選ぶこと、選ばないこと 作:思い出
定時(20:03、20:07)に更新がなかった場合、その日の更新はありません
可能な限り毎日、もしくは隔日で投稿したいとは思っています
「えー、では次の問題を……黒咲、解いてみてくれ」
先生の声が教室に響く。ちらりと隣の席を見るが、指名されたメアの姿は見えない。
……当たり前だ。
「ん?黒咲は今日休みだったか……じゃあ、成瀬。解いてみてくれ」
昨日見た姿。ヤミさんに似た──というか全く同じ──黒い
「成瀬?」
というか、本人の口からも聞いたのだから間違いもなにもない。
第二世代
姉がいる、というのはナナから聞いていたけれどそれがまさかヤミさんのことだなんて。
──あの日、言い淀んでいたのはこのことだったのか。
こんなことになるのなら、踏み込んで聞いておくべきだった。そんな後悔が全身を襲う。
「成瀬!」
「はい!」
「授業中だぞ、ぼーっとするな」
「はい、すみません」
先生へ謝罪して、黒板の問題を解く。
……視界の端、少し離れた席に座るナナもまた、教科書を開いたままピクリとも動かず、うつむいているのが見えた。
──俺よりも、ナナの方が心配だ。
俺は、まぁどうでもいい。俺の気持ちは俺が整理をつければいいだけだ。
でも、ナナは──。
──もう終わりにしよ?
──兵器と人が、心から通じ合えるわけないもんね。
昨日の夜にメアから言われた言葉が脳内にリフレインする。
友達ごっこに、地球人のフリ。そう告げた後、メアは声をかける隙も無く逃げるように飛び去ってしまった。
結局、その場に立ち尽くしたままだったナナを何とかなだめすかして家に送り届けてから自分の家へと戻ることしかできなかった。
──友達ごっこ、ね。
本当にそうだったのか。俺やナナに見せていた笑顔も、全て演技だったのか。
そんなことは俺にはわからない。本当に演技だったのかもしれないし、もしかしたら本当は楽しんでいたのかもしれない。
人の心はわからない。あるいは、本人にだって。
とりあえず、今できる一番のことは。
──もう一度ちゃんと話すこと、結局それが全部だよな。
そのためにも、色々とやることは多そうだ。
ぼーっとした様子で窓の外を眺めるナナを見て、そう思った。
◇
授業も終わり、放課後になった後。ナナへ声をかけようとした俺だったが、それよりも前に背後から声がかかると同時に、制服の袖を強い力で掴まれた。
「リクさん、少しよろしいですか?」
「モモ?ごめん、ちょっと後にしてもらえると」
そう言って断ろうとする。しかし、俺の袖を掴む手は離れるどころか、さらに強く食い込んだ。
「ナナのことで、少しお聞きしたいことが」
そう告げるモモの顔からは、いつものような猫被りの笑顔は消え失せ、姉を案じる妹としての真剣な色が浮かんでいた。
「ナナの?」
「ええ。……お姉さまから聞きました。昨日、リクさんと一緒にメアさんへケーキを届けに行ってから様子がおかしい、と」
なるほど、ララが……。まああんなに楽しそうに出かけたのに、帰ってきた時の様子があれじゃあ心配もするに決まってる。でも、メアのことを勝手に話すわけにも……いかないよな。
とはいえ、同時に何も話さないというわけにもいかないのも確かで。
どうしたものか、と考えながらナナの席を盗み見た。表面上はいつも通りで、今も帰り支度をしながら周囲の生徒たちと話をしている。
──話すのは、帰った後でも大丈夫か。
「ここで話すのもなんだし、ちょっと場所変えようか」
「ええ、もちろん」
そう言って二人で連れ立って屋上へ向かう。辿り着いた屋上は──名目上は──立ち入り禁止となっているため、他の生徒の姿は見られなかった。
「それで、何があったんです?」
開口一番、単刀直入に聞いてくるモモ。
「なんて言うか、昨日ケーキを届けに行った時にメアと少し……喧嘩してね」
「ただの喧嘩で、あれほどと?」
「そう、ただの喧嘩」
「信じろと」
冷ややかな声音で問う彼女に対し、俺は目を逸らすことなく、真っ直ぐに見つめ返した。
「信じてほしい、って言うしかできない」
見つめ合うこと数秒か、数十秒か。やがて、モモは視線を逸らしてため息をつくと「間違っていたら、まずいですが……」と言葉を切り出した。
「もしかして、ですが。メアさんの秘密を知りましたか?」
「秘密?」
「メアさんも、
その言葉が放たれた瞬間、屋上を吹き抜ける風がピタリと止み、世界から音が消えたような錯覚に陥った。
「……知ってたんだ」
「ええ。アゼンダの件の後に、ヤミさんから。ああ、ヤミさんがリクさんに教えなかったのは、なにも嫌っているからではありませんよ?」
言うまでもないとは思いますが……と、モモは言葉を続けた。
「そう、だね。俺とナナは、昨日の帰りでメアが
「それは……」
「で、あとはまあ……知っての通り」
説明が終わると、モモはどこか悲痛そうな表情を浮かべて「こんなことなら……」と小さく呟く。そして、すぐにこちらを見つめ直して再度口を開いた。
「それでリクさんはどうするおつもりで?」
「話をする。ナナとも、メアとも」
「それで、解決すると?友達ごっことまで言い切られたのに」
「言葉なんて、どうとでも言える。人は自分の心だって容易く騙せる。あの時の俺たちは少しも冷静じゃなかった。これじゃ不満?」
俺の言葉を受けたモモは、一瞬呆気にとられたようにきょとんとし、そのすぐ後にため息をつきながら頭を抑えた。
そのまま「なんでこの人は……」とか「楽観的過ぎます」とか小さく呟いた後、こちらに向き直り、渋々と言った様子で「ひとまずは、任せます」と口にした。
「うん、任された」
と言っても、まずはナナと話をしないことには何も始まらない。そうして俺とモモは話もそこそこに切り上げて、二人で家に向かったのだった。
◇
「ただいま帰りました」
「おかえりモモ~……って、リクもいるんだ」
「ちょっとナナに用があって」
俺がそう言うと、ララは何かに気が付いたような顔をして「ありがとね」とこぼす。
「昨日もそうだけど、ナナ……メアちゃんと何かあったんでしょ?」
「まあ、ちょっとね……ナナは、部屋に?」
「うん。帰ってきてからずっと出てこないの。電脳サファリに閉じこもっちゃってるみたい」
「電脳サファリ……?」
行くなら靴持って行った方がいいよ~、と告げるララの言葉を受けて、靴を持って階段を上る。
なんでも、ララ達デビルーク姉妹の部屋は結城家の上から──上?──繋がっているらしく、モモに案内された先には、まさに宇宙船と言ったようなメタリックな内装をした部屋が広がっている。
「ナナの部屋はあちらです。……その、お願いしますね」
「うん、できることはやるよ」
言って、ナナの部屋へ入る。可愛らしいぬいぐるみや、部屋に置くにはなかなか珍しいバスケットゴールと言ったインテリアがなんともナナらしさを演出している。
そんな中、部屋の中央には何やら機械音を立てて中に浮いているゲートのようなものが鎮座していた。
「電脳サファリって、この中かな?……とりあえず、入ってみるか」
正直得体が知れないが、ララやモモからも特段注意がなかったということは危険ではないのだろう。そもそも、危険だったらナナも入っていないだろうし。
「よし」
呟いて、足を踏み入れる。ゲートをくぐった途端、周囲の景色が一変した。
先ほどまでの可愛らしい部屋はどこにもなく、あるのはどこまでも広がる青い空に、遠くに見える山々。そして、生い茂る草原とそこかしこにいる動物たち。
「別空間か、空間転送か……どちらにせよ理解の外の技術だな……」
そんなことを思っていると、ぽふんという軽い衝撃と共に、頭上から「モキュ」と甲高い鳴き声が聞こえた。
手をやれば、なにやらもふもふとした感触が返ってくる。
この感触は、もしかして。
「モッキュ!」
「お前、ここで飼われてたのか」
頭上にいたのは、やはり以前にナナのデダイヤルから出てきた一頭身のパンダのような動物だった。名前は確か──。
「マリモッタ、だっけ」
「キュー!モキュ!」
俺が頭を撫でてやると、パンダ──マリモッタは嬉しそうに一声鳴いて、俺の肩から飛び降り、草原の向こう──丘の上の方角へと走り出した。
まるで、「こっちだよ」と誘うように。
そうして辿り着いたのは、柱と屋根、そしてベンチが置かれた簡素な休憩所──どちらかというと展望所だろうか──のような場所。
吹き抜ける風が草原を揺らし、そのざわめきだけが静かに響いている。ベンチの上に、小さく丸まった人影が見えた。
「ナナ」
声をかける。俺がこの場にいることが意外だったのか、ナナは肩をびくりと震わせてこちらを見た。先ほどまで泣いていたのか、目の端が少し赤い。
「リク?なんでここに」
「話がしたいなって」
「……あたしは、したくない」
そう言ってくるりと背を向ける。
「リクだって言われただろ。友達ごっこは終わりって。メアにとってはあたしもリクも本当の友達じゃなかったんだって」
「言われちゃったね」
「なら分かるだろ!あたし、メアが悩んでるなら力になってあげたかった!今はダメでもいつかって……!でも、メアはあたしのことなんとも思ってなかったんだ!もういいんだよ!どうだって──」
「分からないね」
「──い、い」
激高し、大声を張り上げるナナへ答えを返す。俺の言葉に驚いたナナがゆっくりと振り返った。
「ナナはさ、メアのことをもう友達だと思ってないの?」
「……そんなわけ、ないだろ」
そう絞り出したナナの瞳から、我慢していた大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちて地面を濡らす。
言葉の途中に、嗚咽が混じる。俺は一歩踏み出し、震える彼女の肩にそっと手を置いた。
「だよね、俺もそう」
「でも、メアが──」
「そもそも、あの言葉ってどこまでが本当だったのかな。確かに、友達ごっこの側面もあったのかもしれないね。だってメアが
「だったら!」
「でも、ナナの選んだ家具に喜んだり、一緒に遊んでて笑ったりしてたのだってウソじゃないんじゃない?」
ナナが、震える瞳でこちらを見る。その目は不安に揺れて止めどなく涙が溢れており、迷子のような印象を抱かせる。
「それにさ」
「……」
「今まで友達じゃなかったなら、今から友達になればいいんだよ」
そう言って、俺は親指でナナの頬を伝う涙をそっと拭う。
「だから、泣かなくていい」
「う……あああ!!!」
崩れ落ちそうになったナナの身体を、抱き留めるように強く支えた。
胸に顔を埋めて泣きじゃくる彼女は、すがるように俺の制服の背中を強く握りしめている。
俺はその背中を、落ち着くまでただ撫で続けていた。
◇
「さて、ナナはもう大丈夫だろうけど……。話をする、と言っても肝心のメアの居場所が分からないと意味がない」
どうしようか、と考えながら携帯へ目を落とす。どうするもこうするも、俺に取れる行動は一つだけなのだが、どうにも決心がつかない。
「でも、これ以外に手はないのも事実……だからな」
選ぶのは「ご主人様(予定)」と書かれた連絡先。……まさか、自分からこいつにかけることになるなんてな。そんなことを思いながら、通話ボタンを押した。
機械的な呼び出し音が耳元で響く。それがワンコール、ツーコールと続き、そして──。
「ほう。お前からかけてくるとは、下僕になる決心がついたか?」
「悪いけど、今はそんな話をしてる暇はないんだよ。メアについて教えろ」
「……せっかちなヤツは嫌われるぞ」
くつくつと楽しんでいる笑い声が電話口に響く。
「それで、メアについてだったか。ようやく聞いたか?」
「なぜ私がそれをお前に教えてやらねばならん」
当然、ただでは教えてくれないらしい。しかしその程度は想定内だ。知らないと言われたり、絶対に教えないと言われるより何倍もいい。
「俺の
電話口の向こうで、数秒の沈黙が落ちる。
それは彼女が俺の提案を吟味している時間か、それとも愚かさを嗤っている時間か。
「……ほう、そこまで入れ込んでるか。まあいいだろう。居場所くらい、デビルークの姫にかかればすぐにわかるからな」
「その"すぐ"も惜しいんだよこっちは」
俺がそう返すと、ネメシスは「そう焦るな」と余裕たっぷりに答え、そのすぐ後に「メアは……どうやら河川敷にいるらしい。ほら、お前たちが以前戯れていた場所だよ」と 告げた。
「河川敷だな、分かった」
俺が答えるとネメシスは「約束は守れよ」とだけ返して電話を切る。……我ながら、悪魔の契約のようなものを結んでしまった気がしてならないが、今は気にしていても始まらない。
大事なのはメアの場所がわかったという一点のみだ。
ナナの気持ちも持ち直し、メアの居場所も分かった。
あとは──。
「本人同士でどう転ぶか、か」
結局人間同士でぶつかり合わなければ何もわからない。
──正直、それが一番怖いのだけど。
◇
風呂に入り、気分を落ち着かせたナナを伴って河川敷へ向かう。
隣を歩くナナは一言も発さないが、その拳が白くなるほど強く握りしめられているのが、彼女の決意の強さを物語っていた。
やがてついた河川敷は、以前とはまるで違う印象を抱かせた。夜の闇が川を飲み込み、遠くに見える街灯だけが小さく明かりを放っている。
そんな中に、ぽつんと小さな人影が座り込んでいるのが見えた。
「メア!」
ナナが声を上げる。対するメアはゆっくりとこちらに振り向き「どうして」とこぼした。
「話があるんだ」
「私にはない!言ったでしょ、友達ごっこは終わりだって」
そう叫んだメアの髪が、ザワリと逆立って刃の形をとる。
「一方的に言ってはいおしまい、はちょっと乱暴なんじゃない?」
言いながら、ナナと一緒にメアへ近づく。ひゅん、と耳元を何かが通り過ぎる音がし、頬にツーっと熱い痛みと、何かが伝う感触が走る。
「来ないで。次は当てるよ」
「……手元、狂ってるよ。メア」
「違う、本当に当てちゃうんだから!」
「メア、聞いてくれ!あたしは──」
「来ないでっ!」
ナナの言葉を遮るように叫んだメアの髪先が、俺とナナの額へと当てられる。
しかし、痛みはない。何を、と思った時、意識が反転して──。
「ま、マズッ!?」
これは、
◇
「へ~、それがリクくんの
目が覚める。目の前にはメアが浮かんでおり、周囲にはモニターに映し出されるように過去の光景が次々に流れている。
……ナナの姿はない。彼女は弾かれたのか、それともナナはナナの場所に飛ばされたのか。
「マスターが言ってたのって、こういうことなんだ。でもリクくんも酷いよね。私よりよっぽどすごい隠し事」
無表情でこちらを見下ろしながら話すメア。その表情からは、何を考えているのか全く読み取れない。
「……人には、秘密の一つや二つ。百個や二百個くらいあるものだよ。それでもお互いを思い合えるのが人間だ。全部を知る必要はない。大事なのは、相手をどう思うかだ」
「でも、リクくんはそれが出来なかった。だからそんなに後悔してるんでしょ?」
「そうだね、その通りだ。だから、俺は今ここにいる」
話している間にも、どんどんと映像は流れていく。目を逸らすな、と言わんばかりだ。
「俺は、前に失敗して全部台無しになった。でも、何の因果かもう一度やり直す機会ができた。だから決めたんだ。今度こそ嘘はつかない」
「隠してるのに」
「痛いところをつくね。でも、大事なのはそこじゃない。大事なのは──」
と、言葉を続けようとしたその時。急にメアが「なんで?」などと呟き始めたかと思えば、周囲の映像は掻き消え、急激に目の前が真っ白になっていく。
「そんな、ナナちゃん。でも、私……」
最後に聞こえたのは、メアの泣き出しそうなそんな声だった。
◇
パッと、意識が戻る。どうやら精神世界での時間と現実世界での時間は一致していないようで、先ほどからさほど時間は過ぎていないようだった。
そして、メアとナナはと言えば。
「また、一緒に笑おうよ……メア」
「でも、私……考えは曲げられないよ?この街にも、いつまでいられるか分からない……。それでも、いいの?」
「いいよ。言ったろ関係ないって。メアはメアだ」
抱き合い、泣き笑いの顔をしながらそんなことを話す二人。
──なんだかんだ、丸く収まったみたいだ。
そんなことを思いながら二人を見ていると、ちらりとこちらを見たメアを目が合う。
つられて、ナナもこちらを見た。
「あ、リク!大丈夫か?リクも精神世界でメアにぬるぬるにされたのか?」
「ぬるぬる……?」
「え~。あれ、私がやったんじゃなくてナナちゃんの中にあるイメージを強く反映させただけなんだけどな?」
「そっ、そそそんなわけないだろ!?」
楽しそうに話している二人。二人の仲が戻ったのは本当に喜ばしいことだけど、俺としてもケジメはつけなければいけない。
「さて、それで──
俺の言葉を聞いた二人がぴくりと顔を強張らせる。ナナが声を出そうとしたが、メアがそれを諫めた。
「なあに?リクくん」
「俺と君は友達ごっこだった。ナナとは仲直りしたみたいだけど」
「そだね」
「だから──」
言葉を切って、わざとらしく笑う。
「──俺とも、友達になってくれませんか?」
言って手を差し出す。これは儀式のようなものだ。なあなあで終わらせたくない、という俺のわがままのためだけの。
果たして、メアは──。
「やだ!」
「…………え?」
そう言って、彼女は俺の差し出した手をパチンと弾き、そのまま俺の腕にギュッと抱き着いて、悪戯っぽく舌を出した。
「友達からやり直しなんて、そんなの面倒くさいもん!」
「メア!?」
ナナの驚いた声が河川敷にこだまする。対するメアは、相も変わらず悪戯っぽく笑っている。
俺はと言えば、びくともしないメアを引きはがそうと無駄な努力を続けていて。
「心の中のことは、二人だけの秘密だよ。マスターも知ってるけど」
耳元で囁かれたそんな言葉も、今となっては俺とメアを繋ぐ一つの絆のように感じられた。