選ぶこと、選ばないこと 作:思い出
#EXTRAはその名の通り番外であり、本編とは関係したりしなかったりします。
深く考えず、一話限りのお楽しみとしてお読みください。
特に今話については、本編に比べToLOVEる比率やキャラクターの乖離が大きくなっている──有体に言えば若干えっちぃ──ためそのような表現が苦手な方はご注意ください。
「おい、リク。暇だ」
「そうか、よかったな」
「私は暇だと言ってるんだ、何もよくない」
「暇なら適当に記憶でも漁ればいいだろ。俺は暇じゃない」
にゅ、と胸元から飛び出たネメシスが口先を尖らせて文句を言いながら、俺の顎をペチペチと小さな手で叩いてくる。
俺とこいつが何故こんな状況になっているのかについては、山よりも高く谷よりも深い事情があるのだが……。
「何が事情だ。お前の甘ちゃんが出ただけだろうに。そら、嫌なら出て行ってやるぞ。私は死ぬがな」
「そうは言ってないだろ」
「なら私を構え。どうせ暇だろう、私に隠し事ができると思っているのか?」
事実として、確かに忙しいわけではない。今やっている宿題だって別に切羽詰まってるわけでもないし、なんなら後回しにしても問題ない。
でもそれはこいつに構ってやることとイコールでもなく。
「お前、そんなだったっけ?」
「あの時言っただろう。所詮この世は暇つぶし。お前を下僕とするのも、ダークネスによって銀河を破壊するのも、私にとってはその場の退屈しのぎ以上に意味を持たん」
「タチが悪すぎる」
何より何一つとして嘘を言っていないのが一番タチが悪い。
「だから言っただろう。私を憑依させ、救うというのはそういうことだと。今からでも遅くはないぞ?あの時にも言ったが、私はそれなりに満足している。銀河の覇者たるギド・ルシオン・デビルークに勝てなかったのは、まぁ兵器として悔しくはあるが」
「それこそ今更だろ。というか、聞く必要ある?」
「ないから聞いてるのさ」
そう嘯く彼女の瞳は悪戯っぽく笑っているようで──そのまま耳元で囁かれた声が鼓膜を通して甘く脳を打つ。
非常に──本当に心底から不本意ではあるが、俺はこいつに借りがある。それも、命を救ってなおお釣りがくる程度にはドデカい借りが。
……それでなくても、こいつが死ぬとメアが悲しむ。俺も、少しは。
「俺はお前に逆らわない。お前は俺に逆らわない。そう決めただろ」
「む、それはそうだが。でもお前は私に逆らってるじゃないかよ~、もっと構えよ~。それが助けた人間の責任というものだろ」
「駄々っ子か?」
「こういうのは、この星ではあれだろ?釣った魚に餌をやらないとかいうんだったか」
「人聞きが悪すぎる」
やはりあの時の判断は間違いだったのでは……?何が悲しくて破滅願望持ちの褐色ロリと文字通りの一心同体にならねばいかんのだ。
「そうか?こういうの、お前らにとっては「ご褒美」なのだろう?」
「その手の人にとってはそうかもしれないけど、俺にとっては違う」
「とか言って、以前ほど私に嫌悪感がないじゃないかお前」
「心読むのやめてくんない?」
「ふ、違うな。読んでいるのではない。文字通り私はお前なのだから」
自慢気に言うことじゃない。
「まあ、冗談はさておきだ。私はお前から離れられん。お前の中身を漁るのにも飽きたしな。実際退屈なのだよ」
今度は背中から生えるように出てきたネメシスが、背後からもたれかかる様にして抱き着き退屈を訴える。
「だから……ほら、私と共に退廃的な甘い日々を過ごそうじゃないか……。なあ、リク?」
「お前本当にそれ好きね」
ぺいっ、と背後から手を回すネメシスを払いのけ、進めていた宿題を片付ける。
「そういうの、リト先輩なら効果は抜群なんだろうけど」
「お前、ほんとーに枯れてるな。肉体ではなく精神が。そんなだと金色やメアを満足させてやることができないんじゃないか?」
「余計なお世話すぎる」
ほら、私が練習台になってやろうか?この私が、直々に。そんなことを宣うネメシス。
本当に心の底から余計なお世話すぎる。俺がお前に求めるのはさっさと元気になって俺の中から出ていくことだけなのだが。
「なんだ、こっちは素直なくせに」
「お前それ本当にやめてくれない?ただの生理現象だから」
「ナナ姫や金色たちの前ではすました顔をしているくせに、こんな凶悪なモノを持っているとは……やはり危険だな」
「ド直球の下ネタだからなそれ。場合によっては泣くぞ、大の大人が」
「それはそれで面白い。そら、泣いてみろ」
背中に張り付いた彼女の身体から、ドロリとした愉悦の感情と、冷たい笑い声の振動が直接背骨に伝わってくる。
……こいつ、本当に楽しんでやがる。
「無敵かこいつ」
何なら本当に大泣きしてやろうか。大の大人がみっともなく。
そんなことを考えながら、はあとため息をついてノートを閉じる。
「なんだ、やめるのか?」
「
「そうか、大変だな」
どの口が言ってるんだろう、本当に。
「さて、それじゃあ──ん?どこに行くんだ?」
「風呂」
「早くないか?いつもは食事の後だったはずだが」
「気分転換だよ」
言って立ち上がり、脱衣所へ向かう。当然、ネメシスも一緒に。
彼女は俺の背中から離れることなく、むしろ「お、風呂か? 良いね」とでも言わんばかりに、影のようにズルリと肩まで這い上がってくる。
「脱ぐのに邪魔だから引っ込むか外に出るかしてほしいんだけど」
シャツのボタンに手をかけながらそう告げると、ネメシスは「やれやれ」といった風情で、「ぽん」とでも音を立てるように俺の胸元から飛び出した。
いつもの黒いワンピースに、同じく吸い込まれそうな黒い髪。……「トランス兵器に見た目は関係ない」とかいつも言ってる割には、この姿気に入ってるよなこいつ。
「もうちょっと色気のある話ができんのかお前は」
「今更過ぎる。お前が引っ付いてからどれだけ経ってると思うんだよ」
洗濯機の上に座り、足をプラプラとさせているネメシスと会話を続けながら服を脱ぐ。
「などと言いながら、実際のところ少し恥じらっている辺り中途半端だよ、お前は」
「……」
めんどくさい、本当に。
「言ってないでさっさと入るぞ」
「はいはい。なんだかんだ言って私を追い出さない辺り、やはりむっつりだなお前」
「じゃあ入ってくるな」
追い出して鍵をかけたところで破って入ってくるから諦めたんだろうに。
まるで俺が風呂に一緒に入ることを歓迎してるような言い方はやめてもらいたい。
未だにうだうだ言っているネメシスを無視して、風呂場へ入る。どうせ放っておいたところでやりたいようにしかやらないのだから、面倒くさい時に相手をしてやる義理もない。
「面倒くさい時しかないのが一番の問題だな……」
むわり、と立ち込める湿気と湯気。眼鏡をかけていれば曇りそうなその白さの中へ、ネメシスも当然のように「ほう、いい湯加減のようだな」とついてきて、先ほどの言葉へ反論をした。
「心外だな。お前も楽しんでるじゃあないか」
「そんなことはないが、仮にそうだとしても面倒くさいというのは変わらない事実だ」
「ま、いいがな。言葉よりも雄弁なものが私たちにはある」
ちら、と流し見るようにこちらへ目線をやるネメシス。こいつ、
そんな「言葉にしなくても通じ合える」とかいう寝言──俺とこいつに関しては事実だが──を言うタイプではないと思っていたけれど。
そんなことを考えながら体を流していると、さも当然のように俺の目の前へネメシスが背を向けて陣取る。
「ほら、流させてやる」
「流してください、だ」
「流させてやる、と言っている」
数秒の沈黙。しかし、ネメシスがそれ以上言葉を続ける気配もなく、諦めた俺はため息を一つ吐いてボディタオルを手に取った。
泡立てたタオルを彼女の背中に滑らせる。ひやりとした冷たさと、それでいて柔らかい絹のような滑らかな感触が、タオル越しでも伝わってくる。
「は、最初から素直にそうしておけばいいのだ」
満足げに目を細めるネメシスを見下ろしながら、俺は過去の惨劇を思い出していた。
「無視したらお前、俺のこと操ってくるじゃん」
「当然だ。下僕の体は私のものなのだぞ」
あれは酷かった。以前にも似たように体を流せと言われた時、あまりの面倒さに無視を決め込んでいたら、こいつは何を思ったのか俺の体を制御権を奪い無理やり自分──ネメシスのことだ──の体を隅から隅まで洗わせたのだ。
体は動かせないけど触覚などは当然そのままなわけで、しかもその時はボディタオルではなく素手にボディソープをつけて洗わされるという拷問のような真似をされた俺は、非常に遺憾だが自分の意志で体を洗うようになった、というわけだ。
「しかもお前、言うに事欠いて「結局自分でやってるのと大差ないからつまらんな」とか言ってなかったか?」
「事実だ。お前のことをジャックして洗わせたところで、自分で洗っているのと何も変わらん。やはり、こういうのは他者の手でやらせてこそだな。……ん、そこだ。いいぞ」
言いながら、背中を流していく。それほど大きくない背中はすぐに泡まみれとなり──。
「ほら、前」
「ん」
俺が言うと、ネメシスは短く返事をして体をくるりと反転させる。トランス兵器と言えど目に泡が入ると痛いのか、金色の瞳はしっかりと閉じられその姿を隠していた。
……黙っていれば可愛いのにな。
「そう言うな、照れるじゃないか」
ネメシスは少しだけ頬を膨らませ、泡のついた指先で俺の胸をつつく。
「何も言ってないんだよな。というか読んだならそのまま黙ってなよ」
「そうだな、黙っている私は可愛いらしいからな」
「うぜえ……」
やっぱり可愛くない。さっきのは何かの気の迷いだろう。そんなことを考えながら、ネメシスの体を洗う。
鎖骨から胸元、腹、太もも。
……洗っている俺が言うのもなんだけど、こいつに羞恥心はないのだろうか。ないんだろうな。あったらそもそもあんな格好していない。
「はい、終わり。先に入ってな」
洗い終わったネメシスの体へ湯をかけ、泡を流す。体中を覆っていた泡はすっかりと流され、褐色の肌に張り付いた長い黒髪が艶やかな雰囲気を醸し出している。
湯気と湿気で潤んだ金色の瞳が、挑発するように細められてこちらを見ていた。
「なんだ、洗うだけで終わりか?」
「それ毎回やるの?」
「お約束、というやつだ」
嫌なお約束すぎるでしょ。
「そういうのいいから、先に入っときなって。というか入ってくれないと狭くて洗いにくいから邪魔」
「代わりに流してやろうか?……お前が私にしてくれたように、隅々まで、優しくな。何、気にするな。いつものことじゃないか」
「初めて聞いた「いつも」だね」
「これからは「いつも」になるということさ」
言いながら、密着したままトランス能力を使って自身の身体を変化させていくネメシス。
少女のようだった体躯はあっという間に成長し、俺と同じくらいに。
俺の胸板に押し付けられていた柔らかな感触が、質量と熱を増しながら膨れ上がり、逃げ場のない圧迫感となって俺を押し包み、体つきも年齢相応にくびれていく。
その体表を流れていた水滴が、成長した肢体の豊かな曲線の上を、ゆっくりと滑り落ちていくのが見えた。
「……どうだ?」
吐息混じりの、先ほどまでとは比べ物にならないほど甘く、艶やかな声が耳元で響く。
しな垂れかかって来ているその見た目は間違いなく絶世の美女であり、そのスタイルも間違いなく素晴らしいものではあるが──。
「中身が
「ほう、だが心はともかく肉体はそうではないようだが」
「生理現象だって言ってんでしょうが。生きてる以上どうしようもないの、それは」
むしろ正常な反応である。この状況においては反応しないでくれる方がありがたいが。
心中でため息をつきながら、密着しているネメシスごと水を被る。
「苦しいだろう?私が楽にして──冷たいじゃないか」
「お前がいつまでもアホ言ってるから頭冷やしてあげてんでしょうが」
俺に乗ったまま元の姿に戻り、ふるふると体を振って水を払っているネメシスを湯舟へ放り込む。
「つまらんなぁ、修行僧か?お前」
「刹那的快楽に身を任せる人間は破滅するんだよ」
「刹那でなければいいんだろう。運命共同体と言っても過言ではないぞ、私とお前は」
「そういう意味じゃないって分かって言ってるでしょ」
「ふふ、どうかな」
どうかなじゃないんだよ。思考が伝わるのは両方向だってわかってるだろうに。体を洗いながら脳内でそう呟く。
……というか、こいつ今しれっと直っても一緒にいるみたいなこと言ってなかったか?
「当然だろう、今の私にとってお前や金色たちをからかうことは生き甲斐と言える。今更離れられると思わんことだ」
「百歩譲ってそれはいいとして俺の中からは出て行ってくれ」
「そうしたら退屈過ぎてまた銀河大戦でも引き起こしたくなってしまうな」
「脅しのスケールがデカすぎるだろ」
ただの高校生──ではないけど──にそんなもの背負わせないでほしい。
……まあ、こんな思考も全部筒抜けなのだろうが。
事実、湯船に浸かったネメシスが、こちらを見てクスクスと喉を鳴らして笑っていた。
「ほら、詰めるか出るか」
「雑だな……そら、入れ」
体を洗い終わった俺がそう言うと、ネメシスが浴槽の中で体を動かしスぺースを空ける。
一人分がようやくと言った程度の隙間に体を入れ、湯舟へとその身を浸した。
足を伸ばして湯舟に入っている俺と、その俺に寄りかかるよう背を預け、すっぽりと体の前に収まっているネメシス。
お湯の温かさと先ほどまでの喧騒が嘘のような静寂が浴室を支配する中、ネメシスが見上げるよう目線だけを俺の方へ向けて口を開いた。
「後悔しているか?」
「今更どうしたの」
そんなこと、聞くまでもなくわかっていることだと言うのに。
そんな考えが伝わったのか、珍しく──本当に──じとりとした目線でこちらを見たネメシスが再度口を開く。
「こういうのは口で言うのが大事なのだろうが。それともお前、わざとか?この私に対して焦らしとは……いい度胸じゃないか」
「めんどくさい彼女みたいなこと言いだしたな。そんな関係じゃないだろ俺たち」
「それで、どうなんだ」
後悔しているか。そんなの、考えるまでもない。当然──。
「してるに決まってるじゃん。むしろしない日はない。今もしてる」
そう言い放つと、胸元に預けられた彼女の身体が、くつくつと楽しそうに震えるのが伝わってくる。こちらを見上げたままのネメシスが、こちらの顔へ手を添えて話を続ける。
「そうだな、それでいい。……金色も、メアも、お前に絆されてしまった。トランス兵器に対する特攻でも持っているのか、お前」
「知らないよ、そんなの。俺はただの──前世があるだけの──高校生だ」
「それを「ただの」と評するのは些か卑怯だと思うがな」
言って、ちゃぷんと顔の半分ほどを湯舟へ沈め、くるりと反転してこちらを見るネメシス。
狭い浴槽の中で彼女の滑らかな肢体が俺の足や腹に擦れ、小さく波打ったお湯が俺の顎を濡らした。
「死を経験し、それでもなお生きようとする意志か。それは、流石の私でも知らないものだ」
だからこそ、闇であるメア達も惹かれるのかもな──。
言葉は出していない思考が、当然のように伝わってくる。
そんなに難しい話ではない、と思う。結局、彼女たちには彼女たちの心があり、それが──俺以外も含んだ──色々な人と触れ合うことで成長したということだと。
そして、それは
「ま、そういうことにしておこうか。それよりもそろそろ出るぞ、もういい時間だ」
「俺、風呂はゆっくりと入りたいタイプって知ってるよね」
「言っただろう、そろそろいい時間だ。今日は金色やメア、結城リトたちと深夜から「初詣」とやらに行くのだろう?それよりも
言いながら、彼女の滑らかな指先が、湯船の中で俺の太腿をツー……と意図的に撫で上げた。
「……そうだった。というか、もうそんな時間かよ」
風呂に入り始めたのって、そんなに遅い時間じゃなかったはずだけど。
そんなことを思いながら、未だに絡みついてくるネメシスを引き剝がして湯舟から上がる。
立ち上がった俺から転がり落ちたネメシスは「にゃ~」などと間の抜けた声を上げてとぷんと浴槽の中へ沈みこむ。
水面からブクブクと泡が立ち上り、その泡の一つ一つが不満げな罵倒の形をしているように見えた。
「アホやってないで早く上がるぞ」
「酷いなぁ、自分の都合で女を振り回すとは」
「そういうのいいから」
言って、脱衣所へ出て体を拭いていると、背後からぺたぺたという足音とともにネメシスもついてくる。そのまま、横に置いてあるタオルを適当に投げ被せた。
「むぐ……雑じゃないか」
頭からすっぽりと布に覆われたネメシスは、まるで捕獲された宇宙人のようにジタバタと腕を動かし、タオルの中から抗議の声を上げた。
「そもそもタオルもいらないだろホントは」
「……ほら、拭け」
「自分でな」
ばっ、と両手を広げて待ち構えるネメシスを無視して服を着始めると、背後でシュルリという音がした。
振り返れば、身体に纏わりついていた水滴を瞬時に気化させ、乾いた肌で不満げにこちらを見つめるネメシスの姿があった。
「……便利だな、お前は」
「いいだろう?」
「やっぱ今度からタオルはなしで」
軽口を叩きながら荷物の準備をする。といっても、せいぜい財布と携帯電話くらいしか持っていく物はないのだが。
「ほら、入って。そろそろ行くから」
「せっかちな奴だ。出ろと言ったり入れと言ったり……」
ぐちぐちと文句を言いながら、溶けるようにして俺の中へ戻っていくネメシス。
……再び身体の内側から感じる、微かな重みと冷たさ。もうすっかり慣れてしまったこの感覚に苦笑しながら、俺は玄関のドアを開けた。