選ぶこと、選ばないこと   作:思い出

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思えばリクくんっていつも誰かしらとデートしてますね


#20 It's meant to be 〜それだけでなく〜

「ほら、早く行こうぜ」

「ちょっと待ってよ、浴衣って慣れないから……」

 

 通り過ぎていくカップルの楽しげな声が、夜の帳に溶けていく。

 遠くからは微かにお囃子の音色が聞こえ、ソースの焦げる匂いが風に乗って漂ってきている。

 時刻は夜。今日はお祭りがあり、神社や商店街に向かう道にはいつにも増して人だかりができていた。

 そんな中、俺はと言えば。

 

「兄ちゃん、行かないのかい?」

「ちょっと人を待ってまして」

「人って、ヤミちゃんかい?こないだ一緒に手ェ繋いで買いに来てたけど……もしかして、デート?」

「いや、彼女も言ってましたけど、そもそもそういう関係では……」

 

 待っている相手は、確かにヤミさんではあるが。

 何故俺がヤミさん行きつけのたい焼き屋の前で彼女を待っているのかと言えば、それはナナとメア、ついでに俺が和解をしたあの夜に遡ることになる。

 

 なんだかんだ、三人でもう一度友達──友達だ──に戻った直後。

 陰から様子を窺っていたらしいモモ達が不意に鋭い声で「誰!?」と暗がりに向かって声を上げたのだ。

 

 驚いて声のした方へ目を向ければ、そこにはいつもの衣装に身を包んだヤミさんと、何やらボロボロになった宇宙人と思しき三人組。

 聞けば、メアを狙ってやってきた宇宙の殺し屋たちをヤミさんが撃退したらしい。

 

 さて、大事なのはこの後だ。メアとヤミさんの会話も落ち着き、解散となった後。

 メアは自宅へ、ナナもモモやリト先輩と一緒に帰っていき、俺とヤミさんだけが残された──というか、残った──時のこと。

 

「リクも……メアのこと、ありがとうございました」

「友達だから。聞いてたお姉さんって言うのがヤミさんだっていうのはびっくりしたけど」

「伝えていなかったのは……すみませんでした」

「別に気にしてないよ。ヤミさんにはヤミさんの考えがあったんでしょ」

 

 そう言って貰えると助かります、と言いながら隣へ腰を下ろすヤミさん。

 金色の髪がふわりと舞い、夜の河川敷に彼女の小さな身体がちょこんと収まった。

 

「それで、わざわざ残ったってことは何かあるの?」

 

 メアのことだろうか。それとも先生についてかな。そんなことを思っていた俺だったが、ヤミさんの口から飛び出てきたのはそのどれでもない予想外の一言だった。

 

「いえ、その……最近……話せていませんし」

 

 少し顔を逸らしながらそう口にしたヤミさん。よく見ると、そわそわと髪の先が蠢いているのがわかる。

 

「……へぁ?」

 

 思わず喉が上擦り素っ頓狂な声が出る。ヤミさんが怪訝そうな顔をしてこちらを見た。

 

「なんですか、その変な声は」

 

 いや、だって。その言い方はまるで──。

 

「んん!いや、なんでも」

「……そうですか」

 

 じっとこちらを見つめながら「まぁいいです」と言葉を続けるヤミさん。

 ふいに彼女の深紅の瞳が、何かを諦めたように優しく細められた。

 

……厄介な街の、厄介な人

 

 ぼそり、と何事か呟いたヤミさんだったが、小さな声は川面を渡る夜風の音にさらわれてしまい、何を言ったのかは聞き取れなかった。

 素直に「聞こえなかった」と何を言ったか聞いてみるも、ふいと顔を逸らされ「何でもありません」と返される。

 ヤミさんがそういう悪口を言う人とは思っていないけど、それはそれとして何を言ったのか気になるな……。そんな風に若干悶々としていた時。

 

「ところで」

「……えっ?うん、なに」

「今度、神社でお祭りがあるらしいですね。美柑から聞きました」

「そうだね。この辺じゃ一番大きなお祭りかな。花火も上がるらしいよ」

 

 この地域で昔から続いている夏祭り。この辺りでは一番盛り上がるお祭りで、俺も何度か行ったことがある。

 

「でも、それが?」

「……わざとですか?」

 

 言いながら彼女の髪の毛先が不満そうにうねり、俺の頬をペチペチと軽く叩いてくる。

 全然痛くはないのだけど、柔らかい髪が肌に擦れて少しこそばゆい。

 

「わざとですか、わざとですね。そのにやにやした顔をやめてください」

「いや、ごめん。嬉しくて」

 

 そう返すと、頬を叩いていた髪の動きがピタリと止まる。

 そしてヤミさんはと言えばバツが悪そうに視線を逸らすと、髪の毛先で自身の赤い顔を隠すように覆ってしまった。

 

「まだ何も言っていませんが」

「まだ、なんだ」

「……」

 

 じとりとした表情を隠すこともなくこちらを睨むヤミさん。……なんだか、出会った頃に比べて格段に表情が豊かになっている気がする。

 そんなことを考えていると、ヤミさんがため息混じりの声を出した。

 

「それで、どうなんですか」

 

 そんなの、最初から答えは決まっている。当然──。

 

「うん、是非」

 

 その言葉を聞いたヤミさんの髪が、嬉しそうにぴょこんと跳ねた。

 

 ──とまあ、そういうわけで。俺は一人たい焼き屋の横に陣取ってヤミさんを待っているというわけだった。

 

「それにしても兄ちゃん、どうやってヤミちゃんとあんなに仲良くなったんだい?」

「どうやってと言われても……なんとなく、流れで?」

 

 自分で言っておいてなんだが、流れってなんだ。

 でも、具体的にどうこうして仲良くなったわけでもなく、気が付いたら友達だったというか、友達ってそういうものじゃないか?

 

「流れ……ねえ。ヤミちゃんってそういうタイプじゃあねえと思うけど」

「おじさんはヤミさんとは長いんですか?」

「そりゃもう!かれこれ一年近くの常連さんよ」

 

 それはつまりヤミさんが地球にやってきてからすぐ、ということだろう。

 

「いつも一人で本読みながら買いに来てるから、この間はたまげたもんよ」

「忘れてください……とは言いませんけど、あまり大きな声では」

「ああ、いや。悪いね。この年になるとどーにもそういう青春じみたものが眩しくって」

 

 気持ちはわかるが。

 そんな風に、たい焼き屋のおじさんと話をすること数分。

 

「──リク」

「や」

 

 片手を上げながら挨拶をする。カラン、と小気味いい下駄の音を響かせながらやってきたヤミさんは、夏祭りらしく綺麗な黒の浴衣に身を包んでいる。

 ところどころに紫陽花の柄があしらわれているそれは、ヤミさん本人の透き通るような白い肌や艶やかな金髪と見事なコントラストを演出しており、つまり一言で言えば──見惚れてしまうほどに綺麗だった。

 

「すみません、待たせました」

「大丈夫、待ってるのも楽しかったから。それに、おじさんが色々話し相手になってくれたし」

 

 いいってことよ、とおじさんが隣で返事をする。

 

「お礼がしたいってんなら是非買ってってもらえると嬉しいね」

「はい。というか、元から買う予定でしたし」

「あっはっは!そうかいそうかい。いつもので?」

「はい」

 

 豪快に笑うおじさんと、「いつもの」──つまり、山盛りのたい焼きを受け取るヤミさん。

 

「……?いつもより少し多いですが」

「ん?ああ、サービスサービス!気にしないでいいって」

「そうですか。でしたらありがたく」

 

 言って、片手に紙袋を抱えて戻ってくるヤミさん。そして、そのまま自然な流れで空いている俺の左手を取ると──。

 

「行きますよ、リク」

 

 と、こちらを見ずに手を引いて歩きだす。ぎゅっと握られた小さな手は夏の暑さを打ち消すほどに冷ややかで、同時に夏の暑さなんて忘れるくらいに熱を感じた。

 

「……うん、行こうか」

 

 手を引かれながら歩く。遠くからは祭囃子や人々の賑やかな声が聞こえてくる。どこからか「うまくやんなよ!」という声が響いた。

 

 

「屋台がたくさんありますね」

「まあお祭りだからね。その分値段もお祭り価格だけど」

 

 片手にたい焼き、片手に繋いだ手という恰好で連れ歩く俺とヤミさん。ヤミさんも手を引くように先導していた最初とは違い、今は横に並んで歩いている。

 

「チョコバナナに、綿菓子、りんご飴ですか……」

「何か買う?」

「そうですね……」

 

 悩んだ様子のヤミさん。その声色はいつになく真剣で、なんだか少しおかしな気分になってしまう。

 

「では、りんご飴をひとつ」

「りょーかい。おじさん、りんご飴ひとつで」

「はいよ……えらい美人さんだねえ、彼女?」

「違います」

 

 屋台のおじさんは客の関係を冷やかさないといけないという決まりでもあるのだろうか。

 本当に?としつこく聞いてくるおじさんをなんとかいなし、りんご飴の代金支払いを終える。

 そうして受け取ろうとしたのだけど──。

 

「あの、二本あるんですけど」

「サービスサービス!せっかくのお祭りなんだから」

 

 屋台のおじさんはカップルにサービスをしなければいけないという決まりでもあるのだろうか。

 いや、俺とヤミさんはカップルではないのだけど。

 

 結局断ることも出来ず、今度は二本のりんご飴を手──ヤミさんは髪で持っている──に連れ歩く俺とヤミさん。

 しゃく、という音とともにりんご飴を齧る。というか、先ほどの屋台からヤミさんがえらく静かだ。元から口数の多い方ではないけど。

 

「ヤミさん?」

「なんですか?」

「いや、どうしたのかなって」

「どうもしません」

 

 それってどうかした人の言葉では。でも、確かにおかしなところはないし……。そう思いながら二人で歩いていると、今度はヤミさんが口を開く。

 

「リクは……」

「うん」

「リクは、どうして私と友達になろうと思ったんですか?」

 

 どうして。なんだか、以前にも似たようなことを聞かれた気がする。

 あの時は──なんで構うのか、だったか。

 

 ──()()()友達だから。

 

 今度は、なんで友達になったのか。

 なんでか。

 

「困ってたから。なんとなく。理由なんてない。色々言えるね」

「そういうことを聞いているのではありません」

「うん、わかってる」

 

 ヤミさんが聞きたいのは、友達に()()()理由ではなく、友達に()()()()()()()理由だ。でも、そんなのは。

 

「一緒にいて楽しいから。それ以上の理由が必要?」

 

 言って、再度りんご飴を齧る。しゃくりという音とともに、甘さが口に広がった。

 

「楽しい、ですか。私といて?」

「楽しいよ。驚くことも多いけど」

「そうですか」

 

 俺の答えに満足したのかしていないのか、ヤミさんもしゃくしゃくとりんご飴を口にする。

 なんだか、食べるスピードが速いような気がしないでもない。

 

「甘いですね」

 

 こちらを見ずにヤミさんが口を開く。その間も、ぎゅっと手は握られている。

 

「まぁ、りんごだけでも甘いのに飴でコーティングしてるからね」

「はい。甘いです」

 

 ──本当に。

 

 そんな呟きが聞こえた気がした。

 

 

 その後もヤミさんと屋台を冷やかしたり、夏祭りを楽しむ人々を眺めたりしながら連れ歩くこと少し。

 気が付けばあれほど大量にあったたい焼きも残りは数匹分となっており、人通りの少ないところで話をしたい、というヤミさんのお願いを受けた俺は祭りの喧騒から少し離れた路地に立っていた。

 

「それで、話って?」

 

 俺がそう切り出すと、ヤミさんは少しだけ悩む素振りを見せた後に口を開く。

 

「……リクも、ティアと会うべきだと思いますか?」

「それは、俺が口を出すべき問題じゃない。それに、そのことについて言いたいことは前に全部伝えたよ」

 

 あの時の言葉が俺の全てだ。手を握ったまま、そう返事をする。

 

「もちろん、会うべきだと言う人もいるだろう。リト先輩とかね。でも、それは()()()()()()()()()わけじゃない。前も言ったけど、会いたいなら会っていいし、会いたくないなら会わなくたっていい」

「それは……」

「厳しいことを言うけど、会うのも会わないのも、ヤミさんが決めるしかないんだ。色んな意見を参考にしてもいいし、人に聞いてもいい。でも、決めるのはヤミさんだ」

 

 俺の言葉を受けたヤミさんがくしゃり、と紙袋を握りしめる。安心させるように、繋いだ手に力を込めた。

 

「ヤミさんが何を選んでも、俺はそれを否定しない。だから、好きなだけ悩めばいいと思うよ」

 

 無言で手を握ったままのヤミさん。仕方ないとはいえ、重苦しくなってしまった空気を何とかしようと紙袋からたい焼きを取り出して険しい表情をしているヤミさんの口へ放り込む。

 

「んむっ!?」

「まあ、お祭りなんだから今日くらいは楽しんでもいいんじゃない?」

「んむむ……ぷはっ。……リク、乱暴です」

 

 ごめんごめん、と謝りながら自分でもたい焼きを一つ食べる。

 

 ──と、その時。

 

「ほら、こっちこっち」

「ちょっ……待てよ美柑!」

「待ってくださいリトさん!」

 

 ……この声は。

 ヤミさんも気づいたのか、俺の横で顔を顰めた。

 

「待てって!……って、ヤミにリク?」

「あら。お二人とも……って、もしかしてお祭りに?」

「どうも、先輩にモモ。まあちょっとね」

 

 ぺこりと無言で頭を下げるヤミさんに、少し驚いた表情で挨拶をしてくるリト先輩とモモ。

 何やら急いでいるようで、どうしたんですか?と聞こうとするもそれより先にリト先輩が口を開いた。

 

「って、それより美柑を見なかったか?こっちに走ってきたはずなんだけど」

「美柑ですか?見ていませんが」

「おっかしいな~……絶対こっちなのに」

 

 リト先輩が頭を掻きながらそう呟く。

 と、その時。頭上から聞き覚えのある声が響く。

 

「なーんだ、リトがヤミさんを押し倒すのを期待してたのになぁ」

 

 声のしたほうへ目を向けると電柱の上に美柑さんが座っていた。

 いや、美柑じゃないな、()()

 

「美柑!何やってるんだ、危ないぞ!落ちたらどうするんだ!」

「違いますリトさん。彼女、美柑さんじゃない……!」

「思ったよりつまらないんだな、結城リト。それとも、成瀬リクが一緒にいたからか?」

 

 話を続けながら、美柑さん(偽物)が電柱から飛び降りる。すとり、と重力を感じさせない動きで着地したそれは、体表から黒い靄を発したかと思えばすぐさま見覚えのある姿へと変身した。

 その姿を見て、モモが警戒した声色で言葉を発する。

 

「なるほど、ようやくお出ましということですか。マスター……ネメシス」

 

 その声を受けたネメシスは、ただ楽しそうに笑っていた。




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