選ぶこと、選ばないこと 作:思い出
続くかは未知数です
#1 Reincarnation ~生まれ変わって~
転生した、と気が付いたのは果たしてどのくらいになった頃だっただろうか。
少なくとも、物心がついてしばらく経った頃──小学校に上がる前後、つまり六歳から八歳くらいの時には前世の記憶というものを認識していたと思う。
とはいえ、何かが変わったのかと言えば特段変わることはなかった。
勿論、輪廻転生というものが実在し、なおかつ自分がそれを──記憶を持ったまま!──体験する、ということには些か以上に当惑したり、感動したりはしたがそれはそれ。
前世の俺も、今世の俺も、どちらも紛れもない俺であるし、同様に前世の親も今世の親も間違いなく俺の両親であることに違いはない。
生まれた世界もよくある異世界などではないし、結局のところ俺は前世の記憶……らしきものを持つだけのただの一般人であるということだ。
きっとこのままそれなりに波乱万丈な人生を過ごし、それなりに平凡で鮮烈な生を送るのだろう。
だが、それでいい。
いや、
だって、人生は普通が一番なのだから。
◇
時は流れて。
高校生となった俺は、のんびりと通学路を歩いている。
家から学校まではそう遠くはなく、十分も歩けば校門が見えてくる距離だ。
私立彩南高校。今世において、俺が通っている高校である。
校門をくぐり、自身の教室である1-Bへ向か──おうとしたところで、横合いから声がかかった。
「はよーっす、元気ィ~?」
「おはようございます、先輩。まあ、ぼちぼちってとこですかね」
「ぼちぼちって、爺さんじゃないんだから」
何がそんなに面白いのか、くすくすと笑いながら横につく彼女。ウェーブのかかった亜麻色のショートヘアからは、
「で、どうしたんですか?先輩」
「ん~?カワイイ後輩が歩いてるの見かけたから」
「カワイイかどうかは議論の余地が残りますが……。沢田先輩は一緒じゃないんですね」
「別に、いっつも一緒にいるわけじゃないし。春菜は結城にお熱で、ミオはそれについて行っちゃった」
「先輩はいかないんですか?」
「そんな……おいて行かれた私の心を慰めてはくれないのね……おねーさん悲しい」
急にそんな小芝居をしながら目元を手で拭い、ウソ泣きを始める彼女を見ながら俺は口を開く。
「それじゃあ、そこのおねーさん。カワイイ後輩と一緒に教室行きますか?」
「一緒に行くだけ?」
「行くだけ、です。それ以上はもっと好感度を稼いでから」
「ちぇ、相変わらず生意気ぃ~。可愛い先輩に構われてるんだからもっといい反応していいんじゃない?」
「面白い反応が欲しいなら、それこそ噂の結城先輩にしてあげたらいいんじゃないですか?」
噂を聞くに、色々と
そんなことを話しながら歩いていると、すぐに2-A、つまり先輩の教室へとたどり着く。
中からは何やら騒がし気な声が響いている。
「それじゃあ籾岡先輩、俺の教室は上なので」
「あらら、本当に送ってくれちゃうなんて。それもわざわざ上級生の教室に」
「別に、言ってるでしょう?先輩と話すの、嫌いじゃないですよ。俺」
俺がそういうと、先輩は何やら珍しくじとりとした眼差しをこちらに向けて口を開く。
「そーいうの、かる~く言っちゃうのはおねーさん的にポイント低いぞ」
「そんな……!勇気を振り絞って言ったのに……、って感じですか?」
「そーいうとこ」
「こーいうとこ」
お互いを指で指し合いながら、にやりと笑う。
そんなじゃれあいをしていると、校内に予鈴が鳴り響いた。
「っと、そろそろ行かないとホントに遅刻しちゃうので」
そう断って教室を後にした。少し速足で──しかし走ることはせずに、
その間も、扉の向こうからは酷く賑やかな喧噪が響き渡っていた。
◇
「え~、であるからして。ここにはこの公式を当てはめることで──」
コツコツという板書の音と、それを解説する先生の声が教室に響く。
正直言って、授業の時間は退屈だ。それは授業を行う先生が悪いのではなく、既に二重の意味で予習を──あるいは復習を──済ませてしまっている自分が悪いのだが。
板書をノートに写しながら、ちらちらと窓の外を眺めていると不意に脇腹に刺激を感じる。
ちら、とそちらへ目をやると赤色のおさげをたらし、きらきらとした瑠璃色の瞳でこちらを射抜く少女──黒咲さんの姿があった。
授業中に声を出すわけにもいかず、ノートの端に文字を書いて隣の席に座る彼女へ見せる。
──どうしたの?──
──なんで今日は遅かったの?──
──来る途中に先輩に会ってね──
──女の人でしょ──
──なぜ──
目を上げると、なにやら楽し気な顔をした彼女と瞳がぶつかる。
彼女は人差し指を唇の前に持ってくると、ゆっくりと声を出さずに「ひみつ」とだけ答えた。
にこにことした表情は本当に楽しそうで、日の光を受けてキラキラと輝いている。
「そこの二人ィ、そんなに俺の授業はつまらないか~?」
いつの間にか、板書の音は止まり、黒板へ向かっていた先生の顔がこちらへ向いていた。
その顔は本気で怒っている様子ではなかったが、授業中に私語──声は出していないが──をしていたのは事実で、どうみても悪いのはこちらである。
「いえ、すみませんでした。先生」
「は~い、ごめんなさい」
「ま、これも青春。とはいえ授業には節度を持って取り組むように」
はい、と短く返事をしてとれていなかった板書をノートへと書き写す。
その後は授業が終わるまで、黒咲さんからの問いかけはなかった。
◇
「も~、リクくんのせいで怒られちゃった」
授業が終わるなり、黒咲さんはこちらへ向かってくると開口一番そんな言葉を放った。
「え、俺のせいなの」
「そうなの」
「……ごめんね?」
「なら許す!」
どう考えてもちょっかいをかけて来たのは彼女なのだが、まぁこちらが折れることで彼女の機嫌が直るなら安いものだろう。
そもそも、本気で怒ってるわけじゃないだろうし。
「ところで、朝に会ってた女の人って誰なの?」
「女の先輩って確定してることには突っ込みいれた方がいい感じ?」
「違うの?」
「違わないけど」
俺がそう言うと、彼女は「知ってる」とでも言わんばかりにじとりとした視線をこちらへ寄越す。
何故ここまで俺が女性と会っていたことについて確信を持っているのかはわからないし、そもそも俺が女性と会っていたとしても黒咲さんには特段影響はないだろうに。
「先輩は先輩だよ。2-Aの籾岡先輩」
「2-Aって、結城リトせんぱいの?」
「結城先輩?」
「そ」
黒咲さんは、おさげをくるくるといじりながら短く返事をする。
「黒咲さんって、その結城先輩とは仲がいいの?」
「どうして?」
「黒咲さんから、他の人の名前が出てくるって珍しいなって」
「そうじゃなくて、私とせんぱいが仲良しだとどうしてだめなの?」
む、と口が閉じる。そんなつもりはなかったけれど、心の底が漏れ出てしまったのだろうか。
「正直、あんまりいい噂を聞かないからね。もちろん、噂は噂。本人に会ってもいないのに判断するのはよろしくないけど」
「ふふ、そっか。せんぱいのことは、知ってるだけで会ったことはないよ。でも、リクくんも噂とか気にするんだ」
「そりゃ、学生だからね」
とはいえ、所詮噂は噂。結城先輩は随分とモテるらしいし、逆恨みで誰かが流した、とかいう可能性もある。
というか、噂の内容を考えるにそっちの方が高い。
(校内で公然とスカートに頭を突っ込むとか、転んだのを装ってぶつかり服を剝ぎ取るとか、普通に考えてあり得ないからな)
「それより、その女のせんぱいと付き合ってるの?」
「俺が?籾岡先輩と?ないない」
「なんで?仲のいい男女は付き合うものなんじゃないの?」
「その理論で行くと、俺と黒咲さんも付き合ってることになるのだけれど」
俺がそう言うと、黒咲さんはなにやら少しびっくりした様子で目をぱちぱちと瞬かせる。
「わ、びっくり。私のことそんな風に思ってたんだ」
「そんな風、がどんな風かはわからないけど、少なくとも仲はいい方だと思ってたけど」
その言葉を最後に、会話が途切れる。
黒咲さんは何やら俯いてしまっているし、もしかして不愉快だったのだろうか。
俺はそれなりに仲がいいと思っていたけど、彼女からしたらただ隣に座ってるだけの男子と話してただけなのかも。
……だとしたら、さっきの俺はだいぶ気持ち悪いな。謝らないと。
「黒咲さん、さっきのは忘れて──」
「素敵だね!」
先程の言葉を訂正しようと口を開いたのと同じタイミングで、黒咲さんが顔を上げて口を開いた。
「リクくん!」
「ええと、なにかな黒咲さん」
「それ!『黒咲さん』じゃなくて『メア』って呼んで!」
「ええと、ごめん。ちょっと待って、黒咲さん的には、さっきの発言は問題なかったの?」
「うん、どうして?」
心底不思議そうにこてりと首を傾げてこちらを見る彼女。
どうやら本当に考え事をしていただけで、別に発言が不愉快とかそういう訳では無かったらしい。
「いや、それならいいんだ。もしかしたら俺ってすごい勘違い男なのかなって思っただけだから」
「よく分からないけど……リクくんは素敵だと思うよ?」
「どうもありがとう」
「それより!」
会話を断ち切るかのように大きな声を出す黒咲さん。
その顔は明らかにむっつりとしており、俺に対して何が言いたいことがあるのだということをありありと語っていた。
「名前!」
「名前」
「呼んでって言ったでしょ?」
「……ん、ううん」
「いやなの?」
いやなのか、と聞かれれば答えは当然「いやではない」となるのだが、それと名前を呼ぶという行為についてはまた別の話だ。
別の話だが……。
「……」
ちらり、と黒咲さんのほうを見ると、彼女は変わらずにじっとこちらを見つめている。
「ん、いや。これからもよろしく、メアさん」
「さん、もいらないんだよ?」
「……参った、降参。よろしく、メア」
観念してその名を呼ぶと、彼女はぱあっと花が咲くような──今日一番の笑顔を浮かべる。
「よろしくね、リクくん!」
名前を呼ぶだけでこの笑顔が見れるのであれば、自分の僅かばかりの羞恥心など安いものか。
そんなことを思いながら、黒咲さん──メアとの会話を続けるのだった。