選ぶこと、選ばないこと 作:思い出
ネメシスが出てくると掛け合いのせいで会話文が多くなる気がします
「こういう時は……初めまして、と言うのかな?それとも──この間ぶり、のほうがいいか?」
なぁ?と俺のことを流し見るネメシス。
釣られて、その場にいた全員が俺のことを見た。
「リク……?」
「リクさん!?」
「知ってるのか!?」
三人の反応を受けて、ネメシスが更に楽しそうに笑う。
「知っているとも。誰よりも深く繋がった仲だからな、そいつと私は」
「誤解を招く言い方はやめてほしいけど」
「どうした?いつにも増して丁寧じゃないか」
まさかこんなところで会うとは、なんていうのは想像力の足りない間抜けな言い訳か。
三人──特にモモ──の視線が俺に突き刺さる。
「ほら、
「…………はあ」
思わずため息が口をつく。このまま無視をして帰りたい気分だが、そういうわけにもいかない。
「
「おおう、言うではないか」
「説明!していただけるんですよね?」
俺とネメシスの会話にモモが割り込む。その瞳には戸惑いがありありと浮かんでおり、どういうことだ、と力強く訴えている。
ヤミさんも、無言のまま俺の手を握りこんだ。
「もちろん」
「ああ、こいつと出会ったのは──」
「お前は黙ってろ」
勝手に喋らせたら何を言うかわかったものじゃない。そう思い言葉を割り込ませると、ネメシスは「おお、怖い怖い」とわざとらしく肩を竦める。
しかし、態度とは裏腹に口を挟むつもりはないらしく、ガードレールに腰掛けながらニヤニヤとこちらを眺めていた。
「あいつとは少し前に偶然会ったんだ。その時に……
「それは……わかりましたが」
「何故、黙っていたのですか?」
黙り込んでいたヤミさんが口を開く。
「黙っていたのは──」
「ネメシス様の下僕になったから〜」
言いながら、彼女は懐から黒い端末を取り出し楽しそうに振ってみせる。……あの中に俺の連絡先が入っているのかと思うと、心底げんなりしてくる。
「げ、下僕……!?」
モモさんが絶句し、信じられないものを見る目で俺を見る。その視線には「まさかそっちの趣味が……?」というあらぬ誤解が含まれている気がしてならない。
隣では繋がれた手はそのままに、ヤミさんの金色の髪だけがユラリと鎌首をもたげ、殺気を孕んでネメシスの方を向いた。
「黙ってろと言ったはずだ」
「ふふ」
楽しそうに笑うネメシス。その笑いを受けて、リト先輩が「げ、下僕って……」と顔を赤くして小さく呟いた。
「──それで、黙っていたのは俺の間違いだった。流石にちょっと、知られたくなくて」
他にも、みんなに心配をかけたくなかった、という理由もあるが。とはいえ、言わなかったのは俺の都合でありみんなの責任ではない。
「信じていいんですよね?」
「もち──」
ろん、と言いかけたその時、ガードレールに座ったネメシスがニヤリと笑って自分の携帯の通話ボタンを押すのが見えた。
直後、俺の懐から聞きなじみのある着信音が鳴る。
「おおっと、手が滑ってしまった。何、私のことは気にせず話を続けるといい。少し電話してるだけだからな」
にやにやとした顔を隠すこともなくしらじらしくそう言い放つ。その間も、俺の懐からは着信音が流れ続けている。それが誰からかかってきているものなのかは、この場の誰もがわかっていた。
ネメシスが楽しんでいるのは明らかだ。そうでないのなら、俺の
……正直、心の底から面倒くさい。今すぐにでもヤミさんを連れてこの場から離れたい。
──とはいえ、そうもいかないか。
未だに着信音は鳴り続けている。ヤミさんはなにやら噴火する一歩手前みたいな雰囲気だし、モモは不安そうな目でこちらを見つめているし、リト先輩はどうしていいのかおろおろしている。
──一つ一つ片付けていくしかない、か。
まずは、この鬱陶しい着信音から。
懐から携帯を取り出し、通話拒否のボタンを押す。あれほど鬱陶しく鳴り響いていた着信音はピタリと止まり、場に一瞬の静寂が戻る。
「それで、信じていいのかだけど」
「続けるんですか!?」
「もちろん。ああ、今のもちろんは二重にかかっていて──」
「いや、そこじゃないと思うんだけど……」
リト先輩がおずおずと声を挟む。そんなことは分かってる、ちょっとしたジョークだ。それくらい挟まないとやってられない。
「まぁ、わかってますよ。ほら」
言って、携帯をモモへ投げ渡す。突然の行動に驚いたモモだったが、流石の身体能力で落とすことなく受け取ってくれた。
「見ていいよ」
最初こそ戸惑っていたモモだったが、俺の言葉を受けてゆっくりと携帯を操作していく。
そして──多分──「ご主人様(予定)」と書かれた連絡先を発見したのか、ひきつったような笑みを浮かべてこちらを見た。
「あの、リクさん……これは?」
「そこにいるやつに勝手に登録されたんだ。変更も削除もできない」
そう言った途端、ただでさえ強く握られていた手が更に力強く握りしめられた。少し痛いくらいだったが、構わず握り返す。
モモは、実際に削除や変更を試しているのか小さな声で「本当にできない」と呟いていた。
「システムに直接干渉している……?お姉さまなら、あるいは……?」
「まあ、そういうわけで。親名義の契約だから機種変も出来ないし」
「──それに」
俺が話を続けていると、今度はすぐそばから
声のした方を見ればネメシスはガードレールから音もなく俺の背後に移動しており、肩口から顔を覗かせて口を開く。
「せっかくの電話番号だから消すのももったいないし」
モモとリト先輩が驚いた顔をしてネメシスを見た。
次の瞬間、ひゅんという音が耳元でしたかと思えば肩に乗っていたネメシスの重みが消える。
見れば、ヤミさんが髪を刃へと
頭上を見れば、ヤミさんの攻撃を避けたであろうネメシスが再度電柱の上に座って言葉を続けている。
「危ないじゃないか、金色の闇」
「リクに付き纏わないでください」
「随分とご執心だな。
「リクは……友人ですから」
その言葉を聞いたネメシスはくつくつと楽しそうに喉を鳴らしてヤミさんを見る。
「勘違いしないでほしい。私は仲良くしたいんだよ金色の闇」
「どの口で言ってるんですか」
「そうです、今まで隠れていて今更そんな……!」
ヤミさんに続いて、モモが怒気を孕んだ声を上げた。
「本当のことだ。ほら、私はこんなだろう?人とのコミュニケーションに少々難があるようでな」
「少々?かなりの間違いでしょ」
「こんな風に嫌われてしまうことが多いから、前に出るのはメアに任せていたんだ」
「悪かった、許してくれ」と心にもない謝罪を口にするネメシス。
「私はどうにも衝動を抑えるのが苦手でな……。こうしたいと思うと止められないタチなんだ。今日は別に喧嘩を売りに来たわけじゃない。ほら、あれだよ。「今後ともよろしく」というやつさ」
「信用できません。結城リトを抹殺させ、私を兵器に戻すのがあなたの目的だったのではないですか」
「そうだ。確かに最初はそう考えていた。でもそれはお前たちのことを知らなかったからなんだ」
「知らなかったから……って?」
リト先輩が小さく呟く。
「お前たちの関係。金色の心。全ての情報が足りなかった。だからメアを通して色々と観察させてもらったんだ。そして、ようやく見えてきたんだよ」
「……何がですか?」
「お前の本心さ」
ネメシスはずず、と一瞬でヤミさんの目の前に移動し、至近距離で顔を見つめて言葉を続ける。
「お前は理解している。ここが自分の居場所ではないと。いつかは出ていくことになると。無意識で気づいているからだ。自らの兵器としての本質……
その言葉を聞いた瞬間、ヤミさんの深紅の瞳が大きく見開かれ、まるで暗闇に飲み込まれるように揺らぐのが見えた。
それを見て、俺は──。
「えい」
ぐい、と繋いだままだった手を引っ張る。こちらを全く意識していなかったヤミさんは一切抵抗できず、勢いのまますっぽりと俺の腕に収まった。
「ッ!何を!?」
「見せつけてくれるじゃないか」
「どうあるのかを決めるのかは俺たちで、お前じゃない」
前にも言った言葉をネメシスへ叩きつける。それを受けてなお、ネメシスは笑っている。
「ああ、そうだ。構わないさ。言っただろう?無意識のうちに気づいていると。それは金色だけじゃない、お前もさ。ならば問題ない。私が導かずともいずれ全ては丸く収まるのだから、その時まで気長に待てばいい」
「勝手にそう思ってろ」
「思うとも」
そう言って彼女は俺の腕の中にいるヤミさん、そして背後にいるモモやリト先輩を順に見渡し──最後に俺の目を見て口を開く。
「ま、退屈したら遊びに来るのでヨロシク、モモ姫に結城リト。
「お断りです!」
「二度とかけてくるな」
「随分と嫌われたものだ」
ではな、と言葉を残してネメシスが姿を消すと、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。
……同時に俺の腕の中で硬直していたヤミさんの身体から力が抜け、ゆったりと背を預けてくる。
浴衣越しに伝わる彼女の体温と、トクトクと背中を叩く心臓の音が俺の腕の中に確かに「生きた少女」がいることを教えてくれた。
と、そんな時。
「ごほん」
モモのわざとらしい咳払いが一帯に響く。腕の中のヤミさんがぴくりと震え、すぐさま距離を取った。
「なんだか中途半端に終わってしまいましたけど……結局、リクさんのことは信じてよろしいので?」
「もちろん」
「では、過去とやらについては?」
「それは言えない」
ぴり、とした空気が俺とモモの間に流れる。リト先輩が「も、モモ……」と小声で諫めるが、モモはこちらを見つめたまま動かない。
「でも、俺がヤミさんを裏切ることはない。絶対に」
「……はぁ。まあ、今更そこを疑うつもりはありませんけど……」
「ま、まぁまぁ。リクがヤミを悲しませるようなことするわけないだろ?」
納得してくれたのか、はたまたこれ以上聞いても無駄だと悟ったのか、口を閉じたモモ。すかさずリト先輩がわざとらしく明るい声を出してフォローを入れてくれる。
それを受けて、モモも毒気を抜かれたように肩を落とすと「信じてますからね」と釘を刺し「ほらリトさん、そろそろ集合ですよ」と話し始めた。
その様子を眺めながらなんとかなったか、などと考えていた時。くい、と横合いから袖が引かれる。
「リク、携帯を少し貸してください」
「え、いいけど」
言いながら携帯を渡す。受け取ったヤミさんは、淀みない手つきでいくつかの操作を終えると、すぐに返してきた。
画面を見ると「ヤミちゃん」なる連絡先が追加されていた。……思わず、と言った態度でヤミさんの方を見てしまう。
「ヤミ……
「……なんですか」
どこかムスりとした様子を見せてこちらを睨むヤミさん。そのまま「何か文句でも?」「いえ、なにも」と会話を続けていると、リト先輩から「花火見に行くんだけど二人も来るよな?」と声がかかる。
「あ、いいんですか?」
「え?いいに決まってるだろ。ナナやメアも喜ぶし」
「じゃあ、遠慮なく」
行こう、とヤミさんへ声をかける。控え目に伸ばされた手をつかみ、一緒に前を行く二人の後を追った。
◇
ドン、という大きな音とともに空が光で彩られる。
一つ打ちあがる度にざわざわと歓声が上がり、見ている人の多さを感じさせた。
「それにしても、遅いと思っていたらまさかマスターと会っていたなんてね」
どうやらリト先輩たちは大人数で花火を見る約束をしていたらしく、連れていかれた場所──ビルの屋上だ──にはララや美柑さんといったいつもの面々から、籾岡先輩や春奈さん、御門先生やティアーユ先生──ヤミさんは、ティアーユ先生の姿を見た途端に入口の陰にある非常階段へと足早に隠れてしまった──といった大人数が集まっていた。
「どんな相手だった?」
ティアーユ先生の問いに、リト先輩とモモが答える。
「なんか……不気味というか、怖いというか……」
「イヤ~な感じの人でした!」
「ただの力があるガキですよ」
俺の言葉を聞いて、その場にいた全員がぎょっとした顔でこちらを見る。
「何かを成したいわけじゃない。感情に従ってただ面白そうだからってだけで行動する。下手に力がある分手に負えない。破滅願望持ってるなら自分一人で勝手に破滅してろって感じです」
ついつい毒づいてしまう。すると、驚いた顔をした村雨先輩がおっかなびっくりと言った様子で問いかけてきた。
「なんていうか、成瀬さんってそんな感じでしたっけ?」
「ああ、いや。すみません村雨先輩。少しピリピリしてました」
「おお、ワルですね。男の子って感じです」
呑気か?結構図太いよな、この人。
「で、でも俺たちと仲良くしたいからヨロシク、って言ってたけど……」
自身でもあまり信じられていないのか、おずおずと言った様子でリト先輩が口にする。
すぐさま村雨先輩が「どうせ裏があるんじゃないですか?信じられませんよ」と反論した。
すると、村雨先輩に対して更に反論の声が出る。
「そんなに心配することないよ」
そう言ってきたのは、綿あめを手に持ちながらナナと一緒に屋上へやってきたメアだった。
メアは、そのまま綿あめをぱくつきながら「マスターも私やお姉ちゃんみたいに人と触れ合ってみたくなったんだよ、きっと」と続けたが、村雨先輩は信じられないようで、メアに対して色々と反論をしている。
……というか、今更だけど御門先生や村雨先輩もヤミさんのこととか知ってたんだ。なんなら一番知らないのが俺だったまであるな。
そんなことを考えながら二人のやり取りを眺めていると、横合いから声がかかる。
「ヤミやモモたちと一緒にいたんだな」
「モモたちとは偶然ね。ナナはメアと回ってたんだ」
「まあな。色々珍しいみたいで、メアがあちこち行って大変だったぞ」
少しぐったりした表情でナナが零す。しかし──。
「口の端、笑ってるよ」
「えっ!嘘!」
「うん、嘘」
口は笑っていなかったが雰囲気が楽しそうだったのは事実だけど。
からかわれた、と気づいたのかナナがかっと顔を赤くして掴みかかってくる。
「……って、お前なー! 人のことからかって楽しいか!?」
「正直、かなり」
「趣味悪いぞ!」
打てば響くように返してくれるナナが悪い。いや、悪いのは間違いなく俺なんだけど。
そんな風にナナとじゃれていると、背後から「あー!ナナちゃんばっかりズルい!」と声が聞こえた──と思えば、次の瞬間には背中に大きな衝撃。
思わずつんのめりそうになる体を何とか支えて、背後を向きながら声を返した。
「メア、危ない」
「でも受け止めてくれるでしょ?」
「そういう問題じゃ……まぁ、いいか」
言っても聞かないだろう。メアだし。そんな諦観を滲ませながらため息交じりに返事をすると、またしてもナナが吠えた。
「よくない!くっつきすぎだろ!」
「じゃあ、ナナちゃんもくっつく?」
メアがそう言うとナナは一瞬だけ黙り込み、すぐさま「するわけないだろ!メアも離れろ!」と引きはがす。メアも特に抵抗する様子を見せず「きゃ~」なんて言いながら背中から離れ、二人で皆がいる方へ歩いて行った。
「嵐だな……」
思わず呟く。しかし、ため息をつきながらも強張っていた頬が自然と緩んでいるのが分かる。
ネメシスのせいでささくれ立っていた心が、あの馬鹿騒ぎのおかげで少しだけ軽くなった気がした。
──さて。
ちら、と非常階段の方を見る。そこには、未だにちらちらとこちら──というかティアーユ先生──の様子を窺うヤミさんの姿。
「花火、見ないの?」
近づいて、一言。
「私はここで大丈夫です。リクは皆と見てきてください」
「そっか」
言って、隣へ腰を下ろす。
「……聞いてましたか?」
暗い空を花火が照らしている。腹に響く破裂音と共に、非常階段の暗がりに一瞬だけ鮮やかな光が差し込みヤミさんの横顔を彩った。
「聞いてたよ」
「なら」
「俺はここで見たいんだ。それに、ここでもみんなと見ることになると思うよ?」
話をしている間にも、ビルの影から半分だけ見える花火が俺たち二人だけを照らすように儚く咲いては消えていく。
「何を言って──?」
俺の言葉の意味が分からないのか、怪訝そうな顔でこちらを見つめるヤミさん。そんな顔をしなくても、どうせすぐに意味が分かる。だって──ほら。
「あー、ヤミさんこんなところにいた。ほら、一緒に花火見よ?」
「美柑?いえ、私はここで……」
「ここじゃ殆ど見えないじゃん!先生と一緒が気まずいなら離れててもいいしさ」
「み、美柑……そんなに引っ張られると……」
去り際に彼女がちらりと俺を見たが──俺が小さく手を振ると、観念したように息を吐いて美柑さんについてゆく。
──いつか去ることになる。
そんなの、ここに限った話じゃない。出会いがあって別れがある。別れがあって出会いがある。
居場所は自分で決められる。生き方は自分で決められる。──
でも──。
「一人で決めないといけないわけじゃない」
皆がいる。なら、きっと大丈夫。
そう思いながら、美柑さんとヤミさんの後を追う。
ドン、と一際大きな花火が屋上を照らした。