選ぶこと、選ばないこと 作:思い出
おすすめの消費方法はブラウニーにすることです
「ねえリクくん。放課後ってヒマ?」
「今日の?」
「うん」
朝。登校してすぐのこと。
いつものように隣の席に座っているメアから急にそんなことを聞かれる。
「今のところ予定はないかな」
「じゃあさ、ちょっと付き合ってほしいな」
「いいけど、どこに?」
俺がそう聞くと、メアは小首をかしげながら口先を少し尖らせて指を当て。
「ん~……デート?」
などと、微笑みながら衝撃的な言葉を口にしたのだった。
◇
「じゃ、行こっか」
授業の終わりを示すチャイムが鳴り、放課後になった途端に席を立って笑顔でそう言い放つメア。
「ほら、早く!」
そう言って俺の手を引くメア。
その手は華奢な見た目に反して力が強く、少し──痛いくらいで。
……背後から、ナナの「あ!?」という驚きの声と、ヤミさんからの訝し気な視線が突き刺さった気がするが、俺は振り返らずに教室を出た。
「なんか、今日は随分強引だね」
「そーお?」
「そーう」
真似をして返すと「なにそれ」とメアが笑った。実際、メアは奔放だけどここまで強引でもなかったような気もする。あくまで、俺の感覚だけど。
「気のせいじゃない?」
そう言って笑うメアの瞳が、一瞬だけ俺から逃げるように揺らいだのを見て──俺は、それ以上聞くのをやめた。
「……そうかもね」
「そんなことより、ほら」
言いながら、掴んだままの右手をぐいと引っ張るメア。されるがままに引き寄せられた俺の体は、ぴったりとメアに密着して──。
「行こ♡リクくん」
「近くない?」
「近くな~、い」
笑いながらも、手を離す様子も体を離す様子も見せないメア。いつの間にか繋いでいた手は腕ごと絡め取られており、気が付けばどこからどう見ても「そういう二人」にしか見えない状態になっていた。
「それじゃあ、レッツゴー♪」
強引に振りほどくことも、できなくはないのだろうけど。楽しそうに笑うメアの顔を見るとそんな気も起きず。
「どこに行くの?」
「色々!」
「……了解」
結局そのまま、二人で街へ繰り出すこととなった。
◇
「わ!可愛い~!」
そう言って目を輝かせるメアの前では、複数のガラスケースで仕切られた中を動物たちがめいめい好きなように過ごしている。
犬や猫といったメジャーな動物から、兎やトカゲといった一風変わった動物まで多種多様なものがそろっているここは、要するにペットショップの一角である。
「動物好きだったっけ」
俺の問いかけを受けながらも、ガラスに張り付くようにして覗き込むその顔は年相応のあどけない少女そのもので。
……さっきまでの強引さが嘘のように、無防備だ。
「うん!この間から」
この間、と言うのはまあ間違いなくマロンやナナのペットたちとの一件だろう。
──あっ、やめっ……りくぅ……──
違う、そこじゃない。
ぶんぶん、と頭を振って記憶を追い出す。そうでなくとも、仮にもデート中──デートと呼んでいいのかは微妙だが──にこんなことを考えているのは我ながらどうかと思う。
「ね、ね。リクくん。あの子、リクくんに似てるね」
「え?」
「ほら、あの子」
そんなことを考えていると、メアがガラスケースの一角を指さしてそう言ってくる。
指さされた先には、一匹の犬──ペットショップの中では比較的年を取っているように見える──が丸まりながらこちらを見ていた。
「似てるかな」
「うん。ほら、なんていうか……落ち着いてる?みたいな」
「それ、褒めてる?」
「もちろん!」
確かに事実として老けてはいるだろうけど。
そう思いながら、メアと会話を続けていると。
「あら、あなたたち……」
「はい?」
「あ、せんぱい」
声のした方へ目を向けると、そこには一人の女子生徒が立っていた。長い黒髪と、整ったスタイル。どこかで見たような気が……。
「こんなところでどうしたの?」
「え、デートですよ。せんぱいは?」
「私は猫ちゃんたちに癒されに……って、デート?え、あなたたち付き合ってたの?」
メアと先輩が話している。
……こう、名前が喉元まで出かかっているのだけど、そこで詰まって出てこない。
「付き合う?」
「え、そこからなの……?その、こ、恋人同士なの?」
「違うよ?」
「違うの!?じゃあなんでデートをしてるの!?」
そう叫んだ先輩は信じられないものを見るような目でこちらを睨む。その眼光はとても鋭く、なんだかとてつもなく怒っているようにすら感じる。
「あなた!もしかしてこの子のこと騙したりしてるんじゃないでしょうね?……ちょっと、聞いてるのかしら?」
というか、怒っている。凄く。
「いや、メア──彼女とは友達で。今日もデートっていうよりは二人で遊びに来たって言う感じで」
「え~!リクくんひど~い!デートしよってちゃんと言ったのに」
クスクスと楽しそうに笑いながら火に油を注ぐメア。……からかっているのは明白なのだが、目の前の彼女にはそんなことは関係ないらしく。
「あなた……成瀬くん、だったかしら。この間見た時は真面目そうに見えたけど、私の勘違いだったみたいね」
どうやら彼女の中で俺はとんでもないチャラ男のように思われているらしい。酷い誤解だ。……というか、この間?
その言葉を受けて、ようやく記憶が蘇る。と言っても会ったのは一度きりで、しかもほんの少しの間だったのだから忘れていても当然と言えるが。
「誤解ですよ、古手川先輩」
「何が誤解なのかしら」
「確かに俺とメアは付き合っていませんが、友人として仲はいい方だと思います」
「それで?」
一応話は聞いてくれるようで、古手川先輩は訝し気に続きを促す。
「最近は別に付き合ってる男女だけじゃなくて、友達同士で遊びに行く時でも使うんですよ。デートって言葉」
「……そうなの?」
「そうなんです」
俺の言葉を受けた先輩は「そういうものなのかしら……。でも確かに籾岡さんとかは……」などと小声で呟いている。この人、案外単純なのだろうか。
というか、一度だけ会った先輩に何故交友関係を注意されなくてはいけないのかは正直疑問ではある。風紀委員らしいし、結構お堅い人なのかもしれない。
「でも、それは腕を組んでいるのとは別問題よね」
「……まあ、はい」
何も、言えない……。そこについては……!
だってどう見ても友達の距離感じゃない、腕組でペットショップは。
そんなことを考えていると、隣でメアが口を開いた。
「え~、でも私もリクくんも嬉しいんだし、それでいいんじゃないですか?それとも私たちがこうしてると、せんぱいに何か問題があるんですか?」
ここ学校じゃないですし。そんな一言を添えて、メアが反論する。
「む……それは、ないけど。……まぁ、あなたの言う通り校外のことにまで口出しする権利はないわね。それは個人の問題だもの」
と、そこで一度言葉を切った古手川先輩はじろ、と俺のことを睨みつけると。
「でも!校内でハレンチなことをした場合問答無用で処罰しますから!忘れないように!」
とまるで何かの宣誓のような勢いで──主に俺に向けて──宣言した。
そして、名残惜しそうに猫のケージを一瞥すると「……今日はもう帰るわ!」と自分に言い聞かせるように呟いて、足早に店を出ていってしまう。
……なんだか悪いことしたかな。猫、好きだったみたいだし。そんな風に古手川先輩のことを考えていると、またしてもメアが口を開いた。
「ねーリクくん、次はどこに行く?」
「決めてないの?」
「うん」
なんとも行き当たりばったりなデートプランもあったもので、この後の予定は特に決まっていないらしい。メアらしい、と言えばらしいが。
どうしようか、なんて考えているとどこからか「くぅ」と可愛らしい音が聞こえてきた。
「あ」
「お腹すいた?」
「すいちゃったみたい」
そう言って、ぺろりと舌を出して自分のお腹をさするメア。
「なにか食べよっか。何がいい?」
「ん?ん~……なんでもいいよ」
「それ、一番困るやつね」
要は相手のセンスまかせということになるのだから。
とはいえ、任されたからには応えなければいけないわけで。
「……とりあえず歩こっか」
「ふふ、そだね」
終始楽しそうに笑うメアに対して、俺にできることと言えば答えを先延ばしにすることくらいだった。
◇
「いらっしゃいませ!お二人ですか?」
「はい、二名です」
「かしこまりました。では、あちらのテーブルへどうぞ」
結局、入ったのは駅ビルに入っている喫茶店だった。小洒落た感じの佇まいをしているその店には俺たちと同じような学生が多く座っており、繁盛しているらしいことが窺えた。
「こちら、メニューとなります。お決まりになりましたらお呼びください」
そう言って店員さんが去るなり、メアは自分の手元にあるメニューをじっと見つめながらこちらへ問いかける。
「ねえねえ、どれが美味しそうかな?」
「え。俺は、そうだな──」
言って、メニューへ目を滑らせる。コーヒーや紅茶、ケーキと言った定番のメニューから、何やら珍妙な──ある種の時代を感じさせる──明らかにカップル向けと思わしき数点のメニューまで。
驚くべきは、そのメニューを頼んでいる客が店内に数グループ存在することだろうか。
──流石にアレはナシだな。
そう結論づけて、メアへ返事をする。
「無難にケーキと飲み物でいいんじゃないかな。これだったら、二人で違う味を頼めば分けて食べられるし」
「食べさせっこってコト?素敵ね」
「論理の飛躍が激しいねえ」
二人で分けることはメアの中でイコール食べさせあうことになっているらしい。
そして、俺が訂正する間もなくメアが店員を呼んでしまう。
「すみませ~ん」
「はい。ご注文がお決まりですか?」
「私はこのショートケーキと……あとアイスミルクで」
「……俺は、モンブランとアイスコーヒーでお願いします」
「かしこまりました。ショートケーキにアイスミルク、モンブランにアイスコーヒーですね」
テキパキと注文を受け付けた店員は「では、こちらお下げ致します」と断りを入れてメニューを回収し、少し足早に去っていった。
「で、食べさせあいがなんだって?」
「え?二人で一緒に食べようって言ったのリクくんでしょ?」
「……ま、いいか。うん、なんでもない」
別に今更恥ずかしがるようなことでもない。……本当か?なんだか最近自分の価値観がどんどんと崩れていっているのを感じる。
それは、いいことなのか悪いことなのか。
「リクくん?」
思考の海にとらわれていた俺の鼓膜を、メアの声が打つ。
──考え込みすぎるのが俺の悪い癖……って言うのは、わかっているつもりなんだけど。
「いや、なんでもない」
「?」
不思議そうに首をかしげるメア。その様子を見ていると、なんだか悩んでいる自分がバカバカしく思えてくる。
「今はそれで、か」
「何か言った?」
「や、どうやって分けようかなって思って」
「半分こでいいんじゃない?」
そんな他愛もない話を続けていると、注文していたケーキと飲み物がやってくる。
少し小ぶりなケーキと、おしゃれなグラスとカップに入った飲み物たち。
「食べないの?」
声の方を見ると、メアは既にフォークを構えて自分のショートケーキへ切り込みを入れている。
というか、よく見たら既に苺が消えていた。早すぎるでしょ。
「食べます。だからその物欲しそうな視線はやめなさい」
「そんなに食い意地張ってるように見える?私」
「少なくとも今は」
言いながら、モンブランを一切れ口へ運ぶ。栗の甘味と生クリームの柔らかさが、口の中へと溶けていった。
「ん、美味しいね」
「じゃあ、はい」
言って、「あー」と口を開くメア。それはどう見ても「あーん待ち」の体勢に他ならず。
俺は無言でモンブランを切り分けると、メアの口へと放り込んだ。
「はい」
「ん!美味しいね」
「それはよかった」
喜ぶメアを横目に、再度自分の口へモンブランを運ぶ。ほのかな苦みと、確かな甘さの同居したそれは、間違いなく美味しかった。
◇
「ありがとうございました~!」
お辞儀をして礼を言う店員を背に、喫茶店を後にする。
空を見ると、いつの間にか太陽は沈みかけており、夕焼けが街を照らしていた。
隣を歩くメアは、さっきまでのはしゃぎっぷりが嘘のように静かで──その影が、夕日に長く伸びている。
「わ、もうこんな時間なんだ」
「思ったよりのんびりしてたみたいだね」
「うん。そろそろ帰らなきゃ」
話しながら二人で歩く。そして、あっという間に分かれ道にたどり着いて。
「じゃ、俺はこっちだから」
「うん」
「また明日ね、メア」
「うん、また明日ね。リクくん」
喫茶店を出てから少し。なんだか、調子が狂う。本当にこのまま別れていいのかな、なんて考えていたその時。
「リクくんはさ」
「うん?」
メアから声がかかる。その表情は、夕日が逆光となっておりよく見えない。
「リクくんは……」
珍しく言葉に詰まって──言葉を選んで──いるメア。俺は無言のまま、彼女の言葉を待った……のだけど。
「やっぱり、なんでもないや。今日はありがとね♪」
言って、くるりと背を向けて歩き出すメア。その背中は、なんだかいつもよりも沈んでいるように見えて。
「メアはさ」
「え?」
思わず声が出た。
「メアは、今日楽しかった?」
「え、うん。すっごい」
「なら、それでいいんじゃない?」
驚いたような素振りで振り向くメア。そんなメアをよそに「何で悩んでいるのかはわからないけど……」と、言葉を続ける。
「俺は今日楽しかった。メアも今日楽しかった。なら、今のところはそれでいいんじゃないかな」
まあ、これは受け売りなんだけど。そんなことを言いながら笑って見せる。
俺の言葉がおかしかったのか、一瞬ぽかんとした表情を浮かべたメアはすぐにくすくすと笑いながら言葉を返した。
「ふふっ、あは!なに、それ。ヘンなの!」
「そういうものらしいよ」
「そうなんだ」
「そうなんだって」
そう言って手を振ると、メアも小さく手を振り返し、歩き出す。
……角を曲がる直前。彼女がもう一度だけ振り返って、何かを伝えるように口を動かした気がしたが、夕闇に溶けて読み取ることはできなかった。
◇
これで終われば、今日は楽しい一日だったのだけど。
「最悪だな」
思わず口をついて悪態が出る。でも、それくらいは許してほしい。何故なら、今俺の手の中では「ご主人様(予定)」などというふざけた着信が鳴り響いているからだ。
最初の着信は、メアと別れて少しした時。もちろんノータイムで切った。切ったのだけど。
「しつこすぎるだろ……!」
切っても切っても次の瞬間には震える携帯。電源を落とすのも一つの手ではあるが、それだって結局は先延ばしに過ぎない。
──仕方ない、か。
心中でため息をついて、応答のボタンを押した。
「もしも──」
「遅い」
「し……。出ただけでもありがたいと思え」
電話口からは、相変わらずの偉そうな声が響く。
「今日は随分と楽しそうだったな」
「覗きか?趣味悪いからやめたほうがいいよ」
「言うじゃないか。……まあいい、今日はそんなくだらない話をするためにかけたわけじゃない」
「どんな用事だとしてもお前からの用はくだらないよ」
くつくつと、楽しそうに笑いながら話を続ける女。
「さて、それでお前はどうするんだ?」
「は?何が?」
「ほう、とぼけるつもりか?それともどうでもいいと?」
「……だから、何言ってんの?お前」
意味不明な言動を繰り返す声に、思わずこめかみを揉みながら言葉を返す。
なんだか話が嚙み合っていないように感じる。前提としている知識が違う、みたいな。
「ん?……お前まさか、聞いてないのか?」
「何度でも言うけど、何が?」
「……ふむ、本当に聞いていないらしい。まぁ、ならいい。それはそれで面白いしな」
「一人で訳わかんないこと言って、一人で勝手に納得しないでほしいんだけど」
「なに、気にするな。私は気にしない」
俺が気にするんだよ。
「聞いていないということは、つまりそういうことなんだろう。本当に興味深いやつだよ、お前は」
「だから──」
「次はすぐに出ろよ。私は寛大だが、ほら、あれだ。仏の顔もなんとやら。じゃあな」
その言葉を最後に、ブツリと通話が切れる。
残ったのは、意味不明な言動をされたせいで混乱している頭とツーツーと機械的な音を垂れ流す携帯だけ。
「…………なんなんだよ、本当に」
結局、楽しかった一日は最後でぶち壊しにされてしまい、何とも言えない不快感を抱えたまま帰路につくことになってしまったのだった。