選ぶこと、選ばないこと 作:思い出
モモから計画を聞かされて少し。
最近は、以前よりも考える時間が減った。──考え事をする暇がない、とも言えるかもしれないが、俺にとってはいいことだった。
何故ならそれは、俺が過去を──。
◇
その日もいつも通りの日常だった。
いつもと同じように起きて、いつもと同じように登校し、いつもと同じようにメアやナナと話す。
そして、いつもと同じように授業を受けて──。
ふと、背筋に冷たいものが走った。
窓の外の空気が歪んだような気がして視線を向けたその時。
──頭上に謎の穴が開き、そこから伸びてきた腕に体を掴まれたかと思えば。
「あは、きたぁ♡」
「ヤミ、さん?」
◇
飛ばされた──引き寄せられた?──先にいたのは──多分──ヤミさんだった。多分、と言ったのは明らかにいつもと様子が違うからだ。
いつもの
「ヤミさん、随分と変わったね。イメチェン?」
「……この状況で初めに言うことがそれですか?相変わらずですねぇ」
右腕をヤミさんに掴まれ、宙に吊るされるような形になりながら声をかける。
……吊るされているはずなのに、痛くないのは何故だろうか。
「こんな状況だから、じゃない?何が起きてるのかもさっぱりだし」
「リク!」
そんな風に話していると、下の方から声が響く。ちらり、とそちらを見ると険しい表情でこちらを睨みつけるナナとモモ、心配そうな顔をしているティアーユ先生が目に入った。
「今のヤミは普通じゃない!」
「プリンセスナナ……
「ま、また?……と、とにかく逃げるんだリク!」
「前々からあなたのことは邪魔だと思っていたんです。丁度いいし、ここで殺しておきましょう」
殺す。誰が、誰を?
──は?
思考が停まる。意味を理解できない。そして、それがいけなかった。
考える間もなく、全身がヤミさんの髪で覆われる。身動きひとつ取れないようにされた俺は、そのままぶら下げられるような形でヤミさんの動きに追従した。
「死んじゃえ♡」
そんな軽い言葉とともに、無数の刃がナナに向かって走る。そして──。
「ナナ!」
「ッ、ナナ!!」
俺とモモの声が重なる。
「だ、大丈夫!」
ナナが咄嗟に身を捻らなければその首は間違いなく胴体と永遠にサヨナラしていただろう。
数本の髪の毛が切れて舞うのがスローモーションのように見えた。
俺を拘束している髪が、不快そうにギリリと強く締め付けられる。
「むぅ……この期に及んでプリンセスの心配ですか?リク。大丈夫です。プリンセスを殺したらすぐに二人きりになれますからね」
「何を言ってるんだ!?」
「リクは優しいので、多くの人に優しくしてしまう。なら、二人きりになれば私だけに優しくしてくれますよね?大丈夫。悪いのはリクじゃなくてリクの優しさを奪ってる人なんだから」
そんな支離滅裂な言葉を発しながらも、ナナとモモへの攻撃を止めないヤミさん。どう見ても正気じゃない。
そんな時、暴れる視界の中にふと一人の人影が見えた。その表情は愉しげに笑っており、ニヤニヤと興味深そうにこちらを眺めている。
──ネメシス。
そうか、お前が。
──
お前が。
ギリ、と歯が砕けそうなほど強く口を噛み締める。そして、聞こえてきた破壊音で理性を取り戻した。
違う、そうじゃない。優先順位を間違えるな。今、俺の怒りなんてものはどうでもいい。
──それよりも、ナナとモモ、ヤミさんを。
「ち……思ったよりしぶといですね。流石はデビルークのプリンセスと言ったところでしょうか」
「ヤミ!もうやめろ、元に戻れよ!」
「そうですヤミさん!」
「元に?いいえ、これが本当の私。今までは我慢していただけ」
幸い、腕は動く。何故かはわからないけど拘束もそこまで強くない。喋るくらいなら何とかなりそうだった。
そうして、未だに二人へ攻撃を続けているヤミさんに向かって口を開く。
「違う!」
「あれ、守ってたのに解いちゃったんですか?リク」
俺の声を聞いたヤミさんは、ナナたちへ向けていた殺気を霧散させ空中に浮いたまま俺の目の前へ音もなく滑るように移動してくる。
その瞳は濁った泥のように暗く、けれども熱っぽく俺だけを映していた。
「……外は危ないですよ?壊れてしまいます。もうじきに二人だけの世界になりますから」
ヤミさんは自由な俺の腕を愛おしそうに自分の頬に押し当て、猫のように目を細めながら艶っぽく話す。
「俺は、そんなものを望んでいない」
「ええ、そうでしょう。でも、傷は時間が癒してくれる。いずれあなたは私だけを愛してくれる」
「本気?」
「もちろん♡」
熱っぽい視線のままこちらを見つめるヤミさん。俺のせい、なのか。……どうすれば、元に戻ってくれるんだ。
そう考えていると、体が再度髪で覆われていく。
「リクはそこで待っていてください。大丈夫、何も心配いらないですから♡」
「ダメ……だ……!」
そう言うも、徐々に髪が俺の体を覆って行き──。
「えいっ!」
「うわっ!」
突如、上空から閃光が走り俺を拘束していた髪を焼き切るように弾いた。
ヤミさんが咄嗟に俺を離して後退する。
「また、邪魔者が……」
ふわり、と体が自由落下する。地面がぐんぐんと迫ってきて──。
「リク!大丈夫か!?」
「ナナ、そっちこそ……!」
ぶつかる──と思ったが、ナナに受け止められる。一体何がと頭上を見れば、そこでは何やら剣のようなものを持っているララが空中でヤミさんと対峙していた。
「姉上!」
「お姉さま!」
ナナとモモが同時に声を上げる。それを聞いたララが、ふわりとこちらへ降りてきた。
「ナナ!モモ!ヤミちゃん、いったいどうしちゃったの?」
「それが──」
「ダークネスですよ、プリンセス。この姿こそ究極の
「ダークネス!?」
話しながら、空中になにやら穴のような物を開きララを攻撃するヤミさん。対するララは驚いた声を上げながらも紙一重で全ての攻撃を避けていく。
「邪魔ですよ、プリンセスララ。あなたは結城リトと仲良くやっていればいいんです。私の目的はそこの二人だけですから」
「ナナとモモ?なんで?」
「プリンセスナナは言うまでもなく。プリンセスモモも、最近は少し危ないですからぁ。リクに近づく人間は、消しておかないと」
その言葉が物理的な衝撃波以上に俺の胸を抉る。
俺のせいで、ナナ達が狙われている。俺のせいで、ヤミさんが友達を傷つけている。
「……よく分かんないけど、二人を傷つけるのは許さない、よっ!」
言って、ヤミさんへ向かって斬りかかるララ。ヤミさんも、一切動揺することなくララの攻撃を捌いていく。
「ま、いいや。邪魔するならあなたも消えちゃえ♡」
「ヤミちゃん!いつものヤミちゃんに戻ってよ!」
二人の剣と爪がぶつかるたびに衝撃波が巻き起こり、校舎や校庭が荒れていく。
何が起きているのか理解する間もなく、外壁は剥がれ地面が亀裂まみれになり、大きな土煙が舞った。
「あはっ!流石プリンセスララ。そういえば以前あなたと闘った時は互角でしたねぇ」
「やばやば!万能ツールが……!」
互角に見えた二人だったが数合打ち合う内に徐々にララが押されてゆき──ヤミさんの手刀が紅い軌跡を描いたかと思えば、甲高い金属音と共にララが持っている剣が粉々に破壊されてしまう。
「今の私は、前とは一味違いますよ」
「させません!」
剣を壊した勢いのまま、ララへ攻撃を加えようとしたヤミさん。それを見ていたモモがデダイヤルからキャノンフラワーを取り出し、マシンガンのように種子を打ち出して牽制した。
「お姉さま!」
「モモ!ありがと~!」
「いえ、今のうちに場所を!ナナも!」
「あっ、ああ!」
モモの声を受けてナナが勢いよく立ち上がり、俺のことを抱いたまま校舎の外へと走り出す。モモもそれに併走する形で一緒に走り、ララは上空を飛んでついてくる。
移動しながら、ララが口を開いた。
「それで、結局ヤミちゃんはどうしちゃったの?」
「それがプールで授業を受けている時に──」
モモの話によると、プールの授業中にメアとヤミさんが話していた時に唐突にヤミさんのトランス能力が暴走しだしたらしい。更にヤミさんと話していたメアがネメシスにトランス。
そして、そのままメアなどいないと語るネメシスの言葉を受けたヤミさんは暴走して──。
「その結果が、
「あいつ、そのままトランスでワームホール作ったかと思えばリクのこと連れてきたんだ。ネメシスのやつも、メアは自分の仮想人格だ、なんて言ってるし……」
そう言ったナナの腕が俺の身体を強く抱きしめ、小刻みに震えているのが伝わってくる。
……ふざけるな。
あんなに悩んで、笑って、一緒にご飯を食べたメアが偽物なわけがない。
「……ナナ。そんなの、嘘に決まってる」
「だ、だよな!……うん」
俺の言葉を受け、ナナが一瞬元気を取り戻す。が、すぐにまた落ち込んだ顔に戻ってしまった。
それを見たモモが、宥めるように口を開く。
「ナナ、気持ちは分かるけど今はそれよりも」
「……わかってるよ」
ナナが悔しそうに答える。信じたい、という気持ちと目の前で言われた言葉。その二つが心でぶつかり合っているようだった。
「ヤミちゃん、どうすれば戻るのかな?」
「……わかりません。考えられる方法としては、エネルギーを全て使い切らせるくらいしか……」
「でも、どうやるんだよ」
「そんなの、わかれば苦労はしない──」
と、話し合っている時。逃げている俺たちの目の前で空間が黒く渦を巻いて穴が開き、その中からヤミさんが飛び出してくる。
「逃げ足早いんですねぇ」
「ワームホール、ですか……」
「ええ。ダークネスとなった私は空間を
──こんな風に。
そんな言葉とともに俺の耳元の空間が音もなく裂け、そこから伸びてきたヤミさんの腕が俺のことを掴む。
それを見たナナが、掴んだ腕を弾くように払いのけた。
「あらら。やっぱりそう簡単にはいかないか」
「ヤミ!」
「リクを返してくれませんか?そうすれば、あなた達は見逃してもいいんですが」
「渡すわけないだろ!」
ナナが吠える。ララとモモも、ナナを守るように立ちふさがった。
「あ、そう。じゃあやっぱり殺すしかないですね」
言い放つと同時、ヤミさんが髪を
爆音と共にアスファルトの礫が散弾のように飛び散り、足場を失った俺たちの体が宙に浮く。
「リク!離すなよ!」
ナナが俺の腰に腕を回し、抱きすくめるようにして空へ飛ぶ。
内臓が浮き上がるような急加速と叩きつけられるような風圧に、俺は必死にナナの体にしがみついた。
モモとララも同じように飛んでいるが、四方から無数のワームホールが開きそこから伸びる金色の刃や拳が雨あられと襲い掛かっている。
「くっ、しつこいな……!」
耳元でナナの荒い息遣いが聞こえる。彼女は俺を抱えたまま、紙一重で刃の豪雨を回避し続けていた。
「ちょこまかと……」
その光景を見たヤミさんが苛立ち交じりに呟く。
「おい!このままじゃジリ貧だぞ!」
「わかってるわよ!」
ナナが焦ったように叫び、モモも同じように返す。今は何とか避けることが出来ているが、このまま避け続けていてもこちらが消耗するだけだった。
「お姉さま!このままじゃダメです、三人で!」
「うん、おっけー!」
モモの呼びかけを受けたララが回避行動を続けながらもこちらへ近寄ってくる。
三人の尻尾がぐるぐると絡み合い、その先端からバチバチと光が瞬き出した。
三つの異なる波長のエネルギーが共鳴し、周囲の大気がビリビリと震え始める。
それを見たヤミさんがイライラとした様子で巨大な刃を作りだし、こちらを睨む。
「……
その言葉と共に光の刃が振り下ろされ──三人が放ったビームと正面から激突した。
視界が真っ白に染まり、鼓膜を圧迫する轟音と衝撃波が空中で身動きの取れない俺たちを容赦なく襲う。
「ぐっ……強い!」
「お、押されてます!」
常に余裕を崩さないモモの顔が歪み、ララも脂汗を浮かべて歯を食い縛っている。
そして、そのままギチギチと拮抗した後に光が弾けて──。
世界が反転したような浮遊感と共に、俺を抱きしめるナナの腕が強く締まるのを感じて俺の意識は白に塗りつぶされた。
◇
「いったたぁ……、みんな大丈夫?」
土と草の匂いがする。どうやら校庭の植え込みか、裏山あたりまで吹き飛ばされたらしい。
「私は……。ナナ、あなたとリクさんは?」
「なんとか……」
ナナは掠れた声で答えながら俺を抱きかかえていた腕をゆっくりと解く。その体は泥だらけで、あちこちに擦り傷を作っていた。
というか……それ以上に。
「三人とも、ちょっと縮んでない?」
見ればララは中学生ほどにまで、ナナとモモは小学生ほどの身長にまで縮んでいる。
サイズの合わなくなった服が肩からずり落ちそうになっており、袖から出ているはずの手も隠れてしまっていた。
「え、あ!ホントだ。ちょっと力使いすぎちゃったみたい」
「デビルーク人は限界以上に力を消耗すると身体が小さくなってしまうんです」
「父上も銀河大戦で無茶してしばらく赤ん坊になっちまったしな」
どんな性質なんだ。……って、いや。それよりも。
「ヤミさんは?どうなったのかな」
「わからない。かなりのエネルギーを使わせることはできたと思うけど……」
じゃあ、元に戻っている可能性も。俺が抱いたそんな淡い希望を打ち砕くように、頭上から声が響く。
「消耗したらロリッ子になるなんてマニアックだねえ、デビルーク人は」
「ヤミさん!」
「三人とも縮んじゃった。その姿じゃあもう邪魔できないね」
言いながら、先ほどと同じように右腕を掲げるヤミさん。そして、再び光の刃を作り出そうとエネルギーを集めると──ぽふん、という音とエネルギーが霧散した。
ヤミさんはきょとんとした顔で煙が出ただけの自分の右手を振ったり、ぺちぺちと叩いたりしている。
「パワー切れ、みたいですね」
「やった!……でも、元には戻ってないな」
それを聞いたヤミさんは口を尖らせ、髪や爪先を鋭く変身させながらこちらを見る。
「パワー切れ?笑わせないで。大規模攻撃にこだわらなければ
無数に展開されたナイフのような刃は小さくなった三人──特に、俺を庇っているナナの喉元へ、正確に狙いを定めており。
「じゃ、今度こそ終わりだね」
刃がこちらへ殺到する。咄嗟にナナを庇うように覆いかぶさった。そして──。
「ダメだよ、お姉ちゃん」
そんな声と、ガキンという甲高い音と共に火花が散る。
俺たちの目の前でメアの変身した刃がヤミさんの凶刃をガッチリと受け止めていた。
「メア!」
「メアさん!」
「あれ、消えたんじゃなかったっけ?おかしいな……」
そう呟いたヤミさんの瞳がテレビのノイズのように一瞬だけ激しく明滅し、焦点が定まらなくなる。
揺らぐ視界の中で彼女は助けを求めるように──あるいは縋るように、俺の方へと手を伸ばしかけて……止まった。
「ナナちゃん、モモちゃん、ララせんぱい。ありがとう。そんなになるまでヤミお姉ちゃんを止めてくれて」
「メア!無事だったんだな!」
「もっちろん、ナナちゃん!」
にっこりと笑いながらこちらを見て、ピースマークを作っているメア。
「メア、無事でよかった」
「リクくんたちも。お姉ちゃん、本気でナナちゃんたちのこと殺そうとしてたし……。でも、リクくんがいればまだ何とかなるよ」
「俺が?」
「もちろん!全部まるっとハッピーエンド。でしょ?」
そう言ったメアの顔はどこか楽しそうで。
本当に何とかなる。そう思わせてくれるようだった。