選ぶこと、選ばないこと 作:思い出
直近で言えば、ティアーユ先生とメアの問答などですね
ティアーユ先生とヤミさんの会話を見てから少し経った頃。未だにヤミさんは学校には来ず、聞いた話ではティアーユ先生とも話せてないらしい。
クラスメイトたちも転校生が早々に不登校になったことを気にしつつ、触れてはいけない話題として遠巻きにしている。
「まぁ、そんなにすぐ解決する問題でもないのだけれど……」
御門先生も言っていたけれど長年の溝を埋めるのは容易ではない。ある意味では、時間という特効薬が解決してくれるのを待つしかないのかもしれない。
ヤミさんも本当に会いたくないわけではないのだろうけど。
「とはいえ、俺がどうこう言える問題でもない」
言うべきことはあの時に全て言った。あとは、二人の問題だ。
まあ、彼女の方からなにがしかを話してきたのなら協力することに躊躇いはないが。
そんな風にヤミさんのことを考えながら歩いていると、何やら廊下の手すりに頬杖をついて考え事をしている様子のメアが目に入る。
──なんだか、珍しいな。
いつも明るい様子のメアがあんなふうに沈んでいるところを見るとなんだか……。
なんて、考えてる場合でもないか。
「メア、悩み事?」
とん、と肩を叩きながら声をかける。振り向いたメアの表情はやはり硬く、どこか不安そうにも見える。
「ん、リクくん?んー……、なんでもないよ」
「そう?それにしては沈んだ顔してるけど」
俺の言葉を受けたメアは少しぽかんとした後に「そんな顔してた?」と答えたかと思えば、今度は悪戯っぽく笑いながら口を開く。
「そんなに私のこと見てたんだ」
「友達だからね」
「そっか」
廊下の手すりへと背中を預けながら会話を続ける。
頬杖をついていた手は行き場を失い、今は所在なげにスカートの裾をいじっていた。
「何か心配事でもある感じ?」
「うーん、色々?」
「色々か」
「そう、色々」
その「色々」の中身はどうやら教えてくれないらしい。残念だ、と思ってしまうのは傲慢な話だろうか。
この間のデートの時に言いかけたことと関係あるのかな、言いたくないなら無理に聞き出してもいいことはなさそうだ。そんなことを考えながらメアと会話を続けていると「こんなところにいたのか!」と聞き馴染みのある声が響いた。
「あ、ナナ」
「どーしたの?ナナちゃん」
メアがそう聞くと、ナナは手に持った紙──ケーキ屋の広告──を胸元で掲げながら楽しそうに口を開く。
「この間話したケーキ屋、リニューアルが終わったらしいんだ!後で三人で行かないか?」
前に話したマロンモンブランもあるしさ!と笑うナナに、メアも嬉しそうな声で「ホント!?」と答えた──かと思えば、すぐに何かを思い出したかのように表情を硬くする。
「あー……、今日はちょっとやめておこうかな。二人で楽しんできてよ」
「え!?何だ、用事でもあるのか?」
「ん、そーいうわけじゃないんだけど……。とにかく、私のことは気にしないで」
「そ、そっか……残念だな……」
メアの言葉を受けたナナはあからさまに表情を沈ませてそう返事をする。ついで、こちらへ顔を向けて「リクは大丈夫か?」と聞いてきたので「もちろん」と返した。
「そっか、じゃあメアとはまた今度一緒に──」
と、ナナが再度メアに声をかけようとする。しかし、メアはいつの間にか教室へ歩き出しており、少し離れた位置へと移動していた。
「メア?」
「え?あ、うん。そうだね」
それだけ返事をして、再度背を向けて歩き出すメア。その姿を見て、ナナがこっそりと問いかけてくる。
「なあ、メアのやつどうしたんだ?」
「それが、俺にも」
俺がそう答えると、ナナは驚いた顔をして「リクにも?」と呟く。
「じゃあ、誰にも分からないか……」
「それは、買い被りじゃない?」
「そうか?……まあ、何かあったら相談してくれる、よな?」
「そう、だね」
メアが何に悩んでいるのかはわからない。でも、この間言い淀む様子を見せていたことから、きっと決心がついたら話してくれるはず。
そう思うことしか、今はできない。
「ん。じゃあさ、ケーキ何にするか考えようぜ!」
そう言って、笑顔で広告を見ながら「どれにしようかな」と悩み始めるナナ。
それに付き合っているうちに、いつの間にかもやもやとした気持ちは心の底へと押し込められていくのだった。
◇
そして放課後。俺はナナと一緒に噂のケーキ屋へと足を運んでいた。
──メアは、気づいたらいなくなっていた。
「リク?どうかしたか?」
「あ、ごめん。なんでもない」
ナナの声を受けて思考を打ち切る。今はナナと出かけているのだから、そちらに集中するべきだろう。
「店前にいてもあれだし、とりあえず入ろうか」
「そうだな!」
言って、二人で店内へ足を踏み入れる。ショーケースに陳列されたケーキはどれも美味しそうで、多くの人が並んでいた。
「そういえば、結局何にするか決めたの?」
「う……それは……。二つまで絞ったんだけどナ」
そう言って、ところどころに丸印のついた広告を見せてくる。
最終的に二つのケーキ──王道のショートケーキと、ベリータルトだった──に一際大きな印がついていることから、この二つで悩んでいるのだろう。
「じゃあ、俺はベリータルトにしようかな」
「えっ?」
「それで、ナナがショートケーキにすれば二つとも食べれるんじゃない?もちろん、少し分けてもらうけれど」
俺がそう言うと、ナナは一瞬きょとんとした後、俺の意図を察したのかぱあっと花が咲いたような笑顔を見せた。
「お前、天才か!? よし、じゃあ決まりだナ!」
……そこまで言われるとは思っていなかったけど、まぁナナが喜んでくれたのならいいだろう。
そんなことを思いながら、ショーケースを──というよりウキウキとケーキを選んでいるナナを──眺める。
嬉しそうに動いているその姿を見ていると、こちらまで嬉しくなってくるような気分だ。
「はい、ショートケーキとベリータルト、それからマロンモンブランと──」
──そういえば、ここは店内飲食がないみたいだけどどこで食べるんだろうか。
店員へ注文を告げていくナナを横目にそんなことを思う。外で食べるには食器がないし、流石に手づかみで食べるというわけにもいかないだろう。
それとも、買うだけ買って帰る、ということなんだろうか。それは……少し寂しい感じもするが。
「リクー、お会計だぞ」
「ああ、うん。すみません、おいくらですか?」
店員から値段を聞いて支払いを済ませる。代金を受け取った店員がケーキを詰めている間に、ナナへ先ほどの疑問をぶつけた。
「ねえナナ、ここって店内では食べられないみたいだけど、どこで食べる予定なの?」
俺がそう聞くと、ナナはびくりと肩を跳ねさせ「うぇっ!?」と素っ頓狂な声を上げてこちらを見る。
そのまま少し逡巡した様子を見せ、おずおずと口を開いた。
「あー、その、ウチじゃダメか?」
ウチ……って言うと。
「ウチって、ナナ──リト先輩の家?」
「そ、そうだよ。悪いか?」
「悪くは、ないけど」
むしろいいのだろうか?いや、まぁ二人きりということはないだろうけど。
元々三人で行く予定だったし、などと言い訳をしているナナを眺めながら考える。
──別に、家に行ってケーキを食べるくらいなら問題ないか。
そう思っていたのだけど。
「ただいま~……って、あれ。暗いな?」
ナナと一緒にリト先輩の家へ入ったのはいいのだが、何やら電気がついておらず人の気配がしない。
……それ自体はまあ問題ではない。時間的にはまだ夕方になる前で、外で遊んでいたりしていても不思議はないのだから。
問題は。
「え~と、誰もいない、みたい?」
こてん、と首を傾げて頬を掻きながら、ちらちらとこちらの様子を窺うナナ。彼女にとっても、家に誰もいないという状況は少し予想外だったようでよく見ると耳が赤くなっているのがわかる。
「ど、どうする?」
少し上擦った声で聴いてくるナナ。どうする?と言われても──。
「ナナが嫌なら帰るよ。ケーキはナナの方で食べてもらって──」
大丈夫だけど、と続けようとしたその時。
「嫌じゃないって!」
誰もいない家に、ナナの声が響いた。思ったよりも大きなそれを受けて、思わず黙り込んでしまう。少しの静寂。そして、すぐにナナがわたわたと両手を振りながら再度口を開いた。
「あ!や、その。嫌じゃないって言うのは別にリクがそういうヤツじゃないってわかってるからっていうか、別に二人きりになりたいわけじゃなくて……ってあたしは何を言ってんだ!?」
「と、とにかく帰らなくていいから!」と言って、ナナはさっと家の奥へ引っ込んでしまう。
……まあ、あれだけ強く言われたら帰るわけにもいかないかと、靴を脱いでナナの後を追った。
誰もいない玄関に、俺の革靴とナナのローファーだけが並ぶ。なんだかその光景が妙に生々しくて、少しだけどきりとした。
「ナナ!ケーキ、リビングに置いておくね!」
「わ、わかった! ちょっと着替えてくるから待ってろ!」
俺が奥にも聞こえるように少し大きな声でそう告げると、ナナからそう声が返ってくる。
……着替える? 制服のままでいいのに、わざわざ?
……まぁ、女の子には色々あるんだろう。きっと。そういう部分に口を出しても、良いことは一つもないんだ。
ケーキを置いて、ナナを待つ。しかし、何もせずに待っているのもなんだか手持ち無沙汰だ。
「……食器の準備でもするか」
幸い、食器類の場所は以前来た時に美柑さんから教えてもらっている。人の家で勝手に……という部分には思うところがないでもないが、正直今更な気もするので無視することにした。
カチャリ、と食器が触れ合う小さな音が、静まり返ったリビングに大きく響く。
二人分の食器の用意はすぐに終わり、やがて静寂が戻ってきて──。
「ま、待たせたな!」
そんな声と共に着替えの終わったナナがリビングへ降りてくる。
先ほどまでの制服とは違いラフなTシャツに薄手のカーディガンを羽織っており、下はショートパンツのため健康的な太ももが眩しく主張している。
いつもは結われている特徴的なツインテールも、今は真っすぐ下ろされておりどこか新鮮な印象を感じさせた。
「な、なんだよ急に黙って……」
ナナは顔を赤くしながら、下ろした髪の毛先を指でくるくると弄り、所在なげに視線を泳がせている。
「……あ、いや。似合ってるね。なんだか新鮮」
「な!?」
俺の言葉を受けたナナが驚いた声を上げる。が、すぐにこちらを見て小さく「ありがと」と呟いた。
「ほら、そんなことよりケーキ食べるぞ!……って、準備しておいてくれたのか」
「まあ、やることもなかったから。食器とかは適当に出しちゃったけど大丈夫かな?」
「ま、ヘーキだろ。早く食べようぜ」
そう言ってナナが座ったのは、対面ではなく、俺の隣──テーブルの角を挟んでL字になる位置だった。
……近い。ショートパンツから伸びる素足が、ふとした拍子に触れそうな距離だ。
「どっちから食べる?」
「俺はどっちでも」
「む……じゃあ、あたしはショートケーキから」
「じゃあ、俺はこっちだね」
言って、二人でケーキに対してフォークを入れる。サクリという触感と共にタルト生地を切り分け、口に運んだ。
濃厚なベリーの味が口いっぱいに広がる。
「うん、美味しい」
そう呟くと、ショートケーキを頬張っていたナナが、じーっと俺のフォークの先を見つめているのに気づいた。
「……一口、食べる?そういう約束だし」
「そっ、そうだな。約束だからナ」
じゃあ、ほら。そう言って目を閉じて口を開くナナ。
……え、自分で食べるんじゃないの。そんなことを思うも、口に出してしまうとナナが爆発してしまうような気がして。
「はい」
「んっ……。うん!美味しいな!」
もぐもぐと咀嚼して飲み込み、笑顔で美味しいと告げるナナ。
「じゃあほら、今度はこっちの番」
言いながら、ショートケーキが乗ったフォークを差し出してくるナナ。
自分で食べられる、と言ってもきいてくれないんだろうな。……というか、そのフォークってさっきまで自分が使ってたやつなのでは。
「食べないのか?」
「いや……もらうよ」
観念して口を開き、差し出されたケーキを食べる。味はもちろん美味しい、のだけれど。
目の前で無邪気に笑うナナの顔や、ふとした拍子に触れそうな素足の白さが視界の端で主張しすぎていて、あまり味に集中できない。
「美味しいね」
「だろ?」
そう言って笑ったナナは、俺が口をつけたフォークをそのまま自分の口へ運び、残っていたクリームをペロリと舐め取った。
……無自覚なのか、それとも。
「あそこはリニューアル前から美味しかったんだ」
そんな俺の考えをよそに楽しそうに話すナナ。どうやら今日のお店は以前からの行きつけだったらしい。
「ナナには感謝しないとね」
「え?なんでだ?」
「ナナが誘ってくれなかったらこのケーキは食べられてないんだし」
「いいってそんなの。あたしが誘いたかったんだからさ」
ケーキを食べながら、二人で会話を続ける。
「そういえば、もう一つ買ってたみたいだけどあれは?」
「あれは……メアのお土産にしようかなって。……なんか、悩んでるみたいだったし」
「そっか。じゃあ、後で一緒に家に届けに行こうか」
「そうだな!」
そうして、そのまま二人でケーキを食べ進める。
誰もいない家にかちゃりという食器の擦れる音と、ナナの楽し気な声だけが響いていた。
◇
「それでさ、モモもメアも子供に戻っちゃって。結局そいつはあたしのデダイヤルで預かることになったんだ。今度リクにも見せてやるよ」
「子供に……?宇宙には凄い動物がいるんだね」
ケーキも食べ終わり、二人で色々な雑談を続けていると玄関からがちゃりという音が響く。ついで、「たっだいま~!」という明るい声が聞こえた。
その瞬間、楽しそうに話していたナナの肩がビクリと跳ね、どこか名残惜しそうに言葉を止める。
「ただいまリト!……ってあれ?リトじゃなくてリクだ。それにナナも」
「姉上、おかえり」
「どうも、お邪魔してるよララ」
いつの間にか、ララが帰ってくるような時間になっていたらしい。
いらっしゃい!と楽しそうに返事をするララ。そして、返事をしたかと思えばすぐにその視線はテーブルの上に置いてある食器へとくぎ付けになり。
「あれ?二人で何か食べてたの?」
「駅前のケーキ屋がリニューアルしたんだ。それで、リクがこの間のお詫びにって」
「え~!いいねぇケーキ」
「今度は姉上たちの分も買ってくるよ」
「え、ホント?楽しみにしてるね」
会話を続ける二人を横目に、時計を確認する。家に来た時はまだそこまで遅い時間でもなかったはずが、いつの間にかもう少しで夕方を過ぎる、と言った時間になろうとしていた。
「ナナ。もういい時間だし、そろそろ届けに行かないと」
「げっ、もうそんな時間か!ごめん姉上!あたし、ちょっとメアのとこにケーキ届けてくる!」
ナナは慌てて立ち上がり、ララへそう告げる。対するララはと言えば、のんびりとした口調で「いってらっしゃ~い! 気をつけてね二人とも!」と返した。
「よし、じゃあ行こうか」
「おう!」
言って、靴を履いて家を出る。背後で手を振ってくれているララへ手を振り返して、メアの家へと向かう。
「いきなり届けに行ったらメアのヤツ、びっくりするかな?」
「メアならきっと喜んでくれるんじゃない?他でもないナナの差し入れなんだし」
「そ、そうか?」
「そうだって」
◇
──そうなれば、よかったのに。
「メア……?なんだよ、その姿」
メアの家に行く途中。俺とナナが出会ったのは、見慣れた黒い