選ぶこと、選ばないこと 作:思い出
「あー……昨日は大変だった……。モモの口車に乗るんじゃなかったな」
「あれ、ナナ。珍しく疲れてるね」
ぐでっという擬音が出そうなほど怠そうに体を机へ預けているナナへ声をかける。
いつものツインテールも今日は心なしか元気がなく、ぺたりと机の上に広がっていた。
「それがさー、モモに乗せられてテンジョー院?の家にバイトしに行ったんだけど、そこに呪いの魔剣がやってきて」
「呪いの……なんだって?」
「魔剣だよ魔剣。って言っても、ホントは呪いじゃなくて寄生型の兵器だったみたいだけど。先輩に取り付いて大変だったんだ」
「寄生型の兵器、ねぇ」
当たり前だが、宇宙には俺の知らないものがゴロゴロ転がっているらしい。
「結局どうしたの?それ」
「え、ああ。リトがメアの
「へえ、リト先輩が」
「まぁ、普段はあんなだけどやる時はやるからな。腐っても姉上の婚約者なワケだし。あれで普段からちゃんとしてればナ……」
机にもたれかかったまま顔だけをこちらに向けて話すナナ。その口ぶりからは多くの呆れと、ほんの少しの尊敬が漏れ出ている。
「まぁ、そこがリト先輩の味じゃない?……と言っても、ことあるごとに女性に突っ込んでるのはどうかと思うけど」
「だろー!?」
俺の言葉を受けて、ナナががばりと体を起こして叫ぶ。次いで「まぁ、何か最近あたしの被害は減ってるケド……」と続けた。
そんな風に二人で話を続けていると背後から衝撃が襲ってくる。何事かと後ろへ目をやると、メアが背中に飛びついてきているのが見えた。
「二人とも、何の話してるの?」
「あ、メア。ほら、昨日の魔剣騒動のやつ。……って、おいメア! 学校でひっつくんじゃない!」
「あー、ブラディクス?」
「そう、それ。……じゃなくて!」
俺の背中に乗ったメアをなんとか引き剝がそうとナナがメアの腕を掴む。対するメアはと言えばきゃーきゃー言いながらより俺のことを強く抱きしめ、離されまいとしていた。
メアがぎゅうと力を込めたせいで、控えめな二つの山が背中でその存在を主張する。
「え~、でもリクくんは何も言ってないよ」
「リク!」
ナナの瞳がこちらを睨みつけるように射抜いてくる。そして、俺が何か言おうと口を開く前に再度メアが言葉を紡いだ。
「それに、ナナちゃんも羨ましいならぎゅーってくっつけばいいのに」
「なっ!」
その言葉を聞いた途端、ナナの顔が真っ赤に染まった。
口をパクパクとさせながら俺の胸元とメアの顔を交互に見て、視線のやり場を完全に見失っている。
「いや、ナナが正しいから。メアは離れようね」
「え~!……やだ!」
メアはそう言うと同時に背中に回された腕の力をきゅっと強め、さらに頭を俺の背中にスリスリと擦り付けてくる。
「やだじゃないです」
引き剥がそうと腕に手をかけるが、やはりビクともしない。それでも何とか格闘しているとメアもようやく諦めたのか、渋々と言った様子で口先を尖らせながら背中から離れていく。
「ぶー、リクくんのケチ」
「ケチとかそういう話じゃないと思うんだけど……」
「別にいいじゃん、減るものじゃないし。ナナちゃんだって抱き着きたそうにしてるし」
「しっ!?してないぞ!?」
メアの言葉を受けたナナが体をびくりと跳ねさせ、顔を真っ赤にしてブンブンと音が鳴りそうな勢いで首を横に振って叫ぶ。
クラスに響いたその声に、何人かのクラスメイト達がちらりとこちらを見た──かと思えば、すぐに興味を失ったように視線を逸らした。……また成瀬かよ、という声は聞こえなかったことにする。
「ほら、からかうのもその辺しときなって」
「はーい。……からかってるわけじゃないんだけどなぁ」
そう言いながら離れていったメアと、未だに顔を赤くしているナナ。結局、ナナを落ち着かせているうちに昼休みは終わってしまい、すぐに授業開始を告げるチャイムが鳴るのだった。
◇
「ったく、メアのやつ……変なコト言いやがって」
「まぁまぁ、今に始まったことじゃないし」
放課後、ナナと一緒に中庭のベンチで話している時。ふと、横から声がかかった。
「リクさんこんなところにいたんですか……って、ナナ?あなたも一緒だったの」
「あれ、モモ?珍しいね。何か用?」
声をかけてきたのはモモだった。放課後にわざわざ俺に話しかけるのは本当に珍しい。……別に、仲が悪いわけではないけど、彼女は放課後は大体リト先輩にべったりだし。
「用……そうですね、用事なのですが……。いえ、ナナがいるのは逆に好都合かしら?すみませんリクさん、その前にちょっとナナをお借りしても?」
「俺は構わないけど……ナナは?」
「別にいいけど、なんだよ」
言って、二人で連れ立って少し離れた場所で会話を始めるナナとモモ。モモが楽しそうにナナの耳元へ口を寄せ、何かを囁く。
少しして、ナナの「そんなのできるわけないだろ!」という怒号が響いたかと思えば、顔を真っ赤にしたナナと何やら真剣な表情をしたモモが戻ってきた。
「何があったのかは聞かない方がいい感じ?」
「いえ、リクさんにも関係ある──というかリクさん
「言っとくけど、あり得ないからな」
そう捨て台詞を吐いたナナは、俺と目を合わせようとせずそっぽを向いて指先で頬をかいている。
どうやら俺のことを話していたらしい。その上で、あり得ないとは一体……?と疑問が止まらない。
何やら今から俺にも話を聞かせてくれるらしいが……。そんなことを思いながら受けたモモの言葉を待つ。そうして告げられた言葉は──
「さて、リクさん。実は私、最初はあなたのこと邪魔だと思ってたんですよ」
にっこりと、花が咲くような笑顔で放たれた毒。
その言葉に嘘がないことは彼女の瞳を見ればわかった。
「それはまた、随分」
「勘違いしないでいただきたいんですが、別に嫌いだったわけじゃないですよ。私には私の計画があって、リクさんはどうしてもその計画にとって邪魔だったんです」
「だった、ってことは、今は違うと思っていいのかな」
「はい。考えを改めたんです。排除ではなく、利用に」
どちらにせよ、物騒な響きなのは変わらなそうだけど。
「利用というと?」
「……リクさん」
俺がそう問いかけると、モモは一度言葉を切ってまっすぐにこちらを見つめてくる。
そして、数舜の後。覚悟を決めたように口を開いた。
「ハーレム、というものをご存じですか?」
隣では、ナナが「あーあ、言っちゃったよ」とでも言いたげに頭を振っている。
世界から音が消えた気がした。
◇
「ハーレム、って言うと……ああ。ニューヨークのスラム街かな。随分とマニアックな知識だけど」
「そうじゃないってことは、わかってますよね」
モモは笑顔のままだったが、その瞳は笑っていなかった。逃げ道は塞いだ、と雄弁に語る捕食者の目だ。
「……はぁ、まぁ、そんなわけないだろうけどさ。それで?ハーレムがなんだって?」
「リクさん、あなたは以前言ってましたよね。自分がどう思われているのかはある程度分かっていると」
「……ここでその話をする?まあそうだね。俺だってバカじゃないし、ある程度心の機微はわかってるつもりだよ」
「私、さっき言った通り最初はあなたのことを排除するつもりだったんです。私の計画……
「ハーレム計画、ね」
一体全体どんな計画なのか。少なくとも、リト先輩が絡んでいることは間違いないだろう。
「知っての通り、リトさんはお姉さま──デビルーク第一王女の婚約者です。そして、私は第三王女。私がリトさんと添い遂げるためには、どうしてもリトさんにハーレムを築いてもらう必要があります」
「その是非は置いておいて、まあ先を聞こうかな」
「どうも♡……それで、そのハーレムメンバー候補としてヤミさんやナナも入っていたんですよ。彼女たちも、憎からずリトさんのことを想っていましたから。みんなが幸せになれる計画です。素晴らしいでしょう?」
「あたしはそんなこと思ってないけどな!」
モモの言葉に対し、ナナが食いつくように否定する。モモはそれを受けて苦笑し「まぁ今はご覧の通り状況が変わってしまいましたが」と呟いた。
「それで、排除じゃなくて利用っていうのは?」
「まぁハッキリ言ってしまうと、リクさんにもハーレムを作っていただきたいんです♡リトさんに近しい男性であるリクさんがハーレム容認派であるという事実は、リトさんのハーレム形成にとって極めて有利に働きますから」
──あなたも気づいているように、リクさん次第で幸せになれる女の子は複数人いるんですよ?
にこり、と笑いながらそんな言葉を続けるモモ。
俺は呆れを通り越して純粋な疑問として問いかけた。
「モモ」
「はい」
「正気?」
「もちろん、正気です」
その瞳は一点の曇りもなく澄み渡っている。
「日本では一夫一妻制と決まっているそうですが……宇宙規模で見れば一夫多妻、またはその逆のほうが多いんですよ?」
俺は助けを求めるようにナナを見たが、彼女は「う……ま、まぁ、それは事実だけど……」と気まずそうに目を逸らした。
嘘ではないらしい。
「……だとしても、俺がそうなることはないよ」
「何故?」
「前に言わなかったっけ。俺には愛が分からない。そんな人間がハーレムを作れると思う?一人の相手を幸せにすることだって出来ないのに」
その言葉を聞いたナナが悲しげに、けれど何か言いたげに唇を噛みしめたのが視界の端に見えた。
けれど、モモは畳みかけるように言葉を紡ぐ。
「それはリクさんが分かろうとしていないだけです。あなたは十分な愛を持っている。ただ怖がってそれを見ようとしていないだけで」
「事実に基づいた適切な自己評価だと思うけど」
「極めて主観に寄った評価だと私は思いますよ」
じっと、真っすぐな目でモモがこちらを見つめながら話す。
「リクさんに何があってその考えに至ったのかはわかりません。でも、過去と同じくらい今の自分も見てあげてください」
「俺は──」
ちらり、とナナの方へ視線を向けられながら放たれたその言葉に俺は再度声を返そうとして──思ったように声が出ない自分に、そこで初めて気づいた。
「俺は……」
そう言葉に詰まっていると、モモはふっと力を抜きいつもの人好きのする愛らしい笑顔に戻って
「まあ、今すぐ答えを出していただけるとは当然思っていません」と続けた。
「今は「そういう話もある」とだけ認識していただければ」
それでは、とだけ言葉を残してモモがこの場を去る。残されたのは、どこかおろおろとこちらの様子を窺うナナとぐるぐると考えが纏まらずにいる俺の二人だけ。
「……あの、リク?モモの言うことなんて気にすんなって。ハーレムとか言ってるやつがおかしいんだからさ!」
そう言って俺の顔を覗き込むナナの瞳は、不安げに揺れている。
「それに……あ、あたしは、リクと一緒に遊んで楽しかった。メアも、ヤミもそうだと思う」
それだけ!じゃあな、ホント気にすんなよ!ヤケクソ気味にそんな言葉を叫んで、ナナもこの場を去る。
その耳が真っ赤に染まっているのが、遠目でもはっきりと見て取れた。
──最近、こんなのばっかだな。
ネメシスから始まり、御門先生にも刺され、最後はモモ。全員が示し合わせたように、俺の「愛に対する臆病さ」を責めてくる。
俺に恨みでもあるのだろうか。……いや、悪いのは俺なんだけども。
ふと、昔読んだ本のある一節が脳裏をよぎった。
「自分を裁くことは、他人を裁くよりよっぽど難しい」
俺は自分を裁けていなかったのだろうか。あるいは──。
ふと、何も掴んでいない自分の手のひらへ視線を落とす。
じっと見つめるそこに、ないはずの熱がそこに残っている。そんな気がした。