんはひとまず敵を撒くことができたという事実にほっと一息つき、隠れていた空き教室の教卓の下でお互いの状況を確認した。
狭い空間には、モモさんから漂う甘い花の香りが充満しており、少し動くだけで制服越しに彼女の体温と柔らかさが伝わってくる。
「あの、モモさん。無理を言っているのは重々承知なんだけど、できればもう少しだけ離れてもらえると……」
「そう言われましても……お姉さまの発明はどれも一流、おとなしく効果が切れるのを待つしかないかと」
「何故、こんなものを……」
「作れそうだから作る。お姉さまの発明にそれ以上の理由はありませんね」
俺とモモさんの視線の先にあるのは、これでもかというほどにがっちりと握られたお互いの手のひら。もちろん、好き好んで──こういうとモモさんに少し悪いが──握りしめているわけではない。
外では未だに俺を探し出し、血祭に上げんと気炎を吐いている
何故、俺とモモさんがこんな状況に陥っているのか。
それを説明するためには、少しばかり時計の針を戻す必要があった──。
あれは昼休みのことである。いつものように教室で食事を済ませた俺は、雑談に誘ってくるナナやメアに断りを入れ校内を適当にぶらついていた、そんな時。
同じように校内の廊下で話していたモモさんとリト先輩を見かけ、挨拶をして通り過ぎようとした……まではよかった。
ふと、モモさんのポケットから転がった見覚えのない機械。それを拾ったのが、全ての原因だった。
「モモさん、これ落としたよ」
「あら、ありがとうございま……す?」
「あ!そ、それ!」
リト先輩が声を上げるも、最早遅い。拾ったそれを手渡すためにモモさんの左手へ近づいていた俺の右手は、まるで強力な磁場でも発生したかのようにモモさんの掌へ近づくと、バチン!と音を立てて密着した後、ぴくりとも動かなくなってしまっていた。
「あ、あら。これは、もしかして……」
「えっと……手が、離れないんだけど?」
「リクがさっき拾ったそれ、ララの発明品なんだ。人同士が超強力な磁石みたいにくっついちゃうやつで、効果が切れるまで……離れない……」
「え、マジですか?」
「マジだ」
そんなものを作ってしまうララを凄いというべきか、そんな危険なものを学校に持ってくるなと怒るべきか。
俺が心中で嘆いていると、廊下に大声が響き渡る。
「な、成瀬凌空ゥ!?貴様、モモさんと何をうらやま……けしからんことを?!」
「誰?」
そこにいたのは見覚えのない生徒たちだった。正直、先輩なのかどうかすらわからない。というか、あっちは俺を知っているようだが俺はその生徒のことをさっぱり知らないのだけど。
「我らはV・M・C!モモさんの安全と平和を祈るファンクラブである!」
「凄いね、そんなのいたんだモモさん」
「ええ、まあ。悪い人たちではないのですが」
「ええい、我らの前でモモさんと密談とは、許し難し!というかいつまで手を繋いでいる!早く離れろ!」
「そうしたいのは山々なんだけどね」
こっちだって離すことができるのならとっくのとうに離している。
俺が困り顔で答えると、モモさんは「困りましたねぇ……♡」と、あえて繋がった手を顔の高さまで持ち上げて、彼らに見せつけるように小首をかしげた。
「うおおおおおおおお!!!」
「ゆ、許せん!」
「貴様のことは前々から気に入らなかったのだ成瀬凌空!」
「今煽ったよねぇ!?モモさん!?」
明らかにわざと煽ったぞこの人。今だって少し楽しそうに笑っている。
「あらあら、どうしましょうか成瀬さん」
「どうしましょうか、じゃないと思うんだけど」
明らかにヘイトが俺に向かっている。リト先輩だってさっきまでモモさんと話していたはずなのに、まるで空気のように意識を向けられていない。
そんなことを考えている間にも、V・M・Cの面々はじりじりと距離を詰めてきており、何かのきっかけ一つで飛び掛かってきそうな雰囲気を醸し出している。
──話し合いで解決? 無理だ、目が血走ってる。
俺は仕方なしに覚悟を決めると、繋がったままのモモさんの手をグイと自分の方へ引き寄せた。
一瞬だけ驚いたように目を見張ったモモさんだったが、すぐに「あらあら♪」と面白がるように足並みを揃えてくる。
「走りますよ、モモさん!リト先輩!授業の方は……なんかうまいこと言っておいてください!」
「うまいことって、なんだよ!?」
「うまいことはうまいことです!よろしくお願いします!」
自分でも無茶苦茶言ってるなと思うが、言うだけならタダだ。それに──失礼ながら──リト先輩ならこういうときの言い訳にも慣れているだろう。
──と、まぁ。そんなこんなでV・M・Cから逃げ回り、何とか飛び込んだ先の空き教室でようやく俺とモモさんは一息ついているわけなのだ。以上、回想終わり。
「ところでモモさん、効果が切れるまでって言ってたけど……どれくらいで切れるの?これ」
「確か、以前にリトさんがお姉さまとくっついた時は……概ね十二時間──半日ほどだったかと。 多少前後はすると思いますが」
「長くない?」
全然夜になってしまう。それに、そんな長時間となるとトイレや風呂の問題も出てくる。俺は──まぁ最悪一日くらいなら我慢すればいいが、モモさんはそうもいかないだろう。
「本当それくらい続くとして、この後はどうするの?流石にこのまま授業には出られないと思うんだけど」
「そうですね、やはり本日はこのまま早退……とするのが自然でしょう。荷物は……ナナ辺りに事情を説明して持ってきてもらいましょうか」
「まあ、その辺が妥当かな。やっぱり」
ズル休みみたいになってしまうが、実際この状態では授業どころではないし仕方ないだろう。
そうこうしながら二人で今後について話していると、いつの間にか廊下が静かになっていることに気づく。
「諦めたのかな」
「授業も始まっているようですし」
「これなら静かに出られそうだね」
先ほどまでの騒がしさが打って変わって、授業中故の静寂と遠くから響く少しの歓声──おそらく体育の授業だろうか──が空き教室を包む。
こうなってくると、いやでも右手に意識が集中してしまうわけで。
──モモさんは、リト先輩が好きなんだと思うけど。この状況をどう思っているんだろうか。
そんなことを面と向かって聞けるわけもなく、静かに時間だけが過ぎ去っていく。
「これでよし、と。ナナの方には連絡しておいたので、授業が終わり次第荷物は家に届けてもらえるでしょう。……成瀬さん?」
「え、ああ。ごめん、ちょっと考え事してた」
「あら……こんなにも情熱的に私の手を握り締めて考え事なんて、いったい何を考えていたのですか?」
あなたが何を考えているのかわからなくて怖がっています、などと言えるはずもなく。
「ララの発明品はすごいなって」
「そうですね……お姉さまの発明はたまに失敗もするものの、その性能は折り紙付きです。私やナナが小さい頃から発明が好きで──」
そう語るモモさんの表情からは先程までの妖艶さが消え、純粋に姉を慕う少女のあどけなさが覗いている。
「──それで、私とナナが喧嘩をしていた時にも、お姉さまの発明品が暴走してしまって。皆でその対処に追われているうちに、いつの間にか喧嘩もうやむやになってしまったんです」
「なんともララらしい……って、楽しく話してる場合でもないか。今のうちに学校を出ないと」
「それもそうですね。行きましょうか、成瀬さん」
言って、モモさんが立ち上がる。当然、手を繋いでいる俺も同じく。
頭一つ低い位置に、桃色のボブカットがふわりと揺れる。よく見ると、毛先が少しカールしている。恐らく、本来はくせ毛なのだろうな、と呑気に思った。
そして、そんなことを考えている暇もなくモモさんに引っ張られるような形で俺は学校を後にした。
◇
「どこに行くの?」
てっきり俺はそのまますぐに家に帰るのかと思っていたが、なにやらモモさんはリト先輩の家とは違う方向──当然、俺の家でもない──へ向かって歩いている。
「せっかくの機会ですから、成瀬さんにエスコートしていただこうかと」
「俺に?」
「ええ。ヤミさんやナナとも、親しいようですし。どのようなデートを行っているのか興味があります♡」
「デート……って、ただの友達だよ」
「では、そのように」
まるで聞いていないモモさんは、繋がったままの左手をプラプラとさせ「ほら、どこに行くんですか?」とでも言わんばかりににこにことこちらを見つめている。
正直気乗りはしないし、無視をすることも可能だ。問題は、彼女の方が圧倒的に強いということと、無視をしたところで解決はしないということだが。
もちろん、断ったところで彼女が実力行使に出るような人だとは全く思っていないけど。
「はぁ……まあ、適当にブラつくだけなら」
「構いません」
にっこりと、笑顔なのに笑っていない表情でそう告げるモモさん。
こうして、何故かはさっぱりわからないが唐突に、俺にとってある意味では試練とも言えるような放課後の散策が始まったのだ。
◇
最初に入ったのは、何の変哲もないブティックだった。当たり障りのない、ともいう。
「これ、どうですか?」
言いながら、次から次に服を体にあてがうモモさん。確かにどれも可愛らしいのだけど、個人的には──。
「それも可愛いけど、こっちの方も似合うんじゃないかな」
言って、見繕った衣服を手渡す。黒のキャミソールワンピースに、シースルーの羽織。それから、アクセサリーとしてのチョーカー。
「あら、成瀬さんはこういうのがお好みと」
「いや、服は結局何を着るかより誰が着るかじゃない?モモさん、結構Sっ気あるしこういうのも似合うかなって」
「……へえ?」
「そういうとこ」
ぶっちゃけこの前助けてもらった時も傍から見ててめっちゃ怖かったし。
「んん。成瀬さんが私をどのように見ているのかには非常に興味がありますが……」
話ながらも、モモさんは律儀に俺が手渡した服を体に当て──。
手が繋がっているせいで、俺の手も彼女の胸元や腰のラインに沿うように動かざるを得ない。
鏡を見ながらうんうん唸っている彼女の横顔が、やけに近い。
やがて答えが出たのか、店員へ服を手渡すと二言三言話をし、こちらへ体を向けた。
「まぁ、折角選んでいただいた記念ということで」
「お眼鏡に適ったようでなにより」
「そういう成瀬さんは、どのような服を?」
「俺?俺は、まぁ着られればなんでも。よっぽど変じゃなければいいかな」
この発言がいけなかった、と気づいたのはモモさんの瞳がきらりと輝いた後だった。
「では、今度は私が選んで差し上げましょうか?」
「いや、悪いよ」
「いえいえ、お気になさらず」
「ほら、手も繋がったままだし」
「いえいえ、お気になさらず」
「……出来の悪いNPCみたいになってる!?」
「いえいえ、お気になさらず」
結局、その後も何を言っても「お気になさらず」で流され話を聞いてもらえず、俺はあえなくモモさんの着せ替え人形となり果てたのであった。
「まあ、こんなところでしょうか。実際に着ていただくわけにはいかないのが少し残念ですが」
「いや、充分すぎるくらいに充分かな……本当に」
次から次に様々な服をあてがわれ、挙句の果てには「申し訳ないしもったいないからいらない」と言っているのを押し切る形で購入され、後日家に届くことになってしまった数着の衣類たち。
……せっかく買ってもらったのに一度も着ない、というのは流石にダメだろうか。
「思いのほか時間を使いましたね。この後はどちらに?」
「まだ続くんだ」
「それはもう」
そう言って、隣を歩くモモさん。しかし、彼女が言うように既にもういい時間でもある。家に帰る時間を考えると、どこか行くにしてもあと一か所がせいぜいと言ったところだろう。
「学生らしくゲームセンターでも行きますか」
「ゲームセンターですか?」
「好きでしょ?ゲーム。リト先輩が言ってたよ」
「リトさんが?」
モモさんは目を丸くした後、頬を薔薇色に染めて、嬉しそうに口元を緩ませた。
「……ふふっ。そうですか、リトさんが……♡」
「それで、どう?」
「ええ、構いません。最初に言ったとおり、今日は成瀬さんについて行きますので」
◇
「何で遊ぶ?」
「そうですね、片手でもできる……あれなんてどうですか?」
そう言ってモモさんが指さしたのは、銃の形をしたコントローラーを使って遊ぶガンシューティングゲームだった。
「私は右手で撃てますが……成瀬さんは左手になりますね。大丈夫ですか?」
「まぁ、そんな本気でやるわけでもないし。大丈夫じゃないかな」
そう言って、俺たちは銃を構える。
邪魔にならないよう、繋がれた手は二人の体の間──腰のあたりで小さく組まれていた。
「では、そうですね。これは対戦型ではありませんが……スコアが低かった方は何か一つ言うことを聞く、ということで」
「え」
そう言うと、モモさんは俺の返事を待たずにクレジットを入れ、ゲームを開始してしまう。
「ちょ、待って」
「待ちません♡」
画面が切り替わり、敵が現れる。俺は慌てて左手でコントローラーを構えるが、利き手ではない指先はトリガーの感覚をうまく掴めず、照準がふらふらと泳いでしまう。
しかも、隣でモモさんがトリガーを引くたびに、繋がれた手を通じて俺の体まで振動が伝わり、狙いがさらにズレる。
「あ、また外した!」
俺の画面には虚しく「MISS」や精々「NICE!」の文字が並ぶ一方、隣のモモさんの画面では「HEAD SHOT!」「PERFECT!」という派手なエフェクトが乱舞している。
「この分ですと、私の勝ちは揺らがなそうですね」
「これだけ有利ならねえ!?」
言いながら敵を追って銃身を振ると、俺の肩がモモさんの柔らかい肩に軽くぶつかる。
「きゃっ。……成瀬さん、ボディ・コンタクトによる妨害はルール違反ですよ?」
「不可抗力だって!」
あらあら、と笑いながら正確に敵を撃ち抜いていくモモさんを横に、慣れない左手で操作をしていくがやはりうまく当てることが出来ない。
結局そのまま──。
「はい、私の勝ちですね」
「そりゃあそうだろうねぇ……」
案の定、ゲームが終わって表示されたスコアは二倍以上の差がついており、それはつまり勝負は俺の負けであるということを無情にも示していた。
モモさんは楽しそうに笑った後、こちらの顔を覗き込みながら少し考えるそぶりを見せる。
「お願いは……どうしましょうか」
「そもそもOKした覚えはないんだけど」
「そうですね、保留ということにしておきましょうか♪」
「聞いてないし……」
くすくすと笑うモモさんを横に、ため息をついて頭を振る。
「……お手柔らかにお願いね」
聞いているのかいないのか、「ええ、もちろん」とだけ相槌を打ちながら歩くモモさんに手を引かれて別のゲームへと向かう。
そのままクレーンゲームや音ゲー、レースゲームなど色々なゲームを遊び──。
「あら、もうこんな時間ですか」
「すっかり暗くなっちゃったね」
「ええ。結構楽しかったですよ……あら?」
クレーンゲームで取った景品──何かのマスコット人形らしい──を眺めながら会話を続けていると、モモさんがふと声を上げて携帯を取り出す。
そして数秒ほど画面を見ていたかと思えば、ほんのわずかに眉根を寄せて「全く……」と小さくため息をこぼした。
「どうしたの?」
「いえ、ナナから「なんであたしに荷物持ってこさせておいて家にいないんだよ!さっさと帰ってこい!」とメールが」
「うん、正論だね」
反論の余地がない。というか、俺もすぐに帰るものだと思ってたし。
「仕方ありません。もういい時間ですし、これ以上ナナを待たせて怒らせるのも面倒です。そろそろ帰りましょうか」
「効果時間から薄々察してはいたけど、やっぱり今日はリト先輩の家に泊まるんだね」
「あら、もしかして私と二人きりになりたいと……?申し訳ありませんが、それは流石に……」
「言ってません」
◇
「遅い!」
「ごめん、ナナ」
「全く、声が大きいですよ」
「お前何様のつもりだ!?」
リト先輩の家に着くなり、玄関で待ち構えていたナナの怒号が響き渡る。
その視線は俺とモモさんの繋がれたままの手に向けられており、よく見ると目じりがつんと吊り上がっているように見えた。
ぶっちゃけ悪いのはこちらなので、火に油を注ぐのはやめてほしいのだがこの二人にとってはこの程度の喧嘩は日常茶飯事のようで、モモさんも少し楽しそうにナナのことを煽っている。
「大体、なんであたしがお前たちの荷物を持って帰らなきゃいけないんだよ。自分たちで取りにくればいいだろ」
「仕方ないでしょう?この状態で教室に戻るわけにはいかないですし」
「その割には色々楽しんでたみたいだけどな」
そう言ったナナの視線は、俺の左手に握られた謎のマスコットに注目している。
そのままの勢いでじろり、と俺の方まで睨みつけてきた。
「ああ、成瀬さんが取ってくださったんです。可愛いでしょう?♡」
「なっ……!?」
「クレーンゲーム対決でお互い景品を取っただけだけどね」
俺がそう言うもナナは絶句し、次いで俺の左手のマスコットとモモさんと繋がれたままの右手を交互に見比べている。
そして口を開く──前に、ナナへ声をかける。
「ナナ」
「なんだよ?」
「はい、これ」
声に釣られてこちらを向いたナナの手へ持っていた人形を手渡す。ナナはと言えば、ぽかんと口を開けながらこちらを見つめている。
「え、だってお前これ、モモのじゃ……」
「さっきも言ったけど、クレーンゲーム対決でお互い景品を取っただけだけでプレゼントとかじゃないからね。折角だし、ナナへのお礼にしようと思って」
「私が取ったのはこっち。ナナったら早とちりなんだから」
「いや、明らかに誘導してたよね。嘘は言ってないけど本当のことは言ってないみたいな」
やがて状況を理解したのか、ナナは「あ、ありがと……」と小さく呟くと思い出したようにかぶりを振って「だ、騙されないからナ!」と叫んで奥に引っ込んでいった。
「抜け目ないですねえ」
「取る時横にいたくせに何言ってんの」
「そこではないのですが……まあいいです」
ほら、入りましょう。そんなことを言って手を引くモモさんに続いて、リト先輩の家へ上がる。
──そういえば、結局お風呂やトイレをどうするか考えていなかったな。そんなことを思いながら。