選ぶこと、選ばないこと   作:思い出

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ネメシスのキャラクターは書くのが難しいですね


#17 Messed up ~踏んだり蹴ったり~

 その日は朝から散々だった。

 まず──これは完全に自業自得だが──珍しく寝坊をしてしまったせいで朝食を食べ損ねてしまって。

 しかも、急いでいるにも関わらず信号は全て赤で。

 ようやく学校についたかと思えば、なにやら珍妙な半裸の不審者(校長)が女生徒を追い掛け回している現場に──校長はよくわからない爆発で吹き飛んでいった──巻き込まれ。

 クラスで授業を受けたかと思えば昼休みにやってきたV・M・Cの面々が絡んできて。

 

 そういった諸々を乗り越えて、ようやくの放課後が今というわけだった。

 

「つ、疲れた……。厄日だ、今日は」

 

 おまけに、腹の虫が不満げに鳴いている。朝も昼もまともに食えていないのだから当然だ。

 朝はともかく昼は完全にV・M・C(他人)のせいで食べられていないので、なんとも恨み言が出てしまう。

 

「何が「モモさんを呼び捨てなど許せん!」だよ。モモもモモで面白がってないで助けて……くれるわけもないけど」

 

 リト先輩相手じゃあるまいし。

 むしろモモがあんな感じになってきたらちょっと怖いかもしれない。あとで何を要求されるかわからないという意味で。

 

「そんなことより、この後どうしようか……」

 

 ため息をつきながら考える。

 今朝は寝坊してきたせいで弁当もなく、購買も既に閉まっている。となれば校外に出て何かを買うか、さっさと家に帰って飯を作るかの二択なわけだけど。

 ふと、先日の記憶が蘇る。

 

 ──な~、駅前のケーキ屋がリニューアルするらしいんだけど、そこでもいいか?

 

「今後の出費を考えると、できる限り抑えたい……」

 

 別にお金に困っているわけではない。仕送りは未だ十分以上に来ているし、その大半は貯金に回っている。

 でも、家計(それ)小遣い(これ)は別なわけで。

 そんなことを考えていると、我慢の限界が来たのか「ぐう」と小さな音が腹から響く。

 

「……とりあえず、動くか」

 

 待っていても腹は膨れない。外食にせよ、自分で作るにせよとりあえずは外に出てから考えよう。

 そう結論付けた俺は、鞄を持って教室を出た。

 

 

「う~ん、やっぱ高い……。というか、なんとも気分じゃないんだよな」

 

 外に出たはいいものの、やはりお店に入るとなるとそれなりの値段がしてしまう。

 しかも人というのはわがままなもので、お腹が空いているくせに「今はこれを食べる気分じゃないが、明確に何が食べたいわけでもない」という何とも言えない気持ちが湧いてきているせいで自分で作るものを決めることもできない。

 

 そうしてる間にも、通りから漂う揚げ物の油の匂いや甘いクレープの香りが空っぽの胃袋を容赦なく刺激してくる。

 もう「何にしようか」なんて悩んでいる場合でもない。とりあえず適当に食材でも買って帰ろうか。そんなことを考えていると──。

 

「ん?おお、まさかこんなところで会うとはな。いや、これはそっちのセリフか?」

 

 ──……さて、早く材料を買って帰ろう。急がないと夜ごはんの時間にまでずれ込んでしまう。

 

「おい、無視をするな」

 

 そう言いながら歩いている俺の横をついてくる黒いワンピースを一枚だけ纏い、相変わらず裸足という不審者全開の少女。

 すれ違う人々が「うわ……」とか「裸足?」とかヒソヒソ話しながら避けていくのが分かる。

 ……そりゃ無視もするだろ、普通。

 

「さて、やっぱりがっつり食べられるヤツにしたいよな」

「こいつ……」

 

 あえて独り言を言いながら横を歩く不審者を無視して進む。

 そうしているうちにいつの間にか少女は俯き、足を止めていた。

 ようやく諦めたか、などと期待をしたその時。

 

 バッと顔を上げた少女の表情は酷く楽し気で、そのすぐあとに棒読みで叫ばれた言葉を聞いて俺は一瞬で自分の考えが間違っていたことを悟った。

 

「だれかーたすけ──」

「はいはいはいわかったわかった俺が悪かったなぁ!?」

 

 何を叫んでるんだこいつ!?

 

 大慌てで振り返り、楽しそうにしているアホの口を塞ぐ。

 掌に触れた唇は人間とは思えないほど冷たく、そして柔らかかった。

 どうしようか、と考えていると口を塞いでいる手のひらを何かがちろちろとくすぐったく這い回る。

 

「うわっ!」

 

 こいつ、舐めやがった。びっくりして手を離すと、少女はぷはっと息を吐いた後ちろりと舌を出してくる。

 

「お前何考えてんの!?」

「無視をするお前が悪い」

「無視するだろ普通。というか、友達でもなんでもないんだけど」

 

 俺がそう言うと「何を当たり前のことを言っている」とでも言わんばかりの表情をする少女。

 

「ていうか、何してるの?」

「見てわからんか?」

 

 言いながら、手に持った団子の串をゆらゆらと眼前で揺らして笑う。わからんかもなにも──。

 

「わからないから聞いてるんだけど」

 

 俺の言葉を受け、目の前の少女はやれやれといった様子を隠すことなく肩をすくめた。

 

「全く、ご主人様の気持ちを読み取れないとはな……」

「帰る」

「叫ぶ」

「こいつ……!」

 

 的確に嫌なところをついてくる。というか、話す度に俗っぽくなってないか?

 ……そんなどうでもいい考えが頭に浮かんだ。

 

「ま、あれだ。観光とかいうやつ。最近はちょっと思うところがあってな。こうして一人寂しく出歩いているわけだ」

「そうか、よかったな。ぜひともこの街を楽しんでくれ。じゃあな」

 

 そう言って背を向ける。しかし、足は一歩も前に進むことができなかった。

 何事かと見下ろせば、少女の髪がまっすぐに伸びて俺の足首へと絡みついている。

 

「まあ待て。しばらくそのつもりはなかったが、ここで会ったというのも何かの縁だ。少し付き合え」

「……嫌だ、って言ったら?」

「別になにも?」

 

 にやにやと内心の読めない表情をしながら、こちらを見つめる少女。

 正直、相手にしないで帰りたい。帰りたいが、帰った時に何が起こるかわからない。

 それに──。

 

「なあ、なんでヤミさんを狙うんだ?お前は何者で、何が目的なんだ」

「知りたいのなら、こちらに来い。下僕になれば全てを教えて可愛がってやるぞ?」

 

 その言葉と共に足首に絡みついた髪がぎゅうときつく締め上がる。

 

「お断り」

「残念だ」

 

 答えると、足首に巻き付いていた髪は溶けるように霧散する。直前まで感じていた圧迫感が嘘のように掻き消え、残ったのは赤くなった足首だけだった。

 

「……そもそも、なんで下僕」

「お前の底は闇に似ている。ここではないどこかの世界。決して救われない絶対の過去。死んだはずの生命。興味を持つなという方がおかしな話じゃないか?」

「それは……」

 

 食べ終わった団子の串をこちらへ向けながら、楽しそうに話す少女。

 言い終わると同時、彼女の手の中で木の串がシュウゥ……と音を立てて黒い霧に変わり、跡形もなく消滅した。

 

「それに、金色の闇はお前に執着している。私はな、他人の欲しがるモノは自分のモノにしたくなる性分なんだよ」

 

 随分と子供っぽい理由だな、なんて呑気な考えが脳裏をかすめる。

 

「しかし、あれだ。どうしても付き合いたくないというのなら一つ提案してやろうか?」

「なにを?」

「付き合えば、一つだけ質問に答えてやる。……理由がないと、お前は動けないんだろう?」

「その、俺の全てを知っている風な口ぶり、不快だな」

「だが、事実だ」

 

 はっきりと断言をする少女。……認めがたいが、その通りではあると思っている自分が一番不快だ。

 

「暗くなるまでだ。それと、まず食事」

「構わん、行くぞ」

 

 言って、俺の手を取って歩き出す。その姿はただの少女にしか見えなくて。

 思い出したかのように腹の音が「ぐう」と鳴いた。

 

 

「ご注文はお決まりでしょうか」

「サンドイッチとコーヒーで。……お前は?」

「そうだな……、このチョコレートパフェをもらおうか」

「かしこまりました、サンドイッチにコーヒー、チョコレートパフェですね」

 

 注文を受けた店員が「お待ちください」と礼をして立ち去る。というか、当たり前のように注文をしていたけど。

 

「お前、お金持ってるの?」

「愚問だな」

「そうだよな、ないのに注文するわけ──」

「持ってないに決まっているだろう」

「は?」

 

 さも当然のように「金などない」とのたまう目の前の少女を思わず見つめる。じゃあなんでこいつこんな堂々としてるんだよ。

 

「金などなくともどうとでもなる。忘れたのか?私が何なのか」

 

 言いながら、空中を指さすように人差し指と中指をつんと突き出す少女。やがて指先に黒い靄が集まったかと思えば──それが霧散し、指先には真新しい一万円札が挟み込まれている。

 

「ほら、これで問題ないだろう?」

 

 問題しかない。思わず財布を開いて中身を確認し、ため息をつきながら口を開く。

 ──出費は抑えたいのだけど……そういうわけにもいかないか。

 

「ここは俺が払ってやるから、それは使うな。少なくとも俺の見てる前では」

「なんだ、奢りか。気前がいいな」

「どの口が……」

 

 届いた料理を食べながら会話を続ける。……美味しいな、このサンドイッチ。

 

「うむ、美味い。やはりこの星の文化は興味深い」

「意外だな、素直に褒めるのか」

「別に私だって全てを否定しているわけではないさ」

 

 もぐもぐとでも擬音がつきそうな様子でパフェを頬張る少女。

 というか、今更過ぎるけど──。

 

「お前、なんて名前なの?」

「質問か?」

「無法すぎるだろ」

「冗談だ。ネメシスと呼べ」

 

 ネメシス……。随分と物騒な名前だ。

 そんなことを思っている間にも、ネメシスはどんどんとパフェを食べ進めている。

 

「お前は食わんのか?先ほどは可愛らしい音を鳴らしていたようだが」

「言われなくても食べるよ」

 

 そうして、二人で食事をすすめて。

 空になったグラスと皿がテーブルに並んだ頃、ネメシスはナプキンで口元を拭いながら、不敵な笑みを浮かべた。

 

「さて、腹も満ちたことだ。約束通り、質問に答えてやろう」

 

 何が聞きたい?と視線で問いかけながら、まっすぐとこちらを見つめるネメシス。

 聞きたいことは、山ほどあるけれど……。

 

「ヤミさんを兵器に戻して、何をするつもり?」

「それでいいのか?……まあいいだろう」

 

 かちゃん、とスプーンをパフェの容器へ置き、頬杖をついて口を開く。

 

「金色の闇を兵器に戻すのは、ヤツが(ダークネス)を秘めているからだ。それを以て銀河を破壊し、かつての大戦を再現する。それが当座の目標と言ったところか」

 

 その単語を口にした瞬間、彼女の瞳が愉悦に歪み、背後の影がゆらりと蠢いた気がした。

 

「ダークネス……?」

「おっと、質問は一つだけと言ったはずだぞ」

「案外ケチだな」

「言っていろ。食い終わったのなら次に行くぞ」

 

 言うや否や席を立つと、彼女は俺がレジで財布を取り出すのを待つこともなく、優雅に店の出口へと向かっていった。

 ……本当に、どこまでも自由なやつだ。というか、次ってことはつまりまだ終わらないらしい。

 まあ、暗くなるまでは付き合うと言ってしまったのは自分なのだが──。

 

「何をしている?早く行くぞ」

 

 我がことながら、早まったことをしてしまった気がしてならない。そんなことを思い心中でため息をつきながら、会計を済ませてネメシスの後を追った。

 

 

 結局、その後も色々な場所を引き回され……。

 

「おい、これはなんだ?」

「なに、主に奉仕するのは下僕の義務だろう」

「次はあれだ、勝負するぞ」

「ふははは!その程度か?」

「うん?もうこんな時間か」

 

 気が付けば日も沈み、見上げた空はいつの間にか紫と茜色が混じり合って彼女の纏う黒いワンピースを妖しく照らし出していた。

 

「約束だ、暗くなったら帰る」

「ふん、仕方ないか」

 

 不満げに鼻を鳴らし、そう呟くネメシス。

 

「だが、いい暇つぶしにはなった。また付き合え」

「……。質問があるうちはな」

「それでいい」

 

 そう言って、ネメシスはすれ違いざまに俺の肩をポンと叩いて空へ消える。

 その感触は羽毛のように軽かったが、残された冷気はいつまでも消えなかった。




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