選ぶこと、選ばないこと   作:思い出

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原作のイベントを書く時だと、どうしても原作沿いになってしまうのが難しいですね


#16 Reunion ~もう一度だけでも~

 ここ数日の学校はとある話題で持ち切りだった。

 

「なあ、見たか?新しい2-Aの副担任の先生」

「見た見た。なんていうか、凄いよな」

「ああ、凄い」

 

 その話題と言うのは、2-Aのクラスに新しく赴任した副担任の先生のこと。なんでも骨川先生の持病が悪化してしまったらしく、長期療養に入る代わりとして赴任してきたらしい。

 ここまでならよくある話で終わりだ。では、何故校内中で噂になるほど話が出回っているのかと言えば──。

 

「なぁリク、聞いたか?姉上たちのクラスに来た副担任の話」

「おはよ、ナナ。まぁ、これだけ噂になっていれば嫌でもね」

「ああ……なんでもヤミに凄いそっくりで、しかもすげーおっぱい大きいらしいぞ!」

 

 これだ。その副担任の先生は、なんでもヤミさんをそのまま成長させたようにそっくりな容姿をしているらしい。しかも、ひどくスタイルもいいとか。

 美人なうえにスタイルもよく、しかも本人の性格も──結構ポンコツらしいが──善良、となれば男子高校生にとっては目の保養に他ならず、下世話な話をすれば噂になるのもやむなし、と言ったところであった。

 

「それを言われてどう反応を返せばいいのか悩むところだけど……」

「あとでメアも誘って見に行かないか?」

「それは……」

 

 一度言葉を切って、ちらりと背後を見る。

 いつもであれば、静かに本を広げているはずのヤミさんの姿はそこになく、ただ窓から差し込む風がカーテンを揺らしている。

 

 噂が学校に出回ってからすぐ、ヤミさんは教室に姿を見せなくなった。

 それだけではなく、制服を着ることもなくなってしまい、完全に以前の彼女に戻っている。

 

 ──無関係、では……ないんだろうな。どう考えても。

 

 そっくりな容姿の人がやってきて、もう一人がいなくなる。どう考えても関係してるに決まってる。

 

「ごめん、今日はちょっと用があって」

「え、そっか……。じゃあ、仕方ないな」

 

 断られるとは思っていなかったのか、少し沈んだ様子のナナを見ると心が痛む。

 心なしか、トレードマークのツインテールもしなしなと力なく垂れているようだ。

 

「ごめんね、今度は付き合うから」

「や、用があるならしょーがないだろ」

 

 落ち込んだ様子を見せたのは一瞬で、すぐにいつもの明るさを取り戻したナナがそう口にする。

 

「そう言ってもらえると助かるな」

 

 話を続けていると、メアが教室に入ってくるのが見えた。ナナも気づいたみたいで「おはよ!」と挨拶をして先ほどと同じように新しい先生の話を始めた。

 二人が話しているのを後目に、気づかれないようにして教室を出る。これからSHRが始まるし、その後は授業がある──つまりはサボりなのだが、まぁ今はそれよりも大事なことがあるので仕方ない。

 

 そうして抜け出したのはいいけれど。

 

「一体全体、どこにいるのかね」

 

 問題は、彼女がどこにいるのかさっぱりわからないということで。

 

「とりあえず、心当たりを探すしかないか」

 

 立ち止まっていては見つかるものも見つからない。

 思考もそこそこに、俺は一歩踏み出した。

 

 

「……こんなところにいた」

「リク?今は授業中のはずですが」

「それ、ヤミさんが言う?」

 

 校内をさ迷い歩きながら探すこと数十分。

 人気のない渡り廊下の横手。木漏れ日が落ちるベンチの上で、彼女はいつものように本を読んでいた。

 

「授業は、サボっちゃった。ヤミさんのせいだね」

「人のせいにしないでください。探してほしいと頼んだ覚えはありません」

 

 すこしむっとした表情で反論をするヤミさん。

 話しながら隣に腰を下ろす。座った時の勢いで、彼女の髪がふわりと揺れた。

 

「何の用ですか?」

「ちょっと話をしようかな、と。学校は嫌いになっちゃった?」

「別に、そういうわけでは」

 

 まぁ、そうだろう。だったらそもそも学校にいるわけがない。

 

「俺はさ、前にも言ったけど「自分がどうしたいか」が大事だと思ってるんだ」

「?」

「だから、ヤミさんが本当に学校に来たくないなら仕方ないと思ってる。俺としては、寂しいけど」

 

 そう告げた瞬間、読んでいた本のページを捲る手が止まり、金色の髪の毛先がピクリと跳ねた。

 ざわざわと木の葉が擦れる音だけが渡り廊下に響く。

 

「リクは……」

「うん?」

「二度と会うべきではない人と会ってしまった時、どうしますか?」

 

 会いたくないでも、会えないと思っていた、でもなく。

 会うべきでない、ときたか。

 

「2-Aに来た新しい先生のこと?」

 

 俺がそう聞くとヤミさんは少しばかり逡巡した様子を見せる。

 そのまま数秒が経過し、決心をつけたのか読んでいた本を横に置いて口を開く。

 

「……少し、昔話をしましょうか」

 

 そう言って語られた話の内容は、端的に言っても悲劇的と言えるものだった。

 細胞を基に作り出されたクローンであること。

 かつては楽しく、愛しい家族と暮らしていたこと。

 悪辣な科学者の策略によって別れることとなり、兵器として生きてきたこと。

 そして、新しく来た先生こそが、自身の生みの親であるティアーユ・ルナティーク博士であるということ。

 

「これで分かったでしょう。今の私はイヴではなく、金色の闇。血に濡れたこの手は最早元には戻りません。思い出は思い出のまま、綺麗にしまっておくべきなんです」

 

 言って、話は終わりと言わんばかりに読書を再開するヤミさん。

 再度、静寂が空間を包み込む。

 

 俺に、ヤミさんの苦しみはわからない。というか誰にもわからないだろう。だって、その人の苦しみはその人だけのものなのだから。

 でも、分かることもある。

 

「俺にとってのヤミさんはさ」

「急に、なんですか?」

「いいから。……俺にとってのヤミさんは、甘いもの──特にたい焼き──が好きで、本が好きで、凄く強くて」

「だから、何を」

「でも、どこか放っておけない。少し寂しそうな女の子。それが、俺にとってのヤミさん」

 

 急にヤミさんの印象を話しだした俺のことが理解できないのか、怪訝そうな目でこちらを見つめるヤミさん。

 まぁ、大事な話をしたと思ったら急にこんなことを言い出すのは確かに意味不明だけど、もう少し待ってほしい。

 

「ヤミさん。俺は今から、きっととても残酷なことを言う」

「はい?」

「過去は、変えられない。どうあがいても」

 

 俺の言葉を受けたヤミさんの瞳が微かに揺れる。罪悪感が胸を過ぎるが、押し潰した。

 

「俺は、ヤミさんの過去について詳しくは知らない。ヤミさんがそう言うってことはそこまでのことがあったんだろう、と想像することしかできない」

「だったら、黙って──」

 

 叫びと共に、金色の髪がざわりと逆立ち、俺を威嚇するように鎌首をもたげた。

 

「でも、今のヤミさんは知ってる。さっき言った通りにね」

「それは──詭弁です。リクの言った通り、過去は消えない。一度道を踏み外した私に、ティアと仲良くする資格なんて──!」

「しなくてもいいんじゃない?」

「──な、い?」

 

 俺の言葉が予想外だったのか、ぽかんと口を開けて固まるヤミさん。ざわざわと蠢いていた髪もすっかりと落ち着きを取り戻し、いつものようにすらりと下に伸びている。

 

「仲良くしたくないならしないでいいし、会いたくないなら会わなくたっていい」

「じゃあ、何を言いに来たんですか?」

「最初に言ったでしょ。ちょっと話を。……つまり俺が言いたいのは、いつも言ってることと同じ。()()()()()()()()()()()()、それが一番大事なんだと思う」

 

 どうしたいのか。会いたいのか、会いたくないのか。好きなのか、そうじゃないのか。いつだって大事なのは自分の気持ちだ。

 ……自分の気持ちもわからない俺が言うことではないが。

 

「そもそも、俺はそのティアーユさんのことをよく知らないし。会うべきだ、なんて口が裂けても言えないよ。……ただ、もしヤミさんが「会いたいけど怖い」って思ってるなら、その時は俺が一緒に行ってもいいし、俺が嫌なら他の誰かに頼んだっていい。ヤミさんは一人じゃないんだから」

 

 「まあ、今ここで結論を出さなくてもいいんじゃないかな」と言葉を締める。

 ヤミさんは黙ったままこちらを見つめていた。当然だ。そんな簡単に結論が出るなら、わざわざ学校をやめようとしてまで悩んだりしない。

 

「私は……」

 

 震える瞳のままに口が開かれる。両の手が、小さくきゅっと握りこまれているのが見えた。

 

「私は──」

 

 そうして、その先を口に出そうとした、その時。

 

「う、わああああ!?ご、ごめん先生!これは、その、ララの発明品が──」

 

 突然、背後の茂みから叫び声がした。……しかも、非常に聞きなじみのある。

 

「い、いつの間に脱がせたの……」

「誤解なんだ先生!」

 

 声のした方へ目を向けると、想像通り──想像以上──の光景が広がっていた。

 想像通り……リト先輩と──見た目からして、多分──ティアーユ先生と思しき人物が転がっていたこと。

 想像以上……何故か二人が全裸の状態で絡み合っているということ。

 

「は?」

 

 その光景を認識したと同時に、酷く間の抜けた声が口から漏れる。

 隣で、ヤミさんの金色の髪が、まるで怒り狂う蛇のように一斉に逆立ち、殺意の波動を放ち始めたのが分かった。

 ……あ、これは死んだな。リト先輩が。

 

「いつまで、くっついて、いるんですか」

 

 その言葉とともに、拳の形となった髪がうねりを上げてリト先輩を殴りつける。鈍い音とともに、リト先輩が地面へ倒れ伏した。

 それと同時に、視界が金色で覆われた。ぎゅう、と頭が強く締め付けられ、ほのかな甘い香りが

顔全体に広がる。

 

「リクも、いつまで見ているんですか」

「え、ああ。そうだね、失礼だった」

 

 あまりの衝撃に茫然自失としてしまったが、言う通りまじまじと見るものではない。

 そうしてこの場に一瞬の静寂が訪れ──。

 

「リトさーん!服ですよぅ~!」

 

 と、少し遠くから聞こえたモモの声によって、ようやく時間が動き出すことになった。

 

 

「いや、助かったよモモ。服持ってきてくれてありがとな」

「いえいえ、お姉さまの発明品にも困ったものですね。……ところで、リクさんは何故こちらに?教室にはいなかったようですが」

「ん、ん~……。若さゆえの過ち、みたいな」

「はい?」

 

 あの後、二人の服を持ってきてくれたモモのおかげで地獄のような空気だったあの空間はなんとか正気を取り戻すことができた。

 意図せず顔を合わせることになった二人も、今は俺たちから少し離れた場所で話をしている。

 ……遠目に見ても、二人の間の空気は重く、張り詰めているのが分かる。

 まるで、壊れ物を扱うように慎重に言葉を交わしているようだ。

 

「ま、俺のことはいいでしょ」

「ナナが心配してましたよ」

「悪いことしちゃったね」

「メアさんは面白くなさそうでしたね」

「……聞かなかったことにしようかな」

 

 脳裏に何やら変な二人のイメージ──何故だか髪の毛が逆立っている──が浮かんだが、なかったことにする。

 ……何か買っていった方がいいかもしれない。

 

「そんなことより、二人は──特にリト先輩はどうして?」

「俺達は……御門先生にティアーユ先生とヤミのことを聞いて……って、二人のこと知ってるか?」

「簡単には」

「それで、なんとかヤミに会ってもらおうと思って先生に」

「なるほど」

 

 大体わかった。何故全裸だったのかは意味不明だが。

 

 俺たちがそんな話をしている間にも二人の話は進んでいるようで、ちらと様子を窺うと何やらティアーユ先生が涙をぬぐっている姿が目に入る。

 対するヤミさんはティアーユ先生の方へ体を向けずにいたかと思えば、一瞬だけ向き直り──。

 

「生きていてくれてよかった。それだけだよ」

 

 そう告げると、トン、と地面を蹴って姿を消してしまう。

 残されたのは、泣きはらした顔をしたティアーユ先生とそれを眺めている俺たちだけ。

 

「素直じゃないですねぇ、ヤミさんも」

 

 もっと思い切り抱き着いたりすればいいのに。口先を少し尖らせるようにしてそう呟くモモ。

 すると、背後から返事をするように声がかかる。

 

「そう簡単なコトじゃないのよ、あの二人にとっては」

「御門先生」

「お互いに後ろめたい気持ちがあるからね。離れてしまった心の距離を取り戻すのは容易じゃないわ」

 

 その通りだ。ともすれば、失ったものを取り戻すのは新しいものを手に入れるより難しい。

 でも──と声を出そうとした時、同じタイミングでリト先輩が口を開く。

 

「でも……でも、いつか。時間がかかってもいいから、元の二人に戻れるといいよな」

「……そうですね、きっと大丈夫じゃないですか?」

「あら、楽観的。どうしてそう思うの?」

 

 そんなの決まってる。

 

「だって、こんなに大切に想ってる人がいるんですから」

 

 そう言った俺の言葉を受けた御門先生は、少し面白そうに目を細めると。

 

「へえ、意外とセンチメンタルなのね」

「そうですよ。ロマンチストなんです、俺」

 

 くすくすと笑う御門先生と、胡散臭げなまなざしを向けるモモとリト先輩。

 なんだか失礼な想像を受けているような気もしないでもないけど……。

 

 全てが解決したわけではない。ヤミさんはまだ戻ってきてないし、御門先生が言った通り二人の溝を埋めるのは容易いことではないだろう。

 でも──。

 

 ──とりあえずは、納まったみたいでよかった。

 

 空を見上げながらそんなことを思った。

 

 

 と、そんな気持ちで教室に戻ったわけだけど。

 

「リク、授業サボってどこ行ってたんだ?」

「どこ行ってたの?」

 

 ……この二人のことを忘れていた。

 

「用がある、ってのは聞いてたケド……。サボるのはダメだろ」

「ん、まぁ、その通りなんだけど……」

 

 ナナの正論に対して何も言い返すことができない。そもそも言い返す必要もないのだけど。

 

「え~、っと。ちょっとどうしても外せない用事が出来ちゃって」

「そうは言うけどサ……」

 

 俺の言葉に対して、じとりとした雰囲気を隠さずに睨みつけてくるナナ。というか、俺がサボってもナナには何も影響はないんじゃなかろうか。

 そんなことを口に出したら更に噴火しそうなので言えないが。

 

「今度何か奢るからさ、それで許してよ」

「お前、あたしのこと食べ物で釣れると思ってないか?」

「じゃあ、奢りはナシで」

「いらないとは言ってないだろ。な、メア」

 

 め、めんどくさい……。そんなことを考えていると、ナナがメアへ声をかける。

 しかし、メアはどこかぼーっとしており、返事がない。

 

「メア?」

「え?あ、うん」

「どうした?大丈夫か?」

「ごめん、ちょっと考え事してて」

「そうか……?まあ、いいや。リクが何か一つ奢ってくれるって。何がいいか二人で考えようぜ」

 

 そう言うなりあれがいいこれがいいと話始める二人。

 ナナもすっかり機嫌を直したのか、はたまた別に最初からそこまで気にしていなかったのか、今となっては笑顔でメアと話している。

 

 ……まぁ、少しの出費で笑顔が見れるなら安いものか。

 そう思った。

 

「な~、今度駅前のケーキ屋がリニューアルするんだけど、そこでも大丈夫か?」

「……あんまり高いのは勘弁してね」

「分かってるって!」

 

 ……安いもの、だといいなぁ。




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