選ぶこと、選ばないこと 作:思い出
「もちろん!全部まるっとハッピーエンド。でしょ?」
メアが笑いながらそう告げる。一方のヤミさんはと言えば、片手で顔を覆い「本物なの……?」と呟いている。
「そうだよヤミお姉ちゃん!プールでのことは全部マスター……ううん、ネメシスの仕組んだことだったの!私は消えてなんかいない!」
「そっか……消えてなかったんだ」
「お姉ちゃん!
「メアも、邪魔するんだ。そうだよね、ずっとリクにべったりだったし」
じゃあ、メアも消さないと。メアの説得も空しく、そんなことを言いながら髪を
メアが戻ってくれば止まってくれるか、と思ったけれど甘い考えだったらしい。
「リクを渡しなさい。そうすれば、あなたたちは見逃してあげる」
「……ふーん、自信ないんだ。だから私やナナちゃんを消そうとしてる」
「妹のくせに生意気……!」
その言葉と共に、
「自分を見てほしいならちゃんと言ったの?私は言ったよ?リクくんが好きだって」
メアが「んべー」と舌を出しながら挑発するように言った。
「えっ!?」
「は?」
その言葉を聞いたナナやモモが驚いた表情でこちらを見てくる。ヤミさんの表情が驚きで歪み、動きが一瞬止まった。
「リクくん!」
一瞬の隙を逃さずにメアが俺へ髪を繋げ、
視界がぐにゃりと歪む。喧騒が遠のき、色彩が反転し、気づけば俺たちは静寂の中に立っていた。
「メア?なんで
「あんまり話してる時間がないから、こうでもしないと伝えられなくってさ」
「伝えるって?」
「お姉ちゃんの戻し方」
戻し方……メアには分かるのだろうか。
「うん、分かるよ。マスターは……ネメシスは言ってた。ダークネスはバグってるかもしれないって。私もそう思う。本来のダークネスは破壊衝動しかないはずなのに、どう見てもお姉ちゃんはリクくんに執着してる」
「でも、それでどうやって戻すんだ?」
「バグってるプログラムを更にバグらせて、プログラムそのものを破壊するの。それが出来るのは──」
「執着されてる俺だけ、ってこと?」
「そう」
つまり、ヤミさんの想定を超えるような「何か」をぶつけて、思考をショートさせろということか。
……なんとなく、やるべきことは分かった気がする。
それは今の俺にとっては爆弾を抱えて火の中に飛び込むよりも恐ろしく、けれど最も彼女に届くであろう「唯一の手段」。
「ダークネスが発現したってことは、お姉ちゃんが平穏を受け入れたってこと。リクくんも、自分の気持ちから逃げてちゃダメ」
そう言ったメアの瞳はいつになく真剣で、どこか寂しそうで、それでいて、どこか愛おし気で──。
「ハジメテをお姉ちゃんに譲ってあげるんだから。絶対に戻せるよ。後は、リクくんが頑張るだけ」
──しょーがないから、覚悟を決める時間は私が稼いであげる。
そんなメアの言葉を最後に、世界に色が戻る。驚いた表情でこちらを見つめているナナとモモ。デダイヤルを操作しているララ。手のひらで顔を覆い、こちらを睨みつけているヤミさん。
それから、髪を巨大な砲身へと
そして一瞬の間が空き──ドォン、という音と共にヤミさんが吹き飛ばされた。
◇
「リク!メアのやつ、戻って……って言うかいつの間に告白……じゃなくて!あぁ~!もう混乱して何が何だか分かんない!」
「落ち着きなさいなナナ。気持ちは分かるけど、今は時間を無駄にしてる余裕はないのよ」
「そーそー。今大事なのはヤミちゃんをどうするか、でしょ?」
ナナ達がヤミさんをどうするかについて話している。
やるべきことは、もう分かっている。足りていないのは俺の覚悟だけ。
でも、それも──。
──あたしは、リクといると楽しいよ。それじゃダメなのか?
──自分の気持ちから逃げちゃダメだよ。
──リクには、笑っていてほしいです。
彼女たちの言葉が、俺の足を地面に縫い付けていた恐怖の鎖を断ち切った。
顔を上げ、大きく息を吸い込む。肺の奥まで酸素が行き渡り震えが止まる。
もう、迷いはない──訳はない。今だって迷いっぱなしだし、自分が本当にそうなのかも信じられていない。
でも。
──二度と会えなくなってもいいんですか?
あの夜、モモに問われた言葉が脳裏をよぎる。
答えは、あの時と変わらない。
「それは、嫌だね。凄く嫌だ」
「リク?」
俺の呟きを聞いたナナがこちらを見た。その瞳はどこか不安気に揺れている。
「ん、大丈夫。メアが教えてくれたんだ、どうすればヤミさんを戻せるのか」
「ホントか!?」
「どうするの?」
「それは……今は秘密、かな」
言った瞬間、三人が物凄い顔をしてこちらを睨んだ。
ナナは「ハァ!?」と不満を露わにし、モモは無言で目を細め、ララは「えー!」と頬を膨らませている。
……いや、気持ちは分かるけど、ふざけているわけではないんだ。
「モモ、お願いがある」
「えっ、私ですか!?」
隣でナナが「えっ、あたしじゃなくて?」と言いたげに口を開きかけたが、俺の顔を見て言葉を飲み込んだ。
「うん。今、メアがヤミさんと闘って時間稼ぎしてくれてる。そこまで連れて行ってほしいんだ」
俺がそう言うとモモは一瞬きょとんとした表情を見せたが、やがて何かを察したのかふわりと妖艶な笑みを浮かべて言葉を返してくる。
「……承知いたしました。お安い御用です♡」
そう言うと、小さくなってしまったモモはデダイヤルを操作する。
瞬く間に太い蔦が伸びてきて、俺の体をハンモックのように包み込んだ。
「この体では流石に抱えるのは骨が折れますから。これで我慢してくださいね?」
「ああ、助かるよ」
モモはそう言いながら翼を広げ、蔦で吊り下げられた俺ごと空へ舞い上がった。
地面が遠ざかり、風が頬を叩く。ちらりと下を見ると、不満げなナナと一瞬目が合って。
「後でちゃんと話すから」と目線で伝えると、彼女は唇を尖らせながらも小さく頷いてくれた。
「ララは、ナナをお願い」
「ん、分かった!……ヤミちゃんをお願いね、リク」
「もちろん」
どんどんと景色が動いていく。時折、遠くから大きな破壊音が響いたり、閃光が空を照らしている。
──その時は、もう目の前に来ていた。
◇
辿り着いた時、破壊音は止んでいた。メアが片膝をついてヤミさんを見つめており、対するヤミさんは刃へと
「モモ!」
「はい!」
俺の声を受けて、モモが種子を地面へと投げた。地に落ちたそれは地面を突き破る爆音と共に競り上がり、巨大な蔦の壁が鎌首をもたげるようにメアとヤミさんを分断する。
「リクくん、来てくれたんだ」
「メアのおかげ。あと、みんなの」
地面に降り、メアと話す。体は傷や泥にまみれており、戦闘の激しさを感じさせた。
そうしてメアの様子を見ていた、その時。
「あれ、リクじゃないですか。わざわざ返しに来てくれたんですか?プリンセスモモ」
ヒュンという風切り音と共に、俺たちとヤミさんを隔てていた巨大な蔦が音もなくズレて崩れ落ちる。
崩れ落ちた蔦によって巻き起こる土煙の向こうで、ヤミさんの深紅の瞳だけが怪しげに輝く。
「モモ、メアをお願い」
「一人でいいんですか?」
「うん。一人で大丈夫──というか、一人じゃないといけない。俺と、ヤミさんで決着をつけないといけないことだから」
言って、一歩踏み出す。ヤミさんはこちらをじっと見つめている。
しゅるり、と体に髪が巻き付いた。
◇
「リク、やっと帰ってきてくれたんですね。後は、邪魔者を消しておくだけ」
「違うよ、ヤミさん。俺は話をしに来たんだ」
髪を使って俺を引き寄せたヤミさんが、割れ物を触るように俺の手を取る。
ゆっくりと、その手を握り返す。
ふと、メアの声が脳裏をよぎった。
──どうでもよかったんなら死んだ後まで引きずらないんじゃないかな。
その言葉の意味が、今なら痛いほどわかる。俺がここまで苦しかったのは、逃げたかったからじゃない。失うのが怖かったからだ。
答えは、ずっと自分の中にあったのにそれを見ようともしていなかった。
ぎゅう、と握った手に力が入る。気が付けば、言葉は口をついていた。
「ずっと怖かった。向き合うことが、自分を知ることが」
「……リク?」
認めたくなかった。心のどこかでは、ずっとわかっていたはずの事実なのに。
「俺は愛が分からない。そう思い込んでいた。そう思い込めば、それ以上自分の醜さを見ないで済んだから」
「何の話ですか?」
愛していたのに失望させてしまったことよりも、愛することができなかったと定義する方が楽だった。
「でも、違うんだ。それは嘘だった。俺は、愛が分からないんじゃない。愛していなかったわけでもない。ただすれ違っていただけだった」
認めるのは、怖かった。でも、一度認めてしまえば腑に落ちた。
あの時胸に感じていた温かさと、今ヤミさんの手を握って感じているこの熱さが、同じものだと気づいてしまったから。
「俺は愛してた。彼女も、愛していた。ただ、その性質が違っていて」
それは酷く当たり前のことで、どこにでもありふれている悲劇だった。
「……別の女の話ですか?」
「そうだね。そして、今の話でもある」
握られていた手に、ギリ……と痛いほどの力が込められる。漂っていた金色の髪がふわりと逆立つように揺れた。
「だから、全部を自分のせいにした。そうするのが一番楽だったから」
結局、自分が悪いと嘆くのが一番簡単で、一番楽なんだ。
「ずっと逃げていた。選ぶことから。わかっているのに、目を逸らしていた。でも──」
ヤミさんの目を見る。深紅の瞳は変わらずに俺のことを見つめている。
──笑っていてほしい。
それは、俺も一緒で。
息を吸う。こんなに緊張するのは初めてかもしれない。
そして、口を、開いた。
「──君が、好きだ。愛してたし、愛してる」
「……はい?」
言った瞬間、ヤミさんが目を見開いた。あわあわといった様子でこちらを見ている。何かを話そうと口がぱくぱくと開いては閉じている。一瞬の間をおいて、顔が真っ赤に染まった。
そして俺は顔を近づけると、未だに「でも……」や「だって……」などと意味を成していない言葉を発している口を──。
「!?」
──塞いだ。
◇
一瞬か、あるいは永遠とも感じる瞬間が過ぎる。
ヤミさんは戻ってくれたのか。俺の行動は正しかったのか。そんな考えが頭をよぎる。
そして、ヤミさんの体から力が抜けたかと思えば、唐突にぐいと体が押し離されて──。
「い、いつまでキスしてるんですかっ……!」
目の前には、顔を真っ赤にしている
「ヤミさん、角が……」
肩で息をしながら、ヤミさんは顔を林檎のように真っ赤に染めて俺を睨んでいる。
その瞳は潤んでいて、怒りよりも羞恥と混乱が勝っているように見えた。
「戻った……で、いいの?」
「…………ええ、はい。というか、第一声がそれですか」
言いながら、ヤミさんは手の甲で自身の唇を隠すように覆う。
「よかった……元のヤミさんに戻って」
その言葉を聞いた瞬間に張りつめていた糸が切れ、安堵と疲れから思わずへたり込んでしまう。
……というか、その場の空気に流されたとはいえとんでもないことをしてしまったような。いや、全部本当のことなんだけど。
そんなことを考えながら背中を地面に預けていると、頭上から影が差したかと思えばふわりとメアが隣に着地した。見れば、すぐそばにモモやナナ、ララも来ている。
「よかった、戻ったんだね。お姉ちゃん」
「メア……プリンセスたちも……。酷い迷惑をかけました。私は、危うくこの街を……」
「だ、大丈夫だって!結果として無事だったんだからさ!」
「ええ、ナナの言う通りです。終わりよければ全てよし。そういうことにしておきましょう」
ナナが慌ててフォローして、モモが微笑みながら同意する。
「ナナに、モモ……あなたたちには、特に迷惑を……」
「あーもー!気にしてないって!暴走してたせいで、ヤミのせいじゃないんだからさ!」
「そうそう!ヤミちゃんが本気であんなことするなんて誰も思ってないんだから!」
先ほどまでとは違う和やかな空気が流れる。それを見て、漸く本当に全てが終わったのだ、と実感した。
と、いい話で終わればよかったのだけど。
「ところでお姉ちゃん。どうやって戻ったの?」
メアが悪戯っぽくにししと笑いながらヤミさんに問いかける。
ぴしり、とでも音が出そうな勢いでヤミさんが固まる。そのまま顔を赤くして。ゆっくりと俺の顔を見たかと思えば──。
「ひ、秘密です!」
と叫んだ。
「え~。私たちも苦労したんだし、それくらい教えてくれてもいいんじゃない?」
「だ、ダメです」
「なんで?みんなも気になるよね?」
「ダメと言ったらダメです」
メアとヤミさんがそんなやりとりを繰り返す。モモが何やら訝しむような視線でこちらを見ている。ナナはと言えば、状況が理解できないのか目を白黒させてメアとヤミさんを眺めていた。
「まぁまぁヤミちゃん、なんにせよとりあえず元に戻ってよかったよ~!」
そんなララの能天気な声が、今はどうしようもなくありがたかった。