選ぶこと、選ばないこと 作:思い出
「ねーリクくん!次はあっち行こうよ!」
「メア、ちょっと、休ませて……」
「えー!」
ある日の放課後。俺はメアに誘われて、二人であてもなく街をぶらぶらと散策していた。
メア曰く「最近遊べてないもん!」と言うのが理由らしいが……。
「ほら、早く!」
少し先にいるメアがスカートを翻してスキップでもしそうな足取りで歩きながらこちらへ振り返り、笑顔で手を振っている。……同じように歩き回っているはずなのにこんなにも差があるというのはやはりメアが
……そういうことにしておこう。決して俺の体力がないわけじゃないはずだ。
「おっそ~い!」
そんなことを考えながらメアを追いかけていると、いつの間にか目の前にメアの顔。どうやら待ちくたびれてこちらまで戻ってきたらしい。
甘いキャンディの香りと共に、大きな瞳が俺を覗き込んでいた。
「リクくん結構体力ないね」
「メアが無尽蔵すぎるだけだと思う……」
「え~?そんなことないよ」
「ほら、行こ」とにこにこと楽しそうに笑いながら俺の手を取って歩き出す。
その足どりは先ほどよりも少しゆっくりとしていて。
「ありがと、メア」
「え?なにが?」
メアは不思議そうに小首を傾げる。けれど、口にくわえたキャンディを転がすその表情はどこか悪戯っぽくも見えた。
◇
そんな風にメアと一緒に街を散策していると、ふと見覚えのある後ろ姿が目に入った。
メアも気づいたらしく「あ」と小さく声を出した。
「リトせんぱいだ」
「誰か探してるのかな」
どうやらリト先輩は人を探しているらしく、きょろきょろと周りを見渡しながらうろうろとしている。
「ちょっと声かけてみる?」
「ん、そーだね」
メアの許可も出たので、リト先輩へ近づいて声をかける。そのリト先輩はと言えば、少し焦ったような表情をしながらこちらに振り向いたかと思えば「あ、二人とも」と呟いた。
「せ~んぱい!なにしてるんですか?」
「いや、ちょっとヤミを探していて……」
「お姉ちゃん?なんで?」
「いや、それが──」
と、事情を話し出すリト先輩。なんでも、先輩のクラスの副担任をしていたティアーユ先生が、元の副担任である骨川先生の復帰に伴って俺たち──1-Bの担任に変わるらしく。
これを機にヤミさんも授業に出てみてはどうか、と話をしようとしているのだとか。
「ふぅん……。あの人、私たちのクラスの担任になるんだ」
メアが口の中でキャンディをガリリと噛み砕く。つまらなそうに視線を横に逸らした。
対するリト先輩は少し逡巡したように黙り込んだ後、いつになく真剣な眼差しで俺たちを交互に見据えて口を開いた。
「メアたちは……どう思う?」
「何が?」
「ヤミとティアーユ先生、二人が仲直り出来たらいいなって思わないか?」
聞かれたメアは不機嫌そうに眉を顰め、小さく「別に……」と吐き捨てるように言う。
「私はティアーユに特別キョーミないし……」
「ま、それについて俺が何か言うことはないですね。先輩の気持ちもわかりますけど、二人の関係をどうにかするのは二人がやるべきことですから」
俺とメアの答えを聞いたリト先輩が少し悲しそうな顔をする。
「でもさ、やっぱり笑っててほしいよ。ヤミにも先生にも」
「そ。なら頑張ればいいんじゃない?」
そう言いながらメアは俺の腕を抱え込むようにして、リト先輩から距離を取る。
それを見たリト先輩が慌てるように声を出した。
「俺は……メアにもっと二人のことを考えてあげてほしいな」
それを聞いたメアがぴくり、と動きを止める。組まれた腕がぎゅうと更に強く締め付けられた。
「私が?なんで?」
「だって、ティアーユ先生言ってただろ?メアのこと……自分の妹みたいだって」
……初耳だ。どうやら俺の知らないところでメアもティアーユ先生と話をしていたらしい。
「先生にとってはヤミもメアも大切な家族なんだよ。だから、ちゃんと向き合ってほしい。そうしないとお互いの心の溝を埋めることなんて一生できないと思うから……」
「……ばっかみたい。いこ、リクくん」
言って、俺の腕を引いて歩いていくメア。
見下ろしたその横顔からは先ほどまでの楽し気な表情が抜け落ち、能面のように冷え切っている。
「メア!」
「すみませんリト先輩」
こちらへ叫んでいるリト先輩に頭を下げ、メアと一緒にその場を去る。そのままメアに腕を掴まれたまま無言で歩く。
そして少しして立ち止まり、繋いでいた手を離して不安げに揺れる瞳で俺を見上げながらメアが口を開いた。
「リクくんも、話した方がいいと思う?」
「その質問に対する答えを、俺は持っていないよ」
「むぅ」
俺の答えを聞いたメアがむくれたように頬を膨らませる。
膨らんだ頬をつつくと、尖った口先からぷは、と息が漏れた。
「メアの気持ちはメアが決めないといけない。誰かの意見を参考にするのはいい。悩んでもいい。でも、決めるのはメアじゃないといけない」
「……」
「その上で言うと、そりゃあ俺は二人が──ティアーユ先生も含めて──仲良くなってくれたら嬉しいよ。でも、それが唯一の正解ってわけじゃない」
これはヤミさんにも話したことだけど。
「大事なのは
俺がそう言うと、メアは黙り込みどこか遠くを見つめてしまう。そのまま俺とメアの間に沈黙が落ち、数秒から数十秒が過ぎた。
そして──。
「ねえ、リクくん。ヤミお姉ちゃん、どこにいるのかな」
「……ん、そうだね。最近は図書館にいるらしいよ」
「そっか」
「それを聞いて、どうするの?」
「そうだね、それは──」
◇
と言うわけで。
「これ以上身内同士の問題に口を挟まないでください」
「でも、ヤミ!」
図書館にリト先輩の声が響く。
読んでいた本を閉じ、そのまま立ち去ろうとするヤミさんへ俺の隣から一歩踏み出したメアが声をかけた。
「じゃあ、身内の私なら口を挟んでもいいよね」
「メア!?」
リト先輩が驚いた声を上げてメアを見る。ヤミさんも心なしか目を大きく開け、驚いているように見える。無意識なのか、金色の髪の毛先が迷うようにゆらりと揺れた。
「一応俺もいますよ」
「リク……あなたが……?」
「俺は場所を教えただけ。話すって決めたのはメアだ」
そんなことを話している間にも、メアはヤミさんへ近寄り口を開く。
「私ね、今までマスターの命令通りに生きてきたの。それが一番正しくて一番安心できたの。命令がないと不安でしょうがなかった。でもね──」
そこで一瞬言葉を切り、ちらりと俺の顔を見るメア。
「最近は、自分の考えに従って行動するのも悪くないかなって。今なら分かるよ。ヤミお姉ちゃんが前に進むのを怖がってるってこと。ナナちゃんやリクくんと喧嘩した時の私と同じ」
その言葉に、ヤミさんの深紅の瞳がわずかに揺れ、反論しようと開いた口が音もなく閉ざされる。
「でもね……お互い違う方を向いたまんまじゃ、一生溝は埋まらないよ。…………って、せんぱいがね!私にうるさいわけ!」
言った後に恥ずかしくなったのか、メアは顔を赤らめながらビシッと背後にいるリト先輩を指さして声を張り上げる。
リト先輩はと言えば、突然の飛び火に素っ頓狂な声を上げて目を白黒させていた。
「メア……」
メアの言葉を受けたヤミさんはどこか思うところがあるようで、メアのことを黙って見つめている。そうして、ゆっくりとこちらを見て──。
「きゃ~!!」
と、図書館に似つかわしくない聞き覚えのある大声が響いたと思えば、体が勝手に空中に浮かんだ。
「は?え!?」
状況を理解するヒマもなく、茫然としてこちらを見ているヤミさんとメアにぐんぐんと近づいていき──。
「いった……」
ぶつかった、と思えば視界が何かに覆われ真っ暗になる。鼻腔をくすぐる甘い香りと、なにやら柔らかいものが顔と手に当たった。状況がさっぱりわからない、今俺はどこにいるんだ……?
「んっ……リクくん……」
「……っ、リク、そこは……」
頭上から二人の声がする。……頭上から?
待て、もしかして、今感じているこの柔らかさは。
そんなことを考えている時、遠くから「うわあぁぁ!」というリト先輩の情けない悲鳴も聞こえた気もするが今の俺にはそれを気にする余裕はなかった。
これ以上はマズい、と俺は慌てて顔を離す。
ぷはっ、と水面から顔を出した時のような開放感とともに、視界に飛び込んできたのは──。
「もう……意外とえっちなんだリクくん」
「リク、結城リトと一緒にいる時ばかりえっちぃことをしていませんか……?やはり結城リトとは引き離した方がよさそうですね」
着ている
メアは頬を赤らめながらもどこか面白がるような上目遣いでこちらを見ており、ヤミさんは腕で体を隠しながらモモと絡み合っているリト先輩を睨みつけている。
「二人とも、ごめん!」
何故こんなことになったのかはさっぱりわからないけど、二人を押し倒してしまったのは事実なので謝罪をする。
ただ、目の前の扇情的な光景を直視するのは流石に気まずく、俺は少しだけ視線を逸らしながら頭を下げた。
「え、リクくんがしたいなら、私はいいよ?」
そう言ってメアは崩れた服の隙間を指先でなぞりながら、挑発するように艶然と微笑む。それを見たヤミさんが自身の胸元を隠す腕に力を込め、顔を赤らめながらメアを窘めた。
「何を言っているのですか、メア。……えっちぃのはダメです」
「え~、じゃあお姉ちゃんも一緒にどう?」
メアがぺろりと舌を出してヤミさんをそう挑発する。それを聞いたヤミさんは顔を真っ赤にさせて髪を拳へと
「えっちぃのは、ダメです!」
「わっ、お姉ちゃん顔真っ赤!逃げないと!」
叫びと共に拳を振り上げたヤミさんは、真っ赤な顔で一瞬だけ俺の方を振り返り──視線が合うと、逃げるようにメアを追いかけて図書館を出て行ってしまう。
そうして残されたのは俺と、未だにもごもご言いながらモモに抱き着いているリト先輩。
「どうしよう、この状況……」
結局、さっきの騒ぎを聞きつけてやってきた図書館の職員に平謝りをしている内に気が付けばその日は終わってしまっていた。
◇
そして、そんな騒ぎがあった次の日の学校。
「と言うことで、今日からこのクラスの担任になります。よろしくお願いしますね皆さん」
そんな挨拶と共に、ティアーユ先生が頭を下げる。拍手と共に、クラスの男子が歓声を上げた。
お辞儀を終えて頭を上げたティアーユ先生は空いている──ヤミさんの──席を見て沈んだ表情を見せる。
と、その時。
がらり、と教室のドアが開かれる音が響く。クラス中の視線が音のした方へ向き──。
ティアーユ先生が、嬉しそうに目を見開いた。
「ちこく……しました……」
そっけなく呟きながら入ってきたのは、以前のように制服を着ているヤミさん。
ちらり、とこちらへ視線をよこしたかと思えばティアーユ先生の方を見ることもなくゆったりとした足取りで自身の席へ向かう。
その途中、メアの横を通り過ぎた時。
小さく「ありがとう」と呟いた声が聞こえた。
それを聞いたメアは、一瞬だけ驚いたように目を見開き──すぐに、悪戯っぽく、けれど何よりも嬉しそうにニッと笑って見せたのだった。