選ぶこと、選ばないこと   作:思い出

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ダークネス10巻56ページのナース服を着て口を尖らせているヤミさんは非常に可愛いと思います


#30 Selfless ~お返し~

 事の発端は、家で休んでいる時にかかってきた一本の電話だった。

 机の上に放置していた携帯が鳴り、またぞろネメシスあたりがちょっかいをかけてきたのかとうんざりしながら確認すれば、そこには「ヤミちゃん」の文字。

 

 珍しいな、と思いながら電話に出ると──。

 

「リク、今すぐドクターミカドの診療所に来てください」

 

 その声は、いつになく焦っているような、あるいは怒りを必死に抑え込んでいるような、張り詰めた響きを帯びていた。

 受話器の向こうから何か物が壊れるような音と、誰かの制止する声が微かに聞こえた気がした。

 

「え?」

「いいですか、今すぐですよ」

「ちょ、待って──……切れてるし」

 

 ヤミさんがあそこまで強引になるのは珍しい。何かあったんだろうか。

 疑問は尽きないが、こうして考えていても答えは出ない。彼女が助けを求めているのなら、行かないという選択肢はない。

 出かける支度もそこそこに、俺は玄関を飛び出した。

 

 

 そして、御門先生の診療所についた俺の前に広がっていたものは。

 

「ニト星人のゴクツブさーん!こちらへどーぞー」

「あ、はい」

「あー忙しい!……って、成瀬さん?また怪我ですか?刺されました?」

「そのネタ気に入ってるんですか?村雨先輩」

 

 待合室に目が三つある大柄な男や、全身がスライム状の見たこともない宇宙人たちが溢れかえり、なにやら薬品を持った村雨先輩があちらこちらを忙しく動き回り、何故かナース服を着た美柑さんが患者を案内している、という意味不明の光景だった。

 

「怪我でもないならなんですか?ちょっと今忙しいのですが!」

 

 村雨先輩が手に持った薬品をガチャガチャと鳴らしながらぷんぷんとでも音が出そうな勢いで怒った声を出す。

 

「それは見ていればわかりますが……。いや、俺もヤミさんに呼ばれてきただけで何が何やら」

「ヤミさんに?」

 

 様子を見るに、ヤミさんに何かあったわけではなさそうだけど。じゃあなんで俺を……?

 そんなことを思っていた時。しゅるりと俺の体に金色の髪が巻き付いたかと思えば、ぐいと強い力で引っ張られる。

 

「おおっ?」

「あ、成瀬さん!? どこへ……って、きゃあ!待合室で暴れないでください!」

 

 背後で村雨先輩の悲鳴が聞こえたが、俺は抗う術もなく奥へと引きずり込まれていった。

 

 そして、引きずられていった先には。

 

「……おお」

「どうも。遅いですよリク」

「いや、連絡もらってから結構急いできたつもりなんだけど……」

 

 美柑さんと同じく何故かナース服を着ているヤミさんとモモ、それから同じくナース服の見知らぬ女性。

 特にヤミさんの白衣姿は普段の黒い服とのギャップも相まって、不謹慎ながらドキリとしてしまうほど似合っていた。

 そんなことを思っていると、まじまじと見つめすぎたのかヤミさんが顔を赤らめて口先を尖らせる。

 

「……見すぎです」

「あ、ごめん」

 

 珍しい格好だったからといって、少し見すぎてしまったかもしれない。

 

「ごほん……。なんで呼んだのとか、なんでみんなナース服なのとか、色々聞きたいことはあるけれどとりあえず。そちらの方は誰?」

「結城リトです」

「なるほどリト先輩」

 

 聞いて、リト先輩と紹介された女性を見る。美柑さんによく似た顔立ちで、どこか恥じらうように内股でモジモジしている儚げな美少女だ。

 ……。

 

「リト先輩?!」

「信じられないかもしれないけど、ホントなんだ……」

 

 耳に届いたのは、鈴を転がすような可憐なソプラノボイス。

 だが、その口調と「とほほ」な雰囲気は間違いなく俺の知るリト先輩そのものだった。

 

「ホントに先輩なんですか?」

「リク、そんなことは今どうでもいいです」

「え、どうでもいいって言われた?俺」

 

 どうでもいいらしい。どうでもいいわけないだろ。

 ちらり、と横を見れば推定リト先輩が「俺の扱い……」とガックリ項垂れている。

 

「リクを呼んだのは……その、少し手伝って欲しいことがありまして」

「診療所のこと?」

「まあ、広義の意味では」

 

 何やら言いにくそうに口をもごもごとさせながら、ちらりと視線を横にずらすヤミさん。釣られるように視線の先を追えば、入口のドアからこっそりと──バレバレだが──こちらを覗いているティアーユ先生の姿があった。

 目が合うとビクッとして隠れようとしたが、頭をドア枠にぶつけて「あうっ」と小さな悲鳴を上げている。

 

「手伝いって、例の?」

「まぁ、はい。……なんですか、一緒に行ってもいいと言ったのは嘘ですか」

 

 じとり、とした視線と共に、金色の髪の毛先が俺の頬をむにむにと摘まんでくる。

 

「え、いやいや!ちょっとびっくりしただけ!」

 

 まさかヤミさんが──しかもこんなに強引に──頼ってくれるとは思っていなかったから、と言うのは流石に言わないでおこう。

 

「ん。呼ばれた理由は分かったけど、みんなはなんで?」

「私は無理やり──」

 

 俺の質問を聞いたヤミさんがなにやら不満げに口を開こうとしたが、それを遮るようにモモが声を被せる。

 

「私たちはお静さんから御門診療所が大忙しなので手伝ってほしいと連絡をもらいまして」

「なるほど、それで美柑さんも」

「そういうことです」

 

 事情は分かった。

 

「とりあえず、俺も手伝えばいい?」

「はい。患者応対は私たちがやるので、リクさんは御門──」

「リクは私とです」

「え」

 

 手伝いを割り振ろうとしたモモの声に割り込むようにヤミさんが口を挟んだ。その有無を言わさぬ口調にモモも思わず笑顔のまま閉口した。

 

「私と、です。いいですね」

 

 そう宣言すると同時に、ヤミさんの髪が俺の空いている左腕にするりと巻き付き逃がさないと言わんばかりにギュッと締め付けた。

 

「あ、はい……」

 

 普段冷静なヤミさんがなりふり構わず主張を通す姿に毒気を抜かれたのか、モモは目を丸くしてそれ以上何も言わなかった。

 そのまま皆分担はもう決まったと言わんばかりにめいめい手伝いをしに部屋を出ていく。

 

 ……え、俺の意思は?

 

 

「はーい、次の方~!」

「熱計りますよ~」

「成瀬さん!これ持って行ってください!」

 

 診療所は本当に忙しいらしく手伝いに来た皆が忙しなく動き回っている。

 かくいう俺も──なぜか白衣に着替えさせられた上で──村雨先輩から薬品を渡されたり、ヤミさんと一緒に患者の整理をしたり、リト先輩にセクハラをしている患者を追い払ったりとしているうちにどんどんと時間が過ぎていき。

 

「あー、疲れたわ……」

「やっと一息つけそうですね」

 

 ようやく患者も落ち着き、モモが持ってきたお茶を飲みながら御門先生が息を吐く。

 

「忙しさもそうですけど、この街にこんなに宇宙人がいたことに驚きですよ俺は」

「あら、もっといるかも知れないわよ。地球人のフリをして生活している子も多いしね」

「この分だとメン・イン・ブラックも本当に存在するかもしれませんね」

「それでいくと俺とリクは記憶消されてることになるんだけど……」

 

 そんな雑談を続けていると、御門先生が何かに気が付いたように声を上げた。

 

「あ、モモちゃん。ティア見なかった?」

「いえ、見ていませんが……」

「使わない薬品の整理をお願いしたんだけど……大丈夫かしら。あの子おっちょこちょいだから」

 

 何故おっちょこちょいだとわかっているのにそんなものを──しかも一人で──任せてしまうのだろうか。

 

「確か地下室にいると思うんだけど……」

 

 御門先生がそう呟くと、ヤミさんが「私が見てきます」と控えめに答える。そのまま地下室への扉を通り──髪で繋がれたままの俺の手を「行きますよ」と合図するようにクイと引き、遅れないように俺も地下室へ向かった。

 

 無言で階段をおりる。薄暗い通路に、コツコツと足音だけが木霊した。

 ちかちかと明滅を繰り返す電球の下で、ふとヤミさんが口を開く。

 

「リクは」

「うん?」

「何かあったのですか?今日一日、どこかいつもと違いましたが」

「……何かって、何?」

「それがわからないから聞いています」

 

 ぎゅう、と左手に巻き付いた髪が軽く締められる。いつの間にか足は止まり、ヤミさんはこちらをじっと見つめている。

 薄暗い通路の中で、その深紅の瞳だけがまっすぐと揺らぐことなく輝いていた。

 

「ないよ。なにも」

「……そうですか」

 

 俺の答えを聞いたヤミさんが、ふいと顔をそらして前を向く。再び、コツコツという足音だけが響く。

 

「私は」

 

 前を向いたまま、声だけが響いた。

 

「私は、リクに何があったかわかりません」

「……うん」

「でも、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それきり、ヤミさんは言葉を発しなくなってしまう。

 ただ、左手に巻き付いた金色の髪だけがじんわりと温かく俺の手を包み込んでいた。

 

 

 結局、その後は特に会話をすることもなく無言で進み、地下室へと辿りついた……のだけど。

 なにやら部屋から「きゃあ!」という声とともにガタガタと騒がしい音が漏れ出ている。

 

 ヤミさんと一瞬顔を見合わせ、慌てて部屋へと入る。

 そして、そこにいたのは──。

 

「治療しマス。次は心音を測りマス、動かないで下サイ」

「は、離して~!」

 

 何故か着ていたナース服がびりびりに破かれ、よくわからないロボに聴診器でぐるぐる巻きに拘束されているティアーユ先生だった。

 豊満な肢体は惜しげもなく露わになっており、ロボットの無機質なアームが先生の身体を這い回っている。

 

「先生!」

「成瀬くん、ヤミちゃん!」

 

 話している間にも、ロボは聴診器をぐいぐいと先生の胸へと押し当て続ける。強い力を受けたそれが柔らかそうに歪んだ。

 

「え……何あれは」

「ドクターミカドが以前に助手代わりに使っていた医療ロボです。まだ処分していなかったんですね」

「医療ロボ?どう見ても壊れてそうだけど」

「はい。中古品の為誤作動が多く全く役に立たなかったらしいです。……というか、見過ぎです」

 

 冷ややかな声と共に俺の左手に巻き付いていた髪がスルスルと伸び上がり、顔を強制的に横に向ける。なにやら首からごきり、と音が鳴ったような気がしないでもない。戻す時が怖いが大丈夫なのだろうか。

 

「このロボは電源も切れて死蔵されていたはずですが、何故動いているんですか?」

「そ、それが……私がうっかり転んだ時に電源入れちゃったみたいで……」

「そんなことある?」

 

 どんなうっかりなんだ、と突っ込みたいが事実としてロボは動いているわけで。

 そんなことを話しているとロボがこちらを認識したらしく、ぐるりと顔をこちらに向け「患者二名確認」と呟いた。

 

「診療を開始しマス。服を脱いで下サイ」

 

 いうや否や、無数に伸びたアームの先端にある鋭利なクリップがカチカチと飢えた獣のように口を開いて俺たちへ襲い掛かってくる。ヤミさんが俺を抱えて飛び、襲ってくるクリップを避けた。

 

「なるほど、ティアの服はこれで」

「ヤミちゃん!」

「ティア、ロボが私たちに気を取られているうちに逃げてください」

 

 言いながら、四方八方から襲い掛かってくるクリップを避けていくヤミさん。しかし数が多く、しかも俺を抱えているせいで動きもいつもより精彩を欠いている。

 というか──。

 

「あれ、壊しちゃダメなの?」

「一応はドクターミカドの物ですし、勝手に壊すのはどうでしょうか……」

「大丈夫よ!もう壊れてるんだから!」

 

 俺たちの会話にティアーユ先生がそう割って入る。確かに既に壊れているものを壊したところで特に問題はないといえるか。

 

「それは、確かに……って、ティア!なんで逃げてないんですか」

 

 ヤミさんが怒った様子でティアーユ先生に怒鳴る。先生は「ご、ごめんなさいぃ!」と謝った後、悲し気な表情をして「動けなかったの」と続けた。

 

()()()()()、あなたを置いて逃げるなんてしたくなかったから……」

 

 その言葉を聞いたヤミさんの足が、一瞬だけ止まる。その隙をロボが見逃すわけもなく、一気にクリップが殺到した。

 

「ヤミさん!」

 

 抱えられている状態から、反動を利用してヤミさんの体を強く押した。華奢な身体が驚くほど軽く弾かれ、先ほどまで体があった位置をクリップが通過する。

 

「ヤミさん──」

 

 驚いた表情でこちらを見るヤミさんへ、一言告げる。

 

「──壊しちゃえ」

 

 俺が尻餅をつくと同時に、ヤミさんの髪が刃へと変身(トランス)する。そして、今もなお「治療しマス」と言葉を繰り返すロボをじっと見据えると次の瞬間──。

 

 ──がしゃん、という音とともにスッパリと真っ二つに切断されたロボが、床に転がった。

 

 

「あ、ありがとうヤミちゃん!助かったわ」

「別に……手伝いに来た以上仕方なくです」

「うぅ……さっきはあんなに優しかったのに」

 

 そう言って立ち上がろうとした先生だったが、ふと自分の姿──ボロボロのナース服から白い肌が覗いている──に気づき、ボッと顔を赤くし「ひゃうっ!?」と甲高い声を出してその場にうずくまった。

 極力目線をやらないようにしながら白衣を脱ぎ、先生へ手渡す。

 

「あ、ありがとう成瀬くん……」

「いえ、その……できれば前に立たないでください」

「なんでっ!?」

「自分の格好理解してます???」

 

 そんな話をしていると、しゅるしゅるという音とともに金色の髪が先生に巻き付き、露わになっていた肌を隠すように覆っていく。

 次いで「はあ……」と呆れたようなため息が聞こえた。

 

「ティア、恥ずかしいのでやめてください。オリジナル(あなた)のせいで私までポンコツだと思われては困ります。さっさと上に戻って服を着ますよ」

 

 そう言って先生と一緒に階段を上っていくヤミさん。一緒に歩く先生はヤミさんにしきりに話しかけており、ヤミさんはと言えば迷惑そうにそっぽを向きながらも一言二言と声を返している。

 その後ろ姿は確かに親子のそれで。

 

 ──リクに笑っていてほしいです。

 

 騒がしい診療所の片隅で、俺は小さく口元を緩める。

 今は、素直に笑えそうだった。




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